盗賊投降作戦
春の夕日がエルベ川の水面をオレンジ色に染め上げ、きらきらと輝いていた。
エラムウィンドを発ってから、ほぼエルベ川に沿って旅を続けてきたが、アルヴィアを越えると、川とは道が分かれることになる。これがエルベ川の見納めだった。
アルヴィアの東門をくぐると、街は以前と変わらず、活気にあふれていた。
まずはリズベック商会を訪ね、宿屋の手配を依頼する。手配してもらったのは北門近くの宿であり、オレたちはそこへ向かい、部屋割りを済ませた。
その後、オレはランスとリルの二人と共に、北門にある自警団の詰め所を訪れた。
詰め所の食堂に入ると、給仕の二人がランスに気づき、こちらへやってきた。顔をよく見ると、モルガンとヴェラだった。
かつてオレたちが盗賊団に襲われた際、彼らはランスの手助けをし、オレたちが危機を脱する大きな助けとなった恩人でもある。
ランスは二人に声をかけた。
「その後、改心してこの街のために働いている方は、いらっしゃいますか?」
ヴェラが穏やかに答える。
「そうだね、今じゃ六十人近くが街の仕事を手伝ってると思うよ。この自警団に入って働いている者も、少なくないよ。」
「そうですか。それは何よりです。その中に、かつて盗賊団の首領だった方はいますか?」
ランスがさらに尋ねると、今度はモルガンが口を開いた。
「たしか、自警団に入団したレンウィックが、首領をやってたんじゃなかったかな。」
それを聞いたランスは、モルガンとヴェラに礼を述べた後、自警団詰所の責任者であるヒルデガルドを訪ねることにした。
ヒルデガルドは現在、執務室にいるとのことで、オレたちは案内に従い、その部屋を訪ねた。
扉を開けると、ちょうど彼女がスコットと何やら話をしているところだった。
二人はオレたちに気づくと、すぐに歓迎の意を示してくれた。
「お話の最中、失礼します。少しだけお時間をいただけますか?」
ランスが丁寧に声をかけると、ヒルデガルドが頷いた。
「ああ、君たちか。ちょうど今、君たちのおかげで増えた団員の編成について、スコットと相談していたところだ。話はひととおり終わったから、ロディ君の話を聞こう。」
アルヴィアの街では、ランスのことはロディという名で知られている。
皆で協議した結果、自警団のリーダーであるヒルデガルドと、リズベック商会のアルヴィア責任者であるヤンの二人に、ランスの素性を伝えることに決めていた。
そのほかの者たちには、従来通りロディという名で通すことにしている。
ちょうど今ごろ、ルヴィとアデル、それにソニアが、ジャックを伴ってリズベック商会を訪れているはずだった。
「まず最初に、お二人にだけお伝えしておかなければならないことがあります。」
ランスはそう前置きし、静かに自身の素性を語り始めた。
「そういうわけですので、この街でも、ロディあるいはランスと呼んでいただければと思います。」
語り終えると、ヒルデガルドとスコットは目を見合わせ、驚きの色を隠せない表情を浮かべた。
「ロディ殿が、イセリオン家の御曹司であられましたか...。王都で騒乱があったとの話は耳にしておりますが、そのような事情があったとは...。」
ヒルデガルドは静かにそう呟いた。
ランスは少し表情を引き締め、話題を本題へと戻した。
「ところで、この周辺に残っている盗賊団についてですが、以前お話ししたように、彼らの間にはある程度の横のつながりがあります。
その関係性を利用して、残った盗賊団にも投降を呼びかけてみようと考えているのですが、いかがでしょうか。」
スコットが、真剣な眼差しでランスを見つめながら言葉を投げかけた。
「何か策があるんですね。」
「策というほどのものではありません。」
ランスは静かに首を振ると、続けた。
「改心した元盗賊団の首領に声をかけ、残っている盗賊団の首領たちを訪ね。その場で、投降を呼びかけるつもりです。
ハウルとルヴィが今後のことを見据えて動いていまして、人手が不足する可能性があるため、人材を確保しておきたいのです。」
「ハウルくんとルヴィくんの考えですか。また、面白そうなことをお考えのようですね。」
