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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
6/75

リッキとライズ

翌朝、目を覚まし、身支度を整えていると、ドアの向こうからノックする音が聞こえた。

返事をする前に、勢いよくドアが開き、リルが元気に入ってきた。

私が、なぜノックをしたのか尋ねると、リルはあっけらかんと答えた。

「一応ね、来たよって合図。」


それ以上問いただしても、まともな会話になるとは思えなかったので、私はその話題をそこで終わりにすることにした。


リルが、部屋にハウルの姿が見えないことに気づき、不思議そうに尋ねてきた。


「昨日、いろいろあったので気疲れしたのでしょう。まだ眠っているようですよ。ゆっくり休ませてあげましょう。」


私の説明に、リルは素直に頷いた。

「それじゃ、二人で準備しちゃおうか。」


「用意ができたらロビーに行くので、少し待っていてくれますか?」


「うん、わかった。」

そう言って、リルは軽やかに部屋を出ていった。


支度を整えた私はロビーへ向かった。そこには、マリアとアデル、そしてリルの三人がすでに揃って待っていた。


「ルヴィさん、もし差し支えなければ、アデルも連れて行ってくださるかしら?」


マリアの申し出に、私は快く頷いた。アデルは普段、宿の手伝いで忙しくしている。気晴らしの機会を作ってあげたいという、マリアのさりげない気遣いなのだろう。

アデルの案内で、馬車が並ぶ店へとたどり着いた。店先には、貸し出し用の馬車と、購入可能な馬車がきちんと並べられている。

しばらくの移動を想定しているなら、いずれ借りるよりも買ってしまったほうが良いだろう。そう考えながら、一台ずつ丁寧に見ていく。


「こんなのどうかしら。」


リルが声を上げ、得意げに指差したのは、彫刻や装飾がふんだんに施された、まさに貴族御用達のような豪華な馬車だった。

アデルが苦笑しながらたしなめた。

そのやりとりを聞きながら、私はようやくマリアの真意に思い至った。


選んだのは、華美ではないが、六人ほどがゆったりと座れる広さがあり、荷物を積むスペースも十分に備えた、実用性重視の二頭立ての馬車だった。

しっかりと作られていながら価格も手頃で、金貨一枚もしないというお買い得な一台だった。

店主のアレックスは、馬については街の南東にある牧場で選ぶと良いと教えてくれた。私たちは礼を述べ、続けてその足で、南東にある牧場へと向かうことにした。


牧場に到着すると、視界いっぱいに広がる広大な敷地に、ざっと百頭ほどの馬がのびのびと飼育されていた。

どの馬も健康そうで、よく手入れされている様子がうかがえる。


私たちは馬車用の馬を探している旨を伝えた。対応してくれたのは、日焼けした肌に白髪の混じる口髭をたくわえた、年配の男性だった。


「わしはこの牧場を管理しているタバレスだ。ずいぶん若いお客さんだな。好きな馬を選ぶといい。」


そう言って、タバレスはにこりと笑い、放牧場で自由に馬を見ることを許してくれた。


すでにリルは、近くにいた栗毛の馬ににんじんを与えながら、楽しそうに話しかけている。私はアデルとともに、馬車を引くのに適した馬を探すことにした。

馬に直接触れてもいいかとタバレスに尋ねると、彼は少し険しい表情になって忠告してくれた。


「馬体の大きい五頭には気をつけなさい。一頭はそうでもないが、四頭は気性が荒いから、ケガをするかもしれない。」


それでも、私が気になっていたのは、まさにその五頭だった。

がっしりとした筋肉と立ち姿の美しさは申し分ないが、そのうち二頭は、やや落ち着きがなく、そわそわと動いている様子だった。


じっと静かに佇む一頭に目を留めて近づいていく。漆黒の毛並みが陽の光を受けてわずかに光り、ただならぬ雰囲気を放っている。

斜め前からゆっくりと歩み寄ると、馬は鼻息を荒くしてこちらを鋭く見据えた。

目の前にその大きな鼻面が来た瞬間、「ヒィーン」と威嚇するように一声上げ、顔を左右に振った。


私は立ち止まり、その馬をじっと見上げて語りかける。

