幼年学校
拍手と歓声の中、先ほど試合を裁いていた教官と、対戦相手だったヴォルカノスが、私のもとに歩み寄ってくる。
教官が笑顔で口を開いた。
「私はこの幼年学校で教官を務めているケイドスだ。素晴らしい試合を見せてもらった、ありがとう。」
そう言って、ケイドス教官が手を差し出してくる。私はその手をしっかりと握り返し、丁寧に礼を述べた。
続いて、ヴォルカノスも手を差し出してくる。少し悔しそうな笑みを浮かべながらも、真っ直ぐに私を見つめていた。
しっかりと手を握り合い、互いに礼を交わす。
コーデリア学長が歩み寄り、私たちを学長室へと案内した。
重厚な扉をくぐると、すでにケイドス教官が中で待っており、改めて私にヴァルカノスを紹介してくれた。
「ランスロット君、こちらはヴァルカノス・ブルームハルト君。十五歳にして、学園内でも三本の指に入る剣士だよ。
君には彼を紹介する必要はないかもしれないが。ランスロット・シュヴァルツ・イセリオン君だ。」
「はい、お名前も、その腕前も、噂はかねがね耳にしております。」
ケイドス教官にそう答えると、私に向き直り、にやりと笑んだ。
「改めてよろしく。けれど、三人の暴漢を軽くあしらったという話は、どこまで真実なんだい?」
「それほど大げさな話ではありません。相手は素人でしたから、多少の心得があれば誰でも追い払えたと思います。」
「でも、そういう話には尾ヒレがつくのも、名門の宿命か。」
「そのような仰り方は感心しませんよ。」
学長がヴァルカノスをたしなめ、すぐに言葉を続けた。
「それでは、ヴァルカノスさん。ランスロットさんを寮まで案内して差し上げてください。」
ヴァルカノスは「承知しました」と軽く頷くと、私は彼に導かれて学長室を後にした。
学長室のある建物を出ると、張りつめていた空気がふっと軽くなった。
思わず顔を上げると、青く広がる空に、ふわりと浮かぶ羊雲たちがいくつも群れを成していた。
ヴォルカノスの歩調に合わせて歩き続けた。秋の陽が柔らかく、校舎の石壁に影を落とす。
「さっきの試合、攻撃を仕掛けてきた後に剣を下げたのは誘いだったのかな?」
「気が付いていらっしゃいましたか。どのような攻撃が来るか分かりませんでしたが、仕掛けていただいたおかげで運よく勝つことができました。」
「やはりそうか。誘われて剣を繰り出したのはまだ良かったんだが、あの一撃は一体何だったんだ?まともに受けてしまって、体全体が痺れて下がることすらできなかった。」
「あれは剣を砕くつもりで全ての力を込めた一撃でした。」
「なるほど、完敗だったな...」
「ありがとうございます。でも、あれは一度きりなので...次はきっと、こうはいきませんよ。」
「それが勝負の面白いところだからな。だが、君には勝てる気がしないよ。」
「そんなことはないと思います。それより、ヴォルカノスさんはなぜ戦うのですか?」
「『さん』はもうやめてくれよ。ここは生徒同士、敬称は使わないってルールなんだ。慣れてくれればいいよ。」
「なるほど、ありがとうございます。それ以外にはどんなルールがあるのですか?」
「そうだな。ルールについては、後で寮長から詳しく説明があるから安心してくれ。」
校内をひと通り案内された後、ヴォルカノスとともに男子寮に辿り着いた。そこで待っていた人物が、にこやかに声をかけてくる。
「ランスロット君、ようこそ。私はこの寮の寮長、ダニエル・タイスだ。よろしく頼むよ。細かい説明は後にして、まず君の部屋を案内しよう。」
挨拶の隙も与えず、ダニエルは実に手際よく話を進める。私はヴォルカノスに一礼して別れを告げ、ダニエルの後について歩いた。
「ここは二人部屋だけど、今は君ひとりの部屋として使ってもらう。年が明けて新入生が入ってきたら、相部屋になる予定だ。」
こうして、私の幼年学校での生活が始まった。
もっとも、講義内容の多くは、これまで自宅で学んできたことの復習に過ぎなかった。
武術においては、校内でも『三指』と称されるヴォルカノス、ラチェット、トーマスの三名とそれぞれ何度か手合わせをしたが、一度も一本を取られることはなかった。
翌月には、講師自らが私の稽古相手を務めてくれることになっていた。
周囲の学生たちは、次第に二つのタイプへとはっきりと分かれていった。ひとつは、かつての弟たちのように純粋な敬意を込めてこちらを見つめる者たち。
もうひとつは、表面上は冷めた眼差しを装いながらも、その眼差しの奥に煮えたぎる嫉妬を隠す者たちだった。
三指と称されていたヴォルカノス、ラチェット、トーマスでさえ、気づけば前者の側に回っていた。
彼らのまなざしは決して悪意のあるものではなかったが、先輩たちに囲まれ、美辞麗句を浴び続ける日々は、次第に自分の輪郭がぼやけていくのを感じた。
そんな自分を見失わないために、私は学ぶという行為にすがった。
浮き足立つ周囲とは距離を置き、私は静かな時間と思索の場を求めて、図書館へ足を運ぶことが多くなっていった。
