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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
26/84

盗賊団との死闘

左右を大きな丘陵に挟まれた街道を、二頭の騎馬が駆けていく。一頭の背には少年と、その後ろにぴたりと身を寄せる少女。

もう一頭には、別の少年が一人でまたがっていた。


街道を進むにつれて、左右のなだらかな丘陵は少しずつ険しくなっていく。

やがて、街道は、左右を断崖に挟まれた狭い区間へと入る。街道はそこからゆるやかに右へと曲がり、続けて左へと大きく曲がっていった。

その瞬間、先頭を走っていた馬の耳が、ぴくりと小刻みに動く。だが、馬たちは速度を落とすことなく、まっすぐに街道を駆け抜けていく。



◇◇◇



御者台には、私とアデルが並んで座っていた。これから始まる戦いを前に、馬車の中は静まり返っている。

馬車の後方には、鎖に繋がれた盗賊たちが、何も言わずに大人しく従っている。彼らの視線も、時折ちらりと前方の丘陵地帯をうかがっていた。


目の前に広がる丘陵地帯へ向かって、街道はなだらかな谷間のような低地へと続いていた。

道幅は、馬車が二、三台並んで通れるほどの広さがあり、一見すると見晴らしの良い道に思えた。


しかし、進むごとに左右の丘陵は徐々に険しさを増し、やがて道は右に緩やかに曲がったかと思えば、さらに大きく左へと向きを変えていた。

そして私は、そこで手綱を引き、馬車を静かに止めた。


無言のまま御者台から降りると、私は街道に両膝をつき、大地にそっと手を当てる。

大きな音とともに、馬車の周囲の大地が持ち上がっていく。いや、まるで競り上がるように空へと向かって上昇していった。


やがて、私たちの視界は左右の丘陵の稜線を越え、上に配置されていた盗賊たちの姿をはっきりと捉えることができる高さにまで達した。


馬車の後ろで鎖に繋がれていた盗賊たちは、騒ぎ始める。

「な、なんだこれは!?」「地面が……浮いてるだと!?」


その混乱の中、アデルが馬車から静かに降り立つ。彼女は淡々と、盗賊たちに向かって魔法を詠唱した。

すると、鎖に繋がれていた盗賊たちは、次々とその場に次々と崩れ落ちていった。


一方、丘の上からは弓矢が何本も放たれるが、こちらまで来る前に力を失い、地面に落ちていく。


私は上から視界を巡らせると、崖の上に配置されている盗賊が二十七人。街道の物陰に潜む盗賊らしき影が五十五人確認できた。

さらに、見張りや偵察をしている者がいるかもしれないが、目に見える限り、他の人影は確認できなかった。


私たちの役割は明確だった。まず、丘陵の上に配置された二十七人の盗賊を確実に倒すこと。

そして次に、街道に控える五十五人の盗賊を、決して逃がさないこと。


馬車の中からソニアが姿を現し、私たちは三人で丘の上に向けて攻撃を開始した。


だが、敵の中にも数名、魔法を扱える者がいた。彼らの放った攻撃魔法が、鋭くこちらに向かって飛来してくる。

私は即座に防御魔法を展開し、それを受け止め、弾き返した。


魔法を使う彼らであっても、私たちがいるこの高所まで届く足場を作るほどの強力な魔法を操る者はいないようだ。

仮にそれができたとしても、細い足場では数を生かすことはできず、彼らの利点は失われるだろう。


しばらくすると、街道の先から蹄の音が鳴り響いた。土煙を巻き上げながら、一頭の馬が勢いよく駆けてくる。

その背には、ロディとハウルの姿。二人は馬を巧みに操りながら、まっすぐに戦場へと突入してきた。


彼らは、街道で右往左往しながら戦いに参加できずにいる五十五人の盗賊に襲いかかっていった。


丘陵の上では、27人の盗賊はすでに全員昏倒している。


私は魔法で馬車の足場の高さを調整し、丘陵と同じ高さに合わせる。アデルとソニアが馬車を降り、倒れた盗賊たちの元へと向かう。

ソニアはひとりひとりの両手を後ろ手に縛り上げていき、アデルは少し離れた場所で静かに詠唱の構えを取りながら、あたりの気配に神経を尖らせていた。


私は、アデルとソニアの作業に目を配りつつ、丘陵の上から魔法でハウルとロディの援護を続けていた。


ロディの剣技は、想像以上だった。

無駄のない動きで、振るう一撃ごとに確実に盗賊を戦闘不能に追い込んでいく。