「君は立派だね。もし良ければ、私と友達になってくれないかな?」


その声が届いたのか、馬の目つきが少し和らいだように見えた。先ほどの鋭さが引き、どこか好奇心の混じる眼差しに変わっている。


「君は、私の言うことを理解してくれているんだね。賢いんだ。きっと、いい友達になれる。」

そう言いながら、私はそっと手を伸ばし、鼻筋をやさしく撫でた。馬は抵抗することなく受け入れ、やがて私の動きに合わせて、静かに歩き始めた。


私が促すように一歩踏み出すと、その馬は、まるで心を通わせたかのように、私の後ろを静かについてきた。


「一頭は彼にします。もう一頭、見てきますね。」

そう言って、私は先ほど心を通わせた黒毛の馬に向き直り、その額をそっと撫でた。


「しばらくここで待っていてくれるかな?」

やさしく語りかけると、馬は理解したように大きな鼻をふんわりと鳴らし、落ち着いた様子でその場に留まった。

次に向かったのは、先ほどから目を引いていた、馬体の中でも最も大きな一頭だった。

先ほどの五頭のうち、最も荒々しい気配を漂わせていた馬だ。だが、先ほど選んだ馬とのバランスを考えると、この馬が最適だと感じていた。


慎重に距離を詰めると、彼女は私の姿を確認し、闘争心をむき出しにして、前足で地面をかき始めた。私はゆっくり立ち止まり、少し距離を保ったまま声をかけた。


「すまないね。君と争いたいわけではないんだ。もう少し近くに行っても良いかな?」

言葉が届いたのか、地面をかく仕草は止まった。しかし彼女は、なおも警戒のまなざしを向けてくる。


私はさらに一歩ずつ距離を詰め、鼻先が目前に迫る位置まで近づいた。そして、彼女の視線を受けながら、アデルたちのいる方向を手で指し示した。

「さっき、彼と友達になったんだ。今度は、君とも友達になりたい。どうだろう、私に力を貸してくれないだろうか?」


彼女はしばらくの間、私をじっと見下ろすように視線を向けていた。まるで私の言葉の真意を探るかのように...。


それでも私は、視線を逸らさず、まっすぐにその瞳を見つめ続けた。

やがて、彼女の表情に変化が現れた。まぶたがわずかに緩み、視線を落とすようにして、そっと頭を下げた。

私はそっと手を伸ばし、その太く温かな鼻筋をなでながら言った。


「私のことを認めてくれてありがとう。」


そして、声をかける。


「私について来てくれるかな?」

振り返ってアデルたちのいる方向へ歩き出すと、彼女は静かに、だが確かな足取りで私の後ろに続いた。


タバレスは目を丸くして、驚いたように言った。

「おまえさんは、馬と会話ができるのかい?」


もちろん、馬と本当に言葉を交わせるわけではない。だが、気持ちが通じ合うような瞬間があることは、確かに感じている。


「会話をできるわけがないですよ。」

私はあえて、短く、淡々と答えた。


「この二頭を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


そう尋ねると、タバレスは少し唸るような声を漏らしながらも、こんな提案をしてきた。


「この二頭だけでなく、五頭買っていかないか?買い手が付かなくて困っていたんだよ。」

「そう言われましても、二頭立ての馬車ですので、五頭頂いても困るのです...」


私は苦笑しながら答える。


「そうか...では、いずれ必要になったら、また買いに来てくれないか?どの子も値引きするよ、どうかね。」


「わかりました。いつとは保証できませんが、必要になったらまた来ることにします。」


そう約束すると、タバレスは満足そうに頷き、にっこりと笑った。


「馬具はサービスするよ。調整するので、二頭を連れてきてもらえるかね?」

「はい。」


私は頷き、振り返って二頭に声をかけた。


「少し窮屈するかもしれないけれど、馬具を付けるので、ついて来てくれるかな?」


声をかけると、二頭は静かに私の後をついて歩き出した。タバレスはその様子を見て、何かを言いかけて、ただ微笑んだ。


馬具の調整が終わると、私はリルを呼び、二頭の馬に紹介した。

「こちらはアデル、こちらがリル。二人は仲の良い姉妹で、私の大事な友達です。仲良くしてくださいね。」


馬たちはじっとリルとアデルを見つめていた。すると、リルが首をかしげながら私に尋ねた。

