旅の仲間
ラファエレが扉に掛けられた棒を外し扉を開ける。その奥から現れたのは、褐色の肌に、くせの強いグレーの髪を持つ、整った顔立ちの少女だった。
服装は、今朝アデルと共に見た、あの少年のものとまったく同じだった。
手足が長く、身体の線も細いため、遠目では少年と見間違えても無理はない。
「お父様、ごめんなさい。これからは...あれ? この人たちは?」
「少しは反省できたようだな。まったく、お前は船に乗ることしか頭にないのか。
...それから、誰とも知れない人に助けを求めただろう。この方々は、お前の声を聞いて、助けようとしてくれたんだ。」
「え? あっ、そうだった。さっき誰かの話し声が聞こえたと思ったら...君たちだったんだね。助けようとしてくれて、ありがとう!」
私がアデルに目を向けると、彼女は静かに頷いてくれた。今朝、水平線に向かって船を走らせていた少年は、目の前のこの少女だったのだ。
「私はルードヴィヒと申します。今朝、朝日の中を船で奔らせていたのは、あなたですね?」
「えっ? 見てたの?」
「やはり、あなたでしたか。実は、私たちはあなたを探していたのです。」
そう言って私はラファエレの方へと向き直り、丁寧に話を続けた。
「お嬢さんが今朝、船を走らせているのを見て、ぜひお話をしたくなり、こうして探していたのです。差し支えなければ、少しお時間をいただけないでしょうか?」
ラファエレは一瞬だけ目を細めて娘を見、それから私たちに向き直って口を開いた。
「...そうだったのか。実は朝の漁のあと、道具の手入れもせずに勝手に船で遊びまわっていたので...恥ずかしい話だが、その罰としてここに閉じ込めていたのだ。
そんな訳だが、話があるのなら、我が家に来るといい。少し騒がしい家だが、ここで立ち話をするよりはずっと良いだろう。」
ラファエレはそう言って私たちを家へと案内してくれた。
歩きながら、アデル、リル、そしてハウルがそれぞれ自己紹介をする。すると、少女も明るく自己紹介を返してきた。
「僕はソニア・ジュゼッペ。お父様の漁を手伝ってるんだよ。まだ十一歳だけど、船で海を走るのが好きなんだ。...今日は仕事をさぼって怒られちゃったけどね。」
「そうだったんですね。でも、私たちの話は...船を走らせるのが好きなあなたにとって、いい話になるかもしれませんよ。」
そう言うと、ソニアは興味深そうに首を傾げた。
そんな会話を交わしているうちに、一軒の素朴な木造の家が見えてきた。
「ただいま! お母様!」
「あら、ソニアを迎えに行ったのかと思ったら、ずいぶんたくさんお客さんをお連れしたのね。」
「なんでも、ソニアに話があるそうだ。中で話してもいいかな?」
「もちろんです。私はソニアの母、シルヴァと言います。どうぞ中にお入りくださいな。」
ラファエレとシルヴァに案内され、私たちは家の中へ入った。
「シルヴァさん、初めまして。私はルードヴィヒと申します。ご自宅に招いていただき、ありがとうございます。
ラファエレさん、そしてシルヴァさん、お二人にもぜひお話を聞いていただきたいのですが...よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。」
そう言って、シルヴァはリビングの広いテーブルを指差し、私たちを椅子に促した。全員が席についたところで、ラファエレが話を切り出した。
「それで、ルヴィ君たちは旅をしていると聞いたが、ソニアにどんな話があるのかな?」
「はい。私たちはこれから大陸に渡り、エラムウィンドという街を目指していて、昨夜この漁村で宿を借りました。
まずはギズモグロウブという港町に向かい、そこから定期便を利用するか、あるいは船を雇って渡る予定でした。」
そこで私は一度言葉を切り、ラファエレとシルヴァの様子を見ながら、話を続けた。
「ですが今朝、ソニアさんが朝日に向かって船を走らせているのを見て...私たちはこう考えました。
もしかしたら、私たちの大陸への渡航を、ソニアさんに手伝ってもらえないかと。」
