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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第二章
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学友

静けさを取り戻した図書室で、目の前の少女がふと声を上げた。


「ありがとう。私はロザーナ・アースリンガー。君が有名なランスロット君だね。私が来たとき、この部屋には誰もいないと思ってたんだけど...。」


「礼なんて必要ないですよ。もともと彼らの言いがかりですし、むしろ面倒なことに巻き込んでしまって、こちらこそ申し訳なく思っています。

 それと、この学校では敬称は使わないことになっていますからね。」


「あ、そうだった。すまない、ランスロット。」


お互いに少しだけ笑いがこぼれた、そんな瞬間だった。


別の足音が近づいてきて、一人の学生が穏やかな表情で声をかけてきた。


「はじめまして、ランスロット。君は、ロザーナだったかな?私はレオナード・シュミット。レオンって呼んでくれ。」


ロザーナが軽く頷いて微笑むと、私は返す。


「はじめまして、レオン。それとロザーナ、二人とも私のことは、ランスと呼んでください。...それで、私に何かご用ですか?」


レオンは、輝く瞳でも冷ややかな瞳でもなく、どこか風通しの良い涼やかな眼差しで私を見つめ、静かに口を開いた。


「突然で悪かった。でも、噂の絶えない君にようやく会えたと思ったら、想像以上に興味深い人物だった。それで、つい声をかけてしまったんだ。」


「私がそんなに噂されているなんて。しかも、興味深いって言ってくれたのは、あなたで三人目です。」


「ふむ、それは他の二人が誰なのか気になるね。でも、君は自分の噂にまったく関心がないようだ。」


「ええ、当然です。

 いつの間にか尾ひれ背びれがついて、もはや私とはまったく別人の話になっていることがほとんどですから、そんな話に振り回されても仕方がないですからね。」


「なるほど、ランス。君は本当に素晴らしい。名門の家柄に加えて、それを裏付けるだけの実力を持ちながら、この年で慢心がない。実に貴重な存在だ。

 私は、名ばかりの庶流貴族に過ぎないが...もしよければ、私と友誼を交わしてもらえないだろうか?」


「もちろんです。私自身に興味を持ってくれたレオンには、むしろ私の方からお願いしたいくらいです。

 ロザーナも、あの取り巻きの中で怯まず座っていた。そんな勇気ある人なら、三人で友達になれたら嬉しいです。」


「そんな、私など...」


ロザーナが遠慮がちに言いかけたところで、レオンがそれを軽く遮る。


「決まりだね。それじゃ、ロザーナ、これから三人で仲良くやっていこう。ランス、友人になった記念というのも変だが...私とチェスを一局、どうだろう?」


チェスは戦術や戦略の理解を深めるため、子供の頃から教えを受けてきた。まだまだ未熟だと自覚しているが、この学校では一度も負けたことがない。

だからこそ、レオンから勝負を申し込まれたとき、私はむしろ嬉しかった。

自信があるからこそ誘ったのだろうし、もし彼が私以上の腕前なら、学べることは多い。願ってもない好機だ。


「では、三人で順番に対局しよう。ここだと取り巻きが来るかもしれないし、私の部屋に移動しようか。」


私の部屋は、新入生が入ってきてもルームメイトが入ることなく、一人の生活が続いていた。

三人で移動すると、レオンが自室から持ってきたチェス盤を広げた。


最初に私とロザーナが対局した。彼女は思い切りがよく、油断ならない相手だったが、何とか勝つことができた。

次にロザーナとレオンが対局したが、レオンは短時間であっさりと勝利を収めてしまった。


「君たち、一体どんな頭の作りをしてるの...。」


そしていよいよ、私とレオンの勝負が始まった。









...そして、私は負けた。


「ロザーナ、君と私はあまり変わらないと思うよ。レオンの頭の構造が凄すぎるんだ。」


「でも、ランスにチェスで勝った人なんて、今日まで聞いたことなかったよ?それを短時間でやってのけるなんて...取り巻きが聞いたら、大騒ぎになるかもね。」


ロザーナの言葉は、案外的を射ているのかもしれない。それを裏付けるように、レオンが涼しい顔で言った。


「まあ、ランスの取り巻き以外の生徒に知られても、それはそれで厄介なことになりそうだね。」


私は一瞬言葉を選びながら、少しだけ真剣な顔になって口を開いた。


「二人に確認しておきたいんだ。今、私は自分に与えられた『特権』を初めて使いたいと考えている。それを行使したとしても、君たちは私を軽蔑しないだろうか?」


レオンは軽く笑いながら肩をすくめた。

「ランス、何をたくらんでいるんだい?...いや、大体の予想はつくけど、別に気にはしないさ。」


ロザーナも、柔らかな笑みを浮かべて言葉を添える。

「私が君を軽蔑するなんて、そんなことありえないよ。」


二人のまっすぐな返答に、私の胸の奥がじんわりと温かくなった。今、自分は本当に素晴らしい友人に出会えたと、胸の高鳴りが止まらなかった。



◇◇◇



翌朝、私は学長室を訪ねた。

コーデリア学長は穏やかな笑みで出迎えてくれた。


「ここにいらっしゃるのは二度目ですね。さて、今日はどのようなご用件でしょう?」


「実は、寮の私の部屋のことなのですが...なぜ、いまだに一人部屋のままなのでしょうか?」


学長はくすっと笑みを漏らした。


「ふふ、それを尋ねに来られたということは、心当たりのある方がいらっしゃるのですね?」


