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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第二章
39/84

勝敗のゆくえ

まずベルガの身体が宙を舞い、ふわりとスピネルの傍に着地する。続いてライヒも空へと浮かび上がった。


その動きを捉えたレオヴィルが、こちらに向かい魔法を放ちながら踏み込み、左上から鋭く剣を振り下ろしてきた。

私は両手で剣を握り直し、真っ向から受け止めるように打ち払う。金属が激しくぶつかり合い、火花が散った。


衝撃に押されたレオヴィルは体勢を崩しながらも、即座に魔法を繰り出してくる。

私はそれをかわしながら...ふと重力が消えたような感覚に襲われ、次の瞬間には宙を舞い、スピネルの隣に着地していた。


見渡すと、鉄の塀をぐるりと囲うように台地がせり上がり、まるで塀全体が地中に飲まれているかのような光景が広がっていた。

この状態では、塀が消えても簡単に脱出できそうにない。


視線を巡らせると、クリスタがコーデリア学長の傍らに立ち、一緒にこちらを見つめていた。


「それでは、引き上げようか。」


そう言って私たちの陣の方に目を向けると、アイヴァンたちはまだ大地の上に到達していない。


「スピネルかクリスタに、学長を連れて飛んでもらうことはできるかな?」

難しいかもしれないと思いながらも、今の二人なら、と一縷の期待を込めて問いかける。


すると、クリスタが肩の力を抜いたまま、さらりと答えた。

「一部隊くらいなら連れて飛べるわよ。」


私はその答えに少し驚きつつも、すぐに頷いた。


「では、小隊を三つ空へ連れて行ってもらおう。アルベルト、ファビアンヌ、エルドリックの各部隊から一小隊ずつ。レオン、選抜を頼めるか?」


そう私が言うと、レオンが少し首を傾げて尋ね返してきた。

「君は行かなくていいのかい、ランス?」


「レオヴィルはなかなか手ごわいからね。何をしてくるかわからない。私がレオヴィルと対峙していれば、レオヴィルが策を弄することもないだろう?」


「なるほど。それは良い考えだ。では、私はアイヴァンの背後を攻撃する部隊の指揮をしよう。」


レオンは即座に判断を下し、ライヒとベルガを呼び寄せた。

「君たちの小隊とスピネルには、アルベルトたちが正面で対峙している敵部隊を一時的に抑えてもらいたい。短時間でいい。こちらが動く時間を稼いでくれ。」

ライヒとベルガは無言で頷くと、それぞれの小隊を整え、スピネルと共にすぐに戦線へと向かった。


その間、私の隊は依然として、鉄壁の穴を取り囲み、上から岩や瓦礫を投下して敵の妨害を続けていた。


私は学長のもとに歩み寄り、慎重に声をかける。

「学長、お怪我はありませんか?もう間もなく退避の手はずが整いますので、どうかご安心ください。」


コーデリア学長は落ち着いた表情のまま、微笑を浮かべて答えた。

「ええ、私は大丈夫です。とはいえ、怪我などしては勝敗の行方に水を差してしまいますからね。気をつけねばなりません。」


そして、少し視線を巡らせながら続けた。

「それにしても、ランスさんの陣営は見事な連携ですね。

 アイヴァンさんの部隊も相当な訓練を積んでいますが、今回ばかりはあなた方に一日の長があるように思えます。」