「お兄さん、お馬さんとお話しができるの?」


「そんなことはないですよ。でも、心は通じていると信じているんです。」

そう答えると、リルは目を丸くし、感心したように言った。


「へぇ~そうなんだ。お兄さん、何でも知ってるだけじゃないんだね。」


私たちは、二頭の馬を連れて馬車の店へと戻った。店主のアレックスに声をかけると、彼は驚いたように目を見開き、感心したように言った。


「ずいぶん立派な馬を選んできたんだね。」


馬車のところへ行くと、二頭は静かに立ち止まり、自ら進んで馬車に繋がれるのを待っていた。

アレックスにお礼を伝え、三人で馬車に乗り込む。私は手綱を握り、宿へと向かった。

道中、朝食用にと街角の店で焼きたてのパンを購入し、馬車に揺られながら三人でほおばっていると、リルが突然、無茶なことを言い出した。


「ルヴィ、ライズとリッキの好物、聞いてみてよ。」


いつの間にか、二頭に名前がつけられていたようだった。

リルによれば、気位が高く気品のある雄のほうがライズ。少し荒っぽいけれど力強い雌のほうがリッキらしい。

もちろん、馬に好物を直接聞くことはできない。私はそれを正直に伝えた。


するとリルは、少し口をとがらせて言った。

「わたしたちだけ朝食を食べて、リッキとライズは食べられないなんて、かわいそうじゃない。」


その言い分に、一理あると感じた私は、頷いて答えた。


「宿についたら、美味しいものを食べさせてあげましょう。」


宿に戻ると、厩にはたっぷりの飼葉が用意されていた。きっとマリアの心遣いだろう。

私は馬車を停め、ライズとリッキを丁寧に馬車から外して厩へと導いた。

リルはさっそく飼葉を抱えて二頭の前に出し、明るく声をかけた。


「たーんと召し上がれ。」

リルの笑顔に、ライズとリッキは鼻を鳴らしながら、嬉しそうに飼葉に顔を埋めた。


ちょうど玄関を通りかかったところで、マリアの姿が目に入った。

「飼葉の準備、ありがとうございました。」


そう声をかけると、マリアは変わらぬ優しい笑顔で答えた。

「お礼には及びませんわ。いつものお仕事ですから。」


部屋に戻ると、ハウルはまだベッドの中で眠っていた。昨日の移動や緊張で、相当疲れていたのだろう。

けれど、なるべく早く出発したかった私は、そっと声をかけた。


「ハウル、そろそろ起きてくれないか?」

まどろみの中から、ようやく彼が目を開けた。


「ずいぶん日が昇ってしまったな。馬車の準備をしなきゃいけないのに、寝過ごしてしまった。ルヴィ、もっと早く起こしてくれればよかったのに。」


「君は疲れていたみたいだったからね。馬車の準備は済ませておいたよ。」


「そうだったのか。ありがとう、ルヴィ。それじゃあ、早速準備に取り掛かろう。」


ハウルが慌てて身支度を始めようとしたその時、私はパンを一つ手渡しながら、やんわりと制した。


「ゆっくり身支度を整えてからでいいのではないかな。アデルとリルと三人で、できることはもう進めているから。」


「それもそうだな...ありがとう、ルヴィ。」


ハウルは肩の力を抜いて頷き、もう一度、感謝の言葉を口にした。


アデル、リル、そして私の三人で馬車の準備を進めていると、身支度を整えたハウルが姿を現した。彼は無言で荷物を手に取り、手際よく馬車へと運び始めた。

その間に私は、ライズとリッキのもとへ向かい、ゆっくりと手綱を取りながら馬車へと繋いだ。

すべての準備が整うと、私たちは宿の玄関へ戻り、マリアに挨拶をした。


マリアはあたたかく微笑み、手を振って私たちを見送ってくれた。

四人で馬車に乗り込む。御者台には私とハウルが並び、私が手綱を握った。

ライズとリッキが軽やかに歩き出すと、馬車は静かに宿を後にした。


後方の車内では、アデルとリルが楽しそうに外の景色を眺めながら会話を弾ませていた。

どうやら二人とも、馬車に乗るのは初めてらしく、その話題で盛り上がっている。

私自身は、過去の記憶を失っている。しかし不思議なことに、馬車の乗り方や手綱の扱い方は、自然と手になじんでいた。


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