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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第二章
29/84

季節外れの入学

昼下がりの柔らかな日差しの中、屋敷の庭でガラハドと剣を打ち合わせていると、元気な声が響いた。


「私も仲間に入れてくださぁい!」


声の方を振り向くと、そこにはベッドにいるはずの末弟・パーシヴァルが、にこにこと立っていた。


「パーシー、母上のお許しは出たのかな?」


「はい!お許しをいただいてきました!」

そう言いながら、パーシーは嬉しそうに駆け寄ってくる。


「よし、それなら二人で、私に打ち掛かってきなさい。」


ガラハドは私の二歳下、パーシーは三歳下だ。

ガラハドは剣の振りが大きく、動きに無駄が多い。対してパーシーは筋が良いが、どこか兄に遠慮しているのか、積極的に攻めてこようとはしない。


これでは、二人の攻撃を受け流すのに、さほどの苦労はいらなかった。


私も、そしてこの二人の弟たちも、物心がついた頃にはすでに剣を握っていた。年齢に応じて、剣だけでなく様々な武器を学び、鍛錬を重ねてきた。


朝は剣の修練に始まり、昼前には学問を学び、昼食後の休憩を挟んで、また別の武具での修練を行う。

そして、夕食前に再び学問を学ぶという毎日だった。


その朝の修練には、父がときどき姿を見せ、自ら剣を取って私たちの相手をしてくれた。


父、ぺリノア・シュヴァルツ・イセリオンは、王国でも屈指の戦士と称えられる人物だ。

私たち三兄弟で挑んでも、父の前ではまるで相手にならなかった。


容赦なく叩きのめされ、泥だらけになって倒れこむたび、戦いの厳しさを身体で学ばされたものだった。


私が初めて、父の腕に剣を打ち込むことができたのは、八歳のときだった。

弟たちは我がことのように喜び、まるで自分たちが勝利したかのように笑顔を弾ませていた。だが父だけは違った。


父は、一瞬だけ驚いたような顔を見せた後、黙って私をじっと見つめていた。それからだった。父の目が、私を見るたびに冷たくなったのは...。


それでも私は剣を振るい続けた。少しずつ、確実に。そして今では、四本に一本は父に剣を打ち込めるようになっている。


だが、弟たちはまだ一度も父から一本を取ることができていない。

特にガラハドは、剣を握る姿勢は美しいが、剣筋に迷いがある。パーシヴァルも筋は悪くないが、まだまだ力が足りない。


父の視線が怖くなった私は、一度だけ母に相談したことがあった。

そのとき、母は穏やかな笑みを浮かべながらこう語ってくれた。


お父様が、あなたのお祖父様から初めて一本取ったのは十八歳の時だったのですよ、と。


父が弱かったわけではない。祖父も、そのまた父から一本取るのに十九歳までかかったそうだ。

「あなたが早すぎたのよ。」と母は言った。

そして、「お父様はその事実を受け入れてはいるけれど、嫉妬してしまう自分をあなたに見せたくないのよ。」と教えてくれた。


それ以来、私はできる限り、父の冷たい目を気にしないようにしてきた。


けれども、剣を交えるその瞬間、とくに、私の剣が父に届く時、その瞳の奥に、一瞬だけ燃え上がるような熱を感じることがある。

それはきっと、母の言っていた『嫉妬の目』なのだろう。


一方で、弟たちの目は違っていた。


私が父から初めて一本を取ったあの日から、二人の瞳は私を見るたびに輝きを増した。

それが『崇敬の眼差し』であることに気づいたのは、少し後になってからのことだった。


かつては私をライバル視していたガラハドも、あの日を境に、私に対する競争心をどこかに置いてきたようだった。

彼は今年で九歳になるが、その剣が父に届く気配は、まだ見えない。


ある日、朝の修練に、お祖父様が姿を見せられたことがあった。

祖父は黙って練習用の剣を取り上げ、私の前に立った。父も弟たちも、その予想外の展開に驚きの色を浮かべていた。


三合、剣を交わしたあと、祖父は素早く突きを放った。

私は咄嗟にその一点に剣を合わせ、軌道を逸らす。跳ね返った剣をそのまま祖父の腕へと伸ばす...が、祖父はすでに剣を引き、私の剣を払った。


その払いの勢いで体勢を崩した私の右脇が、無防備に晒された瞬間、祖父の剣が、音もなく私の脇腹を軽くなぞった。


