アルヴィアの街
丘陵地を抜けて街道を進んでいくと、やがて城壁に囲まれた大きな街が姿を現した。
街の入り口では、門衛たちが街に入る者の身元を一人ずつ丁寧に確認していたが、
私たちは自警団と一緒だったので、特に詮索されることもなく、そのまま城門を通過できた。
アルヴィアの街は、城壁も通りも建物も、すべて切り出した石で造られていた。
ヒルデガルドによれば、近くの丘陵地に石切り場があるらしい。
城壁はやや高く、大人が飛び上がっても手が届かない程度だが、本気で忍び込もうとすれば越えられなくもなさそうだ。
通りは石畳で整備され、脇には雨水を流すための水路も作られている。無駄のない造りで、計画的に作られた街だということが伝わってくる。
この街は、先にあるエルムリンデンとの交易の中継点として整備された都市だという。
もともとは小さな村だったが、交易で富を得ようとした当時の領主が、今の規模にまで拡張したらしい。
その領主はフェンリスタからエラムウィンドに至る広い地域を治め、エルベ川の北側に独自の経済圏を築いた。
だが数年前、王族の反乱に巻き込まれて領地を失い、この一帯は王国の直轄地となった。
今も交易の流れは残っているが、領主を失って以降、経済は停滞しつつあり、盗賊や海賊の増加もその影響だと考えられている。
私たちは、まさにその経済圏を横断する旅の途中にいるのだった。
アルヴィアの街に入ると、自警団の方々がすでに宿屋などの手配を済ませてくれていた。夕食には自警団の食堂へと招かれることになった。
詰め所は街の北門を入ってすぐの場所にあり、その裏手に、ささやかながら整った食堂が併設されている。
この食堂は、隣接するレストランの厨房とつながっており、料理はそこから運ばれてくる仕組みになっていた。
自警団は、リーダーのヒルデガルドを筆頭に、サブリーダーのエスメラルダ、カイル、スコット、後方支援として事務を担当するアールグレイ、会計担当のキャンディス、そして実動部隊の団員十七人から構成されている。
アールグレイとキャンディスは非戦闘員のため、実際に盗賊などと対峙するのは二十一名。
相手の人数が多い場合は、街から協力者を募ることもあるそうだが、今回は私たちの存在が大きく、さらに即時の対応が必要だったため、常駐の二十一名のみで出動したとのことだった。
夕暮れが街を包み込む頃、太陽は稜線の向こうに沈み始めていた。
石畳の通りは柔らかな黄金色に染まり、静かな風に乗って、香ばしい夕食の匂いが街を満たしていた。
自警団の食堂には、すでに四人が先に到着していた。
エスメラルダが彼らを紹介してくれる。
「こちらは、アールグレイとキャンディス──そして、リズベック商会から来てくださったヤンさんとイレーヌさんよ。」
ヤンとイレーヌは、昨日の早馬で私たちのことを知らされていたらしく、リズベック商会では歓迎の準備を整えていたという。
しかし、自警団がすでに宿や夕食の手配を済ませていることをキャンディスから聞き、急きょ、今夜の夕食会に参加することになったのだそうだ。
ヤンの話によれば、リズベック商会はフェンリスタ、ミドルポート、アルヴィア、そしてこの先にあるエルムリンデン...四つの街を起点に商館を構え、それぞれの拠点で取引が円滑に進むよう、密に連携しているらしい。
イレーヌは、街の物価をまとめた資料を私に手渡してくれた。
「ビアンカ様が、ミドルポートであなた方が物価を調べていたと知って、準備するようにと仰ったのです。」
彼女はそう言って微笑んだ。
木製の長いテーブルには、彩り豊かな料理が所狭しと並べられていた。
焼きたてのパン、スパイスの効いたローストチキン、色とりどりの野菜料理、香ばしいスープ...どれも香りだけで食欲をそそるようなものばかりだ。
ヒルデガルドが、グラスを片手に立ち上がる。
「皆さん。今日、無事に街へ戻ってこれたことを、まずは祝しましょう。そして、盗賊の動向を知らせ、作戦を指揮し、戦ってくれたルヴィ君たちに感謝を!」
彼女がグラスを掲げると、周囲から「乾杯!」の声が重なった。
スコットが、一切れのチーズをつまみながら口を開いた。
「ルヴィ君たちがいなかったら、今回のように野盗を一網打尽にするのは難しかっただろうな。本当に感謝しているよ。」
「いえ、私たちこそ、襲撃の情報をいち早く知ることができたおかげで、アルヴィアの皆さんに助けていただけたのです。感謝しているのはこちらの方ですよ。」
そう答えると、ハウルがすかさず続けた。
「ルヴィの作戦だって、自警団の援軍が来てくれる前提で立てていたからね。皆さんが駆けつけてくれなければ成立しなかったよ。」
その言葉に、エスメラルダが笑顔で頷いた。
「でも、私たちは『共に戦った』というより、『ルヴィ君たちのお手伝いをした』という表現の方がしっくりくるかもしれませんね。
合流したときには、丘の上で既に四十人が捕らえられていて、街道でも十数人が倒れていたのですから。」
「でもね、私がヒルデガルドさんたちにお願いして駆けつけてもらわなかったら、ルヴィたちは負けてたかもしれないのよ?」
リルが少しむくれたように抗議すると、エスメラルダは冷静に返した。
「それでも、私はルヴィ君が『可能性』だけで戦いを挑むとは思えませんね。仮に私たちが来られなかったとしても、きっと何か手を打っていたでしょう。」
