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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第二章
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戦いが終わって

私たちは、演習場近くに用意された兵舎へと移動し、それぞれ戦いの余韻に浸りながら、思い思いに感想を語り合っていた。

この日のために設えられた兵舎は全部で五十棟。そのひとつひとつが広々とした造りで、十名ほどが休んでもゆとりがある。

私の入った兵舎には十七名が集まっていた。少し多めの人数ではあったが、窮屈さはまるで感じなかった。


そこには、これまで幾度も共に訓練を積み重ねてきた仲間たちの姿があった。

レオンとロザーナは、もはや言うまでもなく、当然のように私の隣にいた。

ヴォルカノス、ラチェット、アークトゥルス、ポルックス、カストル、レオニスといった、昨年からの主要メンバーたち。

さらに今年、新たに加わったペトルセフとキファイ。そして魔法学校から来てくれたサファイア、ヘリオドール、クリスタ、スピネル...

皆が戦いを経て、まるで長年の仲間のような絆で結ばれていた。


そこに、今回の模擬戦を経て、ライヒ、ベルガ、アルフレッドの三人が加わっていた。


特に目を引いたのは、ライヒの見事なたてがみと、ベルガのしなやかな肢体、艶やかな毛並みだった。

その姿に心を奪われたのか、ロザーナはベルガの背中にべったりとくっついて、まるで子猫のように毛づくろいを始めていた。

ベルガは照れくさそうにしながらも、まんざらでもなさそうだった。


ライヒはバフォメット族の族長の息子であり、ベルガはその幼馴染なのだという。

幼年学校は本来、貴族階級の者が通う場ではあるが、王国の承認を受けた部族の長やその子息にも門戸は開かれている。彼らもまた、この王国を支える一員なのだ。


アルフレッドは防衛戦側の第四隊に所属していたため、私は彼の戦いぶりを直接見る機会がなかった。

だが、ロザーナから聞いた話によると、あの戦場で、アルフレッドがアイヴァンの動きを封じる決定的な一手を打ったのだという。


防衛側の第四隊と第五隊は、アイヴァンたちが陣を奪取するのを阻止すべく台地を降りて迎撃した。

その中で、アルフレッドは戦況のわずかな隙を見極めてアイヴァンへと肉薄し、彼の自由な行動を封じたという。

孤立したアイヴァンは指揮系統を乱され、その一撃が戦いの流れをわずかに傾けたのだと。


私がレオヴィルを孤立させたように、アルフレッドも同じ考えに基づいて行動していたのだろう。

防衛側が劣勢にあったという話も聞いている。その中で、アイヴァンの動きを封じた彼の功績は、決して小さなものではなかったはずだ。


だが、当のアルフレッドはそれを誇ることもせず、兵舎の隅でヴォルカノスとラチェットと笑いながら語らっていた。

一方、アークトゥルス、ポルックス、カストルの三人は早々に横になり、すでに深い眠りについている。いびきをかいていたが、それを気にする者もいない。

やがて兵舎の中に満ちていた話し声は、徐々に静かな寝息へと変わっていった。


中央では、ロザーナとベルガが背中を預け合い、穏やかに眠っていた。あの賑やかなロザーナが、安心しきった顔で眠っているのが微笑ましい。


気がつけば、私もいつの間にか眠っていたようだ。ふと目を覚ますと、兵舎はすっかり静まり返っていた。

その時、出入り口の方に気配を感じた。皆を起こさないように気を遣いながら外に出ると、そこにはヘリオドールとクリスタが立っていた。


「二人とも、まだ眠っていなかったのかい?」


私が声をかけると、ヘリオドールが振り返り、穏やかに答えてくれた。


「私はあまり疲れを感じないんです。夜に少し眠れば十分。それに、今回はそこまで魔力を使っていませんからね。」


すると、クリスタが控えめに微笑みながら続けた。


「私も、そこまで疲れてないの。魔力もまだ尽きたわけでは無いですし...何より、皆が安心した寝顔を見ているのが幸せなの。」


その言葉に、彼女がどれほどの過去を乗り越えてきたのかと、ふと考えてしまった。

その様子を見ていたヘリオドールが静かに話し始めた。


「私は来年の年末、エルミオン大森林へ帰る予定です。もしあなたが森を訪れることがあれば、私の名を出してください。友人として、歓迎させていただきます。」


「ありがとう。私はこの王国でも、戦士の家に生まれ育ちました。

 平和な目的でエルミオン大森林を訪ねる機会があれば...そのときはぜひ、あなたの友人と名乗らせてください。」


そう応えると、ヘリオドールは穏やかな微笑みを浮かべて、そっと言葉を継いだ。


「エルフは、本来争いを好まない種族です。だから、この模擬戦にも参加するつもりはありませんでした。

 けれど、サファイアとスピネルに強引に誘われて、渋々ながらも参加してみたのです。今は二人に感謝しています。

 あなたたちと出会い、こうして言葉を交わせたことは、私の長い人生の中でも貴重な出来事の一つになるでしょう。」


エルフの寿命は数千年にも及ぶという。その長大な時間の流れの中で、今回の出来事はほんの一瞬の出来事でしかないのかもしれない。

