衆目の中の激闘
私は隊の先頭へと駆け出す。
そこでは、スピネルが小さく詠唱を繰り返していた。おそらく彼の魔法が、大地を緩やかに押し上げてくれているのだろう。
このまま進めば、敵の台地と同じ高さで戦えるはずだ。
前方から殺到する魔法の矢、火球、氷の槍。それらを、こちらのクリスタと各隊の魔法使いたちが迎撃していた。
その時だった。
ドガガガガァーン!
轟音が戦場を揺らし、部隊の前進が止まる。
「カストゥール、前方の様子を確認してください!」
私が叫ぶと、伝令のカストゥールは素早く駆け出していった。
「おそらく、前方のせり上がった道を削られたのだと思います。被害がないことを祈ります。
私はすぐに修復に入ります。スピネルは、引き続き大地の制御をお願いします。」
クリスタは冷静に状況を判断し、詠唱に入る。
まもなく、カストゥールが戻ってきて、はっきりと告げた。
「左前方の道が一部、崩されていました。ですが、幸いにも被害は出ていません。」
「ありがとう、カストゥール。相手の台地まで、あとどのくらいでしたか?」
「二、三十メルテ。高さは一メルテほどです。魔法の応酬が激しくなっています。」
私は頷き、改めて前線を見やる。
再び隊列が動き出した。
「レオン、ここの指揮は君に任せるよ。クリスタ、ライヒ、ベルガ、前に出るので、ついてきてください。」
私の呼びかけに、ライヒとベルガが笑みを浮かべて頷き、すぐに私の後ろについた。
最前線へ出ると、剣を振るって飛来する魔法を打ち払っているファビアンヌが目に入る。
「よく持ちこたえてくれているね、ありがとう。」
声をかけながら、視線を巡らせ、学長の位置と周囲の敵の配置を確認する。
すぐにクリスタに指示を出すと、彼女が静かに詠唱を始め、私たちの台地と魔法使い部隊のいる敵陣の間に魔法で橋を架けた。
「行きます。」
私が先頭、続いてライヒ、ベルガ。三人で魔法の奔流を剣で弾きながら、橋を駆け抜ける。ベルガが渡りきった直後、橋が音もなく崩れ落ちる。
そのまま一気に敵の魔法使いたちに襲いかかる。相手は二十数名、半数は攻撃部隊に編成されているようだ。
三人で暴れ回ることで、魔法の攻撃が緩むだろう。その間に、味方がこちらへ合流してくれるはずだ。
しかし、徐々に包囲され、魔法使いたちから離されていく。離脱した魔法部隊が学長の元へと集まると、学長の立つ地形がさらにせり上がっていった。
三人で包囲の突破を試みるが、相手部隊は柔軟に対応し、綻びを作ることができない。
包囲の輪が広がると、今度は上から炎や鋭い氷、雷が降ってきた。魔法を払うタイミングに合わせて包囲が縮まり、横からも攻撃を仕掛けてくる。
ベルガに槍先が迫ったが、私はそれを剣で払い、前に一歩踏み込んだ。その一歩が相手の動揺を誘い、包囲はわずかに後退した。
その瞬間、周囲の包囲陣に綻びが生じる。味方がついに追いついてきたのだ。
私は即座に綻びの方向を見極め、ライヒとベルガに合図を送る。三人でその一点に全力で突撃した。
突撃の勢いに押され、敵部隊は包囲を解いて後退し、二十歩ほど離れた場所に新たな陣形を築こうとしていた。
空から魔法が降り注ぐが、私たちも味方と合流し、すぐに隊列を整える。両軍が向かい合い、睨み合う。
私はライヒとベルガを伴って隊に戻ると、すぐにレオンに声を掛けた。
「ありがとう、レオン。助かったよ。それにしても、アイヴァンたちの部隊、よく訓練されているね。流石と言うべきか。」
レオンは、いつもの涼しい表情のまま軽く肩をすくめた。
「当然でしょうね。彼らも簡単に負けるつもりはないでしょうから。でも、こちらの隊のほうが、先に『塔の前』に到達しましたよ。」
私は頷きながら、眼前のせり上がった台地、いまや塔のようになっているそれを見上げた。
「さて...あの塔、どうやって攻略したらいいものか...」
ぼやくように呟くと、スピネルがさらりと大胆な案を口にした。
「あの程度の塔なら壊してしまおう。そして、頂上だけ安全に降ろせばどうかな。」
「ふむ。つまり、学長たちが無事に降りてくるまで、スピネルの詠唱を邪魔させなければ良いのかな?」
レオンがすぐに意図を汲み、納得したように微笑んだ。
私はすぐに前線の三部隊へ指示を飛ばした。
「アルベルト、ファビアンヌ、エルドリック――目前の敵部隊を押し込んでください!」
「了解した。」
「承知。」
勢いの良い返答のあと、三隊は整然と前進を開始した。戦列がぶつかり、激しい剣戟の音が空気を裂く。
同時に、私は隣のクリスタに声をかける。
「クリスタ、上の魔法使いの部隊は二十名ほどだが、魔法攻撃の迎撃をすべて任せていいかな?」
「もちろんですわ。任せてください。」
彼女はすぐに三隊の側へ移動し、空から降り注ぐ魔法を次々と弾き返していく。降り注ぐ魔法を弾き返しながら、スピネルに告げる。
「ここに降ってくる魔法はすべて私が対処しますから、ゆっくりやってください。くれぐれも学長を傷つけないように...」
スピネルは頷くと、せり上がった塔を見つめながら詠唱を始めた。
しばらくのあいだ、空から降ってくる炎や礫を剣で弾き返しつつ、私たちは目の前の塔を睨み続けていた。
ドゴーンッ!
