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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第三章
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交易の始めたい

ジャックの声に、フレデリックもロレンツォも一瞬驚いた様子を見せたが、やがてロレンツォは穏やかな笑みを浮かべていた。


「分かりました、ジャック。一緒に来なさい。」

そう言ってからフレデリックはアレーナに目を向けた。

「アレーナ、この部屋にある品は、すべて倉庫へ運び入れるよう皆に伝えてください。」


アレーナが頷いて足早に部屋を出ていくのを見届けると、オレたちは、商会に来た初日に通された落ち着いた応接室へと移動した。

ランスとリルは「馬の世話をしてくる」と言って外へ出て行った。


部屋に入ると、先ほど名乗り出たジャックが口を開いた。


「私はフレデリックの息子、ジャン=ジャック・ドルムントと申します。ジャックと呼んでください。

 話に割り込む形になってしまい申し訳ありません。ですが、このお話にぜひ関わらせていただきたいのです。

 そして、内容について私なりにお手伝いもできればと思っています。よろしいでしょうか?」


視線をルヴィに送ると、彼はにこやかに頷いてくれた。


「ジャック、オレは君や君のお父さんから学びたいことがたくさんあるんだ。今夜のことだけでなく、これから先も、話し相手になってくれないかな?」


オレの言葉に、ジャックは少し目を丸くし、すぐにほっとしたような表情で返した。


「...はい、もちろん。ハウルくん、一緒に学びましょう。」

「うん。僕のことはハウルでいいよ。」

「ありがとう、ハウル。」


こうして、商談の場に揃ったのは、オレとルヴィ、アデル、ソニアの四人に、フレデリック、ロレンツォ、ジャックを加えた七人となった。

皆が席につき静まったところで、ルヴィが全員を見渡しながら口を開いた。


「先ほど少しお話ししましたが、今回は、デネリフェ島とエラムウィンドの間で、定期的な交易を行う仕組みを作れないかというご相談です。

 私の考えを先にお伝えしておきますと...

 エラムウィンドから東の街デッサウまでの輸送をドルムント商会に、デッサウからミドルポートまでの輸送をリズベック商会にお願いし、

 ミドルポートからデネリフェ島までは、私たちが船で運ぶという流れを考えています。

 取り扱う品物としては、エラムウィンドからは鉄鉱石や砂鉄を。デネリフェ島からは鍛冶製品と、島で採れる海産物をお届けする予定です。

 さらに、リズベック商会とも協議を重ねて、エラムウィンドと取引可能な品物の追加も検討するつもりです。」


フレデリックは少し目を見開いて、驚き混じりの声を上げた。


「デッサウの街まででしたら、我がドルムント商会で問題なく荷物の運搬が可能です。利益も十分に見込める提案です。ありがたいお話ですね。

 ただ、ルヴィくんたちは、すでにリズベック商会とお取引の実績があるのですか?」


その問いに、ルヴィは落ち着いた表情で答えた。


「いえ、正式な取引はまだですが、ここへ来るまでの旅で親しくさせていただきました。帰路でこの計画を相談してみようと考えています。」


すると、横にいたジャックが身を乗り出すように声を上げた。

「ルヴィさん、ハウル、それに父上。デッサウとエラムウィンド間の交易路、ぜひ私に任せていただけませんか?」


その申し出に、まずルヴィが頷きながら答える。

「私のことは、ルヴィと呼んでください。私に異存はありません。

 若い世代が互いに協力し、学び合いながら、より良い交易路を作っていけるのなら、それに勝ることはありませんから。」


続いてハウルが言葉を継いだ。


「僕も、ジャックと共にこの交易路を築いていきたいと考えています。海の輸送はソニアが、陸路はジャックと僕が、そして全体の統括はルヴィとアデルに。

 この体制であれば、きっと素晴らしい交易路を確立できるはずです。フレデリックさん、いかがでしょう?」


フレデリックは深く頷きながら言った。


「ここまでしっかり考えていらっしゃるのであれば、ジャックに任せましょう。ただし、明日の夜までに計画を具体的にまとめていただけますか?

