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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
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街の路地

露店は通常、大通りに面した広い路地にしか出ていないはずだが、この場所はそれほど広くはなかった。

さらに、この路地には鉄製品を扱う露店がたった一軒しかなく、ひっそりと店を構えていた。


店先には武具も並べられていたが、やはり大人向けのものばかりで、リルは少しがっかりした様子を見せた。

しかし、私はふと気になり、試しに短剣を一振り手に取ってみて驚いた。

先ほど大通りの武具店で見たものより、はるかに質が良い。それでいて、価格はあの店よりも安いのだ。


気になった私は、店主の席に座っている少年に声をかけた。

「この品々、すごく質が良いと思うのですが...どうしてこんな狭い路地で露店を出しているのですか?」


少年は力強い視線でこちらを見つめ、静かに口を開いた。

「君には、この品物の良さが分かるのか?」


「ええ。先ほど立ち寄った店の製品とは、明らかに質が違います。私が見てきた鉄製品の中でも、かなりの出来だと思います。」


そう答えると、少年の顔がぱっと明るくなり、嬉しそうに話し始めた。


「そうか、ありがとう。実はね...うちは小さな鍛冶屋で、大量生産ができないんだ。

 それで、街の商会にも所属できなくてさ。商会に入れば、品物を買い取ってもらえたり、いい場所で店を構えられるんだけど...。」


「そういう事情があったんですね。知らずに失礼なことを言ってしまって...申し訳ありません。」


私が頭を下げると、少年はにっこり笑った。

「謝らなくていいよ。品物の価値を分かってくれるだけで、オレは十分嬉しいさ。」


「これらの品は、あなたが作ったんですか?」


「いや、まだオレは未熟で、父さんや兄さんが作ったものなんだ。ところで君たちはどんな物を探しているんだい?。」


真っ直ぐな目で尋ねてくる少年に、私は答えた。


「その前に、自己紹介が遅れましたね。私はルードヴィヒ。ルヴィと呼んでください。そしてこちらは...。」

「アヴリルよ。リルって呼んでね。」


すると、少年もにこやかに自己紹介してくれた。

「オレはハウル・シュルーダー。よろしく。」


リルが少し声のトーンを変えて言った。

「実はね、わたしが使える剣を探してたの。でも、大人向けのものばかりで、なかなか合うものが見つからなくて。」


それを聞いたハウルは、少し考え込んだあと、ぽつりと言った。


「女の子が剣を探すなんて、ちょっと驚きだな。でも...この通り露店じゃあまり売れないし、よかったらうちに来て、リルの剣を作ってもらおうか?」


「えっ、本当に?作ってもらえるの?ハウルはどこに住んでるの?」


「オレの家は、この街から森を抜けて一日ほど歩いたところにあるヴァレノ村だよ。今から出れば、深夜には着くはずだ。

 明日、父さんに頼めば、きっと喜んで引き受けてくれると思う。ルヴィの話もすれば、なおさらね。」


ハウルの申し出に、私は少し考えてから口を開いた。

「提案があるのですが、聞いていただけますか?」


リルもハウルも、静かにこちらに視線を向けてくる。


「今夜はこの街に泊まり、明日の朝一番でヴァレノ村へ向かいましょう。私が馬車を用意します。

 三人で行けば、リルの希望を直接お父様やお兄様に伝えられるし、よりリルに合った剣に仕上がるはずです。

 それに、私も一振り、剣を打っていただきたいと思いまして...いかがでしょう?」


ハウルは目を丸くして尋ねた。


「ルヴィ、それって本当にできるのか?」

代わりにリルが笑いながら答えた。


「ルヴィはね、お金持ちらしいのよ。」


「そうなのか...じゃあ、その提案、乗らせてもらおうかな。」

