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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
22/84

港町ミドルポート

東の空がわずかに色づき始め、夜の帳を彩っていた星々の光は、次第にその輝きを失いつつあった。


昨日、私たちはセイレーンたちと共にダンジョンの入り口を封鎖し、その後、すぐに船を西へと進めた。

彼らとの出会いは心を揺さぶるものだった。刺激的で、そして温かい、かけがえのない友人たち。

けれど、旅が長引けば、アデルとリル、ハウルやソニアの親たちが心配するだろうという思いもあり、私たちは早めの出発を選んだ。


幸い、西風が帆を押し、航海は順調そのものだった。


日が沈んだ後は、アデル、リル、そしてハウルが交代で見張りに立ち、深夜になるとハウルに起こされ、今度は私とソニアがその役目を引き継いだ。

今は夜と朝が手を取り合う静かな時刻。ソニアと私が見張りをしている。

ソニアは船尾で舵を握り、リルはすでに目を覚まし、船の端で魔法の練習をしていた。

昨日の出来事が彼女の心に響いたのだろう。負けず嫌いの彼女は熱心に練習を続けている。


やがて空の色が濃い群青から淡い空色に変わりはじめ、遠くの水平線がくっきりと浮かび上がってきた。

...いや、水平線が二つ?


目を凝らすと、もう一方は海ではなかった。それは、海岸線と、その奥に連なる大陸の稜線だった。


「ソニア、おそらく陸地が見えました。」


私が声をかけると、ソニアが笑いながら近づいてきた。

「なんだよ、ルヴィ。おそらくって。あれは間違いなく大陸の稜線だよ。」


その背後からリルは、目を細めながら景色を見つめた。

「あれが大陸なの?うーん、まだちょっと暗くてよくわからないわね。」


「すぐに明るくなるさ。そしたら、くっきり見えるよ。」

ソニアがそう言って前を指さす。


私は目を細め、遠くの稜線に視線を留めながら、ぽつりと口にした。

「もう少しで、船の旅も半分終わりですね。」


感慨深げな声に、ソニアがこちらへ振り返り、少し柔らかい笑みを浮かべた。

「どうだった?船の旅、ルヴィは楽しかった?」


「...いろいろありましたからね。楽しいかどうかは別として、快適な旅だったと思います。」

「快適、かあ。うん、それならよかった。リルは?」


リルはぱっと顔を明るくして答えた。

「わたしは楽しかったよ!いろいろ勉強もできたし、ソニアがすっごく頼もしかったよ!」


ソニアは肩をすくめながら、ちょっと照れたように笑った。

「僕はこれが仕事だからね。でも、リルが楽しんでくれたならそれで十分だよ。」


「ところで、ソニア。ミドルポートは、どちらの方角になるのですか?」

私が尋ねると、舵を握っていたソニアが振り返りながら答えた。


「うん、少し北に寄りすぎちゃったみたい。だから、少し南、陸沿いに南下すれば、朝日が昇ってすぐ、港に入れると思うよ。」


リルが楽しそうに笑いながら言った。

「ルヴィ、方角のことはソニアに任せてさ、わたしにはもっと魔法を教えてよ!」


「リルは自分のことばかりですね。リルの歳で、あれほど魔法を使いこなせる者なんて、ほんの一握りしかいないのですよ。」


「じゃあ、ルヴィも一年前はわたしと同じくらいだったの?」

リルがいたずらっぽく問いかけると、私は少し困ったように答えた。


「残念ながら、一年前のことは...覚えていません。」


「えっ、なんでこんな時だけ記憶喪失なのよ!」

リルがむくれると、思わず笑いがこぼれた。


「ハハハ、リルはリルのペースで上達していけば良いと思いますよ。それに、剣の腕も磨きたいのでしょう?」


「そうだけどさ、剣を教えてくれる人がいないんだもん。」


「そうか、リルは剣も魔法も、どちらも学びたいんだね。」

ソニアが優しい声で続けた。

「僕も、船の上で使える剣術には興味あるよ。良い先生が見つかるといいね。」


「旅を続けていれば、いろいろな出会いがありますからね。いつか、素晴らしい剣士とも巡り会えるでしょう。」


「ルヴィは、いつも悠長でいいわよね。」

リルが頬を膨らませると、ソニアが笑った。


「ふふふ、リルはせっかちだね。でもね、僕もルヴィと同じ考えなんだ。まだ子供なんだし、時間はたっぷりあるよ、リル。」


空はさらに白みを帯び、稜線の上部がひときわ明るく輝き始める。静かだった海にも、ゆるやかな光のゆらめきが差し始めていた。


「ルヴィ、リル。もうすぐ日が昇るよ。」


ソニアの声に目を上げると、稜線の向こうから日の光が流れ込んできた。その光が体に届いた瞬間、体の芯から温かさが広がった。


視線を海岸線に移すと、このあたり大人の身長より少し高いの断崖が続いており、その下にはごつごつとした岩が転がっていた。

おそらく浅瀬も広がっているのだろう。これ以上近づけば、船の進行が妨げられてしまう。断崖は北から南まで、緩やかに続いていた。


