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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
14/84

出航

ソニアは巧みに櫓を操って船を桟橋に寄せると、もやい綱を手に軽やかに飛び移り、手際よくそれを杭に結びつけた。

私が降りやすいように手を差し伸べてくれる。桟橋の上では、先ほどの四人の男性たちが言葉もなく口を開けたまま、こちらの様子を見つめていた。


「ルヴィ、次はこっちだよ!」


ソニアが指差したのは、もう一つの候補にしていた双胴船だった。

私は右舷に、ソニアは左舷に飛び乗り、もやい綱を解くと、ふたたび櫓を操って桟橋から滑り出す。

先ほどと同様に、帆を張り、一通りの動きを確認しながら、船を確かめていく。


やがて港に戻ると、ソニアはすぐに声を上げた。

「うん、決めたよ。やっぱり最初に乗った単胴船にしよう!どちらも操縦性は良かったけど、あっちの方が荷物が載るし、何より楼がつけられる余裕がある!」


その声を聞きつけてスタンレーが近づいてきた。

「よく分かったね。船速は少し落ちるが、大陸に渡る航海なら楼がある方が良いだろう。コバルト、楼を持ってきてくれ!」

「へ、へい!」


口を閉じたコバルトは、仲間を引き連れて船具の倉庫へ駆け出していった。


スタンレーはにこやかな表情で言葉を続ける。

「二人とも、少し待ってくれ。楼を取りつけた状態で、もう一度確認してもらいたいんだ。」


「ありがとう、スタンレーさん。こんなによくしていただいて、僕...どうお礼を言えばいいか...」

ソニアが恐縮したように言うと、スタンレーは笑いながら応えた。


「なに、構わんよ。私も船乗りなんだがね、組合長なんてつまらない役を押し付けられて船に乗れないんだよ。

 君が船を手足のように操っているのを見て嬉しくなってしまってね、君たちと船に乗って何処かに行ってしまいたいと考えてしまったよ、アハハハハハ。」


「えへへ、そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいな。スタンレーさんと一緒に船を走らせたら、きっと楽しいだろうなって、僕も思ったよ!」