「ありがたいお言葉です、学長。しかし、戦は終わってみるまでわからないものです。油断なきよう努めます。」


「そうですね。失礼いたしました。最後まで、よろしくお願いします。」


「はい。これより先は、クリスタがご案内いたします。何かあれば、彼女に仰ってください。」


「承知しました。クリスタさん、よろしくお願いいたします。」


「はい、学長。安全にお連れしますので、ご安心ください。」


クリスタはそう答えると、学長の傍に歩み寄り、その身を守るように控えた。空には、穏やかな風が吹き始めていた。


レオンが選んだ三つの小隊がこちらに集まると、私はクリスタとコーデリア学長に一礼をし、部隊へと戻った。

その間にクリスタは、大地ごと部隊を浮かび上がらせ、警戒のためか高空へと飛翔させていく。


一方でレオンは、アルベルトたちの部隊を率い、自陣へと迂回しつつ背後から攻撃するよう動かしていた。


自分の隊に戻ると、私はすぐさま魔法使いたちと交戦していた部隊を後退させ、ライヒとベルガの部隊と合流する。


その矢先、突如として空中にレオヴィルと数名の魔法使いたちが姿を現し、アイヴァンの陣営へと飛翔を試みる。

だが、それを見逃すスピネルではなかった。彼が地を操ると、飛び立った彼らはまるで空から叩き落とされるかのように墜ちていく。

それでも数名は離脱に成功したが、その対応は他の仲間たちに任せるしかなかった。


私は即座にレオヴィルに狙いを定め、剣を構えて迫る。

他の魔法使いたちはスピネルにすべて任せ、私はただひたすら、レオヴィルをこの場に釘付けにすることに集中した。


私の隊の指揮はベルガに託し、ライヒとベルガは隊を率いて徐々に後方へと退きつつ、防衛部隊だった相手の攻撃を引き受けている。

アイヴァンの防衛部隊にも疲弊の色が見え始め、脱落者も出ていた。


スピネルは、十八名にも及ぶ魔法使いたちを一人で相手取り、押しとどめている。


私は、何度もレオヴィルをあと一歩のところまで追い詰めながらも、繰り出される絶妙な魔法に阻まれ、決定打を与えられない。

レオヴィルは防戦に徹し、攻撃を仕掛けてこない。隙を作っても、それに乗じてはこない。私は攻撃を仕掛け、ここに足止めすることだけに専念した。

そして...


カァーン、カァーン、カァーン


鐘の音が、澄んだ響きを空に放つ。

その瞬間、戦場に満ちていた張りつめた空気がゆっくりとほどけていった。


私が剣を下ろした瞬間、レオヴィルはその場に崩れ落ちた。

その姿に私はすぐスピネルを呼ぶ。彼は無言で近づき、静かに詠唱を始めると、レオヴィルの身体を包むように淡い光が灯った。


その魔法の効果で、レオヴィルはゆっくりと意識を取り戻し、身体を起こす。


「ありがとう。」

レオヴィルは息を整えながらスピネルに礼を述べる。


「私が幼年学校に入ってから、倒せなかった相手は君が初めてだ。」

口にした瞬間、自分でも少し驕った物言いだったかと思ったが、それが今の率直な心境だった。


「私は鐘の音に救われただけさ。あのまま続いていたら、きっと時間の問題だったろう。」

レオヴィルの返答は、気負いのない、素直な思いが込められていた。


私は静かに手を差し出した。彼は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐにその手をしっかりと握り返してくる。


