部隊編成
父の部屋を後にし、私は母の部屋へと向かった。扉を開けると、母はいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい、ランス。でも、明日にはもう出立なのね。父上も、もう少し休ませてくれてもよさそうなのに。」
「私も戦士ですから、いずれはこの日が来ます。こうして一晩でも家で過ごせるだけで、十分に幸せですよ。」
私がそう言うと、母は少し寂しげな表情を浮かべたが、すぐに表情を明るく戻した。
「それでは、リビングにガリーやパーシーを呼んで、お話しましょう。学校のお友達のこと、いろいろ聞きたいわ。」
「わかりました。僕が呼んできます。」
「いいえ、大丈夫よ。きっと二人とも、あなたを探しているでしょうから、リビングに行けばすぐに顔を出すわ。」
その言葉通り、リビングに入るとすぐに、ガリーとパーシーが駆けつけてきた。
四人で囲んだテーブルには笑いが溢れ、学校での出来事や昔話に花が咲いた。気づけば夜も更けていた。
翌朝、私は日の出とともに目を覚まし、庭に出て剣を振るった。
体が温まってきたころ、ガリーとパーシーが現れた。どうやら今も朝の稽古は欠かしていないようだ。
「大兄、久しぶりですね。今日はご一緒させてください。」
「もちろんだ。三人でやろう。」
久々の稽古だったが、二人の成長は目を見張るものがあった。
ガリーは以前の粗さが消え、動きに無駄がない。パーシーも的確な判断と着実な動きで、頼もしさが増していた。
稽古の合間、パーシーがぽつりと呟く。
「大兄上は本当にお強くなられましたね。私たちも努力を重ねてきたつもりですが、追いつくどころか、差が広がるばかりです。」
その言葉を聞いて、私は思った。兄弟の成長を冷静に見つめられるのは、パーシー自身の大きな成長の証だ。
稽古が終わる頃、庭にメイドのリアが現れ、朝食の用意ができたことを告げた。
「さあ、三人で汗を流してから朝食にしよう。」
久しぶりに兄弟三人で流した汗。湯を浴びた後、ダイニングに向かうと、すでに父と母が席についていた。
家族そろって囲む食卓。寮での日常とは違う、どこか懐かしく、心が和らぐ時間だった。
食後、私は父に向かって静かに告げた。
「この後、準備を整え次第、別邸へ向かいます。」
「わかった。私も仕事が片付いたら後を追う。それまでに三百名の編成を済ませておいてくれ。」
「分かりました。」
そう答えて席を立ち、自室へ向かった。ほんの少しだけだが、父の視線が柔らかくなったように感じた。
支度を終えて屋敷を出ると、オブストが手綱を引いた一頭の馬を連れてきていた。
「これは主様からの贈り物でございます、ランスロット様。」
「ありがとう、オブスト。」
感謝を告げ、鞍に手をかけると、馬は静かに鼻を鳴らした。
少し風があるが、良く晴れた良い天気だ。春の日差しが肌に軽く焼き、その熱を優しく風が撫でていく。
別邸に到着すると、そこは兵士たちで溢れ返っていた。
明日、お祖父様は五千の軍を率いて出陣する。私は、その前に私が三百名を選抜することになっている。
兵士たち中に、見覚えのある顔がいくつもあった。隊長のマルセル、ヴァンドレル、そしてエイレンの三名だ。
彼らはイセリオン家でも名高い戦士であり、その実力と指揮能力は家中でも群を抜いている。
マルセルは三人の中で最年長で、私が幼年学校に入る前に戦略や戦術の基礎を教えてくれた恩師でもある。
ヴァンドレルは剣技において家中随一の実力者であり、その名は王国最強と並び称されるほどだ。
稽古をつけてもらったこともあるが、いまだに一本取れたことはない。
エイレンは最も若く、女性ながら一軍を率いる統率力を持つ。軍の編成や行軍について学んだ際、三日間の行軍訓練に同行してくれたこともある。
エイレンが私に気づき、声をかけてきた。
「ランスロット様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
「エイレン殿、ご無沙汰しております。変わらずお元気で安心しました。」
「丈夫だけが取り柄でして、あっはっはっはっは!」
その豪快な笑い声に気づいたのか、マルセルとヴァンドレルも歩み寄ってきた。その後ろには、見慣れない若い女性の姿もある。
挨拶を交わすと、マルセルがその女性を紹介してくれた。