轟音が辺りを揺るがした瞬間、せり上がっていた塔の中腹が眩い光を放ち、粉々に砕け散った。そして、頂上部分がゆっくりと、重力に抗うように降下し始めた。
上空からの魔法攻撃も、まるで合図を受けたかのようにピタリと止んだ。降下の速度が落ちてきたのを見て、クリスタがこちらへ駆け寄ってくる。
「ねえ、どこに降ろしたらいいのかしら?」
「私たちの後ろが理想的だね。」
レオンが即答すると、クリスタは頷き、再び空を仰いで集中した。すると、降りていた台地がこちらの背後へと静かに、しかし確実に向かって移動を始めた。
そして、塔の頂上が私たちの右側、わずかに開けた草地へとゆっくりと着地した。
その瞬間、着地と同時に、頂上を囲うように高さ五メルテほどの鉄のような塀が地面からせり上がり、音を立てて囲いを完成させた。
「これだけの質量を、マナから創り出したっていうの? まさかシンディがこっちに来てるのかしら...?」
驚きを隠せないクリスタが呟くと、隣にいたスピネルが冷静に答える。
「いや、これはシンディのマナではないね。幼年学校に、これほどの魔法を操れる者がいるのかい?」
その問いにレオンが眉をひそめて応じる。
「もし幼年学校の人間だとすると、恐らくレオヴィルくらいだろう...」
「もしかして、サファイアが言っていた、魔法学校への推薦を断って幼年学校に入ったという方かしら?」
「そうだね。しかし、問題はこの囲いをどうするかということだ。」
レオンが、クリスタに目を向けた。
「クリスタ、上空から様子を見てきてくれるかい?」
「もちろん。」
そう答えたクリスタは、ふわりと宙に舞い上がった。鉄の塀の上に姿を出したその瞬間、炎や雷の魔法が彼女を襲う。
しかし彼女は軽やかに詠唱を走らせ、すべてを的確に迎撃していく。そして、塀の中をじっと見つめると、ゆっくりと舞い降りてきた。
「中央に人質が入った小屋のような建物があって、その周囲を魔法学校の生徒たちが固めてたわ。数は二十三名。その中に、幼年学校の生徒も三人ほどいた。」
「なるほど。守りは万全ってところだね。なら、搦手から攻略するとしようか。」
レオンは少し思案してから、クリスタに目を向けて問いかけた。
「クリスタ、この台地を削って地下から学長を救出するのは可能かな?」
「もちろん。内部の位置も見てきたから、狙いは外さないわ。」
「ランス。もう一度中に入って、派手に暴れてくれるかい?」
「そうだね。十分に動ける広さがあるなら、喜んでやらせてもらう。」
私が応じると、クリスタが補足する。
「中の空間は、十人ほどでも問題なく動ける広さだったわ。」
「なら決まりだ。こちらから全員で行くと、万が一、塀の魔法が解除されたときに厄介だから、ランス、ライヒ、ベルガの三人で突入してくれ。
そしてスピネル、君は上空から援護を頼む。」
「了解。」
スピネルは短く返事をして、私たち三人が集まった場所の足元をふわりと持ち上げ、塀の上へと送り出した。
本隊はその間、魔法が解除されたときに備えて、警戒を維持したまま待機している。
塀の上に立った私は、深く息を吸い、剣を握り直してから、一気に中へと飛び降りた。近接戦闘になれば、大半の魔法使いは戦えない。
すると、レオヴィルが前に出てきた。彼は片手に剣を握り、絶妙な距離感を保ちながら、間合いが空くとすぐに魔法を放ってくる。
剣術と魔法、両方を自在に使いこなすその様子は、さすがだ。
一方、少し離れた位置では、ライヒとベルガが怒涛の勢いで魔法使いたちを翻弄している。
二人の間合いに入った魔法使いたちは、なすすべもなく吹き飛ばされていった。
上空では、スピネルが、相手の魔法使いたちと魔法の打ち合いを繰り広げている。
お互いの部隊は、剣戟と魔法の火花を交えながら、激しい攻防を繰り広げていた。一進一退。どちらにも決定打はなく、戦況は膠着したまま動かない
私は一歩踏み込み、剣を振り下ろした。だがレオヴィルはそれを右へかわす。
振り下ろす勢いのまま、私は剣を胸の下あたりで止め、素早く横へ払った。
レオヴィルは体勢を崩すことなく一歩後退、その隙を突いて、私はさらに一歩踏み込み、位置を入れ替えた。
これで、私が塀の中央寄り、つまり小屋の正面に立つことになる。
その直後、背後で鈍い轟音が響いた。
恐らくクリスタが床を抜き、学長を救出したのだろう。レオヴィルの目に一瞬、動揺の色が浮かんだ。私たちの狙いに気づいたのだ。
学長がレオンの元に無事運ばれるまで、私はこの場を押さえておかなければならない。
再び踏み込み、剣を振るう。しかし今度はレオヴィルも対応を読み切っており、後方にすっと下がる。
位置を入れ替えるには至らず、彼はそのまま魔法で距離を取ろうとする。
私は迫る魔法をかわし、時に剣で弾き返しながら、間合いを詰める。
レオヴィルは、私をかわして後方に下がり、塀を解除するために詠唱の間を取りたいのだろう。だが、距離を詰め、寸刻の隙も与えない。
どちらも決め手を欠き、焦れるような膠着が続いたその時、上空から甲高い指笛の音が鳴った。スピネルの合図だ。
学長の救出がうまくいったようだ。




