港町ギズモグロウブ
翌朝、目を覚ますと、いつものようにハウルを起こさないようにそっと部屋を出て、外の洗面所で顔を洗った。
戻ってくると、珍しくハウルが既に起きており、部屋の洗面所で顔を洗っていた。
「おはよう、ハウル。今日は早いですね。」
「おはよう、ルヴィ。どこに行ってたんだい?」
「ハウルがまだ寝ていると思って、外で顔を洗ってきたんです。」
「そっか...いつも気を使わせてるんだね。でもね、昨日ニコラさんの話を聞いて、自分の悪いところを少しずつ直していこうって思ったんだ。だからまずは早起きから始めようと思ってね。」
ハウルは少し照れくさそうに笑いながら言った。
「もしよかったら、明日からはルヴィが起きたら、僕のことも起こしてくれないかな?」
「わかりました。では、明日からは一緒に起きましょう。」
そう答えて準備をしていると、ドアがノックされ、リルが顔をのぞかせた。
「出発の準備、できたわよ。ルヴィたちも、そろそろ行きましょうか。」
そう言い残して、リルは軽やかに廊下へと去っていった。ハウルと私は荷物をまとめ、宿を後にする準備を整えた。
私とハウルが部屋を出ると、ちょうどアデル、リル、そしてソニアも姿を現した。皆、支度は万全のようだ。
「今日は朝から食堂が開いているみたいですね。せっかくですから、アリアナさんの朝食をいただいてから出発しませんか?」
私の提案に、アデルが優雅に頷いた。
「良い考えですわ。アリアナさんのお料理はとても美味しいですもの。」
「オレも賛成。腹が減っては馬車も進まないからな。」
ハウルが笑いながら言い、リルとソニアも元気に「賛成ー!」と声を揃えた。
宿のカウンターに向かい、ニコラに朝の挨拶をすると、彼はにっこり笑って言った。
「アリアナの料理を気に入ってもらえて嬉しいよ。食堂に行けばエリーって子がいるから、この木札を渡してね。」
「朝食くらい、きちんと代金を支払わせてください。」
「ルヴィ君はしょうがないな、ありがたく受け取っておくよ。ハハハハハ。」
笑いながら料金を受け取ってくれた。
食堂に入ると、すでに数人の村人たちが朝食をとっていた。厨房の方から声が響く。
「いらっしゃいませ~!」
迎えてくれたのは、快活そうな少女だった。年の頃は十五、六といったところか。
私が木札を渡そうとすると、彼女の目がぱっと見開かれる。
「...ソニアちゃんじゃない!」
「エリーさん、久しぶり。僕のこと忘れちゃったかと思ったよ。」
「失礼しました。ソニアちゃんのお友達でしたのね。ソニアちゃんも人が悪いわ、ソニアちゃんが木札を渡してくれれば良いのに。」
「ごめんね、エリーさん。でも、このメンバーのリーダーはルヴィだから。」
あれ?いつリーダーになったんだろう?と思う間に、ソニアが皆を紹介した。
エリーに誘われテーブルにつくと、エリーが厨房の方に向かい、次々と料理を運んできてくれた。
食後、厨房に足を運びアリアナに挨拶をした。
「また村に立ち寄ったときは、ぜひご飯を食べて行ってくださいね。」
アリアナが優しく微笑むと、アデルがすぐに応えた。
「もちろんです。また料理のお話、たくさん聞かせてくださいね。」
宿屋のカウンターで改めてニコラに挨拶を済ませ、私たちは宿をあとにした。
厩に行き、リッキとライズの馬具を整え、荷物を積み終えると、いよいよ出発だ。
皆が馬車に乗り込むと、私は手綱を優しく引いた。リッキとライズは慣れた様子で歩き出し、やがて街道に出ると、力強く速度を上げていった。
◇◇◇
まだ昼には余裕がある時間だが、街道の先に、港街ギズモグロウブの姿が見えてきた。
街の入り口には門衛が立っており、行き交う者たちを一人ひとり確認している。私たちも同様に止められ、旅の目的を伝えると、あっさりと通してくれた。
門を抜けると、街の中心へと続く広々とした大通りが目の前に現れた。馬車での移動がしやすいように整備された通りだ。
私たちは一時的に馬車を預けられる場所を探し、適当な施設に馬車を停めてから、それぞれの目的地へと分かれることにした。
私は、ソニアと共に港へ向かう。
