内海での出会い
夜の砂浜に寄せる波は静かで、波間には夜光虫が淡く青く光り、その幻想的な光景が、焚き火の炎と混じり合って砂浜を優しく照らしていた。
「初めまして。皆さんのことはオケアニスから聞いています。」
夜の静けさをやわらかく破るように、背の高い男性が一歩前に出る。
「私はユピテル・タウンゼント。この北の中海の調査と防衛を任されています。」
その隣にいた仲間たちも次々と一礼する。
「こちらは副官のプロセルピーナ、調査隊隊長のウェスタ、副隊長マーキュリー、防衛隊隊長バックス、副長のケレスとミネルヴァ、それからオケアニスは知っているね。」
ユピテルが紹介を終えると、やわらかな視線をこちらに向けた。
「君がルヴィ君かな?」
「はい、私がルードヴィヒです。こちらはアデル、アヴリル、ソニア、ハウルです。」
私は皆を代表して、簡潔に自己紹介を返した。
「ありがとう、ルヴィ君。オケアニスから話は聞いていたが...実際に会ってみると、君たちは思っていたよりもずっと若いな。
だがその若さに、驚くほどの才覚を感じるよ。」
そう言ったユピテルは、焚き火の向こう側にいるソニアの方へ視線を移す。
「ソニアさん。君のことはこの海域でも有名なんだ。ここで会えたのは幸運だった。」
「えっ?僕が有名?な、なんで...?」
戸惑いを隠しきれないソニアが声を上げると、その瞬間、ウェスタと紹介されたセイレーンの女性が身を乗り出す。
「あなたの操船する姿は、まるで風をまとって海を駆け抜けるようだと、私たちの間では『風の女神』と呼ばれているんです。
そして、あなたを見かけると、その日は幸運に恵まれるという噂まであるんですよ。」
「ふふっ、ソニアが女神だなんて、素敵なお話ね。」
リルがくすりと笑いながら言ったあと、いたずらっぽく目を細めた。
「でも、そのあと洞穴に閉じ込められてたなんて、さすがにその噂には続きが必要ね。」
「リルっ、それは言わないでよ!」
ソニアが顔を真っ赤にしながら抗議すると、焚き火の周りに笑いがこぼれた。
「楽しそうな話題で、いろいろ聞きたいところだが、そろそろ本題に戻ろう。」
その声に場の空気が引き締まり、私も自然と頷いていた。
「そうですね。オケアニスさんに協力をお願いしようと、例のタカラガイを海に投げ入れました。
まさか、こんなにも多くの方々が来てくださるとは思っていませんでしたが...どうか、お話を聞いていただけますか?」
「もちろんだよ。そのために私たちはここに来たのだから。」
ユピテルは穏やかに微笑み、私の言葉を受け入れてくれた。
「では、さっそくですが、先ほど、大きな船と、それに繋がるように現れたクラーケンのような触手に襲われました。
ソニアは、その船がこの島から『生えている』ようだったと話していました。この島はいったい、何なのでしょうか?」
その問いに、ユピテルはふっと笑みを浮かべて言った。
「ルヴィ君もおおよその予想はついているようだね。では、ウェスタ、調査の報告をお願いできるかな?」
促されたウェスタは軽く頷き、焚き火の明かりに浮かぶ真剣な表情で前に出た。
「皆さん、改めまして。私はウェスタ。北の内海の調査隊を率いています。
結論から言いますと...この島は、『原初のダンジョン』に一部を取り込まれていると見られます。」
その言葉に、周囲が静まり返る。私は思わず胸の奥がざわつくのを感じた。やはりダンジョンだったのか。
「勉強不足で申し訳ありませんが...『原初のダンジョン』とは、普通のダンジョンとどう違うのですか?」
アデルが手を膝に置き、落ち着いた声で尋ねた。
「説明もなく唐突に結論から入ってしまいましたね、ごめんなさい。皆さんの表情を見る限り...原初のダンジョンについて知っているのはルヴィ君くらいかしら?」
ウェスタは一度火の揺らめきを見つめると、言葉を選びながら語り出した。
世間一般では、ダンジョンといえば魔王が築いた迷宮であり、そこにモンスターが巣くう場所だと信じられている。
