オレ達の拠点
昼食を終えたあと、オレはルヴィ、アデルと共に、パルマスで唯一の商会、ペルディーニ商会を訪ねた。
正面の扉をたたいて用件を告げると、案内係によって奥の応接室へと通された。
応接室はこぢんまりとした造りで、中央のテーブルを囲むように三人掛けのソファと一人用のソファが二脚配置されている。
オレたちは三人掛けのソファに並んで腰を下ろし、担当者の到着を待った。
やがて、落ち着いた身なりの男が一人、部屋へと入ってきた。
「お待たせいたしました。私、皆さまの担当をさせていただきますジョルジ・ブラントと申します。
早速ですが、商会へのご入会にかかる費用について、こちらをご覧ください。」
彼が差し出した金額表には、明らかに高額な数字が記されていた。
入会費そのものも高いが、それ以上に税率の設定が、大陸の主要商会の倍ほどにもなっている。
ルヴィの目が一瞬だけ鋭くなったが、すぐに視線を落とし、沈黙を保ったまま反応を見せなかった。
その静けさに耐えきれず、オレが先に口を開いた。
「...ずいぶんと高いですね。他の街の商会では、この金額の半分以下だったのですが。」
ジョルジは表情を変えることなく、淡々と応じた。
「他所の商会については存じません。ですが、ペルディーニ商会では、この金額をいただいております。」
以前、オレが一人でこの商会を訪ねたときも、同じような対応だった。
そのときは入会を見送り、契約には至らなかったが、今回はルヴィが一緒だ。ルヴィはどう判断するのか。
ルヴィが落ち着いた声で問いかけた。
「私たちは今後、大陸との交易を視野に入れています。その場合、何か特別な規約や制限などはございますか?」
「いいえ。特に規約はございません。毎年、定められた税率をお支払いいただければ、ペルディーニ商会が関与する街における商取引はすべて補償されます。」
「...分かりました。では、入会費をお支払いします。これで私たちは、正式にパルマスの街で商館を構え、取引を行ってもよいという理解でよろしいですか?」
ジョルジは穏やかに微笑み、やや大げさなほど丁寧に頭を下げた。
「はい、もちろんでございます。ありがとうございます。それでは、契約書を作成してまいりますので、少々お待ちください。」
彼はそう言って部屋を後にした。
オレは小声でルヴィに尋ねた。
「...ルヴィ、本当に良かったのか?」
「仕方ありません。ここで取引できるようになるなら、それで良しとしましょう。」
やがてジョルジが戻ってきて、契約書類を一式持参した。オレたちは指定された入会費を支払い、内容を確認したうえで契約書に署名した。
手続きが完了すると、ジョルジはオレたちに商会の会員であることを示すプレートとバッジを一組手渡してくれた。
そのプレートは、以前マリアの宿のカウンターにも掲げられていたものと同じもので、オレには見覚えがあった。
最後に改めてジョルジに礼を述べ、オレたちは商会を後にした。
外に出ると日差しは傾き始めており、空には午後の光が広がっていた。これで、パルマスでの商会との契約も無事に済んだことになる。
街中で皆と合流し、予定している物件探しに加わることにした。
街を歩いていると、東西を結ぶ大通りから南門へと延びる通り沿いに、空き店舗が一つ見つかった。
一般的な店舗に比べて構えが大きく、間口も広い。そのため、店舗としては扱いにくく、買い手がつかないまま残っているようだった。
しかし、交易の拠点として見るならば、十分な広さと利便性を備えているように思えた。
さらに、その脇の路地を少し東へ進んだ場所に、大きな石造りの三階建て邸宅が目に入った。
話によれば、かつて貴族が別荘として使っていた建物とのことだったが、現在は所有者もおらず、買い手もつかないまま放置されている状態だという。
オレたちはこの二つの物件を共に購入することを決めた。