「ソニア、どんな船が良いのかな?」
「うーん、僕ひとりで操船できて、できるだけ大きめのがいいかな。安定性を求めるなら双胴船もアリだけど...あれは荷物があまり載らないしね。実際に見てみないと、なんとも言えないかな。」
「なるほど。それなら、まずは船を管理しているところを探してみましょう。」
港に着くと、すれ違う漁師たちに声をかけ、船の管理している場所を聞いた。
教えられた通りに進むと、やや大きめの古びた建物が現れる。小屋というには少し立派で、管理事務所といった雰囲気だ。
私はノックをして扉を開ける。中には、いかにも海の男という風貌の大柄な男性が一人。私たちを見た瞬間、顔をしかめながら、ぶっきらぼうに声をかけてきた。
「おいおい、坊ちゃん、嬢ちゃん、ここは子どもが来るところじゃないぞ。」
「私はルードヴィヒと申します。そしてこちらはソニア。確かにまだ子どもですが、大陸への渡航手段を探しているのです。」
「ふん、定期便なら四日後に出る。おとなしく宿で待ってな。」
「いえ、説明が不足していました。私たちは定期便を利用するのではなく、船を借りるか、可能であれば購入したいと考えているのです。」
その言葉に、男は眉をひそめて笑いを含んだ声で応じた。
「おいおい、大陸まで行く船を、君たちで動かすってのか?それも買う?船ってのは、そこらの露店で売ってる飴玉じゃねぇんだぞ。」
そこでソニアが前に出た。小柄な体に不満と自信をぎゅっと詰めた声で言い返す。
「ちょっと、それは失礼じゃない?ルヴィは丁寧に話してるのに。それに、船を操るのは二人じゃなくて僕一人だよ。借りられる船でも、売りに出てる船でもいい。見せてくれないかな?」
男は呆れたように口を開く。
「嬢ちゃん一人で?確かに元気そうだが、海を甘く見ないほうがいい。この海を越えるのが、どれだけ過酷か知らないんだろ?」
「大陸までなら、四日か五日ってところかな。定期便は六日だったと思う。大陸までは行ったことないけど、近海なら何度も行ってるし、この中海の潮や風は体で覚えてるんだ。」
「お嬢ちゃん、冗談はよせよ。この街の人でも、大陸まで四日で行ける技術を持った人間なんて、数えるほどしかいないんだぞ。」
ソニアは肩をすくめながら、飄々とした口調で返す。
「へー、そうなんだ。みんな船を操るのが下手なんだね。」
その瞬間、私は慌ててソニアの肩を軽くたたいた。
「ソニア、それは言い過ぎだよ。謝るべきじゃないかな?」
ソニアはバツの悪そうな顔をして、素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。」
男は苦笑しながら私を見て、声のトーンを少し落とした。
「坊やの方が分別あるな。だがまあ、子どもの遊びに付き合ってる暇は...」
「お願いです。私たちは急いでいるのです。どうか、船を見せていただけませんか?」
「おいおい、本気で言ってるのか?船を貸して沈められたら、洒落にならねえぞ。」
私は静かに袋を開け、中から金貨十枚を見せた。そのきらりと輝く光に、男の表情が一変する。
「ほぉ...最初からそう言えばいいんだ。なるほど、冗談じゃなかったか。」
「それに、渡航するのは私たち二人だけではありません。計五人です。荷物もありますから、それに応じた船をお願いしたい。」
男は目を細め、腕を組みながら頷いた。
「わかった。ついてきな。」
男に案内されて、私とソニアは船の保管場所へと向かった。そこには、貸し出し用や売り物の船がずらりと陸に上げられ、整然と並んでいる。
「この敷地内にある船なら、君たちの資金でも手が届く。気に入ったのがあったら、管理小屋に来な。」
そう言い残し、男は私たちに船の選定を任せて去っていった。
私とソニアは、ひとつひとつの船を丁寧に見て回る。甲板、舵、帆、船底の形状まで、細かいところまでチェックしていく。
最初に候補として挙がったのは六艘。だが、ソニアが首を振り、四艘は早々に却下された。
「ルヴィ、船にも詳しいんだね。実は僕も同じ六艘を見てたんだよ。
