品評会
ドルムント商会に戻ると、アレーナが現れ、広い広間へと案内してくれた。
「こちらに品物を並べてほしいと、代表から伝言を預かっております。馬車はこの部屋の横付けが可能です。
品物の搬入時には手伝いの者を呼びますので、お声かけください。」
「ありがとう。馬車をこの部屋まで持って来られるなら、自分たちで運び込めるから手伝いは不要です。」
「かしこまりました。では、何かございましたらこちらの鈴を鳴らしてください。」
そう言って、アレーナは部屋を後にした。
「それじゃ、早速荷物を取りに行こう。ルヴィ、ランス、手伝ってくれるかい?」
「もちろん」と声を揃えて答える二人に頷き、オレは馬車のある厩へ向かった。
エクリプスとアズールを厩から引き出し、馬車に繋いで広間の出入口まで引いていく。そこでは、すでにアデルとリル、ソニアが待っていてくれた。
馬車の引き綱をルヴィとランスに任せ、オレはアデルたちと共に荷の搬入を始める。
すべての品を運び入れると、広々としていた広間がぐっと狭くなったように感じられた。
オレたちは荷を丁寧に整えながら並べ直していたが、その時、元気な声が部屋中に響いた。
「せいが出るな!」
朗らかな声とともにサンドロが広間へ入ってくる。その後ろにはピエトロ、ルカ、そして見慣れぬ若いドワーフの男女が続いた。
ルカがにこやかに二人を紹介する。
「このドワーフの姉弟は、姉のクローディンと弟のグンダー。工房でも若くして頭角を現しているんだ。
それからもう一人、ベルナルドって若い人間の職人があとで来る予定だから、一緒に品物を見せてくれるかな?」
「もちろん、喜んで。」と答えると、ドワーフの姉弟が「よろしく」と手を差し出してきて、力強く握手を交わした。
五人の職人たちは、品物を一つひとつ丁寧に手に取り、感嘆の声を漏らしたり、静かにため息をついたりしていた。
ドワーフの姉弟であるクローディンとグンダーが興味深そうに質問してくる。
オレは、父や兄から教わったことを思い出しながら答えると、二人は納得したように何度もうなずいていた。
しばらくして、ロレンツォとフレデリックが現れ、ジャックと、見知らぬ青年を伴って広間に入ってきた。
フレデリックがサンドロに声をかける。
「サンドロ、ベルナルドが道に迷ってたから連れてきたけど、ここに連れてきてよかったのか?」
「助かったよ、フレデリック。ありがとな。」
サンドロは軽く笑いながらそう言って、ベルナルドと呼ばれた青年の頭をぽんと軽く叩いた。
広間の中は、次第に落ち着いた空気に包まれていった。皆が真剣な面持ちで製品を見ており、時折質問が飛ぶたび、こちらも真剣に答える。
やがて、見学も一段落したのか、フレデリックはルヴィと向き合って話し始めた。おそらく、商会に関する話をしているのだろう。
ランスはロレンツォと何やら難しげな話をしており、政治か王国情勢について語っているようだった。
リルとソニアはジャックと楽しそうに会話をしており、アデルは一人、整然と品物を並べ直している。
工房の六人は最後まで細かい意匠をじっくりと観察し、少しでも気になる箇所があればすぐに質問を投げかけてくる。
そして、十分に見終えたと感じたのか、フレデリックが広間に向かって声を上げた。
「やはり素晴らしい品々ですね。見事な仕上がりです。こちらの品物はすべて、ドルムント商会で買い取らせていただきたいと考えています。
ですが、工房の皆さんが『これは』と思うものがあれば、そちらにお譲りしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
その申し出に、ピエトロが笑いながら応じた。
「おいおい、あんた、十八年前にこの街から追い出した張本人が、よくそんなこと言えるな。」
そう言って場を和ませつつ、肩をすくめる。
「とはいえ、十分に見せてもらったよ。品物は商会で引き取ってくれて構わん。」
そして、しみじみと呟いた。
「まったく...こんな逸品を、路地裏で露店開いて売ってたって話だから、驚きだよな。贅沢な話だ。」
サンドロの言葉は、オレがパルマスの街で露店を開いていたときのことを指していた。
だから、オレは静かに口を開いた。
「パルマスの商会では、品物を見せても取り合ってくれませんでした。露店でも一つも売れなくて...。
そんなときにルヴィが声をかけてくれたんです。『これは、こんな場所で売るものではない』って。」
するとサンドロが興味深そうに目を細め、さらに話を続けた。
「ほう、それは興味深いな。ルヴィ殿、何故そう思った?オレたちのような職人には、一目見れば分かるが、あんたは職人じゃないし、まだ若いじゃないか。」
突然話を振られたルヴィは一瞬驚いたものの、すぐに落ち着きを取り戻し、静かに答えた。
「そ、そうですね...。ハウルの並べていた品物には、細部にまで妥協のない意匠が施されていました。
一つ一つが精巧で、しかもすべての品に品質の差が無いんです。それに、庶民向けというより、もっと大事に使われるべきものだと感じました。」
サンドロはふむ、と頷き、満足げに笑みを浮かべた。
「そうか...たいしたもんだ。感性ってのは、学ばずとも育つことがあるもんだな。ベルナルドも少しは見習ってほしいもんだ。」