どちらも使用にあたって一定の改修が必要だったが、将来的な拠点としての利便性を考えれば、十分に価値があると判断された。
購入の手続きを終えると、宿に戻って屋敷の改修内容について改めて話し合うことになった。
「わらわは今ある大浴場をそのまま残してほしいのぉ。」
「そうね。あのお風呂、わたしも気に入ったわ。」
アンフィとリルがそう言い出した。
もともと貴族の別荘だっただけに、屋敷には意匠の凝った大きな風呂が備え付けられていた。
「お風呂は後にして、まずは必要なものから考えましょう。」
ルヴィが話を整理しようとすると、アンフィは少し拗ねたような声で返した。
「浴室だって必要なものではないか...。」
屋敷の一階には、大浴場のほかにキッチン、ダイニング、リビング、応接室が三つ、給仕の部屋が四つあった。
二階にはさまざまな用途の部屋が多く設けられ、三階には書庫と主の部屋、そして広々としたベランダがあった。
また、地下には物置として使われていた空間もあった。
三階の私室は必要ないので、二つに分けて別用途に転用することにし、二階には各自の個室を設けるために部屋を均等に区切ることになった。
この改修で十二の個室が確保される見込みだ。将来的に仲間が増えることを見越して、多めに用意しておく方が望ましい。
一階の給仕部屋は四室あったが、必要ないと判断し、仕切りを変えて二つの個室へと改装することにした。
その他はそのまま残すことになり、アンフィとリルが希望した大浴場もそのまま残すことになった。
地下室についても現状のまま物置として使用し、庭や厩舎も十分に整備されていたため、多少の手を加える程度で良いだろう。
翌日、マリアの紹介で改築業者を訪ね、改修の内容を詳細に伝えると、担当者は快く引き受けてくれた。
オレたちは、改めて次の旅の準備に取りかかった。
今回の旅は、デネリフェ島南部の街を巡るものであり、大掛かりな支度は必要なかった。
出発に際して、アンフィはマリアの宿に残ることになり、七人での旅となった。
最初の目的地は、クレス村だった。
クレス村では、ラファエレを訪ね、交易船の運航について相談した。
話を進めていくうちに、長男のカルロと次男のニコロが、その運航を手伝ってくれることが決まった。
その日は村に宿を取り、ラファエレ、カルロ、ニコロの三人とともに、交易船および護衛船の運航について、じっくりと意見を交わした。
話がまとまった後、オレたちは村の外れへ向かい、海岸に立つ。
セイレーンの巻貝を奏でてしばらく待つと、海面が静かに揺れ、女性のセイレーンが姿を現した。
「私はアルキオネと申します。ルヴィさんたちですね。お話は伺っております。何か御用でしょうか?」
ルヴィが一歩進み出て言った。
「ウェスタさんと、交易についてお話ししたいのですが、お会いできますか?」
「隊長は現在、近海にいらっしゃいません。五日ほど待っていただけますか?」
「承知しました。それでは五日後の昼すぎに、ギズモグロウブの南で貝を奏でます。」
「分かりました。隊長にはそのようにお伝えいたします。」
そう言い残し、アルキオネは海へと戻っていった。
その後、オレたちはカルロとニコロを伴ってギズモグロウブへ向かった。
到着すると、まず港の管理組合を訪ね、スタンレーに面会した。
交易船について相談したところ、水夫の手配はスタンレーが引き受けてくれることになった。
さらに、スタンレーは街の商業組合の関係者として、従弟であり商人でもあるマリークを紹介してくれた。
マリークは最初、オレたちの若さを気にしていた様子だった。
だが、オレ達が作成した交易の計画書に目を通すと、その反応は一変した。
「ぜひ、私にも手伝わせてほしい。」
年長の彼がそう申し出てくれたことに、オレたちは深く頭を下げて感謝を伝えた。
かつてこの街では、ペルディーニ商会が唯一の商会として商取引を統括していたようだ。
