天使のたまご
500文字で1つ話を書きなさい。
というのをやったことがありまして。これはその作品をもとに、付け足したり変えたりしたものです。
やっつけ仕事なので中身は粗いですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
2026.4.30加筆修正。
智江子は夫の政男の前に朝食を並べながら言った。
「今日の夢はいままでで一番怖かったわ。逃げても逃げても黒い影が追いかけてくるの。もう逃げ場がない、殺される!と思ったところで目が覚めたのよ」
政男は朝食を口にしながら目線は手元の新聞へ向き、「そうか、それは怖いな」と相槌をうつ。その姿が話を聞いていないように見えても、智江子は話しかけ続けた。
同級生だった二人が結婚したのは二十二歳の頃。それから七年。慣れた生活の中に埋もれていってしまった愛情は、ここのところ顔を見せてくれない。それは智江子にも当てはまることだった。
新婚の頃は、政男の出勤の時は自分も外へ出て姿が見えなくなるまで手を振って送り出していたのに、今では玄関で鞄を渡して「いってらっしゃい」と言うだけにとどまっていた。
それでも昔から変わらないことといえば、毎朝、智江子が自分の見た夢を話すことだ。
智江子は、祖母から幼い頃に言われたことを行っていた。それは、悪い夢や怖い夢を見たら人に話すこと。そうすれば悪いことは起こらない。もしいい夢を見たら、一番好きな人に話すこと。そうすればいいことが起こる。
今朝は怖い夢を話したので、きっと悪いことは起こらないだろう。智江子はそう願いながらも、憂鬱な気持ちになった。
智江子にはずっと悩みがある。二人の間に子どもができないのだ。周りのみんなは「いつかできるよ」と優しく気遣ってくれるが、子どもを産める歳にも限界がある。
智江子は早く子どもが欲しかった。
ある日の夢の中。智江子は白い空間にいた。
そこには智江子の他にも年齢がバラバラな女性が何人もいた。
白い天使が上から降りてきて、バレーボールくらいの卵のようなものを一人の女性に渡した。女性はしっかりとその卵のようなものを抱えるが、重たくて落としてしまった。卵のようなものは割れて、中に入っていた小さな塊が光を失ってどろりと溶けてしまう。それを天使が掻き集め、再び手中に収めると上へ飛んで行ってしまった。
そこで智江子は目が覚めた。
「(これはいい夢?それとも悪い夢?)」
智江子は政男に夢の話をした。
その日の夜、政男は会社からの帰宅途中で交通事故に遭った。
慌てて病院に駆けつける智江子。悪いことは起こらないはずなのに……。そう思いながら病室を覗くと、もう治療はおわっていて、頭に包帯を巻き、左腕と左足を吊り上げて点滴を打たれて眠る政男の姿があった。
涙が出そうになるのをぐっとこらえて、智江子は政男のベッドの隣に静かに椅子を持ってきて、政男の右手を握った。
しばらくすると担当医が看護師を連れてやってきて、怪我の状態を淡々と話して去った。とりあえず、命に別状はないようだ。
こくりこくりと時間が経ち、ほっとした智江子は、政男の手を握ったまま、うっすらと眠りに落ちた。
また白い空間に智江子はいた。天使は前回と同じく女性を一人選び、卵のようなものを渡す。女性はか弱そうだったがなんとか持ち続け、卵のようなものが女性の腹の中へ吸い込まれると、微笑んだ。
「(あぁ、あの卵は新しい命なんだわ)」
智江子はなんとなくそう感じた。
目が覚めた智江子は、眠り続ける夫に夢を語り聞かせた。
次の日も病院へ行き、目覚めない夫の右手を取って眠ると、また同じ夢を見た。
智江子は勇気を持って天使に近づき、
「私にもちょうだい」
と話しかけたが、声が小さくて聞こえなかったのか、振り向かないで離れてしまいそうになる。もう一度声をかけようとしたら後ろから肩を叩かれ、振り向くと天使が卵を持っていた。その天使は卵を片手でポンポン投げては取って遊んでいた。
智江子は卵を軽々しく扱う天使に怒った。
「いくら天使でも、命を簡単に扱うなんて許せないわ!」
怒鳴られて驚いたのか、天使は泣き始め、投げて遊んでいた卵を両手で抱きしめた。
しくしくと泣き続ける天使へ、
「私にもちょうだい」
と智江子が優しく言葉をかけると、天使は泣き止み、卵を智江子に授けた。
智江子は卵の重さにびっくりしたが、決して落とさないように踏ん張った。
けれど、見た目に反してその卵は車一台分……いや、家一軒分はあるのではと疑うほどに重く、それ程の重さの卵を持ち続けるのは辛くて手からずり落ちていきそうになった。
その時、後ろから手が伸びてきて、智江子の手の上から重ねて卵を持ってくれた。
振り返ると政男がいて、
「一緒に頑張ろう」
と言ってくれた。
智江子にとって、その言葉がどんなに嬉しかったことか。
瞳に薄い水の膜ができるのを感じながら、二人で卵をしっかりと抱きしめた。すると卵は智江子の腹の中へ吸い込まれていった。
その様子を見ていた天使は、慈愛に満ちた顔で微笑んで、ゆっくりと上へ飛んで見えなくなってしまった。
目が覚めた智江子は、自分の右手を握り返す手の力を感じた。
ベッドの上の政男を見ると、彼は次第に目を開けて智江子の顔を見つめた。
智江子は、今まで堪えていた涙を堪えることをやめた。
子どものように泣きじゃくって、一番好きな人に、今までで一番いい夢の話をした。
昔、妖怪かなんかの類に、赤子を持たせる代わりに女性の精気をとる。なんていうものがいたな。というのを思い出して、この話を書きました。
近年、少子化が危ぶまれる中、子どもが欲しいのに妊娠できない夫婦もいるよね。ということで、「いいこと」が起こるといいね。と、全国の子ども欲しいけれどできないんです夫婦にエールを捧げます。