「いつか、そんな日が来るといいな。ああ、そうだ。君たちは五人で大陸に向かうんだったね。出航の前に、ぜひみんなで挨拶に来てくれないか?」

「はい、必ず伺います。」


私がそう答えると、スタンレーは満足げに頷いた。


やがて、コバルトたちが楼を抱えて戻ってきた。組み立ては釘などを使わず、金具を巧みに組み合わせて固定する方式で、取り外しも容易なようだ。

楼の内部は広く、大人が数人横になっても余裕がある。


「みんなも、乗ってみない?」


ソニアの呼びかけに、私たちは順に船へ乗り込む。ソニアは皆を乗せると、手早くもやい綱を解き、再び海へと漕ぎ出した。

帆を張り、速度を調整し、旋回し、あらゆる動きを試す。櫓を使っての操作や、スタンレーと一緒にオールで漕いでみたり色々試して桟橋に戻った。

桟橋に戻る頃には、スタンレーもコバルトたちもすっかり笑顔になっていた。


船を桟橋に繋ぐと、スタンレーが私たちを管理事務所へと案内してくれた。


「さて、先ほどの船だが、楼付きで...金貨二枚でどうだろう?」


スタンレーの提案に、隣にいたコバルトが目を見開いて叫ぶように言った。

「組合長、それはいくらなんでも安すぎますよ!」


スタンレーは肩をすくめ、冗談めかして笑った。


「五人を船に乗せてもらった分の代金と、コバルトが最初に失礼なことを言った分の割引さ。」


「コバルトさんのことは、私もソニアも気にしていませんから、どうか通常の価格でお支払いさせてください。」

その言葉に、コバルトは少し気まずそうに目をそらした。


「ルヴィ君、たまには大人に格好をつけさせておくれ。それにね、この街の評判を少しでも良くしたいのさ。」

真摯な眼差しを向けられて、私は深く頷いた。


「...それでは、お言葉に甘えさせていただきます。」

そう言って金貨を二枚差し出すと、スタンレーは満足げに受け取り、帳簿に書き記した。


「では、この船は正式に君たちのものだ。大通りに面した船着き場があるから、そこに船を移しておくといい。フリッツ、案内を頼む。」

「はい、組合長。」


四人の中で一番若い男性が一歩前に出て、私たちを案内してくれた。


再び桟橋に戻って船に乗ると、ソニアが櫓を握り、スムーズに港の中を滑るように進んでいく。

案内された船着き場は、ちょうど大通りに面しており、馬車を横付けすれば荷物の積み込みも楽にできそうだった。

船をしっかりと係留し終えた私たちは、預けておいた馬車のもとへ戻った。ちょうどリルとハウルが市場で買い足した荷物を馬車に積み込んでいるところだった。


リッキとライズは変わらず穏やかに待っていてくれている。私はその鼻筋を優しく撫で、労いの言葉をかけた。


「アデルは物価の調査に出てるけど、そろそろ戻ってくるはずだよ。」


ハウルの報告に、私は小さく頷いた。


「ここで私がアデルを待ちますので、ハウル、ソニア、リルは先に荷物を船に運んでおいてもらえますか?この様子だと、陽が高いうちに出港できそうですね。」


「良い船が見つかったみたいじゃないか、楽しみだな。」


「そうね、わたしはお船に乗るの初めてだから、とっても楽しみ。」


「だが、船に乗ると酔う人がいるという話だけど、オレ達は大丈夫だろうか?」


「私は先ほどソニアに乗せて頂きましたが、特に問題はありませんでしたよ。」


そんなふうに、ハウルとリルが軽口を交わしているのを聞きながら、私も船に乗ったときのことを思い出しながら話に加わった。


「船で、酔う酔わないは慣れもあるけど、人それぞれだから乗ってみないと分からないね。」

最後にソニアが結論を言った。


「じゃあ、ルヴィ、アデルのことは任せた。オレたちは先に船へ行ってるよ。」

馬車は荷物を載せてゆっくりと港へ向かっていった。


私は大通りを見渡しながら歩き出す。並ぶ店々をひとつひとつ覗き込み、アデルの姿を探す。

すると、通りのずっと先、ひときわ目を引く装飾の店からアデルがちょうど出てくるのが見えた。

私は小走りで近づくと、アデルはすでに私に気付き、足を止めて微笑んでくれていた。


「アデル、ありがとう。調査の具合はどうでしたか?」


「おつかれさまです、ルヴィ。良い船は見つかったかしら?こちらは、だいたい傾向が掴めてきましたわ。

 パルマスと比べると、全体的に物価は安めですけれど、鉄製品と木材は比較的高めですわ。

 すぐそこにある道具屋さんを拝見したら一通り調べ終わるのですけれど、ルヴィも一緒に行きますか?」


「ありがとう、アデル。良い船が見つかって、ソニアも上機嫌です。物価の傾向も、思っていた通りですね。それでは、一緒に行きましょう。」


私たちは肩を並べて歩き、アデルが指さした道具屋へと入っていった。

店内ではアデルが丁寧に質問し、いくつかの品の値段を確認してくれている。私は横で、その手際のよさに感心しながら、彼女の調査が終わるのを待った。

やがて道具屋を後にすると、私たちはゆっくりと港へ向かって歩き始めた。


船着き場に戻ると、既にすべての荷物は船に積み込まれていた。

「ただいま」と声をかけると、ハウルがこちらを振り返って言った。


「おかえり。これから馬車と、リッキとライズを預けに行くんだけど、ルヴィも一緒に行くか?」