ヒルデガルドが、微笑を浮かべながらこちらをのぞき込んできた。
「た、大したことではないんですよ。デネリフェ島とエラムウィンドの街の間で、交易を始めようとしていまして...。」
オレが言葉を濁しつつ説明を始めると、ヒルデガルドが優しく応じた。
「交易ですか。それなら、私たちにお手伝いできることがありましたら、何でも言ってくださいね。」
その言葉に、オレの肩の力が少し抜けた。
「実は、その交易隊の護衛を、ヒルデガルドさんの自警団にお願いできればと考えていまして。規模や対価などの詳細は、後ほど改めてご相談させてください。
...今は、ランスの計画の話を先に。」
話題は再び本題へと戻った。
「ありがとう、ハウル。」
ランスは軽くうなずいた後、ヒルデガルドに向き直って言った。
「ヒルデガルドさん、こちらにレンウィックという名の、元盗賊団の首領だった人物がいると聞きました。お手数ですが、彼を呼んでいただけますか?」
「もちろんです。少々お待ちください。」
ヒルデガルドはそう答えると、執務室の扉を開け、外にいた団員に呼びかけて指示を出した。
副団長のエスメラルダとカイル、それにレンウィック本人を連れてくるよう伝える。
ほどなくして、三人が執務室に姿を現した。
ランスが、レンウィックに向かって口を開いた。
「初めまして、レンウィックさん。私はロディと申します。お願いしたいことがあって、今日はお時間をいただきました。お話を聞いていただけますか?」
レンウィックはしばらくランスの顔を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。
「ロディくんは、どうやらオレのことを覚えていないようだが...。君に打ち負かされたおかげで、今こうして真っ当に働けている。感謝しているよ。
話というのは、残っている盗賊団のことだろう?オレにできることがあれば、喜んで協力しよう。」
「いい人で良かったね、ラ...ロディ。」
リルが小声でそう言った。オレもまた、レンウィックに対して好感を抱いていたのは確かだった。
ランスは姿勢を正し、本題へと入った。
「ありがとうございます、レンウィックさん。では、お伺いします。残っている盗賊団のアジトについて、何かご存じでしょうか?」
「今回、捕まっていない盗賊団の中で、五つのアジトと首領の所在を把握している。一人は以前から行動を共にしていた者で、機会があれば投降を勧めたいと思っていたんだ。」
「それは心強いです。では明日、我々と共に各アジトを回って、投降の呼びかけにご協力いただけますか?」
「わかった。ロディくん、このような場を設けてくれてありがとう。明日はよろしく頼む。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
そうしてレンウィックを一度詰所へ戻し、翌日同行する予定のメンバーを確認することになった。
ランス、ルヴィ、オレ、そしてリルの四人に加え、自警団からはヒルデガルドとカイルが同行することとなった。
翌朝。日課を終えたオレたちは、二手に分かれて馬にまたがった。ランスとルヴィはエクリプスに、オレとリルはアズールに乗り、自警団の詰め所へ向かった。
そこでは、ヒルデガルド、カイル、そしてレンウィックがすでに準備を整えて待っていてくれた。
ルヴィには、自警団から借り受けた一頭の馬が用意されており、それに乗ってもらうことになった。
そのとき、リルが少し拗ねたような口調で言った。
「わたしも、一人でアズールに乗れるのに。」
リルはまだ身体が小さく、鐙に足が届かないことは、ここではあえて触れなかった。
実のところ、オレやルヴィもぎりぎり鐙に足が届く程度であり、馬にまたがった姿が板についているのは、やはりランスだけだった。
こうして全員が馬に乗り、最初の盗賊団のアジトへと向かうことになった。
日陰のない街道を、六頭の馬が速足で進んでいく。先頭を行くのはレンウィックであり、彼がオレたちを導いていた。
「近いところから順に回っていく。」とレンウィックが言っていた通り、最初の目的地までは、それほど距離がなかった。
