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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第二章
37/84

御前試合

翌日。


訓練初日。幼年学校の練兵場には、選抜された二百五十名が集結した。


隊の編成は、皆の意見を尊重しながら自然と形になっていった。

無理に誘導するようなことはなく、それぞれが納得する形で話が進み、最終的には、レオンが昨日示した通りの編成で落ち着いた。

この手腕には、昨日集まっていた主要メンバー全員が舌を巻いたほどだった。


訓練が始まると間もなく、スピネルが私のそばに寄ってきて、小さな声で囁いた。


「ねえ、ランス。あのヴォルカノスの隊にいる小隊長、ランスとは比べるべくもないが...マナの輝きだけなら、もしかするとレオンすら凌いでるかもしれない。」


私は驚きながらも頷き、スピネルの視線を追った。


そこにいたのは、アルフレッド・バジール・バルトルディ...今回、自ら志願して小隊長の座に就いた人物だった。


彼の顔には見覚えがある。私を嫉妬の眼差しで見てくる人たちの中の一人だった。


訓練を始めてから、八日が経過した。

今回は魔法学校の施設を使わせてもらい、小隊ごとに分かれて部隊行動の訓練を重点的に行っている。

昨日から、部隊同士でぶつかる実戦形式の訓練も開始した。


小隊長として任命された者たち、あるいは自ら志願してその責務を引き受けた者たち、どの小隊長も、自分の隊を的確にまとめ上げ、想像以上の成果を見せている。


中でも驚かされたのは、三十六名からなる魔法部隊に対して、クリスタとスピネルのたった二人で対処できているということだ。


訓練は、いよいよ最終段階に入る。

ルールが発表されるのは御前試合の当日なので。具体的な作戦は立てられない、どんな状況でも対応できるよう、各隊の練度を限界まで高めておくこと、それだけだ。


訓練が終わるたびに、小隊長三十名が集まって意見を交わす。

その場では、アルベルト、ファビアンヌ、エルドリックの三人も毎回積極的に発言しており、議論はいつも熱気に包まれていた。


そして、以前は私を冷ややかな視線で見ていたアルフレッドとの関係も、訓練を通して直接話す機会が増えたことで、少しずつ変わり始めているように感じている。


あと数日で、この部隊は完成する。

そう確信できるほどの手応えがあった。私自身、御前試合を迎えるのが楽しみになってきている。



◇◇◇



そして、ついに御前試合の当日を迎えた。

朝の空気は冷たく澄みわたり、王都の街並みもどこか緊張した空気に包まれていた。


会場は、王国騎士団が管理する演習場、王都の近郊に広がる広大な敷地だった。その広さは見当もつかない、見渡しても果てが見えないほどだ。


通常は一般人の立ち入りを禁じられているが、今日は特別な日、御前試合という格式ある催しのため、観覧を希望する一般市民の入場が許可されていた。


演習場の中心には、広々とした平原が広がり、そこに三つの小高い丘がぽつりぽつりと点在している。その丘同士は、約一万メルテの距離を隔てているという。


その三つの丘のうち、二つは私たち二軍...すなわち、私とレオンが率いる部隊と、アイヴァンとレオヴィルが率いる部隊が、それぞれ占拠する形となっていた。

そして、残る一つの丘には、試合を観覧する多くの市民が集まっていた。

丘の頂上には特設の観覧席が設けられ、そこでは王と王族、貴族たちが試合の開幕を待っているはずだ。


そんな中、突然、耳元に直接語りかけるような声が聞こえてきた。

周囲を見渡しても、誰も話していない...いや、誰の口も動いていない。


『私は王宮魔術師次席、イヴァルモーゼス・マレクス・ドラゴヴァールと申します。ただいま魔法を通じて、演習場全体の皆さまにお声を届けております。