「船はこちらで用意します。ソニアさんには操船をお願いしたいのです。もちろん、お礼はきちんとお支払いします。」
ラファエレはしばし驚いたように私たちを見つめていたが、やがて静かに言った。
「君たち四人で...大陸まで行くのか。それも、エラムウィンドまで...。いやはや、驚いたな。」
その横で、ソニアは椅子の上で身を乗り出しながら、目をきらきらと輝かせていた。
私はこれまでの経緯を、ラファエレとシルヴァ、そしてソニアに丁寧に語った。旅の目的や道のりの長さ、そしてそれに伴う危険性を含めて、正直にすべて話す。
話を聞いたラファエレとシルヴァは、先ほど以上に驚いた表情を見せた。
だが、やがてシルヴァが静かに口を開いた。
「皆さんは...お若いのに、本当にしっかりしていらっしゃるのですね。ソニアにも、そういう面を学んでほしいものですわ。
ただ、そんな皆さんのお手伝いが、ソニアに本当にできるのかしら。ソニア、あなたはどう考えているの?」
「僕は、お手伝いしたいよ。船を走らせるのはもちろんだけど、ルヴィたちの旅の話を聞いて、僕も一緒に行きたいと思ったんだ。」
「あなたは本当に、無事にルヴィさんたちを大陸までお連れできるのかしら?」
母の問いかけに、ソニアは自信を込めて言った。
「操船のことなら、お父様も僕の腕を認めてくれてるよね?絶対に、無事に送り届けてみせる!」
シルヴァがそっとラファエレの方に視線を送る。ラファエレは一つ頷くと、静かに口を開いた。
「そうまで言うなら、ルヴィ君たちを、エラムウィンドの街まで無事に送り届けて、ちゃんと帰ってきなさい。」
「えっ...お父様、お母様、ほんとに?ルヴィたちと一緒に旅していいの?」
「今、お父様がそう言ったでしょ」
今度はシルヴァが微笑みながら頷いた。
「ありがとう、お父様! お母様!ルヴィ、アデル、リル、ハウル! これから、よろしくね!」
「ソニア、こちらこそ、よろしくお願いします。それで、料金のことなのですが...」
私が言いかけたところで、ラファエレが片手を挙げて制した。
「まずは、ソニア。早く旅の準備をしてきなさい。ルヴィ君たちを待たせてはいけないよ。」
「うん、わかった!」
ソニアが元気よく返事をし、部屋を飛び出していく。
そのあと、ラファエレが私に向き直った。
「ルヴィ君、料金なんていらないよ。この旅でソニアは、君たちから多くのことを学ばせてもらうだろう。
無事に戻ってきてくれるなら、それだけで、いや、それ以上の価値がある。」
「しかし、ラファエレさん。あくまでこれは仕事としてお願いしたいのです。
報酬をお支払いして、責任ある契約とすることで、ソニア自身にもより強い自覚を持ってもらえると思っています。」
ラファエレはふっと目を細め、満足そうに頷いた。
「なるほど、君の言う通りだな。よし、それじゃあこうしよう。料金は往復で銀貨4枚。そして、成功報酬としよう。」
「ありがとうございます。ラファエレさん。」
その場でしっかりと握手を交わす。
「では、私たちは宿に戻って出発の準備を整えます。準備ができたら、改めてソニアさんをお迎えにあがりますね。」
アデルがそう言うと、ラファエレとシルヴァは優しく微笑み、家の外まで私たちを見送ってくれた。
皆で改めてラファエレとシルヴァにお礼と挨拶を済ませると、私たちは宿へ向かって歩き出した。
その途中、リルが少し不満げに口を開いた。
「お姉様もルヴィも少年って言ってたじゃない。あんなに綺麗な女の子を、少年だなんて...いったい何を見てたのかしら?」
私は苦笑しながら返す言葉も見つからず、ただ肩をすくめた。
急いで宿を引き払い馬車でソニアの家に戻ると、ソニアとシルヴァが家の前で私たちを待っていた。
「おかえりなさい、ルヴィさん、ハウルさん、アデルさん、リルさん。皆さん、お急ぎのようですが、私から一つ提案があります。聞いていただけますか?」
「はい、シルヴァさん。どのようなお話でしょうか?」
私が答えると、シルヴァは静かに微笑んで続けた。
