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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第二章
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逃避行

隣街へと続く道は広く開け、どこまでも続く草原が目に心地よかった。風が草を揺らす音や、鳥たちのさえずりが静かに響く。

歩きながら、これまでの戦いや出会いを思い返し、自分が少しずつ変わってきたことを実感していた。


やがて、日が西にだいぶ傾いた頃、隣街の城壁が視界に入ってきた。

市場から賑やかな声が風に乗って聞こえてくる。街に入ったランスは、活気あふれる人々の中を抜け、馬を扱う店を探し当てた。

そこで足の速そうな若馬を一頭選び、支払いを済ませると、西の街道へと向かう。


馬の首筋をやさしく撫でながら鞍にまたがると、南西へと続く街道に向かって馬を走らせた。


それから三日。ランスは休みを最小限に抑え、ロコアウラの近郊までたどり着いた。

まだ斥候の目には入らぬ距離ではあったが、この辺りはロコアウラとタキュロンドの陣営がにらみ合う、緊迫した境界線だった。


これ以上街道を進むのは危険だと判断し、南へと迂回して街に近づくことにする。

やがて、南西側からロコアウラへと続く街道に合流し、馬の歩みをゆっくりと進める。


しばらく進むと哨戒の兵に呼び止められた。

ランスロットと名乗り、祖父のペディヴィアに会いに来たと伝えると、兵は怪訝な表情を浮かべ、しばらく待つように言った。


確かに、貴族の少年が一人で現れ、将軍に面会を求めるなど、怪しまれて当然だった。

だが程なくして、一人の見知った顔が現れる。


「ランスロット様...どうしてお一人で、こんなところに...!」


駆け寄ってきたのは、イセリオン家の女兵士マリアベルだった。


「マリアベル。ありがとう。いろいろありまして...お祖父さまに話さねばならないことがあるのです。お祖父さまのとこに案内してくれますか?」

「もちろんです。こちらへどうぞ。」


マリアベルに導かれながら、ランスはロコアウラの城門を目指した。


やがて、ロコアウラの街の城壁が視界に入った。街の外には多くの兵が野営しており、張られた天幕の列と焚き火の煙が風に流れている。

街門の近くに営舎が設けられており、出入りする兵たちの姿が慌ただしく行き交っていた。


営舎に近づくと、どこか懐かしい顔がいくつも目に入った。しかし、声をかけることはできず、そのまま営舎の前で足を止めた。

するとマリアベルが静かに中へ入り、間もなくして私の名を呼ぶ声がした。


中に入ると、作戦用の大きなテーブルを囲んで、祖父ペディヴィア、ニルウッド公爵、そして三名の幕僚が座っていた。


祖父は私の顔を見て頷き、落ち着いた声で問いかける。

「よく来たな、ランスロット。ヴァレンティアで何があったのか、詳しく聞かせてくれ。」


私はこれまでの経緯を順を追って説明した。話を聞き終えた祖父は、皮肉を込めたように口元を緩める。


「なるほど、あの生意気な若造を斬ったか。あやつの血は赤かったか?」

「ええ、お祖父さま。彼も普通の人間でした。」

「そうか。人間だったか。」


祖父は遠くを見るような眼差しで呟いた。

「貴族の若造どもは、あのアダムに手を焼いていたからな。これでようやく北の王国とも正面から向き合える...が、ランスロット抜きではやや分が悪いかな。」


私はふと問いかける。

「北の王国というのは、ダルムシュタット伯爵家のことでしょうか?」


「そうだ。辺境にあって王の手が届きにくいからと、フリーデリケの奴はまるで国王気取りだそうだ...。」


そのとき、ニルウッド公爵が口を開いた。

「先代のアレクシオスの代までは国政に参与していたのだが。まさかこの事態を見越して、アダム殿を王都に置いていたのではあるまいな。」


私は深く頭を下げる。

「私の行動が軽率だったかもしれません。お詫び申し上げます。」


それに対し、ニルウッド公爵は穏やかな口調で応じた。

「いや、君は為すべきことをした。あとの始末は我々の役目だ。」


感謝の意を伝えると、祖父が重々しく言葉を紡いだ。


「だが、今回の襲撃が一勢力の独断とは思えんな...。ヴァレンティアが狙われたとなれば、背景にはもっと深い謀がある。」


ニルウッド公爵が頷く。

「マキシミリアン殿も、うまく出し抜かれたものだな。しかし、今回のことはあやつに任せるしかないか。ヘンリエッタ殿もいる事だし、上手くまとめるだろう。」


「マキシミリアン殿であれば、問題あるまい。ただ、真に問題なのはその先よ。

 今回の騒動が北方との軋轢を狙っただけのものであれば、ランスロットも手際よく嵌められたと言える。だが、本当の狙いは別にあるのではないか。」


「うむ、王国の分裂すら視野に入れているのかもしれぬな。ただ、その真意までは見えてこない...ここで頭を悩ませても始まらん。

 まずは我らの任を果たし、急ぎ王都へ戻るとしよう。

 それよりも、お前はランスロットのことを案じるべきではないか。」


「すまぬ、少し席を外しても構わぬか?」

「もちろんだ。こちらから動かぬ限り、戦況が進展することもなかろう。」

「感謝する。マリアベル、同行してくれるか?」


私とマリアベルは深く一礼し、祖父のあとに続いた。


「それにしても、わしにとっては喜ばしい限りなのだが...ランスロット、お前にはつらい思いをさせてしまったな。」

