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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第三章
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ソニアと両親

翌日、オレたちはアルヴィアの街を発った。街道を北へと進み、途中で一夜を野宿した後、ミドルポートの街へと入った。


ミドルポートでは、ルヴィが小型の交易船を一艘購入し、水夫を雇い入れた。

荷馬車に積んでいた品々はすべてその船に積み替えられ、荷馬車自体はリズベック商会へ預けることになった。

ジャックとは桟橋で別れの挨拶を交わし、来春の再会を約束した。


ネフライト号には、ルヴィ、アデル、リル、ソニア、アンフィが乗り込む。

交易船には、オレとランス、そしてヴェロッキオ工房の職人クローディン、グンダー、ベルナルドが同乗し、エクリプスとアズールの二頭も船倉に乗せられた。

船は穏やかな潮に乗って出航した。


出航後まもなく、ソニアが潮流を確認すると、船の進路を調整し、その流れに乗せた。帆はたたまれ、船は静かに潮の力だけで進み始めた。

甲板の片隅で、オレは魔法の訓練を続けていた。海上の静けさは、精神を研ぎ澄ませるにはうってつけだった。


空と海とが境目なく続く中、オレの思考は自然と、遠い昔の出来事へと向かっていった。


この内海は、現在では北と南に分かれているが、魔王の時代より以前、南の内海は存在していなかった。

当時、南の内海一帯は大陸の一部であり、広大な平地が広がっていた。


その場所に、反魔王連合の拠点が築かれ、五十万を超える兵士たちが集結していたという。

しかし、ある日、空から巨大な火の玉が投下される。巨大な火の玉は、大地を深くえぐり、軍勢もろとも拠点を跡形もなく消し去った。

残されたのは、巨大な穴だけだった。その空洞に海水が流れ込み、現在の南の内海が形成されたと伝えられている。



この未曽有の大虐殺を機に、十三人の英雄が立ち上がった。


人間の戦士二人と神官一人。

エルフの戦士と魔法使い。

ドワーフの戦士三人。

スクルドの戦士と魔法使い。

バフォメットの戦士、巨人の戦士、そして若きドラゴン。


彼らはそれぞれの種族の兵を率いて、魔王ネフェリウス=ベアル・ギレム・ヴォルガリスに挑んだ。

そして幾度にもわたる激戦の末、ついにこれを討ち果たすことに成功した。


戦の終結後、英雄たちはそれぞれの歩むべき道を選んだ。


人間の戦士たちは、中央大陸と西の大陸に王国を築き、王として即位した。

人間の神官は東の大陸に神聖王国を打ち立て、女王として民を治めた。


エルフの騎士は、エルミオン大森林に広がるエルフの王国に帰還し、王の地位を次代に継承した。

エルフの魔法使いは、東の大陸の大森林に栄えるエルフの王国に戻り、王位に就いた。


ドワーフの戦士たちは、中央・東・西の三つの大陸にそれぞれ国を興し、王として君臨した。


スクルドの戦士は中央大陸に興った新王国に仕え、

スクルドの魔法使いはエルミオン大森林で隠棲し、エルフの王の庇護のもと、静かな余生を送った。


バフォメットの戦士は西の大陸の王に忠誠を誓い、

巨人の戦士は、王として南西の大陸に凱旋した。


若きドラゴンは、誰に見送られることもなく、南西の空へと飛び去った。


これは、吟遊詩人の歌にも謡われている。



この中央大陸には、十三人の英雄のうち五人が留まり、三つの王国が築かれた。


アレクシス・セレスティアは、ヴァレンディア王国の前身となるセレスティア王国を創設した。

エレンシル・エルミオンは、エルミオン大森林へと帰還し、王位を次代に継承し隠棲した。現在もなお、その地において豊かな森と王国を守り続けている。

そしてガーランド・ミスティガルドは、中央山脈の地下に広がる王国を築き上げ、ドワーフの誇りをその手で示した。


一方、アレクシス王に仕えたスクルドの戦士、またエルミオン大森林に隠棲したスクルドの魔法使いの名は、今日に至るまで記録として残っていない。