船は南へと進路を取り、左手に陸を眺めながら進んでいく。

すると、アデルとハウルが起きてきた。


「やっと大陸に着いたんだね。」

ハウルの言葉に、ソニアが頷きながら答える。


「うん。もう少し南に行けば、ミドルポートの港に着けるよ。朝ご飯は港町で食べようか。」


「そうしましょう。」

アデルがにこやかに答えた。


南に続く海岸線の先に、街の輪郭が現れた。朝の光の中で、白壁の建物が海風に揺れる旗とともにかすかに揺れて見える。思っていた以上に大きな町だ。


港に近づくにつれて、私はどこか重たい視線を感じた。岸壁の上から、いくつかの人影がこちらをじっと観察している。

ハウルも気づいたようで、眉をひそめながらつぶやいた。


「オレたち...あまり歓迎されてないのかな?」


しかし、ソニアはすぐに静かに首を振った。

「違うよ、ハウル。あれは盗賊たちだ。港に入ってくる船を品定めしてるんだ。旅人や商人が街道に出たところを狙ってくる。あいつらはそういう連中さ。」


「そうですね、私たちを襲ってくる可能性もあります。対策を講じておかなければなりませんね。」

私がそう返すと、ソニアは苦笑しながら言った。


「でも大丈夫。ルヴィ、アデル、リル、ハウルがいれば、きっと問題ない。僕は丘ではあまり役に立たないけど、剣くらいは少し振れるから。」


「ソニアも頼りにしていますよ。」


そう言って、私は視線を船首に戻した。

その時、港の手前、断崖の上に、一人の少年がぽつんと腰を下ろしているのが見えた。

こちらをじっと見つめている。不思議なほどに静かな視線だ。


「ルヴィ、あの少年、オレたちをずっと見ているね。」

ハウルの言葉に、私も頷く。しかし、その視線に悪意は感じられない。何か不思議な感じがした。


ミドルポートの港は、朝の光とともに賑わっていた。だが、その中心は漁師たちで、我々のような旅の船はほとんど見当たらない。

私は近くにいた港の大人に声をかけ、船を預けられる場所について尋ねた。


どうやらこの港にも『管理事務所』があるらしい。私はソニアに操船を任せ、アデルと共にその事務所へ向かった。

建物の中には数人の職員たちがいて、それぞれの持ち場で忙しく働いていた。声をかけると、すぐに一人の男性がこちらへやってきた。


「私はこの管理事務所で働いているスラウスと言います。ご用件をお伺いします。」


彼の丁寧な口調に少し安心しつつ、私は十五日ほど船を預かってほしいと伝えた。スラウスはにこやかに頷き、要件を確認するとこう言った。


「十五日間の預かりで基本料金は銀貨三十枚、前金で半額をいただいております。」


私が銀貨を渡すと、スラウスは手際よくそれを確認すると、私たちを船を停める場所まで案内してくれた。


一度スラウスとアデルにそこへ待機してもらい、私は急いで船へ戻った。甲板ではソニア、リル、ハウルが荷物の整理をしている最中だった。


「ソニア、アデルが船を預ける場所で待っています。港まで移動をお願いします。」


ソニアが手際よく舵を握り、船は岸壁に向けてゆっくりと動き始めた。


船が静かに港へ着岸すると、待っていたスラウスがこちらを見上げ、目を細めて感心したように言った。


「...なかなか立派な船ですね。皆さんだけでこの旅をしてきたのですか?」


「船のことはすべてソニアがこなしてくれるんです。私たちは、その手伝いをしているだけで。」


私がそう答えると、スラウスは驚いたようにソニアを見た。


「そうですか。それは頼もしい。ソニアさんは見かけによらず、船にとてもお詳しいのですね。

 では、こちらで大切にお預かりいたします。続きの手続きがありますので、先ほどの管理事務所までお越しください。」


スラウスが丁寧に頭を下げると、ソニアとアデルが頷いて彼の後をついていった。私は船の方に向き直り、甲板で荷物の整理をしていたハウルに声をかける。

「ハウル、船の番をお願いできますか?私とリルで馬車を借りてきます。」


「了解。馬車に積む荷物をすぐ出せるように、こっちで準備しておくよ。」


「ありがとう、ハウル。よろしく頼んだわね!」

リルが軽く手を振って、私の後に続いてくる。


港の近くで町の人に道を尋ねると、いくつかある馬車貸しの中でも、最も近くて評判の良いのが『リズベック商会』だと教えてくれた。


そのまま案内された道を進んでいくと、ほどなくして立派な門構えの建物が見えてきた。

リズベック商会の敷地内には、大小さまざまな馬車が整然と並べられ、裏手には立派な厩も見えた。


表門から中へ入ると、すぐに商会の制服を着た中年の男性が声をかけてきた。


「いらっしゃい。お探しのものでも?」


「はい。馬車をお借りしたいのですが。」


そう伝えると、男性は私たちの姿を見て一瞬だけ訝しげな表情を浮かべたが、すぐににこやかに頷き、奥の窓口へと案内してくれた。