「お祖父さまにとっては、喜ばしいことだったのですか?」


「無論だ。この王国が動乱の渦中にある今、家の若者を王都から遠ざけることなど、容易にできることではない。

 かねてから話しておっただろう。お前には旅をさせたいとな。旅は己を鍛え、視野を広げる。で、お前は今後どうするつもりだ?」


「まだ何も定まっていませんが...まずは、海を見てみようと思います。」

「そうか。ならば見るだけでなく、渡ってみるといい。」


そう語り合ううちに、ペディヴィアの幕舎へとたどり着いた。脇には私の馬が繋がれていた。誰かが丁寧に引いてきてくれたようだった。


「この馬でここまで来たのか。なかなかの駿馬だな。だが、ここからはわしの馬に乗って行け。」


祖父は幕舎の裏手へ回り、繋がれた馬たちを指し示した。


「この中から二頭、連れて行くといい。他にしてやれることはないが、いずれこの一帯にも手配が回るはずだ。できるだけ早く海へ出たほうがいいだろう。」

「ありがとうございます。お祖父さま。」


そう答えて馬の方へ歩を進める。

すぐに一頭、懐かしい顔を見つけた。乗馬の稽古で何度か乗った馬だ。こちらをじっと見つめている。覚えていてくれたのだろう。

もう一頭、こちらを見ている馬がいる。その精悍な眼差しが気に入った。


二頭の馬を連れ出しながら、私はマリアベルに声をかけた。

街道まで案内してもらえないかと頼むと、彼女はすぐに応じ、この先の旅程について提案してくれた。


ここから西へ向かい、エルグロウの街を目指す。街はエルベ川を挟んで東西に分かれており、まずは東エルグロウに入り、渡し船で西側へと渡る。

その後は西へ進み、グレイス川を目指すという道程だ。


グレイス川は流れが穏やかで川幅も広く、舟で海まで下るには最適だと教えてくれた。

私はその案を受け入れ、海を目指して旅を続けることにした。祖父に別れを告げ、マリアベルに導かれてロコアウラの街を後にする。


街道をしばらく進んだところで、マリアベルは馬を止めた。

「斥候が出ているのはこの辺りまでです。私はここまでになります。ランスロット様、道中お気をつけて...。」


私はマリアベルに深く礼を言い、西へ向かって馬を走らせた。彼女は、いつまでもその場に立って私の背を見送っていた。


ロコアウラを発ち、西へと街道を急ぐ。夜も休まず走り続け、二日後の夕方には東エルグロウの街にたどり着いた。

そのまま最後の渡し船に乗り、西エルグロウに渡って一泊した。



翌朝、日が昇りきる前に街を発ち、馬をさらに西へと走らせる。夜通し進み続け、二日目の夕暮れ時、グレイス川沿いの街、ミデッグにたどり着いた。


川を下る船を見つけ、二頭の馬と共に乗り込むと、しばしの休息を取ることにした。

波の揺れに身を任せながら、体の疲れも心の緊張も少しずつほどけていく。


船中での会話から、この辺りで船の往来が最も多いのはミドルポートという港町だと知った。目的地として申し分ない。

ミドルポートに向かうには、河口の街オーシャンゲートまで下るより、途中のサグレシュで下船し、陸路で南下するのが早いらしい。


四日目の朝、船はサグレシュに到着した。そこでミドルポートの情報を集めていると、不穏な話が耳に入った。

ミドルポートの周辺では盗賊の出没が相次ぎ、中でもヴァレンタのロディと名乗る盗賊団の首領がいるという。

奇妙な因果を感じながらも、今の自分を知る者は誰もいないと心を落ち着けた。



翌日の夕方、ミドルポートの街にたどり着いた。到着するや否や、港へ足を向ける。

初めて目にする海の広大さに、言葉を失った。どこまでも広がる水面が黄金色に染まり、風に香る潮の匂いが、大陸の果てにたどり着いたことを教えてくれる。


街の外に移動し、海がよく見える場所を探すと、街の北側に丘があり、そこから海を見渡すことができた。


日が海面に柔らかく微笑みかけ、波は穏やかなリズムで岸辺に寄せては返す。そこに広がる風景は、まるで自然が静けさの中で詩を紡いでいるかのようだった。

遠くでは海鳥が自由に舞い、潮の香りを帯びた風が頬を撫でる。この穏やかな海の中には、きっと無限の冒険と秘密が隠されているのだろう。


二頭の馬は丘の草をのんびりと食み、空はオレンジと紫のグラデーションに染まり、日がゆっくりと海に沈もうとしていた。

沈む夕日は黄金色へと変わり、波がその輝きを反射して煌めいた。海と空は溶け合い、世界がこの瞬間だけ一つになったように感じられた。


日が水平線に沈み切る直前、エメラルドグリーンの閃光が目に飛び込んできた。その美しさに、ただ息を呑んだ。

日が沈んだ後も、私はしばらくその場に佇み、寄せる波の音に耳を傾けていた。


どれほど時が過ぎただろうか。心配したのか、二頭の馬がそっと傍に寄ってきた。私は立ち上がり、それぞれの首筋をやさしく撫で、街へと歩き出す。

空には月と星々が浮かび、互いにその輝きを競い合っていた。私は宿屋を見つけ、馬を厩に預け、軽い食事を取ってから眠りについた。


翌朝、日が昇る前に目が覚めた。二頭を厩から出して手綱を引き、昨日訪れた丘を目指す。冷たい風が頬をくすぐり、潮の香りが鼻を抜けていく。

海は夜の静けさを残し、波音だけが静かに響いていた。東の空はかすかに色づき始め、星々が少しずつその姿を消していく。


丘に腰を下ろし、遠く水平線を眺めていると、さまざまな想いが胸を過った。

貴族の血、幼年学校の仲間たち、アダムとの決闘...自分の数奇な運命を思いながらも、この静かな朝を味わうことを、私は忘れなかった。


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