一方、ハウルは剣と魔法を巧みに組み合わせ、相手を孤立させてから一人ずつ仕留めていた。


しかし、時間の経過とともに、戦況は変わり始める。盗賊たちは戦いの流れを読み、ロディを遠巻きに囲んで体力を削る戦法に切り替えてきた。

さらに、残った者たちはハウルの周囲を取り囲もうと動き始めている。


私は丘陵の上から魔法を放ち、二人への、攻撃の流れを断つように援護した。


一方で、ソニアとアデルは丘の上で倒れた盗賊を縛り続けていた。

しかし今はようやく八人目に取りかかったばかりで、二十七人全員を縛り上げるには、まだ時間がかかる。


ロディもハウルも、まだ劣勢には陥っていない。だが、その戦いは確実に厳しさを増していた。

ここで焦って、何か一つ誤れば、致命的な結果を招きかねない。私は息を整え、冷静さを保ちながら、上空から状況を読み、援護の手を緩めないようにした。


どれほどの時間が経っただろうか。

街道にはすでに十六人の盗賊が倒れていたが、ロディもハウルも疲労の色が隠せない。

二人に疲労回復の魔法を使っているが、自分の余力も残しておかねばならない。


丘の上では、ようやくソニアとアデルが二十一人目の盗賊に縄をかけようとしていた。

その最中、意識を取り戻した三人の盗賊が突如暴れ出し、アデルたちに襲いかかろうとしたり、仲間の縄をほどこうとした。

私はすぐに対応し、再び魔法で昏倒させる。


ハウルが包囲されそうになったその瞬間、私は再び魔法を放ち、彼の足元に土壁を立てて進路を断ち、援護した。


ちょうどその時、街道の先に土埃が立ちのぼるのが見えた。


「...ようやく動いてくれましたか。」


そう、先ほどロディとハウルは、リルをアルヴィアの街へ送り、盗賊の情報を伝えて救援を求めていたのだ。


土埃の中から、空に向けて赤い炎が走った。それは、リルからの合図だった。私は応えるように、同じく炎の魔法を空へ放つ。


街道の戦場にいた盗賊たちも、救援の到着に気づいたようだ。彼らの動きに焦りが混じり、ロディを囲んでいた陣形が明らかに乱れ始める。

その一瞬の隙を、ロディは見逃さなかった。刀身が閃くたびに、崩れた陣の中で次々と盗賊が倒れていく。


そして、ロディが何か言葉を放った。それに応えるように、一人の盗賊が彼の前に進み出てくる。恐らく、彼の名を騙っていた者だ。


だが、その間に、別の盗賊が槍を構えて割って入る。激しい斬り合いの末、ロディはその者を切り倒す。

ようやく偽ロディの前へと進むと、刹那の間にロディの剣が閃き、偽ロディの首が宙を舞った。


その光景に、盗賊たちは呆然と立ち尽くす。

そこへ、街から駆けつけた軽騎兵の一団が、馬の蹄を鳴らして突撃していく。


私はすぐさま街道の反対側に魔法で土塀を築いた。大人の背丈を超えるその壁が敵の退路を完全に塞ぐ。

街道の戦闘は、もうロディとハウル、それに救援部隊に任せてよいだろう。


私は、アデルと合流し、残りの盗賊たちを一人ずつ縛り上げる作業に加わった。

縄をかけた者には、治癒魔法で怪我の回復を施し、馬車まで歩かせて鎖につなぎ、順に魔法で眠らせていく。


やがて、全員を鎖に繋ぎ終え、私は魔法で馬車の足場を元の高さに戻した。


その頃には、ハウルとロディも街から来た人々と共に、街道で盗賊を次々と縛り上げていた。


アデルとソニアと共に、盗賊を縛り上げる作業を手伝っていると、こちらに駆けてくるリルの声が聞こえてきた。

「ルヴィ、ロディ!」


その手を引いているのは、一人の女性だった。

「こちら、街から援軍に来てくれた自警団の代表、ヒルデガルドさんよ。」


落ち着いた佇まいと凛とした目をした女性が、こちらに歩み寄ってくる。


「あなたがルヴィくんね。リルさんから話は聞いているわ。今回の作戦を立てて、盗賊団を一掃してくださったそうね。」


私は軽く頭を下げながら答える。

「作戦を立てたのはロディです。ロディの正確な情報と提案のおかげで、私たちは上手く立ち回ることができました。」


すると、ロディが少し照れくさそうに笑いながら口を開いた。

「あの作戦を、本当に計画通りに実行してしまうルヴィの方が、よほどすごいよ。とんでもない力を持ってるね。」


「しかし、ロディの情報がなければ、私たちは窮地に陥っていたかもしれません。情報がどれだけ大切なものか、改めて実感しました。」


