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名もない冒険の物語  作者: 白雉
第一章
12/84

宿の食事

左手に海を望みながら、馬車は心地よいリズムで草原を駆けていた。車内からは、仲間たちの楽しげな声が聞こえてくる。


「ソニアって本当に海が好きなのね。さっきからずーっと外を見てるもの。」

「うん、大好きだよ...って、リルだって、ずっと隣で一緒に海を見てるじゃないか。」

「わたしは初めて見るのよ、海なんて。だから、珍しくて目が離せないだけ。」


「でもさ、馬車より船のほうがずっと気持ちいいよ。自分の思うままに進めるからね。」


「どんな船でも操れるの?」

「ガレオンみたいな大きな船は一人じゃ無理だけど、二十人くらいが乗る船なら、一人でも大丈夫。」

「ソニアってすごいのね。見た目が可愛いだけじゃないのね。」


「か、可愛いだなんて...リルやアデルみたいな綺麗な子の前で、それは...ちょっと...」

「アハハハ、リルはオレたち男より、可愛い女の子のほうが好きなんだな。」


ハウルが割って入ると、場の空気は一層和やかに。


「でもさ、ルヴィもハウルもカッコいいし...僕、肩身が狭くなるよ...」

なぜかソニアがしょんぼりと呟くと、車内はまた笑いに包まれた。


「そろそろ、目的の漁村に着きます。ソニアの伯父様がいらっしゃるのですよね?」


私がそう訊ねると、ソニアがぱっと顔を輝かせて返事をした。

「もう着くの?馬車って思ってたより速いんだね!」


まだ日は高く、空には柔らかな夕光が差し込みはじめた頃。私は手綱を軽く引き締めながら、宿に着いたら、リッキとライズの体を洗ってやろう。

ソニアの案内に従い、宿屋の前にたどり着いた。ソニアは馬車から飛び降りると、玄関の扉を勢いよく開けて駆け込んでいった。


「ニコラ伯父様!久しぶり!」

「おお、ソニアか!今日はどうした?シルヴァと一緒なのか?」


宿屋の中からは、張りのある明るい男の声が返ってきた。


ソニアが宿屋の中から、ひとりの男性を連れて出てきた。彼の左足は義足のようで、ズボンの裾から木の棒が覗いていた。それで体を支えているようだった。


「今日はお母様は来てないよ。友達と一緒に来たんだ。」


私たちはちょうどリッキとライズの馬具を外している最中だったが、その言葉に作業の手を止め、宿屋の前に集まった。


「この金髪の子がルヴィ、そして赤毛のハウル、それから、この美人さんが姉妹のお姉さんでアデル、そしてこの可愛い子がリル。みんな、今日友達になったの。

 それから、これが、お母様からのお手紙!」


ソニアは元気よくそう言って、男性に手紙を差し出した。


「ハハハ、そうかそうか。ソニア、良い友達ができて良かったね。私はこの宿を営んでいるニコラ・ミルチーノと言います。

 ルヴィ君、ハウル君、アデルさん、リルさん、ソニアをよろしく頼みます。それから、作業中だったのにすまなかったね。ソニアも、手伝わなきゃ駄目だぞ。」


「うん、そうだった!この子たちはリッキとライズ。賢そうな馬たちでしょ?」


「違うわよ、ソニア。こっちがリッキで、そっちがライズよ。」

すかさずリルがソニアの間違いを正した。


「そ、そうだったっけ?ま、そういうことなの!じゃあ、ルヴィたちの手伝いしてくるから、伯父様は中でゆっくりしてて!」

「ああ、わかったよ。」


ニコラはそう言って頷くと、しばし眩しそうに私たちの様子を見つめてから、ゆっくりと宿の中へ戻っていった。


ソニアは慣れた手つきで道具を扱い、外した馬具をきれいにまとめて馬車にしまい込んでいく。

その後、アデルとリルが集めてきた藁で、リッキとライズの大きな体を丁寧に拭っていく。

どうやら二頭はすっかりソニアを気に入ったようで、楽しげに彼女にじゃれついていた。


「リッキもライズも、分かってないわね。ソニアはあなた達の名前もちゃんと覚えてないのに、もう懐いちゃって、どちらかわたしのところに来てくれても良いのに。」


リルが少し不満げにそう呟いたので、私は彼女の耳元でそっと囁いた。

「リッキもライズも、リルが小さいから傷つけないように気を使ってるんだよ。」


リッキとライズを厩に連れて行き、「おやすみ」と声をかけながら、皆で宿屋の中へと足を向けた。


宿屋に入ると、ニコラがにこやかな笑みで迎えてくれた。

「ルヴィ君たち、夕食はどうするんだい?」


「携帯食があるので、今夜は簡単に済ませようと思っています。」

私がそう答えると、ニコラは軽く首を振り、楽しげに言った。


「それなら、うちで一緒に食べないか?ちょうど今、妻が支度をしているんだ。少し待ってもらえれば、すぐに用意できるよ。」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます。