 これより御前試合の開始にあたり、主催者であるザモーラ・アイゼン・フォン・リヒター王国騎士団長から挨拶がございます。』


「...魔法で、こんなこともできるのか?」

私は思わずスピネルに訊ねた。


彼は頷きながら、どこか楽しげに口を開く。


「そうだね。これは音声伝達魔法の応用だね。マナを使って、特定の範囲の人々の耳元にだけ声を響かせてるんだよ。

 これだけの距離と人数に届けるとなると、相当の技量とマナが必要だろうけどね。」


私は「なるほど」と感心しながら頷いた。

その直後、再び柔らかく、だが威厳のこもった声が耳に届いた


『今回の御前試合を主催いたしました、王国騎士団長、ザモーラ・アイゼン・フォン・リヒターです。

 今ここに、次代を担う戦士と魔法使いたち、総勢五百名が集い、日頃の研鑽の成果を競い合う模擬戦闘が行われます。

 私たちの左手の丘には、ランスロット・シュヴァルツ・イセリオン君が率いる二百五十名が陣を敷いています。こちらを《青軍》と呼称いたします。

 右手の丘には、アイヴァン・クラウス・ツィンマーマン君が率いる二百五十名が集結しており、こちらを《赤軍》といたします。

 両軍とも、すでに戦闘開始の時を静かに待ち構えております。』


名前が呼ばれると、観客席から大きな歓声が上がった。青と赤、どちらも王国の旗に使われる象徴的な色である。まさに、名誉をかけた戦いの幕開けだ。


『さらに、本日お越しの皆さまに、もうお二方をご紹介いたします。

 この若き五百名を導く二人の賢者、王立幼年学校学長、コーデリア・ジェルマン・マクスウェル殿。

 そして、王立魔法学校学長、アルシリンダ・ミスティフォーク殿。

 このお二人には、今回の御前試合において、極めて重要な役割をお引き受けいただきます。それでは、お二人、各陣営へご移動ください。』


その言葉に応じるように、二人の学長はふわりと空に舞い上がり、それぞれの軍の陣地へと滑空していった。


私たち《青軍》の陣には、アルシリンダ学長が舞い降りる。

淡い緑のローブに包まれた彼女は、微笑みをたたえながら、私たちに短く挨拶した。


「皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。」


その瞬間、再び耳元に王宮魔術師の声が響く。


『それでは、御前試合の形式およびルールを発表いたします。

 両軍にご同行いただいたお二方の学長殿は、それぞれの軍にとって極めて重要な人質となります。

 青軍・赤軍、いずれも、相手方に捕らわれた人質を救出し、自陣へ無事に連れ帰ること。これが今回の戦闘における勝利条件です。

 なお、人質に損害を与えた場合、その時点でその軍の敗北とみなされます。また、各軍の人質を、指定された丘の外に連れ出す行為も厳禁とします。

 戦闘の終了は、演習場に鳴り響く鐘の音をもって告げられます。両軍の奮闘と、公正なる戦いに期待いたします。』


静かに、しかし確かに、緊張が走った。


王国騎士団長リヒターの声が静かに収まると、続けて王宮魔術師ドラゴヴァールの声が頭上に響いた。


『それでは、ヴァレンディア王国国王陛下より、開戦に先立ち、お言葉を賜ります。』


しばしの沈黙の後、重々しく、それでいて端正な声が演習場を包む。


『次代を担う若人の代表者たちよ。勝敗の如何を問わず、己の力と誇りを尽くし、善戦することを、朕は期待する。』


その瞬間、観客の集まる丘が沸いた。喝采と歓声がこだまし、まるで王国全土が若者たちの戦いを祝福しているかのようだった。


再びドラゴヴァールの声が、冷たい静けさの中に舞い降りる。


『それでは、こちらの大太鼓の音を、御前試合開始の合図といたします。皆さまの健闘を、心より期待しております。』


直後、演習場全体がぴたりと沈黙する。空気が凍り付いたかのように、誰一人として音を立てない。