「こちらはクラウディア。イセリオン家では貴重な魔法使いの一人でして、今回、ランスロット様と共にクラウス公爵邸の警備を担当してもらう予定です。」
彼女は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「ランスロット様、はじめまして。クラウディア・エリシュと申します。よろしくお願いいたします。」
「初めまして、クラウディア殿。ランスロット・シュヴァルツ・イセリオンです。...それで、予定というのはどういうことでしょうか?」
私の問いに、マルセルが穏やかな声で答えた。
「ランスロット様がお断りになるようでしたら、別の魔法使いを手配する予定でした。」
「いえ、とんでもありません。皆さんが推薦してくださるなら、クラウディア殿、ぜひお力添えを。お三方にもお願いしたいくらいですよ。」
「おおっ、ランスロット様!我々もお供してよろしいのですか? ぜひご一緒したい!」
ヴァンドレルが初めて口を開き、嬉しそうに身を乗り出した。
「ヴァンドレル殿、そんなに簡単に私の隊に加わって大丈夫なのですか? お祖父様の五千の部隊の指揮が足りなくなるのでは...?」
その問いに、マルセルが穏やかな口調で答えた。
「ぺリノア様とベディヴィア様から、『ランスロット様が選んだ者は、誰であれランスロット様の隊に入るように』と厳命されているのですよ。」
「父上とお祖父様が...ですか。」
すると、クラウディアが声を弾ませた。
「では、私もランスロット様の隊に加わってよろしいのですね?とても嬉しいです。」
クラウディアの目が輝いている。その様子を見て、エイレンが肩を軽く叩いた。
「よかったね、クラウディア。」
クラウディアは照れたように微笑み、軽く頷いた。
エイレンとクラウディアは年が近いように見える。
...確か、以前エイレンは二十八歳になったと話していたが、この場で年齢の話題を出すのはやめておくのが賢明だろう。
マルセルは四十二歳、ヴァンドレルは三十五歳前後だったはずだ。
「皆さんがよろしければ、ぜひ私の隊に加わってください。父上やお祖父様には申し訳ないですが...これほど心強い味方は他にいませんから。」
私の言葉に、三人は力強く頷いてくれた。クラウディアもその輪に加わり、微笑んでいた。
その後、四人の助言をもとに、三百名の兵を選抜し、三つの隊に編成した。
私が第一隊を率い、ヴァンドレル殿が第二隊を、エイレン殿が第三隊を指揮することとなった。
マルセル殿とクラウディア殿には、私の補佐として常に傍に付いてもらうことにした。
編成が完了し、隊の動きや連携の確認をしていたら、父上が姿を現した。私たちの隊列をひと目見て、言葉を発する。
「なかなか見事な隊を仕上げたな。では、明朝までにクラウス公爵邸に入ってくれ。ただし、騒がしくならぬよう配慮を忘れるな。」
それだけ言い残すと、父は自らの部隊の編成へと足を向けていった。
私たちは相談のうえ、なるべく目立たないよう、隊列を組まずに個別にクラウス公爵邸へ向かうことに決めた。
先に到着の報を届けるため、マルセルが一足先に邸へ向かってくれた。私は夜の帳が下りるのを待ち、静かに移動を開始した。
夜陰に紛れて、公爵邸の門前へと到着すると、門の内でマルセル殿が待っており、邸内へと案内してくれた。
王国宰相の居宅とは思えぬ、控えめで質素な佇まいだった。しかし、その背後には王宮の東城壁がそびえ、門を出たすぐ先には王宮への専用門が控えていた。
そんな静けさの中、邸の前で一人の人物が私を迎えた。クラウス公爵その人である。深更にもかかわらず、直々に迎えてくださったのだ。
「ようこそ、ランスロット君。こうして会うのは二度目だね。」
公爵は穏やかな声で言い、続けて静かに付け加えた。
「本来なら、妻も娘も君に会いたがっていたのだが、今は状況が不安定でね。すでに領地に移ってもらったよ。今は最低限の使用人しか残していない。
この屋敷は、君たちの判断で自由に使ってくれて構わない。」
その簡潔で誠実な言葉に、私は静かに頭を下げた。
「公爵閣下のご配慮に深く感謝いたします。明日からどのような状況になるかわかりません。今夜は、どうぞお休みください。
私も隊の確認を終えたら休ませていただきます。」
「うむ。それでは先に休ませてもらおう。また明日。」