だが、それは、歴史の表層にすぎない。
遥か昔、人々が集落を築き、町を作り、定住を始めた頃。
ある魔法使いの一族が、世界をより便利に、より豊かにするために立ち上がった。
彼らは、魔法の源であるマナを結晶化し、必要なときに瞬時に取り出すことで、強力で精緻な魔法を自在に使いこなそうと考えたのだ。
やがて、一族の中から『巨大なマナの器』を作り、そこに少しずつマナを蓄積するという構想が生まれた。
その器は世代を超えて育まれ、長い歳月をかけてついに満ち、ひとつの大きな結晶へと姿を変えた。
だが、研究の目的はいつしか純粋な理想を失い、次第に濁り始めていく。
時が流れ、魔法使いたちは数を増し、思想の違いから派閥が生まれ、争いが深まっていった。
結晶化に成功した当初の理念を守ろうとする者たちは少数派となり、
一方で大多数は『この成果は自分たちだけのものだ』と主張し、ついには結晶の奪い合いに発展してしまった。
争いに心を痛めた一部の研究者たちは、結晶に『自衛』の意思を刻み込んだ。
そしてそれを空高く浮かべると、粉々に砕き、そのかけらを世界中へと散らばらせたのだ。
意思を宿した結晶のかけらは、落下した土地に影響を与え、地形と同化し、ダンジョンを生み出した。
ダンジョンは、生き物を引き寄せ、内部で生み出したモンスターがそれらを狩り、マナを吸収して成長する...生きた構造体となった。
特に大きなかけらは、広大なダンジョンを形成した。
一方、小さなかけらは、生物に寄生するか、自ら肉体を形成し、モンスターとなった。
この時代に生まれた存在こそが、『原初のダンジョン』と『原初のモンスター』と呼ばれている。
その後、長い年月を経て、各地の原初のダンジョンは少しずつ攻略されていった。
そして、魔王の時代。
原初のダンジョンの多くは、魔王たちによって制圧され、経済と軍事の基盤となったのだった。
現在ではほんのわずかしか残っていない。そして、その原初のダンジョンの一つがここにあるというわけだ。
ウェスタの説明はさらに続いた。
「もともと、このダンジョンは海底深くに存在していたものです。」
彼女の声は静かで落ち着いていたが、その内容は衝撃的だった。
「長い年月をかけて、海底をわずかずつ侵食しながら、この島に向かって移動してきました。そして今なお、海底には巨大な本体が眠っています。」
彼女の話によれば、一昨年、島の南側の断崖の水面下、ちょうど十メルテ(メートル)ほどの深さに、ダンジョンの入り口が出現していたことが確認されたという。
その調査を続けていたところ、昨年末から、この海域で船の難破が相次ぎ、しかも奇妙な状況ばかりだという報告が寄せられた。
「あなた方からのメッセージを受け取ってすぐ、島の周囲を再調査したところ、南の崖の近くから、まるで船のような形をした構造物が海上に突き出しているのを確認しました。」
彼女は私の方を見ながら、ゆっくりと続けた。
「ルヴィ君の話を聞いて確信しました。あなたたちが遭遇したのは、その『船の形をしたダンジョン』だったのでしょう。」
「ええーっ!?ダンジョンが船の形って、そんなのアリなの?」
ソニアが驚きの声を上げる。その目はまんまるで、半ば呆れたようでもあった。
私はウェスタに代わって説明することにした。
「ダンジョンの形状は実に多様で、陸では塔や遺跡、城のようなものもあります。海では幽霊船のように海上を彷徨うダンジョンなどというのもあるようです。」
「あ、そういえば聞いたことある!どこかの湾で、何度沈めても現れる『呪われた船』があったって話...。」
ソニアは記憶を掘り起こすように語った。
彼女が納得したのを見て、ウェスタが再び話を引き取った。
「ただし、今回のそれは、ただの海上ダンジョンではありません。原初のダンジョンの末端が、島に接触し、海面に現れたものなのです。」