「やはり、意図されたことだったのですね。」


「ええ。さて、それはどなたかしら?興味が尽きませんわ。」


「今年の新入生、レオナード・シュミットです。」


「まあ、あの子を選ばれるとは...。少し風変わりな子だと思っておりましたが、あなたに選ばれるほどとは。

 これからのあなたたちが楽しみですわ。すぐに手配いたしますね。」


「ありがとうございます、コーデリア学長。」


丁寧に一礼して学長室を後にし、私は部屋に戻って机の上を整え始めた。

しばらくすると、扉を叩く音が響く。扉を開けると、荷物を抱えたレオンがそこに立っていた。


「ずいぶん早いな。」

「昨日のうちに荷造りは済ませていたからね。」

「すべてお見通しでしたか。」


軽いやりとりを交わしたあと、私は少し声を落として言った。

「世間は騒がしいようだけど、私は、君のような友人に出会えたことを何より嬉しく思っている。」


レオンは穏やかに微笑んで応じた。

「私も同じ気持ちです、ランス。それで、騒がしい世間についてだが、君はどう思っている?」


「正直なところ、私にはまだよく分からないのです...。だからこそ、君がどう見ているのかを聞いてみたかった。」


レオンは少しだけ視線を窓の外へ向け、思案するように話し出した。


「今回の件で一番頭を抱えているのは、当のクラウジウス伯爵本人かもしれないね。

 けれど王国...いや、クラウス公爵は、この事態を王族の我儘で済ませるような甘さは持っていないだろう。」


「つまり、戦になると?」


「おそらく。しかし一方的な鎮圧といった形の戦いになるんじゃないかな。前王の孫たちの家系も、クラウジウス家も、門地をことごとく没収されるはずだ。」


その言葉の冷徹さに驚きつつも、私は質問を重ねる。


「クラウス公爵は、そこまで無慈悲な方だろうか?」


「無慈悲というより、理に従う人物だ。王権が揺らぐいま、新たな反乱の芽を摘むには、示威と秩序が必要だ。

 もし、もし、私がクラウス公爵の立場だったなら...やはり、そうするだろうね。」


「そうか...君でも、そうせざるを得ないのか...。」


私は少し間を置いて、話題を変える。


「レオンは、なぜ幼年学校に?」

「正直に言うと、親の決定だった。反論の余地なんてなかったよ。」

「君もか。私もそうだ。」


レオンは小さく笑いながら言った。


「そういうところを見ると、ランスも戦う意義を、まだ見つけていないのだね?」


「そうなんだ。物心ついたころから剣を握ってきたけど、ある時ふと、何故と考えてしまった。それ以来、答えを探している。」


「私も似たようなものだよ。この学校で、戦う意味を少しでも見つけられれば、それだけで来た価値があると思っている。」


そう語ったあと、レオンは少し照れたように付け加えた。


「それに、君と出会えて良かったと思ってる。君は、戦いに疑問を持つ、という言葉を、まっすぐに口にしてくれた。私には、それがとても救いだ。」


私は少し驚きながら尋ねた。

「レオンは、私のことをどう思っていたんだ?」


「正直に言うと、誤解していた。イセリオン家と言えば、王国の武門貴族の筆頭、その長子が街で大立ち回りを演じて、幼年学校に鳴り物入りで特別入学。

 そして将来は、王国の軍隊を率いて、王国の発展に武力で貢献する、その地固めと思っていた。本当にすまない。」


「謝ることは無いよ。私の思惑はともかく、お祖父様とニルウッド公爵が画策したことは...」


レオンが何かを言いかけたそのとき、部屋の扉をノックする音が響いた。


私がドアを開けると、ロザーナが立っていた。部屋へ招き入れると、彼女は軽くため息をつきながら口を開いた。


「私も男だったらなぁ...。それはそうと、さっきから二人で何を話してたの?」


彼女の問いに、私は逆に質問で返した。


「ロザーナは、どうして幼年学校に入ったんだい?」


すると彼女は少し俯きながら、ぽつりと答えた。


「私?...うちはランスほどじゃないけど、戦功で貴族に取り立てられた家系なの。

 でもね...正直、私は戦うのが好きじゃないのよ。それを父に言ったら、考えを改めろって、この学校に入れられたってわけ。」


「恥ずかしがることなんてないよ。僕もランスも、実は似たような理由でここに来てるんだ。」


とレオンが笑いながら言った。


「えっ、本当に?イセリオン公爵家の跡継ぎが、戦いが嫌いだなんて、ちょっと信じられないかも。」


「それこそが、僕にとっての悩みなんだ。小さい頃からずっと剣を握ってきたけど、いつの間にか、なぜ戦うのかが分からなくなってしまっていて...。

 でも、こうしてレオンやロザーナの話を聞いて、少し心が軽くなったよ。」


「それなら良かった。悩みながらつまらない毎日を送るより、せっかくだし楽しみながら目的を見つけようよ。」


ロザーナの明るい笑顔とその言葉に、私は胸の奥がふっと温かくなるのを感じた。ああ、本当にいい友人たちに出会えたんだな...心の中で、そっと二人に感謝する。


レオンがルームメイトになってから、私の中でさまざまな変化が生まれ始めていた。


そのひとつが、レオンが提案してくれた早朝の武術の自主練習だった。

私、ヴォルカノス、ラチェットの三人が中心となり、最初はレオンやロザーナ、そして私の年上の弟たちを含めた、十名ほどの控えめな集まりに過ぎなかった。


次第に参加者が増えていった。今では年上の弟以外の生徒たちも興味を持って参加してくれるようになってきている。


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