反魔王戦争の終結後、魔王の血を引く者たちは滅ぼされ、スクルドの街や村の多くが地図から姿を消した。

なかでも魔王ネフェリウスは、スクルドの中でも特異な存在であり、特別な能力を持っていたと伝えられている。


ネフェリウス=ベアル・ギレム・ヴォルガリス。

この名を持つ魔王は、大戦の二十三年前、数多の魔道具と魔法を駆使し、四つの大陸を次々と征服する。そして巨大な王国を築き上げ、世界をその影響下に置いた。


ただし、すべてを力で押さえつけたわけではなかった。

中央大陸や東方大陸のエルフ王国、南西の大陸の巨人の王国に対しては治外法権を認め、形式上の同盟関係を築いていたという記録も残されている。


魔王の統治下では、実力のある者が求められ、人々には厳しい試練が課された。

それを乗り越えた者は高位の地位を与えられ、試練を拒んだ者、逃げた者は最下層の者として蔑まれ、虐げられた。


実力のあるものを育てるため、各地にダンジョンが築かれ、そこには新たな種の魔物が放たれた。

魔王が滅びた後も、その影響は消えることはなく、六百年に一度のスタンピードが発生するようになったのも、魔王の影響だと言われている。


また、人間と獣を掛け合わせて、新たな種族、バフォメットを創り出したのも、魔王ネフェリウスと伝えられている。



これが、オレたちが知る歴史だ。


南の内海は、今もなお美しい円形を保っている。その形はまるで、過去に刻まれた深い傷跡が癒えることなく、そのまま時の中に封じ込められているかのようだ。


魔王が滅びた後、六百年目に最初のスタンピードが発生し、当時この大陸を支配していた人間の王朝は滅び去った。

その後に興ったのが、現在のヴァレンディア王国である。


だが、災厄の連鎖はそこで終わらなかった。スタンピードは六百年ごとに繰り返し発生しており、そのたびに各地に混乱と破壊をもたらしている。


魔法使いの数が時代とともに減少していったのも、魔王がかつて極めて強大な魔法使いであったことに関係しているとされている。

かつては、魔法は人々の生活を豊かに支える存在だった。

だが今では、その繁栄の痕跡も徐々に薄れ、失われつつある。


歴史に埋もれた真実は、ときおり、風のように耳元をかすめていく。果たして、オレたちはそのすべてを正しく理解できているのだろうか...。

エルミオン大森林へ行けば、当時のことを知るエルフたちから直接話を聞くことができるかもしれない。いつかその地を訪れてみたいと思う。


オレたちがこれから始めることは、長い歴史の流れの中では、ほんの一瞬の出来事に過ぎない。

その中で、何かを残すことができるのだろうか...。



「ハウル、何か考え事ですか?」

ランス声を掛けられ、オレは現実の世界に意識を引き戻された。


「壮大な海を見ていたら、ふと遥か昔の伝説が頭をよぎってね。過去に思いをはせていたんだ。」


そう答えながら、ランスの方へと視線を向けた。そして思い出したように尋ねる。

「そういえば、ランスの家は由緒ある家系だったよね?」


「爵位を頂いたのは第二次スタンピードの時ですから、それほど歴史のある家系ではないですよ。」

「千二百年も続いていれば、十分に立派だと思うけど。」

「第三次スタンピードの功績で公爵に列せられましたが、それまでは名もない子爵の家でしたからね。」


ランスがそう言ったとき、ふと周囲に目を向けると、ベルナルドの顔色が明らかに悪くなっていた。

どうやら船酔いしているらしい。これから数日間にわたって船旅が続くというのに、大丈夫だろうかと不安がよぎる。


「ランスは船酔いしないみたいだね。」

「そのようです。ベルナルドさんを見ていると、気の毒になりますね...。」


一方、クローディンとグンダーは、船に使われている鉄製の器具に興味を示し、二人並んで熱心に観察と議論を重ねていた。

構造や溶接の跡を確かめるように指先でなぞりながら、職人としての視点で細部まで見ていた。


同じ船の上にいながら、皆がそれぞれ異なる時間を過ごしているという事実が、どこか興味深く感じられた。


春の海は穏やかだった。北西からの風は西を目指す航路には不利だったが、肌を撫でる感触は柔らかく、心地よい。