しかし、数年前にその運営に反発する商人たちが脱会し、新たに自分たちで運営する商業組合を立ち上げたという。
現在では、ペルディーニ商会は街から撤退し、商業組合が取引の管理を担っている。
オレたちはカルロとニコロをスタンレーに託し、マリークとともに商業組合を訪れた。
あらかじめ話が通っていたのか、組合ではすでに主だった面々が顔をそろえていた。
オレたちが大陸との交易計画を説明すると、皆は前向きに耳を傾けてくれ、歓迎の意を示してくれた。
ルヴィが、物資の集積所を設けたいと話すと、街の南部にある放棄された倉庫の存在が紹介された。
その倉庫は、かつてペルディーニ商会が使用していたが、撤退後は手つかずのまま残されていたという。
交渉を終えると、オレたちはさっそくその倉庫を視察した。
倉庫は海に面しており、船への積み下ろしにも適している。改修次第では、セイレーンとの交易にも活用できそうだった。
その夜、一ノ月が碧く輝きながら昇っていった。王国歴では、樹の月に入ったことになる。季節は、確実に夏へと移ろい始めていた。
翌朝、セイレーンとの再会の日だった。
午前中は商業組合やマリークとの打ち合わせに追われ、気づけば昼を過ぎていた。
ひと段落したところで、オレたちは街の南へと向かった。波音を聞きながら、海を眺めて歩く。
「...あっ、ユピテルさんだ。」
ソニアの声に振り返ると、彼女は南の海上に手を振っていた。オレにはまだ見えなかったが、どうやら向こうから合図を送っているらしい。
「南に移動してって、合図してる。」
ここから先は崖が続いており、南へ行くほどにその高さは増していく。
しばらく歩くと、大きく崩れた場所に出た。そこから下を覗くと、小さな浜辺が広がっていた。
オレたちは慎重に浜辺へと降りた。
やがて波間から、ユピテル、プロセルピーナ、そしてウェスタが姿を現す。
周囲は人目につきにくく、静かで落ち着いた空間だった。アデルも辺りを見渡しながら、何かを考えている様子だった。
「ここを整備すれば、セイレーンの人たちとの交渉や交易に使えそうだな。」
オレが声を掛けると、アデルは頷きながら答えた。
「そうですわね。広さも申し分ありませんし、ここならばセイレーンの方々も心置きなく過ごせますわ。
ただ、整備や見張りなど、人員の確保も必要になりそうですわね。」
崖の上では、ランスとリルが周囲の警戒に当たっていた。
現時点では、セイレーンと人間との間に交流は存在しない。
オレたちがこうして対話を許されているのも、オケアニスとの偶然の出会いと、ユピテルたちの好意によるものに過ぎなかった。
その間、ルヴィはユピテルと交易について具体的な話を進めていた。
ユピテルによれば、現在セイレーンたちの間では金属製品が不足しているという。
鉄製品であれば、父さんたちに頼めば作れるし、エラムウィンドからの仕入れも可能だ。
来年の春に向けて具体的な品目を絞り、お互いに利益が出る形で取引を進めることになった。
取引の開始日と、再会の場所もこの浜辺に決まり、ユピテルたちは再び海へと帰っていった。
オレたちは浜辺を後にし、ギズモグロウブへ戻る。日差しはすでに西へ傾き、長い影が地面に伸び始めていた。
「ルヴィ、人手が足りないね。」
オレがそう言うと、ルヴィは少し間を置いて頷いた。
「そうですね。すぐにでも私たちだけでは手が回らなくなるでしょう。
人材を集めるのは簡単ではありませんが、できるところから少しずつ声を掛けていくしかないでしょうね。」
ギズモグロウブに戻ったオレたちは、南の倉庫を正式に購入し、集積所として整備するための改修手配を進めた。
倉庫の管理は、しばらくの間カルロとニコロに任せることになり、ふたりとも快く引き受けてくれた。
その夜、オレたちはギズモグロウブの宿で一泊することにした。