クラウス公爵はそう言うと、邸の奥へと姿を消した。
その後、マルセルに報告を受ける。三百名全員が無事に邸内へ到着し、今夜は二名一組の四組で哨戒を行っているとのことだった。
警備体制にも問題はないと聞き、私は与えられた寝所に向かい、ひととき身体を休めることにした。
◇◇◇
まだ空が白み始める前、私は自然と目を覚ました。幼少の頃から染みついた習慣だ。寝具を整え、静かに邸の庭へと出る。
朝の空気は澄んでいて、冷たい空気が肌を引き締める。手頃な空間を見つけ、私は剣を手に取った。無心で振るう。これもまた、身体に染みついた日課だ。
ふと、幼年学校での朝を思い出す。レオン、ロザーナ、ヴォルカノス...きっと彼らも、変わらず剣を振っているのだろう。
「おはようございます、ランスロット様。朝から相変わらずですね。」
声の方へ振り返ると、そこにはヴァンドレルの姿があった。柔らかな笑みを浮かべている。
「おはようございます。ヴァンドレル殿も早いですね。」
「庭に来れば、ランスロット様に会えると思っておりました。一本、いかがですか?」
「ヴァンドレル殿が直々に稽古をつけてくださるとは。ぜひ、お願いしたいです。」
互いに礼を交わし、剣を構える。
間合いを詰めるわけでもなく、攻める気配も見せない。だがその沈黙こそが、研ぎ澄まされた緊張感を孕んでいた。額にはじんわりと汗がにじむ。
冷たい朝の風が頬をかすめた、その刹那、左上から斜めに剣が振り下ろされた。
私は反射的に身を屈め、斜めに剣を振り上げてその刃を受け流す。すぐに足を伸ばして後方へ跳ぶと、すでに影が一歩踏み込んでいた。
剣を左から右へと薙ぎ払う。だが、そこにあったはずの影は消え、次の瞬間には右から鋭い突きが迫っていた。
咄嗟に剣をひねってそれを受け流し、前へ踏み込む...直後、眼前に剣の柄が飛び込んできた。素早く体を左にかわし、同時に右下から鋭く切り上げる。
ヴァンドレルは後方へ跳んでそれを避けると、私の動きに応じて剣を持ち直す。構えに無駄がない。
今度はこちらが左上から振り下ろす。ヴァンドレルの剣が、それを待っていたかのように右下から飛び出す。
激しくぶつかる剣と剣、火花が散る。お互い距離を取り、息を整える。
静かな朝に響く金属音、それが、不思議なほど心地よく感じられた。
ふと見ると、アルフレッドが微笑んでこちらを見ていた。
彼は感情が顔に出やすいと評判で、以前マルセルから『指揮官たる者、それでは士気が乱れる』と注意されていたという。
普段はつまらなそうな表情のまま稽古相手を打ち据え、淡々と問題点を指摘する。その彼が、笑っている。
以前、私が稽古をつけてもらった際は、幼かったゆえか打ち据えられることはなかったが、笑顔を見せることもなかった。
好敵手に出会った時だけ、アルフレッドは微笑む...そう聞いたことがある。
だが今回の微笑みは、きっと違う。主家の息子の成長を、素直に喜んでくれているのだろう。
どちらにせよ、アルフレッドの笑顔を目にできたのは、実に嬉しいことだ。私は静かに一歩、間合いを詰める。そして、次の瞬間、全力で打ちかかった。
どれだけの時間、剣を交えていたのだろう。気づけば、周囲には人が集まり始めていた。だが、いまだにどちらも一本を取れずにいる。
踏み込もうとしたその瞬間、エレインの声が響いた。
「朝の稽古はそのくらいにしたらいかがですか?公爵様がお呼びですよ、ランスロット様。」
ヴァンドレルは剣を下ろし、深く一息吐いてから、微笑んだ。
「ここまでですね。ランスロット様は、本当に強くなられました。あと数年もすれば、私は一本も取れなくなりますよ。」
「ヴァンドレル、王国最強の戦士が、簡単にそんなことを口にされては困りますよ。」
エイレンが、やや呆れたようにたしなめた。
「ありがとうございました。とても勉強になりました。まだまだ私など、ヴァンドレル殿には遠く及びません。」
そう言って私は深く一礼し、汗を拭いながら水場へ向かい、簡単に身支度を整えると屋敷の中へと戻った。
クラウス公爵の居室の前に立ち、扉に向かって名乗りを上げる。ほどなくして、中から落ち着いた声が返ってきた。
「入ってくれ。」
静かに扉を開けて中に足を踏み入れると、応接用のソファにクラウス公爵が腰かけていた。そしてその右手には、見覚えのある顔が二つ、並んで座っていた。