互いに目を見つめ合い、軽く頷いた。


私たちはそれぞれの部隊のもとへと歩き出した。


戦いが始まったとき、演習場には平坦な地に三つの丘がぽつんとあるだけだった。だが今は、その面影をほとんど留めていない。

大地は削られ、盛り上がり、場所によっては不自然なほど歪な地形が広がっている。


変わらずそこにあるのは、観戦席のある丘と遠くを囲む景色、そして静かに青みを帯びた空くらいだろう。


私は、先ほど攻め込んだ丘、かつて敵陣だった場所にいた部隊をまとめ、自陣の丘へと戻ることにした。

終戦の鐘は鳴ったとはいえ、ここは御前試合の場だ。最後まで凛とした姿勢で戻らなければならない。部隊には駆け足を命じ、列を整えて進んでいく。


その途中、アイヴァン率いる部隊と出くわした。私は足を止め、彼のもとへと歩み寄る。彼も無言のまま、こちらに歩を進めてきた。


私は右手を差し出す。意外にも、彼は迷うことなくその手をしっかりと握り返した。


「我々の完敗だ。」

アイヴァンは静かな声で、しかし迷いのない口調で言った。

「だが、私たちも最高のチームを作り上げたと思っている。...私の考えが変わることはない。」


その言葉を受けて、私は首を横に振りながら微笑んだ。


「私たちは勝ったのですか?まだ結果を知りませんでした。」


そして続ける。


「それに私はレオヴィル一人を打ち負かすことができませんでした。お互いの陣に戻り、皆を労いながら観戦者の方々から勝敗についてお聞きしましょう。では。」

そう言って私は軽く会釈し、踵を返した。


アイヴァンが何か言おうとしたが、私は背を向け、隊へと戻った。


再び隊列を整え、かつて自陣の丘があった場所へと走り出す。空は変わらず高く澄み渡り、静かに風が吹いていた。


自陣に戻ると、仲間たちが笑顔で出迎えてくれた。互いに健闘を称え合い、無事を喜び合う。我々の陣営では、一人の脱落者も出ていなかった。


攻守にわたる魔法支援の要となったのは、サファイア、ヘリオドール、そしてスピネルとクリスタ。

この四人が前線の負担を大きく軽減してくれたことで、他の魔法使いたちは回復に専念する余裕を持てたのだ。


スピネルとクリスタの魔力の膨大さ、詠唱の速さ、そして魔法そのものの精度と威力...どれをとっても、目を見張るほどだった。


すると、戦いの幕開けを告げた、あの穏やかで透き通る声が再び耳に届いた。


『イヴァルモーゼス・マレクス・ドラゴヴァールです。青軍、赤軍、両陣営の皆さん、まずはこの度の敢闘に、心より労いの言葉を送ります。

 私の予想を遥かに上回る、白熱した素晴らしい戦闘を、私たちの眼前で繰り広げてくれたことに感謝いたします。

 それでは、勝敗について王国騎士団長、リヒター閣下より発表があります。』


ざわりと、場に小さな緊張が走る。


『ザモーラ・アイゼン・フォン・リヒターです。

 まずは、両軍の皆さんに改めて感謝を申し上げます。見事な戦いぶりでした。今回の御前試合、その結果は、青軍の勝利といたします。』


青軍の名が告げられた瞬間、丘を揺らすような歓声が上がる。だが、その熱も束の間、リヒター団長の言葉が続いた。


『勝因は、青軍が人質であるマクスウェル学長を無傷で奪還し、自陣へ帰還させたこと。

 加えて、赤軍の人質であるミスティフォーク学長が奪還されることなく守り抜かれたことにあります。

 この結果だけを見ると、青軍の完全勝利に映るかもしれませんが、

 戦場を目にしていた者なら誰しもが、両軍の実力・練度ともに拮抗していたことを実感しているはずです。

 勝敗は一度きりのもの。この一戦の結果に慢心することなく、皆がさらに研鑽を重ねてくれることを願っています。

 最後に、この素晴らしき戦いを披露してくれた戦士と魔法使いたちに、深い謝意を表します。』


再び、静まり返る場内。歓声は、敬意と感謝を込めた拍手に変わっていった。


そして、ドラゴヴァールの声が改めて響く。


『では、これより、ヴァレンディア王国国王陛下より、お言葉を賜ります。』


間を置いて、荘厳な声が戦場に降り注ぐ。


『余は、今日ここにて真に素晴らしき戦いを目撃した。同時に、王国の置かれている厳しい現実もまた、痛感した。

 しかし、その困難を越えてゆくであろう若き力が、ここにはある。ゆえに、王国を支える者たちへの支援を、余はこの場にて誓おう。』


この国の未来に、確かに灯がともった、そんな想いが、戦場に静かに満ちていった。


『陛下、温かいお言葉ありがとうございました。

 両軍の皆さん、観戦席裏に兵舎をご用意しております。どうぞそちらで、ゆっくりと休んでください。これをもちまして、御前試合を終幕といたします。』


どこからともなく、自然と歓声と拍手が巻き起こる。

戦場を包んでいた緊張がふわりと解け、静かな解散の空気が流れ始めた。


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