「ありがとうございます、ルヴィさん。これから急いでこの村を発っても、ギズモグロウブに到着するのは早くて日暮れ前になってしまうでしょう。
そうなると宿探しも大変ですし、旅は急ぐものではありません。このクレス村とギズモグロウブのちょうど中間に、フィルネという漁村があります。
そこには私の兄がおります。宿屋を営んでおりますので、宿の心配はいりません。明日の朝にフィルネを出発すれば、昼前後にはギズモグロウブに到着できます。
宿も探しやすくなりますし、運が良ければその日のうちに船も手配できるかもしれません。旅に余裕を持つことは、大切なことです。いかがでしょうか?」
私はその提案を聞きながら、自然と頷いていた。シルヴァの言う通りだ。
「ありがとうございます、シルヴァさん。旅の先を急ぐあまり、私は判断を誤るところでした。」
「そうですか。それでは、少し余裕をもって我が家で昼食を召し上がってから発たれてはいかがでしょう。」
シルヴァが優しく微笑んで家の中へと誘ってくれる。
家の中に入ると、すでに食卓には魚を使った美味しそうな料理が並び、驚いたことに、テーブルには五人の子供たちがすでに席に着いていた。
「僕、五人きょうだいなんだ。上の兄のカルロ、下の兄のニコロ、それにソフィア姉さんと、弟のエンリコ。毎日賑やかで楽しいんだ。」
ソニアが嬉しそうに紹介すると、兄弟たちもそれぞれに挨拶をしてくれた。
私たちも改めて自己紹介をし、席に着くと、シルヴァもソニアの隣に座り、穏やかな昼食が始まった。
昼食の食卓には、色とりどりの魚料理が並び、それぞれが違う味付けで調理されていた。
焼き魚、煮付け、干物、酢漬け、そして海藻を使った前菜、どれも素朴ながら丁寧で、どこか懐かしさを覚える味だった。
興味を持ったアデルがシルヴァに調理方法を尋ねると「それはソフィアの得意分野で、私は全部任せているのよ」と笑顔で返ってきた。
それを聞いたアデルは、すぐさまソフィアと料理談義に花を咲かせ始めた。
一方、リルはもうすっかりソニアの兄弟たちと打ち解け、賑やかに笑い合いながら話をしている。
ふと気になったことがあり、シルヴァに静かに声をかけた。
「シルヴァさん、先ほど『旅は急ぐものではない』とおっしゃっていましたが、旅に慣れていらっしゃるのですか?」
シルヴァは微笑を浮かべて答えた。
「そうね。旅というほどではないけれど、この島の中は、歩いて隅々まで巡ったの。
けれど...島の外へ出たことは一度もないわ。だから、私の代わりにソフィアに旅の続きをしてほしいと思っているのよ。」
「なるほど、ラファエレさんも旅をしてらっしゃったのですか?」
「わしはな、子どものころからこの村で漁をしていた。海は好きだけど、旅には興味がなかったな。」
「じゃあ、ソニアの船好きはラファエレさん譲りで、旅好きはシルヴァさん譲りなのですね。」
そう言うと、ラファエレが豪快に笑った。
「ははは、確かにそうかもしれんないな。」
シルヴァが穏やかに言葉を続ける。
「ルヴィ君、あなたがソニアを旅に連れて行きたいと言ったときね...私は、あの子がこの先、誰も見たことのない景色を見て、誰も知らない物語を紡いで、いつか吟遊詩人に語り継がれるような、そんな旅をするのではないかと思ったの。」
「まさか。私たちはまだ子どもですし、そんな大それたことは...。」
私が照れくさそうに否定すると、ラファエレも懐かしそうな目で語った。
「そういえば、ソニアが生んだとき、そんな夢の話していたな。」
「ラファエレさんまで...。」
「フフフ、大丈夫よ。これは私だけの、ちょっとした夢。心の中で大切にしておくわ。」
シルヴァはそう言って、穏やかに微笑んだ。
楽しい昼食を終えると、私たちは皆にお礼を伝えて家を後にした。
ソニアにリッキとライズを紹介すると、彼女は目を丸くして言った。
「ルヴィは馬と話せるのかい?」
以前にも似たようなことを聞かれた記憶がある。私は少し笑いながら、曖昧にごまかした。