航行についてはすべてソニアに任せている。彼女の操船技術に疑念を抱く者はいない。


ソニアはネフライト号の舷側で、ゆったりと海を眺めていた。


ネフライト号の中央では、アデルとリルがルヴィの指導のもとで魔法の訓練に取り組んでいた。

風と水の流れを制御し、波の動きを自在に操っていた。アデルには明確な素質があり、ルヴィもその才能を高く評価していた。


三人の様子をアンフィが見守っており、ときおり控えめに助言を加えている。彼女の言葉には静かな重みがあり、皆も自然と耳を傾けていた。


交易船の水夫たちには、あらかじめネフライト号に随行するよう指示してある。

出港時にはやや慌ただしさがあったものの、今では甲板には落ち着いた空気が流れ、船員たちはそれぞれの役割を果たしながら、穏やかな時間を過ごしていた。


航海は順調に進み、ミドルポートの港を出てから八日後、ついにギズモグロウブへと到着した。


港の管理事務所で、スタンレーに挨拶をし、船の管理を依頼する。彼は快くそれを引き受けてくれた。

その間にルヴィが手配していた荷馬車へと積み荷が移された。


出発の準備が整うと、各自が馬車や馬に乗り込む。

リッキとライズの馬車には、ルヴィ、アデル、リル、ソニア、アンフィ、クローディンが乗車し、オレは荷馬車の手綱を握った。

隣には、屈強な体格のグンダーが座っている。


エクリプスにはランスが、アズールにはベルナルドが騎乗し、一行はギズモグロウブの街を後にした。


その日のうちにフィルネの村へ到着すると、村全体が温かな雰囲気に包まれていた。旅の疲れを癒すように、皆でアリアナが用意してくれた夕食を囲む。

彼女の手料理はどれも丁寧に作られていて、香ばしいパンや滋味深いスープの味に、自然と顔がほころんだ。

笑顔のあふれる食卓は、久しぶりに訪れた静かな安らぎの時間だった。


夜はフィルネの村で一泊し、翌朝早くに出発してクレスの村を目指す。


クレスの村では、ラファエレとシルヴァが、ソニアの帰りを待っていた。


「お父様、お母様、ただいま!」


ソニアは元気よく家の中へ駆け込んだ。しばらくして、ラファエレとシルヴァがソニアを伴って、家の外まで出てきてくれた。


「この村を出た時より、ずいぶん賑やかになっているな。娘は皆さんのお役に立てましたか?」

ラファエレが穏やかな笑みを浮かべながらそう尋ねると、ルヴィは静かに、しかしはっきりと頷いた。


「もちろんです。船旅のあいだも、エラムウィンドまでの陸路でも、ソニアには本当に助けられました。」

そう言って、ルヴィは懐から銀貨を六枚取り出し、差し出した。


「お約束の銀貨四枚に加え、ソニアに助けられた分を加えています。」


ラファエレはその銀貨を見つめ、表情を和らげながらも手をやんわりと振った。

「いや、それはわたしからの感謝の気持ちとして、ルヴィ君が持っていてくれ。」


だが、ルヴィは首を振り、まっすぐにラファエレを見据えた。


「ですが、それではソニアがしっかりと仕事を終えたことになりません。彼女の働きに対する正当な報酬です。

 仕事のけじめとして、ラファエレさんに受け取っていただかなければなりません。」


その言葉に、ラファエレはしばらく思案するように沈黙したが、やがて納得したように銀貨を受け取り、深く頷いた。


「分かった。これはありがたく受け取らせてもらう。...さて、これからのことだが。」

少し表情を改め、言葉を慎重に選ぶように続ける。


「ソニアをこのまま、ルヴィ君たちと一緒に連れて行ってもらえないだろうか?

 おそらく本人にもその気はあると思うが、もし難しいようなら、遠慮なく断ってくれて構わない。ルヴィ君、どうだろう?」


ルヴィは一瞬ソニアを見やり、すぐに確かな声で答えた。

「ソニアは私たちの仲間です。これからも、一緒に旅を続けたいと思っています。」


その返答に、ラファエレは安心したように微笑み、静かに頷いた。

「ありがとう、ルヴィ君。皆さん、どうかソニアをよろしく頼みます。」


こうしてソニアの家族に見送られながら、オレたちはクレスの村を後にした。


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