ロディは少しだけ神妙な顔をしながら、小さく頷いた。

「私は...私の名を騙っていた者を、自分の手で倒すことができました。それで、もう十分です。」


今回の戦いの結果、ロディの偽物を含む九人の盗賊が命を落とし、昨日捕らえた十三人を含めて、八十六人の盗賊を拘束することができた。


ヒルデガルドは私たちを見回して、優しく笑った。

「ルヴィくんもロディくんも、お互いに感謝し合って、功を誇らないとはね。そのくらいの心得、自警団の皆にも持ってもらいたいものだ。」


気がつけば、日はすでに西に傾き、岩の影が長く伸び始めていた。


そのとき、ロディがふと思い出したように口を開く。


「そうだ。私に協力してくれた二人の元盗賊と、もう一人拘束している盗賊がいます。迎えに行こうと思うのですが、どなたかご一緒していただけませんか?」


それに応じたのは、ヒルデガルドだった。


「わかった。我々はここでしばらく待機しておくわ。エスメラルダ、カイル、ロディ君と一緒に行ってくれないか。」


馬にまたがった二人が前に出て返事をすると、ロディに従ってミドルポートの街の方へと馬を走らせていった。


戦闘の緊張がすっかり消え、自警団の皆さんとも打ち解けていった。

小さな笑い声が弾み、ヒルデガルドは、私にこの地域の状況を丁寧に教えてくれた。


この街道が盗賊に襲われやすい理由には、地形の問題もあるが、最近になって急激に活発化した交易の動きが、大きく関係しているらしい。


もともと、ミドルポートは交易の中心というわけではなかった。この地域の交易拠点は、さらに南にあるフェンリスタという港町だった。

フェンリスタは、エルベ川の河口に位置し、北の内海と大陸内陸部とを結ぶ要所として、長らく商人たちに利用されてきた。


しかし、近年になり、フェンリスタへの航路に、海賊が頻繁に出没するようになったのだ。

その影響で、船は海賊の危険が比較的少ないミドルポートへと寄港先を変え始めた。


フェンリスタからアルヴィアへ向かう道には、安全に宿泊できる村があり、商人たちは比較的安全に移動できていた。

一方で、ミドルポートからアルヴィアへ向かう場合は、二つの選択肢があった。


ひとつは、時間をかけて丘陵地を迂回する安全なルート。もうひとつは、野宿を挟みつつ、一日半でアルヴィアに至る丘陵地帯を突っ切る街道だ。

スピードを重視する商人たちは、この街道を選ぶようになった。そしてそれに呼応するように、盗賊たちが集まり始めたというわけだ。


それまで単なる宿場街に過ぎなかったアルヴィアは、治安維持という新たな役割を担うことになる。

盗賊の対策として、自警団が設立され、そのリーダーに選ばれたのが、ヒルデガルドだった。


「しかし、今回の件で、盗賊たちもしばらくは大人しくなるでしょうね。」

そう語ったのは、ヒルデガルドだった。


「それなら、私たちも苦労して戦った甲斐があります。」

私がそう返すと、彼女はゆっくりと頷いた。


「本来なら、こうした討伐は我々自警団の仕事なのだが、まだまだ人数が少なくてね。多勢の盗賊を相手にするには、どうしても及び腰になってしまってたんだ。」


ヒルデガルドは少しだけ悔しそうに言った後、目を細めて続けた。

「しかし、ルヴィくんたちのおかげで、一網打尽にできた。アルヴィアでは、君たちを歓迎するよ。」


その言葉に、ソニアとリルが顔を見合わせ、ほっと笑みをこぼした。


やがて、ロディたちが馬に乗って戻ってきた。

三人の馬のうち、一頭には盗賊の残党と思われる男を縛って乗せ、もう二頭には、男女の協力者がそれぞれ後ろに乗っていた。


馬を下りると、ロディがその二人を紹介する。

「ルヴィ、ヒルデガルドさん。こちらの二人は、モルガンとヴェラといいます。

 今回、盗賊を辞めて私に協力してくれたんです。アルヴィアの街で、仕事を探してほしいのですが...」


すると、ヒルデガルドは力強くうなずいた。

「そのことは、私が保証しましょう。」


ロディの肩の力がふっと抜けるのが分かった。


ヒルデガルドが号令をかけ、自警団が整然と帰途につく。私たちもその後に続き、馬車を走らせた。


丘陵地を抜けると、視界の先に、大きな街が見えてきた。


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