それでも、私たちとの出会いが、その一瞬に煌めく思い出として残るのなら...それはこの上なく光栄なことだ。


だが、その記憶がどのような色を帯びて刻まれるかは、これからの私自身の歩みによって決まっていくのだろう。

私は静かに心に誓った。ヘリオドールの記憶に、誇れる姿のままで映れるような生き方をしていこうと...。


やがて話題は模擬戦の裏話へと移り、奪還班と防衛班、それぞれの立場での作戦や苦労話に花が咲いた。

そうしているうちに、一人、また一人と兵舎から仲間たちが顔を出し始める。

他の兵舎でも目覚めの気配が広がり、気づけば日は西に大きく傾き、柔らかな夕陽が演習場を染め始めていた。


陽が落ちる前に王都へ戻らなければならない。私たちは眠っていた者たちを起こしてまわり、それぞれの兵舎を整えていくことにした。

アイヴァンたちも同じように動いていたのだろう。誰かが指示を出すでもなく、自然と五十棟の兵舎は手際よく片付けられていった。


片付けが終わると、全員が観戦席のあった丘のふもとに集まった。

各隊で最終点呼が行われ、人数が確認される。五百名、誰一人欠けることなく揃っていた。


私は、そしてアイヴァンも、皆に向けて最後の一言を送った。それぞれの言葉は違っていても、感謝と労いの気持ちは同じだった。


私は兵舎に集まった十八名の仲間たちと共に列をなし、王都を目指して歩き出した。

道中では、模擬戦の思い出話が次々と飛び出し、どの顔にも充実感が浮かんでいる。

勝ち負けだけではない、何かを得たという手応えが、それぞれの胸にあったのだろう。


王都に着くころには、ちょうど太陽が地平線に沈みかけていた。

幼年学校は西の端に、魔法学校は東の端に位置しているため、王都の門をくぐると魔法学校の四人とはそこでお別れとなった。

お互いに感謝を言葉にし、固い握手を交わして、それぞれの帰路へと歩みを進めた。


不思議なことに、幼年学校へと向かう帰り道では、誰ひとりとして言葉を発さなかった。

語らずとも共有できる何かが、あの戦いを通じて私たちの間に生まれていたのかもしれない。


模擬戦のあとも、私とアイヴァンの主張に変化はなかった。だが、それでも、互いの距離は確かに縮まっていたように思う。

アイヴァンは以前のように階級で人を選ぶような態度を見せなくなり、私自身も、己の立場と責任について以前より自覚を持つようになった。


そして、御前試合を経て交流が生まれたアルフレッド、彼の見識は、驚くほど広く深いものだった。

王国の経済や軍事、地方の情勢、貴族と庶民の間の溝に至るまで、あらゆる話題に精通しており、その洞察はレオンにも引けを取らない。

彼はただ知っているだけではなく、どうすれば王国がより良くなるかという視点から語るのだ。それが何より印象的だった。


彼はもともと貴族の出ではなく、生まれは平民だったという。

しかし、幼いころから学問にも武術にも優れ、その才は早くから周囲に知れ渡り、地元ではちょっとした名士として一目置かれる存在だった。

やがて、その評判が地元の領主であるバルトルディ男爵の耳に届き、男爵はアルフレッドを養子に迎え、幼年学校へと送り出したのだった。


だが、幼年学校に入学してからは、平民の出自ということもあり、一部の先輩たちから距離を置かれることもあったという。

その経験からか、周囲に馴染もうとするよりも、ひとり黙々と鍛錬や学びに励む日々を選んだようだ。


毎日行っている武術の修練には、今ではアイヴァンやレオヴィル、アルフレッド、そしてライヒとベルガも参加するようになり、自然とその輪が広がっていった。

もはや寮の庭では手狭になり、学長に相談して、私たちは練兵場を使わせてもらうことになった。

かつてロザーナが、楽しく学校生活を送ろう。と言っていた言葉を、ふと思い出す。

あの時には漠然としていた目標が、今はぼんやりと形を持ち始めているような気がした。



その年の年末、アルフレッドは卒業を迎えた。そして、かねてよりの望みだったバルトルディ男爵の領地経営を支えるため、故郷へと戻っていく。

旅支度を整えたアルフレッドは、寮の門前で私たちに静かに別れを告げた。


「皆さん。あなた方と過ごした時間は決して長くはありませんでしたが、本当に貴重な日々でした。

 この幼年学校で、私は最も多くのことを学べたと思います。あなた方との出会いに、心から感謝しています。」


そう言って、彼は穏やかに笑い、私たちに背を向けて歩き出した。

その背中が遠ざかっていくのを、誰も言葉を発することなく、ただじっと見送っていた。


新しい年が明け、年齢でも後輩となる新入生が入ってくるのを楽しみにしていた。

だが...入学式を含めた歓迎行事は、ある事情により延期となってしまった。


レオンの話によれば、それは年明けと同時に噴き出した、王国を揺るがす大きな火種のせいだという。


その火種とは、王国の中枢で静かに燻っていた、権力を巡る争いであった。

国王陛下の即位とともに宰相の座に就いたクラウス公爵と、その弟であり、カルヴァン伯爵家の名跡を継いだ、マキシミリアン・ヴァレンディア・フォン・カルヴァン伯爵。

クラウス公爵に対してカルヴァン伯爵が対立姿勢を明確に示したのだ。


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