こうして話はまとまり、三人でマリアの宿屋へと戻ることにした。


ハウルは私と同じ年齢だと分かった。けれど、身長は彼の方が少し高い。

リルとハウルはすっかり打ち解け、街のこと、村のこと、家族のことなどを楽しそうに語り合っていた。


そんな会話の最中、不意に私の話題が出て、リルが得意げに語り始めた。


「ルヴィはね、迷子なのよ。森で迷子になってるところで出会ったの。」


話がだいぶ盛られている気がするが、面白いのでそのまま黙って聞いていた。するとハウルが、目を丸くして尋ねた。


「迷子って、道に迷ったってこと?」


「ううん、違うの。人生に迷っちゃったの。自分のこと全部忘れちゃったんだって。

 最初に出会ったときなんか、自分の名前さえ分からなかったんだから。でも、自分のこと以外は何でも知ってるのよ!」


「それって大変なことじゃないか、ルヴィ。どうしてそんなことに...って、それも思い出せないんだよね?」


「そうなんです。でも、リルやお姉様のアデル、そしてリルのお母様のマリアさんに助けられて、今はのんびり情報が入るのを待っているところなのです。」


「そうか...オレも、何か役に立てたらいいんだけどな。」

ハウルはそう言って、少し照れくさそうに笑った。


その時、ちょうど話題が途切れ、ふと視線を向けた先に、大通りに面した小さな書店が目に入った。


「リル、ハウル、少しあそこの書店に立ち寄ってもいいですか?」


二人に声をかけて了承を得ると、そのこぢんまりとした書店へ足を運んだ。店内は狭く、棚の間もぎりぎり人が通れるほどだったが、どこか落ち着く空間だった。


本棚を眺めながら奥へ進んでいくと、隅のほうで目的の本を見つけた。手に取って中身を軽く確認し、その本を購入して外へ出る。

待っていたリルに声をかけた。


「リル、剣を手に入れるのは少し先になりそうですが、これなら今からでも学べますよ。」

そう言って、私は彼女に本を手渡した。


「この本を読んでいけば、魔法の勉強になります。分からないことがあれば、いつでも聞いてくださいね。」

「ありがとう、ルヴィ!」


リルはとても嬉しそうに微笑みながら、お礼を言ってくれた。その笑顔を見て、私も自然と頬がゆるんだ。


宿に戻ると、マリアが玄関で出迎えてくれた。

「リルはまたお友達を連れて帰ってきたのね。今日は賑やかね。」


「僕はハウル・シュルーダーと言います。」


ハウルが丁寧に挨拶すると、マリアは少し首をかしげながら微笑んだ。


「どうしましょう?ルヴィさんと一緒の部屋が良いかしら?それとも別の部屋をご用意しましょうか?」


「私と一緒の部屋でお願いします。」


私がすかさず答えると、マリアはにっこりと笑って頷いた。

「わかりましたわ。ではルヴィさんもハウルさんも、ごゆっくりお過ごしくださいね。」


「ありがとうございます。」


私とハウルはそろってお礼を言い、それからこれまでの経緯をマリアに説明した。

明日、リルを連れてハウルの村へ行く予定だと伝えると、マリアはすぐに快く承諾してくれた。

改めて感謝を伝えた後、私はハウルを自分の部屋へ案内した。


部屋に入ると、ハウルが目を見張って声を上げた。

「ルヴィ、こんな立派な部屋を借りてるのかい?」


「成り行き上、そうなってしまったのですが...。」

私は少し困ったように曖昧に答えた。


すると、タイミングよくドアをノックする音が響く。

「どうぞ。」と返事をすると、リルがアデルを伴って部屋に入ってきた。


「この人がハウルで、さっきお友達になったの。」


「私はリルの姉で、アデル・フェルステルと申します。」


リルが紹介すると、アデルは礼儀正しく名乗った。


「リルに紹介してもらったけど、オレはハウル・シュルーダーっていいます。よろしく。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。ハウルさんは鉄製品をお売りになっていると伺いましたが、もしよろしければお見せいただけませんか?」