ドォォォォォォォォォォォォン。


空気を切り裂くような重低音が大地を揺らし、その瞬間、観戦者のいる丘が静かにせり上がり、高さを増した観戦席へと変貌した。


私は即座に周囲へ目を配る。レオンが迷いなく、はっきりと声を上げる。


「救出班、左翼第一隊、中央第二隊、右翼第三隊、中央後方に本体を配置。

 防衛は分隊、第四隊、第五隊、第六隊で構成する。防衛の指揮はペトルセフとレオニスにお願いします。

 救出班は丘を降り、所定の位置で待機に入ってください。

 第六隊、救出班が丘を下りたら、この丘を絶壁の台地に変えてください。それから、屋根と壁のある構造物を築き、学長の安全を確保してください。」


ヘリオドールが静かに一歩前に出て、声を発した。


「地形の変化は私に任せてください。皆さんは、学長が安全かつ快適に過ごせる環境を整えてください。」


レオンが満足そうに頷き、力強く告げる。


「では、第六隊はそのように。急ぎましょう。」


私たちは一斉に丘を降り始めた。

そのとき、近くの森から、風を割く音と共に複数の大木が空を飛んできた。木々は空中で器用に切断され、瞬く間に構造物のような形へと変貌していく。


本体、第一隊、第二隊、第三隊が順に丘を下り、やがて四つの隊が地面に降り立つと...その丘が、まるで生き物のようにせり上がっていった。

ほぼ同時に、アイヴァンたちの陣地でも同じように大地が隆起し、絶壁の大地へと変貌していく。どうやら、考えることはお互いに同じらしい。


「紡錘陣形で、あの丘の近くまで一気に進みましょう。」

レオンが私に小さくささやく。


「第二隊を先頭に紡錘陣形を組み、あの大地の目前まで一気に前進します!」

私が大きな声で号令をかけると、各部隊は瞬時に動きを切り替え、楔形の隊列を形成した。


「駆け足で前進!」

鋭く地を蹴る音が響き、青軍が一斉に前進を開始する。


その瞬間、空を裂くようにいくつもの魔法の矢が飛来する...赤軍の魔法部隊からだ。クリスタと各隊の魔法使いたちがすかさず迎撃する。


前方、赤軍も同じように部隊を分け、丘の上と地上に戦力を展開している。地上に降りた部隊がこちらに向かってくる。


「敵が仕掛けてこない限り、こちらからは手を出しません。すれ違いざまの衝突は避けましょう。

 スピネルとクリスタは、我々の通過した後の地形に仕掛けを施してほしい。

 それと、各隊の魔法使いは、あの崖を登るための手段を今のうちに考えておいてください。」

私は走りながら、部隊全体に指示を出す。そしてすぐに最後尾へ下がり、後続の兵たちに声をかけて鼓舞した。


こちらに向かってくるのは、アイヴァン率いる部隊。彼自身が先頭を走っているが、いまのところ武器を振りかざす様子はない。

互いに駆け足で、まるで競い合うように接近していく。


両軍の先頭が、ついに交差した。剣を抜けば届きそうな距離...だが、誰も手を出さない。

緊迫した沈黙の中、敵味方がすれ違う。


何事もなく、アイヴァンの部隊は後方に離れていく。向きを変え後方から襲いかかってくる気配もない。


後方を確認すると、アイヴァンの部隊が通過したばかりの地面に、突如として炎と雷が空中から降り注いだ。

仕掛けたのは...スピネルとクリスタか。私が先ほど依頼した、地形に対する罠を、こうした形で具現化してくれたのだろう。


赤軍の隊列からは、数名の脱落者が出たようだったが、即座に回復魔法が飛び、彼らは遅れながらも再び隊に合流していった。

このあとは、ペトルセフたち防衛隊に任せるしかない。


私は再び視線を前方に戻す...正面にあった台地が幾分か低くなっている気がした。

目を凝らして見つめていると、やはり少しずつ低くなっている。いや、私たちが走っている大地が少しずつせり上がっているのだ。


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