四艘は動きが鈍そうだし、船の癖は乗ってみないと分からないからね。でも、その六艘を見分けられるなんて、すごいよ。」
「ありがとう、ソニア。でも、自分でも不思議なんだ。どうしてそんなことが分かるのか...ただ、知識だけは頭にあるんだ。」
最終的に、私たちは二艘の船に絞り込んだ。私たちは再び管理小屋に戻ると、そこには先ほどの男と、もう一人の年配の男性が待っていた。
「ああ、組合長。さっき話していた二人が戻りました。」
男がそう言うと、年配の男性が穏やかな口調で挨拶してきた。
「君たちがルードヴィヒ君とソニアさんだね。私は港の管理組合長、スタンレーという。うちのコバルトが無礼を働いたようで、すまなかった。」
「いえ、実際に船を見せていただけたので感謝しています。」
私が丁寧に答えると、スタンレーは満足そうに頷いた。
「それで、気に入った船は見つかったかい?」
「はい、二艘ほど候補を絞りました。できれば、ソニアに実際に操船させていただいてから決めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。それが一番確かだからね。コバルト、船を下ろす手配を頼む。何人か呼んできてくれ。」
コバルトは軽く手を挙げて「へい」と応じると、小屋の外へと駆け出していった。
私とソニアは、スタンレーに案内されて再び船置き場へ向かう。
「それで、二艘の候補はどれかな?」
スタンレーの問いかけに、私とソニアは迷わずその二艘のもとへと向かった。それを見たスタンレーは、どこか嬉しそうに笑って言った。
「君たち、本当に船のことがよく分かっているね。ところで、コバルトはこの敷地の船しか案内しなかったのかい?」
「はい。この中にあるなら、どれでもいいと言っていました。」
「なるほど。なら、ちょっとついてきてくれないか。どうせ船を水に下ろすのにも少し時間がかかるしな。」
そう言って、スタンレーは私たちを港の桟橋へと案内してくれた。そこには六艘の船が繋がれていた。
「この六艘は、もともと貸し出し用の船なんだが、君たちになら売ってもいいと思っている。」
桟橋からその船たちを見渡すと、一艘は見事な新造船だった。他の五艘も、使用感はあるものの整備が行き届いていて、どれも状態は良さそうだった。
「こんな素晴らしい船たちを、私たちにですか?」
ソニアが驚きと喜びの入り混じった声でそう言うと、スタンレーは力強く頷いた。
「もちろんだとも。じっくり見て、納得のいく一艘を選ぶといい。」
「ありがとう、スタンレーさん!」
ソニアは満面の笑みで礼を言うと、勢いよく桟橋を駆け出して、船の一つひとつを確認し始めた。
六艘のうち、ソニアは三艘をざっと見ただけで通り過ぎた。新造船の前では足を止め、舳先から舵まで念入りに目を走らせている。
隅々まで観察した後も、しばし名残惜しそうに眺めていたが、最終的にその場を離れ、残る二艘へと足を向けた。
「スタンレーさん、この二艘を少しだけ試し乗りさせてもらえますか?」
そう尋ねるソニアに、スタンレーは快く答えた。
「もちろんさ。むしろ、その新造船も試しておくといい。今しかないからね。」
「ありがとう、スタンレーさん。でもね、僕たちはすぐに船を使いたいんだ。
この新しい船は本当に素晴らしいけど、まだ馴染んでいないから使いこなすには時間がかかりそうなの。また機会があったらお願いします。」
「そうか、わかったよ。じゃあ、心ゆくまで試してくれ。」
「うん、ありがとう!ルヴィ、乗って!」
ソニアが手招きし、私も軽やかに船に乗り込んだ。彼女は手際よくもやい綱を解き、自らも船に飛び乗る。
櫓を操るソニアの手は慣れたもので、船はすぐに桟橋を離れ、滑るように海へと進み出した。
風をとらえて帆が膨らむと、船はみるみるうちに速度を増し、海原を駆けるように走る。ソニアは確かめるように一つひとつの動作を試していった。
やがて操船を終え、港へと戻ると、スタンレーが桟橋に腰を下ろして、笑顔でこちらを見守っているのが見えた。その背後には、四人の男たちが立っていた。