幸い、他の客はいないようで、受付は静かだった。私とリルは並んで椅子に腰掛け、窓口に人が現れるのを待った。


しばらく待っていると、奥から一人の男性が窓口に現れ、私たちに気づいて軽く会釈をした。


「お待たせしました。こちらへどうぞ。」


穏やかな口調で案内され、私とリルはそのまま彼のあとに続いて奥の部屋へと入った。

通されたのは落ち着いた雰囲気の商談室。磨かれた木製の机を挟んで、重厚なソファが向かい合って並んでいる。

壁には簡素ながら品の良い装飾が施されており、信頼と歴史を感じさせる空間だった。


「どうぞ、おかけください。」


男性の促しに従い、私とリルは並んでソファに腰を下ろした。彼も机の向こう側に座り、にこやかに名乗る。


「改めまして、私はこのリズベック商会で働いておりますダリオと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」


「初めまして。私はルードヴィヒと申します。こちらは仲間のリルです。丁寧なご対応、ありがとうございます。」


私たちが軽く頭を下げると、ダリオは目を細めて頷いた。


「お二人とも、ずいぶんお若いように見えますが、本日はどういったご用件で?」


「はい、私たちは五人で旅をしておりまして。先ほど船でこの町に到着したところです。

 これからエラムウィンドまで馬車で向かう予定なのですが、やや大きめの馬車を一台、お借りできないかと思いまして。」


私が答えると、ダリオは顎に手を添え、少し考えるように目を細めた。


「ルヴィさんが、代表ということでよろしいですか?」


「はい。私が代表です。」


「承知しました。エラムウィンドまでの往復となると、早くても十四日はかかるでしょうな。

 この地域は、最近あまり治安が良くありません。五人だけで移動されるとのことですが、護衛をつけられるご予定は?」


「ご心配ありがとうございます。しかし、私もリルも魔法が少々使えますし、仲間たちも戦える者ばかりです。護衛の必要はありません。」


「...なるほど、それは頼もしい。さて、馬車の件ですが、ご要望を踏まえまして、銀貨六十枚の馬車をご案内いたします。

 加えて保証金として銀貨六十枚をお預かりします。旅が無事に終わり、馬車が問題なく返却された場合は、保証金は全額お返しいたします。」


「承知しました。それで構いません。」


私が答えると、ダリオは微笑んで立ち上がり、手を軽く振って言った。


「ありがとうございます。それでは、実際に馬車をご覧いただきましょう。こちらへどうぞ。」


彼に続いて私とリルも立ち上がり、商談室を後にした。


ダリオに案内され、私たちは商会の奥へと足を踏み入れた。そこには、玄関先で見たよりもさらに多種多様な馬車が、所狭しと並んでいた。

小ぶりな二輪馬車から、重荷を運ぶための頑丈な四輪馬車まで、その数と種類に圧倒されそうになる。


「こちらがご案内できる馬車の一部です。どうぞ、実際にご覧になってお選びください。」


私とリルは並んで歩きながら、一台一台をじっくり見て回った。リルは目を輝かせながら、木の細工や車輪の構造に興味津々といった様子だった。


そんな中、一台を選び、ダリオにその旨を伝えると、彼は頷き、手を上げて合図した。


ほどなくして、別の商会の職員が二頭の立派な馬を引いてやってきた。艶やかな毛並みに、しっかりと鍛えられた脚。どちらも見事な馬だ。

馬車に馬が繋がれると、私たちは敷地内の少し広い試乗スペースへと誘導された。

「どうぞ、実際に乗り心地をお確かめください。」


ダリオにそう促され、私は御者台に座り、ゆっくりと手綱を握った。馬たちは軽く合図を送っただけで、滑らかに歩き出す。馬車の揺れも少なく、操縦しやすい。


「いかがでしょうか?」


「ありがとうございます。乗り心地も良いですし、馬もとても力強そうですね。申し分ありません。」


私がそう答えると、ダリオは満足そうに頷いた。


「それは何よりです。では、馬車の整備を整えておきますので、残りの手続きをこちらでお願いいたします。」


私たちは近くの小さな事務棟のような建物へと案内された。そこでは銀貨と粒金貨で合計百二十枚分を支払い、いくつかの確認書類にサインをした。

その間、リルは静かに私の隣に立っていた。

いつものように口を挟むこともなく、窓の外にいる馬の様子を、じっと眺めていた。


手続きが終わると、ダリオに先導されて再び玄関へ戻る。整備を終えた馬車が、二頭の馬と共にしっかりと用意されていた。


「ダリオさん、いろいろとありがとうございました。」


「いえいえ、ルヴィさん、リルさん。どうかお気をつけて。安全な旅をお祈りしております。」


笑顔で見送るダリオに一礼し、私たちはリズベック商会を後にした。


朝の港町の通りを抜けながら、ゆっくりと港へ戻っていく。


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