 携帯食は貴重ですから、とても助かります。それと、先に宿代の精算と、部屋の割り当てを教えていただけると助かります。」


「ほう、ルヴィ君は旅慣れしているな。話が早くて気持ちいい。でも、宿代のことは心配いらないよ。かわいい姪の大切な友達から料金なんて取れやしないさ。

 その分、ソニアに優しくしてやってくれれば、それで十分だ。」


「ソニアは私たちの大事な仲間です。よくするのは当然のことです。それと、料金は料金。別の話だと思うのですが...。」


私が真面目に返すと、ニコラは笑いながら肩をすくめた。

「ルヴィ君はしっかり者だが、一つだけ分かっていないことがあるね。子供ってのは、こういう時は素直に大人の言うことを聞くもんだよ、ハハハハハ。」


その言葉に、ハウルがすかさず反応する。


「ハハハハ!ルヴィは凄いとは思ってたけど、確かにちょっと年齢に見合ってないよなぁ。

 シルヴァさんといい、ニコラさんといい、ルヴィのことをオレたちよりよく分かってる気がするよ、アハハハ!」


「ふふっ、シルヴァにも何か言われたようだな?その話は、夕食を食べながら聞こうか。

 さて、部屋のことだけど、ソニア。この二部屋を使ってもらって構わないよ。案内してあげてくれ。」


「ええっ!?このお部屋使っていいの!?このお部屋って、特別なお客さんのためにとってあるって言って、僕が何度お願いしても一度も使わせてくれなかったのに!」


ソニアが信じられないというように目を丸くしていると、ニコラは笑って肩を叩いた。


「何を言ってるんだ、ソニア。今までは家族だったけど、今日はお前の友達が特別なお客さんなんだよ。」

そんなやりとりを見ていたアデルが、微笑みながら優しく口を開いた。


「ニコラさん、ご配慮に感謝いたしますわ。ソニア、お部屋に案内してくださるかしら?」


さすが宿屋の娘、そういった事情には慣れているのだろう。ソニアは嬉しそうに頷き、私たちを『特別な部屋』へと案内してくれた。


小さな漁村の宿屋とは思えない、手入れの行き届いた立派な部屋。その清潔で温かみのある空間に、思わず感嘆の息が漏れた。

ハウルと荷物を置き、身なりを整え直してから廊下に出て、アデルたちが部屋から出てくるのを待つことにした。

しばらくしてアデルとリル、そしてソニアが現れると、ハウルが少し気まずそうにアデルに尋ねた。


「こんな立派な部屋を、俺たちが使ってしまって本当にいいのかな?」


するとアデルは、まるで当然のように微笑みながら答えた。

「ニコラ様が、ルヴィとハウルの人柄をお認めになり、お部屋をお貸しくださったのだと思いますわ。」


「そうか...それなら、その期待に応えられるように、これからの行動で示さなきゃな。」

ハウルが少し照れたように、しかし真剣な口調で呟くと、アデルは優しくその横顔を見つめていた。


ソニアに案内されて食堂へと足を運ぶと、そこでは既にニコラが椅子に腰かけ、温かな笑顔で迎えてくれていた。その横では、一人の若い女性が料理を運んでいた。


「アリアナさん、僕も手伝うよ!」

ソニアが駆け寄ると、それに続いてアデルも笑顔で応じる。

「私たちもお手伝いしますわ。」


リルも当然のように後に続き、三人は連れ立ってキッチンへと向かっていった。

私も何か手伝おうと一歩踏み出したところで、ニコラが声をかけてきた。


「ルヴィ君、ハウル君、君たちはここに座ってくれ。ソニアも、アデルさんもリルさんも、今日は立派なお客様なんだからね。」


「リルはともかく、アデルは働くのが好きですからね。」


そう返すと、ニコラはおかしそうに笑い声をあげた。