「知らねば、わしの腕が飛んでおったな...ペリノアも、今の手で腕を失ったのかな?」


「父上、それは...人が悪いですぞ!」


父が苦笑混じりに抗議するも、どこか嬉しそうにも見えた。

今にして思えば、父が突きを使わなくなったのは、あの日以来だった。きっと、祖父が来ると知っていて、私との稽古であえて封じていたのだろう。


「ランスロット、おぬしは奥義を極めつつある。わしもペリノアも、あと数年でおぬしに勝てなくなるじゃろう。」


「これは、ただの稽古にすぎません。実戦となれば、私など...それ以前に、なぜ戦わねばならぬのか、私は疑問を抱いてしまうでしょう。」


「ふむ...おぬしは、わしらを超え、さらに高みに踏み込もうおとしておるのだな。実に興味深い。」


「高みなどと考えたことはありません。ましてや、お祖父様や父上を超えるなど、恐れ多いことです。」


「戦士とは、戦えと命じられた場所に赴き、ただ戦うものだ。わしも、ペリノアも、そうして生きてきた。戦う意味など、考えぬようにしてきたのかもしれんな...。

 だが、いま、わしは驚いておる。そして、おぬしがこれからどのような道を歩むのか、それが楽しみにもなった。」


「父上、そのようなことをおっしゃっては...。」

父が祖父の言葉に抗議しようとしたが、言葉は続かず、抗議は失敗に終わった。


祖父は、静かに語り続けた。

「ランスロットよ。おぬしは、イセリオン家にも、王国にも縛られるな。自らの道を見極めよ。そして、その先に何があるのか、自らの目で確かめてまいれ。」


父は何も言わなかった。

祖父は、それ以上何も語らず、静かにその場を去っていった。


二年前の祖父の言葉は、今なお心に深く刻まれている。一言一句が記憶の中に鮮やかに残り、その意味を探し続ける日々は終わっていない。


そんな思いにふけりながら、弟たちの剣を受けていた時だった。不意に、背後から落ち着いた声がかけられた。


「お三方、実に熱心ですな。...ただ、ランスロット殿は少々心ここにあらずのご様子ですが。」


振り返ると、そこには戦術論の講師、ゲオルグ・シュターデン卿の姿があった。私たちの修練の様子を、静かに見守っていたらしい。


「もうそんな時間でしたか。失礼いたしました。すぐに支度いたします。...ガリー、パーシー、汗を流しに行こう。」


声をかけ、私たちは剣を収めて小走りにその場を後にした。


そうして、普段と変わらぬ四日が過ぎていった。そしてついに、幼年学校への入学の日が訪れた。


母に挨拶を済ませ、玄関へ向かうと、家族と使用人たちが見送りに集まっていた。


一人ひとりに頭を下げ、馬車に乗り込む。父が無言でその隣に座った。

馬車は王都の石畳を静かに揺れながら進み、やがて堂々たる校門をくぐる。校舎の前で馬車が止まり、父に続いて私は地に足を下ろした。


目の前には、大勢の大人たちが並んでいた。知った顔もいくつかあった。祖父のベディヴィア・シュヴァルツ・イセリオン。

そして、その隣には、祖父の親友でもあるニルウッド公爵、ヴィルヘルム・ミヒャエルの姿。


だがそれだけではない。並び立つ者たちの多くが、鋭く、まるで心の奥底まで見透かすような視線を私に向けていた。

父とともに、私は順に彼らに挨拶をしていく。慣れぬながらも、一礼ごとに言葉を尽くした。


そして、最後の一人。名乗られた名に、私は内心の動揺を隠すのに必死だった。


その人物は、静かに、しかし威厳ある声音で名乗った。


「オットー=アルブレヒト・ヴァレンディアだ。」


現国王の王子の一人にして、王太子ファビオ殿下の後見人と噂される重鎮。その名を知らぬ者は王都にはおらず、宮廷の誰もが一目置く人物のはずだった。


「なぜ、王子がこの場に...?」


疑問が胸をよぎったが、その答えは容易に導き出せるはずもない。私は胸の内を静かに鎮めると、再び父の後に続き歩みを進めた。

やがて辿り着いたのは、きっと学長室だろう。重厚な装飾が施された扉の前で立ち止まり、父が静かに扉をノックする。


「どうぞ」と優しげな声が応える。


中に入ると、部屋の中央で立ち上がったのは、年配の女性だった。白銀の髪を丁寧に結い上げたその人は、穏やかな眼差しで私たちを迎え入れた。


「わたくしはこの幼年学校で学長を務めております、コーデリアと申します。」

微笑を湛えたまま、私たちをソファへと案内する。