「違いない!」
スコットが豪快に笑いながら同意すると、カイルも力強く頷いた。
「ルヴィ君たちのおかげで、街道もしばらくは安全だろう。オレたちも君たちと肩を並べて戦えたことを、誇りに思ってるよ。」
食堂の中は、笑い声と和やかな歓声に包まれていた。
夕食会が終わって外に出ると、街には静けさが戻っていた。夜空には無数の星が広がり、欠けたニノ月が穏やかな光を投げかけている。
久しぶりにゆっくりできそうだったので、私は石畳の街をあてもなく歩いていた。
すると、隣にアデルが並んできた。
「ルヴィは、これから街の中を散歩するのですか?」
「ええ、ちょうどそうしようかと考えていたところです。アデルも一緒にどうですか?」
「はい。実は、私もルヴィと少し歩きたいと思っていましたの。」
しばらく歩いた後、私は少し迷うように口を開いた。
「アデルは、ロディのことをどう思いますか?」
「ルヴィも、気になっていたのですね。」
アデルは、歩を緩めず穏やかに続けた。
「彼には事情があるようですが、私たちを助けてくれたのは確かです。一緒に旅をすれば、きっと少しずつ話してくれると思いますわ。」
「...そうですね。つまらないことで悩んでいたかもしれません。」
「ルヴィは、いつも私たちのことを考えてくださる。それだけで、私は感謝しています。少しでも力になれるなら、いつでも相談してくださいね。」
「ありがとう、アデル。君がいてくれると、本当に心強い。これからは遠慮せず相談させてもらいます。」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいですわ。」
私たちは、月明かりに照らされた石造りの街並みに目を向けながら、宿へと足を向けた。
◇◇◇
翌朝、宿を出ると、活気ある声が聞こえてきた。
声の方へ向かうと、詰め所の広場でロディと自警団のベクターが木剣を構えて対峙していた。
周囲を取り囲む団員たちに尋ねると、これから模擬試合が始まるのだという。
やがて、スコットが威勢よく声を上げた。
「はじめ!」
その掛け声と同時に、ロディが一歩踏み出した。次の瞬間...ベクターの木剣が宙を舞い、ロディの木剣がベクターの喉元にぴたりと突きつけられていた。
あまりの速さに、広場は一瞬静まり返る。
だがすぐに、どっと歓声が沸き上がった。
試合のことを教えてくれた団員が、私の肩に手を置いて言った。
「ルヴィくん、君の魔法もすごいけど...ロディくんの剣も相当なものだな。
ベクターは自警団一の剣の使い手で、まともな試合で負けたところなんて、見たことなかったんだ。ロディくんはこの大陸でも有数の剣士じゃないか?」
「ロディの剣の腕はそれほどなのですか」
「少なくとも、俺はあんな剣技を生で見たのは初めてだ。」
自警団の面々が、二人の健闘を称えた。次々に拍手を送る。その中でロディは静かに礼を述べ、こちらに歩いてきた。
「おはよう、ルヴィ。」
ロディが、朝の光に似合う爽やかな声で挨拶してきた。
「おはようございます、ロディ。早いですね。」
私も挨拶を返しながら、自然と二人で団員たちの輪を離れ、歩き出す。
「幼いころから、朝に剣の稽古をするのが習慣なんです。」
ロディは笑いながらそう言った。
「では、明日から私もご一緒してもよろしいですか?おそらくリルも参加したいと言うと思いますが...。」
「もちろん、歓迎しますよ。」
ロディは気軽に答えてくれた。
私はふと、大事なことを思い出したように言った。
「そういえば、ロディに旅の目的を話したことがありませんでしたね。目的を聞いてから、改めて旅に同行するか決めていただいても構いませんよ。」
「はは、たしかに聞いてませんでしたね。でも、いずれ群島の島に戻るのでしょう?」
「ロディの目的は、群島に渡ることなんですね?」
「ええ。群島を巡って、それぞれの島を旅してみたいと思っていました。ただ、今は...君たちと一緒に旅をしてみたいという気持ちも強くなっています。」
「すっかり気に入られたようですね。でも、私としてもロディが一緒に来てくれたら、心強いと思っていますよ。」
「そう言ってもらえると、嬉しいですね。」
私は一息ついて、目的地を伝えた。
「これから私たちは、エラムウィンドの街へ行き、鉄鉱石を買い付けてから、群島のデネリフェ島へ戻る予定です。その旅程で問題なければ、一緒に来ませんか?」
「エラムウィンドですか。その旅程であれば、私もご一緒したい。デネリフェ島は過ごしやすいと聞いていますし、好都合です。」
その後、これまでの旅について語り合いながら歩いていると、いつの間にか北門の脇へとたどり着いていた。
通りの喧騒から外れたこの辺りは、時間の流れがゆるやかで、静けさに包まれていた。
振り返ると、朝日がちょうど城壁の向こうから昇り始めており、目を細めるほど眩しかった。
「ロディも、私たちの仲間ですね。これからも、よろしくお願いします。」
そう言ったとき、ロディの表情がふと曇ったように見えた。
彼は少しだけ目を伏せてから、真剣な表情で私を見つめ直す。
「ルヴィ、話したいことがあるんだ。少し、時間をもらってもいいだろうか?」
「もちろん、いいですよ。」
私は即座に応えた。
そして、ロディの次の言葉を静かに待った。