やがて料理が一品ずつ丁寧に並べられ、皆が席に着くと、ニコラが隣に座る女性を紹介してくれた。


「紹介が遅れたね。こちらが私の妻、アリアナだ。私が言うのもなんだが、彼女は料理が上手でね。普段は朝食と昼食、夕食のときだけ、村の人の食堂にもなっているんだ。」


「実はね、ソフィアお姉様は半年前までアリアナさんに料理を習っていたの。でもね、伯母さんって呼ぶと機嫌が悪くなるから、気をつけてね。」


ソニアがそう言うやいなや、アリアナに静かに叱責された。

そのやりとりに、食卓の空気がふわりと和やかに包まれた。私たちは思わず笑い合いながら、並べられた料理に手を伸ばしたのだった。


口に運ぶと、やはり昼にソフィアが振る舞ってくれた料理と同じく、どれも美味しい。しかもバリエーションが豊かで、次に何を食べようかと迷ってしまうほどだ。

アデルは席をアリアナの隣に移し、興味津々といった表情で料理の話を聞いている。きっと彼女の中で、また新しい料理への扉が開かれているのだろう。

一方で、ソニアとリルは、笑い合いながら食事を楽しんでいた。


そんな賑やかな空気の中で、ニコラが私とハウルに声をかけてきた。


「ルヴィ君、ハウル君。君たちは、旅が好きかね?」


ふと問いかけられた言葉に、私は穏やかに微笑みながら答えた。


「はい。こうして皆で旅をしてきて、初めて旅の楽しさに気付きました。」


ハウルも頷きながら続ける。

「オレも、今までの道のりが楽しかったし、これからどんな出会いや出来事があるのかと思うと、ワクワクしてしょうがないよ。」


「そうか...。君たちの話を聞いて、シルヴァが君たちに夢を託した理由がよくわかるよ。」


ニコラの視線が遠くを見つめるようになり、ゆっくりと思い出を紐解いていく。


「私とシルヴァはな、昔この島のあちこちを旅していたんだ。兄妹二人で、島を隅から隅まで巡ってね。いずれ大陸に渡って...そんな夢を持っていたんだ。」


言葉を一度切り、ニコラは義足にそっと手を添えた。


「でもな、この島の近くにある“ドライホーン”っていう島から、時折魔物が大挙してやってくるんだ。

 デネリフェ島の城塞都市バルガンディールで、王国の兵士と共にその侵入を防いでいるんだよ。私たちもその手伝いに何度か赴いてね。」


「...そこで、足を負傷したんですか?」

私が静かに尋ねると、ニコラは穏やかに頷いた。


「ああ。不意を突かれて魔物に弾かれ、海に落ちてしまってな。一日ほど波に漂っていたところを、偶然漁に出ていたラファエレに助けられたんだ。」

「そのとき、治療は?」

「残念ながら、陣営にはポーションも尽き、回復魔法を使える者もいなかった。結果、私はこの足になった。」


ニコラは少し寂しげに笑いながらも、話を続けた。


「その後、シルヴァがね...ラファエレを気に入ってしまってな。二人は結ばれ、私たちの旅はそこで終わったんだよ。」


けれども、とニコラは今度は優しい目でアリアナを見つめながら言った。


「でも、今はアリアナと一緒に新しい旅をしている気分さ。旅にはいろんな形があるからな。」


そして、再び私たちを見て、少し真剣な声で続けた。

「ルヴィ君、ハウル君。私が言うまでもないだろうが、旅というのは楽しさばかりじゃない。準備を怠らず、仲間を大切にしながら、最後まで旅を楽しんでくれ。」


その言葉は、優しさと重みが同居した、旅を終えた者だからこそ語れるものだった。


部屋に戻ると間もなくして、アデルとリル、そしてソニアがやってきた。港町に着いてからの、それぞれの役割分担について話し合った。


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