街道を外れ、岩場へと入ると、やがて眼前に崖が現れた。崖の下まで進むと、そこには大きな洞穴がぽっかりと口を開けていた。
レンウィックに「ここで待っていてほしい。」と告げられ、オレたちは馬から降り、その場で待機することにした。
しばらくして、洞穴の奥からレンウィックが男女三人を連れて戻ってきた。
「彼女がこの盗賊団のリーダー、ラヴァンナ。それから、ヴェイドとリードです。話を聞いてくれるとのことです。」
そう紹介されると、ランスがオレたちの名前を一人ずつ伝え、簡単な自己紹介を済ませた。
続いて、ヒルデガルドが一歩前に出て話を始める。
「皆さんが盗賊団を解散してくださるのであれば、アルヴィアの街で市民として受け入れ、それぞれの希望に近い仕事を用意することを約束します。」
ラヴァンナと名乗った女性が、短く言った。
「皆と話すのに、少し時間が欲しい。」
それを受けて、ヒルデガルドが静かに条件を告げる。
「ご決断いただけるのであれば、今日の日暮れ前にアルヴィアの北門までお越しください。」
「わかった。」
ラヴァンナはそう一言だけ返し、仲間たちと共に再び洞穴の中へと戻っていった。
次の目的地に向かうため、オレたちは再び馬に乗り、移動を開始した。その後、五つの拠点を巡った結果、実際に活動を続けていた盗賊団は三つだった。
途中、拠点として利用できそうな場所を三か所ほど確認し、そのうち一つの盗賊団とは交渉をまとめることができた。
しかし、太陽が西へ傾き、時刻が押してきたこともあり、残る一団との交渉は後日に回すことにし、アルヴィアの街へと戻ることにした。
ヒルデガルドは仕事のため詰め所へ戻り、レンウィック、カイル、オレ、ランス、そしてリルの五人は北門へ向かい、盗賊団の到着を待つことになった。
待ち時間が生まれたことで、リルが剣の腕比べを提案し、ランスを除いたメンバーで試合をすることになった。オレが詰め所から木剣を持ち出し、準備を整える。
最初の対戦は、オレとレンウィックの組み合わせとなった。彼は以前、ランスに敗れたと話していたが、オレにはその場面の記憶があまり残っていなかった。
だが、朝の修練の成果だろうか。構えた瞬間から、相手の太刀筋がよく見える。
攻撃をかわし、受け、打ち込み、弾き返す。動きに迷いはなく、剣の制御も冴えていた。
約三十合、互いに剣を打ち合った頃だろうか。次第に体力の差が現れ始め、ついにレンウィックの木剣がオレの胴に当たった。
「そこまで!」
ランスの声が響き、試合は終了となった。
次の対戦は、カイルとリルの組み合わせとなった。
試合が始まると、リルは細かく動き回りながら、カイルに的を絞らせない。隙が生まれたその瞬間、リルは迷いなく鋭い突きを繰り出した。
その動きからは、リルが自身の小柄な体格を補うため、戦い方を工夫していることが見て取れた。
試合開始からずっとリルは動き続けており、止まることなく相手に圧力をかけている。
やがて、カイルがわずかに不自然な動きを見せた。これは誘いか?そう思った矢先、リルは躊躇なくその隙を突き、再び鋭く剣を突き出した。
だが、カイルに突き出された剣を外側へと弾き、そのまま自らの剣をリルの体へと打ち込もうとする。
しかしリルは、弾かれた勢いをそのまま利用して横へと跳ね、一撃をかわした。
跳ねた勢いを殺さず、もう一度ステップを踏んでカイルの側面へと回り込むと、その右脇を目がけて剣を突き出す。
「そこまで!」
ランスの制止の声が響き渡った。
リルが勝利を収めた、ということなのだろう。
「まいったな。誘ったつもりだったんだけど、見事に裏をかかれてしまったよ。」
カイルが苦笑を浮かべながらそう言うと、リルはにこやかに頭を下げた。
「カイルさん、ありがとうございました!」
次はリルとレンウィックの対戦か、そう思いながら、どちらが勝つだろうかと考えていたそのとき、レンウィックのひと言が思考を遮った。
「腕試しはここまでかな。」
その視線を追って顔を上げると、十数人の集団が街道の先からこちらに向かって歩いてくるのが見えた。