アデルが穏やかに尋ねると、ハウルは少し照れたように笑って言った。


「アデル『さん』なんて呼ばないでくれよ、なんか恥ずかしいから。鉄製品なら、今ここに並べるから待ってて。」


そう言って、ハウルは自分の荷物を解き、持ってきた商品を宿の部屋の一角に丁寧に並べ始めた。まるで小さな露店が、室内にひっそりと現れたかのようだった。


並べられたのは、武具ではなかった。包丁やナイフ、フォーク、鍋にフライパンといった、生活に密着した日用品が並んでいた。

リルが興味を引かれたようで、マリアを呼びに行き、マリア、アデル、リルの親子で製品を眺め始める。


「まあ、素晴らしい品物がそろってますわね。お高いんでしょう?」


マリアが感嘆の声を漏らしながら値段を尋ねると、代わりにリルが元気よく答えた。


「それがね、大通りの金物屋さんより安いんだよ!」


「商会に所属していないので、なかなかお客さんがつかないんです...。」


ハウルが少し遠慮がちに説明を添えた。


「そうなのですか。商会のことは良くない噂も耳にしますけれど...。それで、いくつか購入させていただいてもよろしいかしら?」

「もちろん、ぜひお願いします!」


ハウルは顔を輝かせて答えた。


マリアとアデルが、キッチンナイフや鍋、フォークなどのキッチン用品を次々に手に取り、楽しそうに選んでいく様子を見て、ハウルは戸惑い気味に声を上げた。


「こんなに買ってもらえるんですか?」


「もちろんです。このような良い品を購入できる機会は、そう多くはありませんから。少しお礼もさせていただきますわ。」


「そ、それは申し訳ないです。それに、商会にバレたらマリアさんたちに迷惑がかかるのでは...?」


ハウルが心配そうに眉をひそめると、マリアは落ち着いた笑みを浮かべながら答えた。


「ご心配には及びませんわ。ここだけの話ですので、知っているのは五人だけです。

 仮に商会にこの話が伝わったとしても、少し伝手がありますので、どのようにでも対応できますわ。」


「そ、そういうことなら...有難く取引させていただきます。」


ハウルの頬が、ほっとしたように緩んだ。

アデルとリルが、選んだ品を手際よく包み、購入した荷物をそっとまとめていく。マリアは支払いのため、きらりと光る金貨と銀貨を差し出した。

どうやら、話していた通り割増しの金額を包んでいたようだった。


「マリアさん、ありがとうございます。」


ハウルが深々と頭を下げる。


「ハウルさんこそ、良いものをお譲りいただき、ありがとうございました。

 いつまでもルヴィさんのお部屋にお邪魔しているわけにはいきませんので、そろそろ失礼いたしますね。」


「マリアさん、ありがとうございました。」


私も感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


マリアが部屋を出ていくと、入れ替わるようにリルが戻ってきた。どうやらアデルは、夕食の準備を手伝っているらしい。

部屋にはハウル、リル、そして私の三人。しばらくの間、武具や街、村のことなどを話題に、楽しい時間が流れた。


そんな中、ふとハウルがぽつりと呟いた。


「ルヴィは本当に何でも知っているんだな。自分のことが分からないなんて信じられないよ。」


「それは私も、不思議でならないのです。」


私はそう返した。どうして自分だけが抜け落ちているのか...。


ちょうどその時、ドアをノックする音が響いた。

リルが立ち上がって扉を開けると、そこにはアデルが立っていた。


「夕食の準備ができましたので、お二人ともダイニングへどうぞ。」


「昼食だけでなく、夕食までご馳走になるわけには...。」


私が少し戸惑いながら言うと、アデルはやわらかな笑顔で答えた。


「食事は大人数で楽しくいただいた方が、おいしくいただけますわ。」


その言葉に背中を押されるように、私は恐縮しながら立ち上がった。そして、ハウルと並んでアデルに案内され、ダイニングへと向かった。


ダイニングテーブルには五人分の食事が並び、マリアがシチューをそれぞれの器によそっていた。香ばしい香りが鼻をくすぐり、自然とお腹が鳴りそうになる。

ハウルを含めた五人で囲む食卓は、和やかで楽しい雰囲気に満ちていた。会話は弾み、笑い声が絶えなかった。


その中でマリアは、ハウルから購入した調理器具について嬉しそうに語った。


「この鍋は火の通りが均一で、全体に熱が伝わるように作られていますし、キッチンナイフも軽いわりに切れ味が良くて...肉を切る包丁も、今まで使っていたものよりずっと楽に切れますわ。」


賞賛の言葉が次々と飛び出し、ハウルは照れくさそうに、少し俯いたまま黙って聞いていた。


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