 父と私とで内容を拝見し、問題なければ実行に移しましょう。その際は、ジャックをリズベック商会に紹介していただけると助かります。」


「はい、ありがとうございます。では、明日の夜に改めてお話しさせてください。」



翌日。


ルヴィ、アデル、ランス、ソニア、リル、そしてジャックに集まってもらった。

それぞれが持ち寄った情報を元に、利益、コスト、リスク、そして必要となる物資や人員のリストを一つひとつ丁寧に確認していく。

中でも、通過した町々でルヴィとアデルが詳細に調べていた経済状況の資料は、計画に大きく役に立った。


議論を重ねるうちに、少しずつ計画の輪郭が整っていく。日が傾く頃には、一つの確かな案として形を成していた。


夜の帳が下りたころ、フレデリックとロレンツォが、仕事の話にはあまり姿を見せないシドニーを伴って現れた。

フレデリックとロレンツォが、机に広げられた計画書に目を通しているあいだ、シドニーはそっとオレたちの元に歩み寄ってきた。


「ハウルくん、それに皆さん。ジャックのこと、どうかよろしくお願いしますね。」


そう言って穏やかに微笑むと、ジャックが幼いころ、体が弱くて病床に伏していた時期があったことなど、優しい母親らしい口ぶりで語ってくれた。

その言葉には、息子が仲間とともに何かを成し遂げようとしていることへの、誇らしさとわずかな不安がにじんでいた。


やがて、フレデリックとロレンツォが書類から顔を上げ、満足そうに感嘆の声を上げた。


「これを、今日一日でまとめ上げたのですか...。実行するものの名前を記入すれば、そのまま実施できるのではないかと思ってしまいます。」


フレデリックの声に続いて、ロレンツォも感慨深げに言葉を継ぐ。


「これは本当に素晴らしい。実施されれば、関わる全員に大きな利益をもたらすはずです。

 それにしても...海産物に、珊瑚や真珠といった装飾品まで含まれているとは。ハウル、それらは定期的に手に入るものなのか?」


「はい。デネリフェ島では、セイレーンの方々との交易を予定しています。これらの品々は、彼らから仕入れることができるのです。」


オレの返答に、ロレンツォは驚きを隠さず、静かに目を見開いた。


「なんと...セイレーンとのつながりまであるとは。伝説として語られるばかりで、現実に見た者すらほとんどいないというのに。」


たしかに、自分自身でも信じがたいほどに、この旅では多くの出会いと縁に恵まれてきた。

その一つひとつが、仲間にとってもかけがえのない財産となっている。そして、この街に来られたことで、オレにもまた新たな出会いが生まれた。


ルヴィがこの街でのやり取りをオレに任せてくれたのは、信頼の証だ。その期待に応えられるよう、オレはこの新たな交易の一歩をしっかりと踏み出したい。


フレデリックがもう一度計画書に目を通しながら、眉をひそめて言った。

「ところで、護衛の人数が少々多いように見えますが...これは本当に必要な数でしょうか?」


それに対してオレは、落ち着いて頷きながら答えた。


「ルヴィやランスの話によれば、この国は今後、不安定な状況に陥る可能性があるとのことです。

 実際、私たちもここへ来る途中で盗賊に襲われました。その様子からも、盗賊の数が増えているのは間違いないと思います。

 ですので、護衛は多いに越したことはありませんが、多すぎても費用がかかります。そこで、その数字になりました。」


「なるほど。危機を前提とした、現実的な判断というわけですね。」


納得したようにフレデリックは頷きつつ、視線をオレから全体に向けて言葉を続けた。


「となれば、次の課題は人員の確保ですね。リズベック商会やセイレーンとの交渉については、もちろん皆さんにお任せするしかありません。

 ですが、護衛や運搬人員の確保については、私たちも手を貸せると思います。」


「ありがとうございます。それは本当に心強いです。」


オレは丁寧に頭を下げ、すぐに隣にいたランスの方へと視線を送った。

「ちょうど、ランスにも人員について考えがあるようです。彼からも話を聞いていただけますか?」


ランスは静かに頷くと一歩前に出て、穏やかな表情で語り始めた。


「私たちがここに来る途中、盗賊に襲われたことはハウルが申し上げた通りですが...その後、ある出来事をきっかけに、盗賊たちの内情を知る機会がありました。

 そこで気づいたのです。彼らの中には、望んで盗賊をしている者ばかりではなく、生きる術を失って盗賊になるしかなかった者も多いということに。」


ランスの言葉に、フレデリックが目を見開いた。ロレンツォも無言のまま耳を傾けている。


「アルヴィアの街では、かつて盗賊でありながら改心し、今は真面目に働いている者もいます。

 私は、帰り道で残る盗賊の一掃を提案しようと考えていました。そしてその中に、もし心を入れ替える者がいれば、一定期間アルヴィアで更生の機会を与える。

 その上で問題がなければ、交易の人員として雇い入れていくのはどうかと考えています。」


ランスの話を聞いたフレデリックは、大きくうなずきながら言った。

「それは素晴らしい提案ですね。交易路の安全が確保され、人員も補充できる、まさに一石二鳥です。父上、いかがでしょう?」


促されたロレンツォも、穏やかにうなずいて答えた。

「異論はない。これほどしっかりした計画を我らの商会に任せてもらえるとは、まことに光栄なことだ。ジャック、お前は自分の担当を誠実に全うするのだぞ。」


それを受けてフレデリックが改めて言葉を続けた。

「では、決まりですね。ハウル、そして皆さん。ドルムント商会として、全力でこの交易の成功に尽力します。

 つきましては、ミドルポートまでジャックを同行させてください。

 ズベック商会との良い縁を築くためにも、彼自身に足を運ばせたいのです。どうぞよろしくお願いします。」


「こちらこそお願いしたいと思っていたところです。ジャックも先ほどから強い意志を示していましたし、僕も彼と共に旅ができることを楽しみにしています。」


その後は和やかな雑談となり、シドニーとロレンツォは早めに席を外した。


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