私たちは皆、言葉を失った。原初のダンジョンの一部が、海上にまで現れたというのか...。
「そして、クラーケンについてですが、この中海には本来生息していません。」
ウェスタの言葉に、リルが安堵のため息をついた。
「しかし、海底の原初ダンジョンには確かに存在します。強力なモンスターが多数棲息しており、私たち調査隊や防衛隊の力では、完全な攻略は困難です。
だからこそ、私たちはダンジョンの外にそれらを出さないよう、封じることに専念しているのです。」
「じゃあ、あのクラーケンは...。」
ハウルが口を開く。
「おそらく、ダンジョンの底部から昇ってきて、ダンジョンの末端...つまりあの船に寄生したのでしょう。」
ウェスタは静かに言い切った。
ウェスタの説明を受けて、今度はバックスが口を開いた。
「その船のダンジョンは、元々はこの島に停泊していた一隻の船が、原初のダンジョンに取り込まれたものだと考えている。
以降、近海を航行する船を引き寄せ、破壊していたと考えられる。君たちからの連絡で、ようやく事態の深刻さを確信できた。感謝しているよ。」
「詳しいご説明、ありがとうございます。」
私は深く一礼しながら続けた。
「今回はソニアの操船技術と、皆の連携があったからこそ、私たちは無事に脱出できましたが、普通の船だったら、ダンジョンからは逃れられなかったと思います。
この場所にダンジョンがあると知らず、うかつに近づく人もいるでしょう。
何らかの方法で、この危険を知らせなければ、被害は拡大してしまうのではないでしょうか?」
私が考えを話すと、ユピテルがうなずきながら答えた。
「まさに君の言う通りだ。私たちも、危険を伝える必要があると考えている。だが、残念ながら、我々は人間の王国と直接連絡を取る手段を持っていないのだ。」
そして、少し苦笑しながら言葉を続けた。
「エルミオン大森林のエルフたちにはすでに警告を送ってあるが、王国に情報が行き渡るには時間がかかるだろう。
だから、当面の問題を...できれば今、解決してしまいたいと思っている。ルヴィ君たちにお願いがあるのだが、どうか、我々に力を貸してもらえないだろうか?」
「私たちで、お役に立てるのでしょうか?どのような手助けを求めていらっしゃるのですか?」
アデルが小さく首をかしげながら問い返すと、それに応えたのは、静かに佇んでいたミネルヴァだった。
「難しいことではありませんわ。ただ、海上に見えているダンジョンを壊してしまうだけのことです。」
その口ぶりはあまりにあっさりしていて、まるで大したことではないように聞こえる。
しかし、私たちにとっては、あの巨大な船のようなダンジョンを壊す...とはにわかに信じがたい話だった。
不安げな空気が漂ったその瞬間、プロセルピーナが穏やかに説明を引き継いでくれた。
「安心してください。明日には、私たちセイレーンの仲間が十数名、この島に到着する予定です。
まず、ダンジョンの周辺に漂う瓦礫を取り除き、安全な作業スペースを確保します。
そして、全員で力を合わせ、海に浮かぶ船の形をしたダンジョンを順に破壊していくのです。
その後、島の岸壁と繋がっている部分も破壊し、上から封印の壁を築きます。そうすれば、海に開かれていたダンジョンの入口はすべて塞がれるはずです。」
さらに彼女は続けた。
「たとえダンジョンが再び侵食を始めたとしても、封印を突破するには最低でも一年はかかるでしょう。その間に、私たちは新たな対策を講じることができます。」
話を聞いているうちに、先ほどまでの不安が少しずつ霧のように晴れていくのを感じた。
作業は一日、もしくは二日はかかるだろうというが、それが実現すれば、この海域は安全な航路として生まれ変わる。
私が皆の顔を見ると、それぞれが真剣な眼差しでプロセルピーナの言葉を受け止めていた。誰一人、否定的な顔をしていない。
それを確認して、私は小さくうなずいた。
「...わかりました。私たちも、力を尽くさせていただきます」