新年を一月後に控えた、二番目の風の月の終わり、大きな報せが学園を駆け巡った。
ヴァレンディア王国国王、フリードリッヒ・ヴァレンディア陛下が崩御されたのである。
それからというもの、次々と知らせが届いた。
王太子ファビオ・レイーズ殿下が新たな国王に即位し、その後見人であったオットー・アルブレヒト王子が『クラウス公爵』の名跡を継ぎ、宰相に任じられた。
クラウス家は、先々代の王の代に世継ぎが絶えたため、途絶えた王族の血筋を引く家系であった。
その領地は、第二王子が亡くなった際に、その子らに一部が与えられ、また、王家から新たに貴族として家を興した王子たちにも分与されていった。
その結果、クラウス公爵家に残された領地は、わずか二つの街だけとなっていた。
その小さな門地に、王子であったオットーが再び、公爵として立ったのだった。
さらに、そのわずか二日後、もう一つの情報が王都を襲う。
亡き王の第一王子および第二王子の子らが、第一王女の嫁ぎ先であるクラウジウス伯爵家の後ろ盾を得て、王国に対して反旗を翻したというのである...。
第一王子アルダリオン王子は四年前、五十七歳で逝去しており、先に述べた第二王子イリシアナ王子は、二十八年前に若くして世を去っている。
両王子の子どもたちは、それぞれ小規模な門地を継承したり、新たに家を興して貴族となった者たちである。
彼らは、ファビオ・レイーズ王が王太子に選ばれた際、強く反発した王族としても知られている。
一方、クラウジウス家は第三次スタンピード討伐戦で功績を挙げ、男爵に列せられた新興貴族である。
三代目エルマリオン男爵の代に領内の工業を著しく発展させ、王国経済に大きな影響を与えたことで子爵の爵位を得た。
その後も工業を中心に領内を発展させ、経済力において王国有数の影響力を誇る存在となった。
前王フリードリッヒ陛下は、当時子爵家の娘であったクラウジウス家のマリアンナ嬢に心を奪われ、彼女を最初の王妃として迎え入れた。
その間に生まれたのが、アルダリオン王子、イリシアナ王子、そしてクラウジウス伯爵家に嫁いだ第一王女マリーである。
王女との結婚を機に、クラウジウス家は伯爵位を賜った。
現在のクラウジウス伯爵家の当主、マッティア・クラウジウスは、王女マリーを深く愛しており、彼女の甥や姪たちにも惜しみなく支援を続けてきた。
その彼らが今、新たな王を認めず、前王の孫の中から一人を擁立しようとしている。クラウジウス家を後ろ盾とした王族たちの意図なのだろうか。
現時点では、実際に戦闘が起こったという報せは届いていないが、事態の行方には大きな注目が集まっている。
そんな慌ただしい日々の中、歳が改まり、新入生を迎える季節となった。
もっとも、新入生とはいえ、入学規定により皆が年上である。
私は今年で十一歳になるが、この幼年学校では十二歳から十四歳の健康な男女が入学の対象とされている。
十六歳で一般的に卒業となるが、学びを修了できなかった者や、さらに深い学問の探求を望む者に限り、最長で十九歳まで在籍することが許されている。
トーマスは十六歳で学びを終え、年末に涙ながらに卒業していった。
年が明けても王都の空気は落ち着かず、不穏な情報が次々と飛び交っている。
もし戦が始まれば、この学校の生徒たちも戦場へ駆り出されることになるのだろうか...。
そんなことを思いながら、二月のある昼下がり、私はいつものように静かな図書館へと足を運んだ。
図書館に入ると、私がいつも座っている席に一人の女性が座っていた。
その瞬間、私はふと自分の行いを省みた。『いつも私が座る席』などと自然に思っていたこと自体、慢心の表れではないか。
私が毎回そこに座っていたからこそ、誰もその席を使わなくなっていたのだろう。今座っている彼女は、おそらく新入生だ。
自分の思い上がりに気づかせてくれた彼女に、内心で感謝を告げると、私は本棚から読みかけだった歴史書を取り出し、少し離れた席に腰を下ろした。
静かに本の世界へと没入していく。
しかし、しばらくすると、周囲がざわつき始めた。私は現実に引き戻され、気配のする方へ顔を向けた。
見ると、私が『いつも座っていた席』を囲んで数人が言い争っている。中心には先ほどの新入生、そしてその周囲には見慣れた顔...年上の弟たちがいた。
嫌な予感がして駆け寄ると、やはり思った通りだった。その中の一人、十五歳の弟、アークトゥルスに声をかけると、彼は振り返って言った。
「ランス...いたのか。今、新入生に図書館のルールを教えてたところなんだ。」
私は少し意地悪く問い返した。
「どんなルールだったっけ?」
「この席は、ランスの席っていうルール。」
「そんなルール、ありましたっけ?今日はあっちの席に座りたい気分だったので、あそこの席に座ってたんですよ。というわけなので、皆さん解散。」
私はあえて軽く言って、彼らを見回した。
「...すまない、ランス。」
少し気まずそうに言って、アークトゥルスたちは新入生に頭を下げ、図書館を後にした。