いきなり話題を振られたベルナルドは「え、なんでオレに?」と文句を言いかけたが、サンドロはまったく取り合わない。
広間には、ハウルの父と兄の鍛えた製品を囲んでの談笑が続き、和やかな雰囲気が漂っていた。
今まで黙っていたドワーフ姉弟の姉、クローディンが真剣な面持ちで立ち上がり、サンドロの前に歩み出た。
「し、師匠...。私と弟のグンダー、二人で...この品物を作った方のもとへ行って、学び直したいのです。お許しいただけないでしょうか?」
サンドロはしばし無言でクローディンを見つめ、そして少し寂しげに口を開いた。
「...オレを見捨てて、新しい師匠のもとに行くってわけかい。
ふぅ、まあ...その気持ちは分かるさ。クローディンとグンダーはそう言ってるが、ベルナルド、お前はどう思う?」
急に問いかけられたベルナルドは、黙って考え込んだ。そして、ゆっくりと答えた。
「...オレも、クローディンたちと一緒に行きたいです。オレにも、あの技を近くで見て、学びたいって思う気持ちがあります。」
サンドロは豪快に笑いながら言った。
「ははははは、オレの弟子たちは、ほんと師匠思いで困っちまうよ。ありがたい話だな。」
そして、ふいに表情を引き締め、真剣なまなざしでこちらを見つめた。
「というわけで、ハウル。この三人を、お前の親父さんの工房で働かせてもらえないか? お前から頼んでもらえるとありがたい。」
自分のことならその場で返事をできるが、父さんの工房のこととなると、勝手に引き受けるわけにはいかない。
とはいえ、工房には三人くらい受け入れられる余裕があるし、父さんならきっと快く引き受けてくれるはずだ。
「わかりました。僕から父さんにお願いしてみます。ただ、もしダメだったときは、すみませんが諦めて戻ってくださいね。」
そう答えると、クローディンたち三人は一斉に「はい!」と返事をし、引き締まった表情でうなずいた。
「仲間が増えたことで馬車のことが気になるが...。ランスとベルナルドさんに馬に乗ってもらえれば、何とかなるだろう。」
オレの提案に、ルヴィが少し考え込んでから口を開いた。
「問題ありません。それに、今後のことを考えると、帰りは船をもう一艘手配しておいた方が良いかもしれないと思っていたところです。」
そのとき、フレデリックが興味深そうに声を上げた。
「ほう...今後のことというのは?」
ルヴィは真面目な表情で答えた。
「ハウルの提案で、将来的にデネリフェ島とエラムウィンドの間で定期的な交易ができないかと検討しています。」
「それは、実に興味深い話ですね。よければ後ほど、詳しくお聞かせいただけますか?」
フレデリックの話が一段落したのを見計らい、サンドロが場を見回して言った。
「そっちの話は終わったかい?で、ハウル。あの三人のこと、引き受けてくれるのかい?」
「はい。僕たちが責任をもって、デネリフェ島までお連れします。」
オレが答えると、サンドロは満足げにうなずき、振り返って三人に言い聞かせる。
「よし、クローディン、グンダー、ベルナルド。ちゃんと聞いてたな?ありがたい話なんだ、くれぐれも迷惑をかけるんじゃないぞ。」
クローディンとグンダーが一歩進み、オレの前に立った。年齢的にはずっと年上なのに、ドワーフ特有の小柄な体躯で、自然と目線は下になる。
「ハウルくん、ルヴィくん。私たちは旅に不慣れなので、いろいろと教えてもらえると嬉しいです。」
クローディンが丁寧に頭を下げた後、グンダーが無骨に右手を差し出してきた。
「力仕事なら任せとけ。何か手伝うことがあったら何でも言ってくれ。」
がっしりとしたその手を握り返すと、こちらの腕が少ししびれるほどの握力だった。
「それで、出発はいつなんだい?」
今度はルカが問いかけてくる。ルヴィとは『準備ができ次第』と話していたが、今となっては条件が整い次第という話になっている。
この場でフレデリックに尋ねることにした。
「フレデリックさん、この品物の売り上げをすべて良質な鉄鉱石や砂鉄に替えたいのですが、どのくらいで準備できますか?」
オレの言葉にルヴィが一歩前に出て、少しだけ内容を補足する。
「申し訳ありません。この売り上げの倍の量の鉄鉱石と砂鉄を購入させていただければと思います。輸送のために荷馬車も一台お願いできませんか?」
「なるほど、倍の量ですか。それならば、馬車一台ではとても積みきれませんね。準備には二日、お時間をください。」
フレデリックの返答に、ルヴィと顔を見合わせてうなずき、声をそろえて礼を述べた。
「ありがとうございます。では、三日後の朝に出発とさせていただきます。」
ルカはその場で三人の職人に目をやり、軽く顎をしゃくってから言った。
「出発に遅れないように、それぞれ旅支度を整えておくようにね。」
その後、ヴェロッキオ工房の面々が順に挨拶して部屋を後にすると、フレデリックが落ち着いた声で口を開いた。
「皆さん、もう少し落ち着いて話をしませんか?よろしければ、部屋を移して続きを。」
その提案に対し、意外な人物が静かに口を挟んだ。
「父上、そのお話、私もご一緒させていただけませんか?」
その声の主は、ジャックだった。