私はちらりとソニアの方を見る。

「ソニア、出航の準備は進んでいる?」


「うん、あと少しで整うよ。僕ひとりで大丈夫だから、皆で行ってきていいよ。」


そう言ってソニアは、リッキとライズのもとへと歩み寄り、優しく首筋を撫でながら語りかけた。

「リッキ、ライズ...しばらくお別れだね。僕たちが戻ってくるまで、大人しく待っててね。」


彼女の言葉に、リッキもライズも静かに鼻を鳴らして応える。そのやり取りを見届けた私たちは、馬車のもとへと戻った。


「ソニア、それでは出航の準備をお願いします。私たちはリッキとライズを預けに行ってきます。」


アデルとリルが馬車に乗り込み、私とハウルは御者台に腰掛けた。ハウルが道を案内しながら、馬車をゆっくりと街中へと進める。

まずは馬車を預けるため、事前に見つけておいた宿屋へと向かった。馬車を預けると、料金を支払い、次にリッキとライズを預ける牧場へ向かう。


牧場に到着すると、私たちは四人で丁寧にリッキとライズの身体を洗い、乾いた藁で優しく拭ってあげる。

そして、ひとりずつ、それぞれに言葉をかけながら別れの挨拶をした。

店主に十分な料金を渡し、二頭の世話を丁寧にお願いした。


「これからは船の旅か...。なんかリッキとライズには悪いけど、ちょっとワクワクしてきたよ。」


それを聞いたリルが、すかさずからかうように口を尖らせる。

「ハウルって、ほんと浮気者ね。リッキとライズが聞いたら泣いちゃうわよ。」


そんなふたりのやり取りに、私は苦笑いを浮かべながら、再び海の香りが感じられる港へと歩みを進めた。


港に戻ると、ソニアが鼻歌を口ずさみながら、上機嫌で船の整備をしていた。


「ただいま、ソニア。ずいぶんご機嫌ですね。」


声をかけると、ソニアは振り返って笑顔で応える。

「約束通り、出航前にスタンレーさんのところへ挨拶に行きましょう。」


「ああ、そうだったね。よし、みんなで行こう!」

ソニアは勢いよく岸に上がり、私たちもそれに続いた。こうして全員で管理小屋へと歩き出す。


管理小屋に着くと、スタンレーが待っていてくれた。私がハウル、アデル、リルを順に紹介すると、スタンレーは嬉しそうに頷いた。


「出航前の忙しい時間に来てもらって申し訳なかったね。でも、どうしても君たち全員に顔を見て、これを直接手渡しておきたかったんだ。」


そう言って、スタンレーは懐から手のひらに収まるほどの、古びたコインのようなものを取り出した。そして、一人ひとりに丁寧にそれを渡してくれた。


「これはね、この街の仲間の証のようなものなんだ。遥か昔、魔王の時代よりもさらに古い時代、この島の一部で使われていた通貨なんだよ。

 今は、もうほとんど残っていない貴重なものだけど、だが、この街の者は皆、それを一枚ずつ持っている。仲間の証としてね。」

「仲間...ですか?」

「そう。このコインを持っている者が困っていたら、街の者は手を差し伸べる。この街に戻ってきて、何か助けが必要なときには、それを見せるといい。」


私は手のひらの中のコインを見つめ、ほんのりと重みを感じた。それが物理的な重さ以上に、街から託された信頼の証のように思えた。


「そんな貴重なものを、私たち全員に...いただいてしまっても?」


アデルが丁寧に尋ねると、スタンレーはにっこりと笑い、


「構わないよ。もちろん、ただってわけじゃないけどね。君たちがこうして顔を見せてくれたからこそ渡せるんだ。ちゃんと私の眼で見させてもらったよ。」

「ありがとう、スタンレーさん。僕たち、全員合格だったんだね。」


ソニアの声に、スタンレーは頷いた。

「そういうことさ。この街には荒くれ者も多いからね。このコインがあれば、無用な誤解を防げることもある。でも、それでも喧嘩は絶えないけどね、ハハハ。」


私たちは改めてスタンレーに深くお礼を伝え、管理小屋をあとにした。

空を見上げれば、風に流される雲がゆっくりと形を変えていく。太陽は西の空に傾きはじめ、港には柔らかな金色の光が差し込んでいた。

今日が出航には絶好の日和であることを、風と空が告げている気がした。


皆が順に船へと乗り込むと、ソニアがもやい綱を器用に外し、軽やかに船に飛び乗った。その顔には、期待と自信に満ちた笑みが浮かんでいる。


「じゃあ、ミドルポートに向けて出発だね!操船は僕に任せて。

 中海には魔物も出るけど、たいていは僕一人でもなんとかなる相手さ。でも、油断は禁物。みんなも周囲に目を配っていてね。」


「はい、わかりました。」

「了解。注意しておくよ。」

「わかりました。夜も交代で見張りを立てましょう。」

「うん、わかった。」


それぞれソニアにこたえると、船体がゆっくりと岸を離れ始めた。小さな波をかき分けながら、船は滑るように港を抜け、広がる海原へと進んでいく。

ソニアが手際よく帆を張ると、風をとらえた帆が大きくふくらみ、船は一気に速度を上げた。

しばらくして振り返ると、出発した街の影はもう薄れ、やがて水平線の向こうへと沈んでいった。


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