「ランスロットさんのような、とても興味深い学生をお迎えできることを、たいへん喜ばしく思います。

 わたくしにとって特待生をお迎えするのは初めてのことでして、至らぬ点などございましたら、ご容赦くださいませ。」


「ありがとうございます。ランスロットを、どうかよろしくお願いいたします。」


父が短く礼を述べると、私もすぐに続いた。

「ランスロット・シュヴァルツ・イセリオンと申します。これより、お世話になります。」


形式的ながらも、心を込めた挨拶を終えると、学長は早速、本題へと入った。


「実は、ランスロットさん。編入早々にお願いするのも恐縮なのですが...模擬戦をご用意しております。

 通常では例のないことなのですが、皆さんが大変、楽しみにしておりまして...お引き受けいただけますか?」


その声には、緊張を和らげようとする気遣いがにじんでいた。

私は小さく頷き、静かに答えた。

「はい、承知いたしました。」


先ほど、大勢の大人たちが並んでいた理由に、ようやく合点がいった。この模擬戦こそが、彼らの関心の的だったのだ。


コーデリア学長に案内され、私は模擬戦の会場へと向かう。途中、父とは別れ、彼は観覧席の一角へと歩いていった。

広くはないが、観戦席にはさきほど顔を合わせた貴族たちのほか、在校生らしき少年少女たちがひしめき、ざわめきの渦が広がっていた。


私は学長に礼を言い、模擬用の武器が並んだ棚の前へ向かう。並んでいた中から適度な重さの剣を手に取り、二、三度、静かに素振りをする。

剣の感触を掌で確かめながら、内心で深く息を吐いた。


前に進み出ると、静かに名乗りを上げ、一礼した。

「ランスロット・シュヴァルツ・イセリオン、参ります。」


対する少年は、私よりかなり年上に見えた。鋭い視線の奥に、観察と警戒が宿っている。

彼もまた名乗りを上げる。

「ヴォルカノス・ブルームハルト。」


名乗りと同時に一礼し、互いに距離を取った。


鉄製の模擬剣は刃こそないが、重さと硬さは本物と変わらない。直撃すれば骨の一本や二本、平気で折れてしまうだろう。

命を賭す場ではないにせよ、油断はできない。


やがて、場の端から声が響く。


「始め!」


厳めしい顔の教官がその一声を放つと同時に、私たちは動いた。


最初の数合は様子見。二合、三合、五合、十合...剣と剣が打ち合わされるたび、金属の音が乾いた空に鳴り響いた。

私は間合いを半歩詰めた。相手は重心が少し後ろにある。初めての相手に警戒しているのか、それとも癖なのかは分からない。


もう半歩詰めても相手は後退しない。そこで私は、こちらから積極的に攻撃を仕掛けてみた。

その攻撃はすべて受け流されるか交わされる。次に、私は剣を一瞬下げ、隙を作ってみせた。それを見たヴォルカノスは、上段から一閃、切り下ろす。


私は即座に両手で剣を構え直し、相手の剣の重心を狙って下から切り上げた。

金属音と共に火花が散り、ヴォルカノスの剣がわずかに浮いた。最初の攻防で、手が痺れていたのかもしれない。さらに一手、剣先を思いきり跳ね上げる。


彼の剣は高く宙を舞い、無防備になった胸元が露わになる。

そして私は、迷いなく一歩踏み込み...。


「失礼。」

首筋へ、そっと剣先を添えた。


その場は静寂が支配された。


打ち落とされた剣が石畳に当たり、かすかな音を立てて転がる。その音さえ、静寂を破るにはあまりにも小さかった。


対峙していたヴォルカノスは、驚愕の表情を張りつかせたまま、まるで石像のように動けずにいた。


観戦していた者たちも、呆気に取られていたのだろう。誰一人、息を呑む音さえ出せない。

やがて、試合に立ち会っていた教官が我に返り、声を張った。


「...それまで!」


その声をきっかけに、私は静かに剣を下ろし、深く一礼した。対するヴォルカノスも、慌てて無手のまま礼を返した。

そして、観戦席からようやく拍手が湧き起こる。最初はまばらだったが、次第に熱を帯び、歓声と混ざって大きなうねりとなって広がっていった。


ふと顔を上げて観客席を見渡すと、父と祖父の姿が目に入った。その隣には、ヴィルヘルム・ニルウッド公爵と、オットー・アルブレヒト王子の姿も見える。

彼らは声を潜めて何か話していたが、その表情にはどこか確かな手応えと関心が読み取れた。


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