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お姫様と私。  作者: kemuri
起章<日常編>
7/36

お姫様と私、里帰り。

「やっぱり子犬ちゃんだったな!」


 ふんぞり返らんばかりの殿下を前に、大奥様や大旦那様は戸惑うばかりである。

 私も戸惑っているのだが、この状況を打開する役目が自分だという自覚もあるので、あからさまに困った顔を出来ないだけなのだ。

 にやにやと笑っているご当主様がアテにならないのは、私の中では疑うべくもない事実であるし。


「とりあえず、食べないのでしたらケーキはお皿に戻して頂けますか?」


 ぎゅっと握りしめられた私のレモーネ・ケーキは、幸いなことに包み紙のおかげでまだ食べるに支障のない状態だ。もし直に握られていた場合、涙をのまざるをえなかっただろう。


「はは!俺の登場よりもケーキの行方が心配?まぁ、とりあえずコレは返す」

「ありがとうございます、殿下」


 私がレモーネ・ケーキを押し戴いたところで、ようやく大旦那さまが我を取り戻されたようで、殿下に席を勧めた。そうそう、主賓格の殿下が立っているのに私たちが座ってお茶などしていられないのだ。さすが大旦那様は、何もせずに椅子に座りっぱなしのご当主様とは違う。

 ちろり、とご当主様を見やればバッチリ音がしそうな勢いで視線がかち合う。まずい。


「どうしたのかな、コニ?僕に何か言いたいことがあるようだけれど」

「何でもございません」


 きらきらと目映い笑顔と柔らかな物腰に騙されるご令嬢は多いが、このご当主様の性格はそんな素晴らしいものではない。お姫様の義兄上であるが、それ以上にお姫様信者第一号として私の記憶には刻み込まれている。何と言っても、お姫様を見染めたのがこの方なのだ。お屋敷の養女にレイチーがなったのも、それにくっついて私が侍女に上がったのも、この人の策略ありきであった。

 まぁ、その時のあれこれは思い出したくもない。

 しかし、ひとつだけ確実に言えるのは、私を心身ともにいびるのが生き甲斐だということだ。


「ふぅん、コニは王宮にあがってからちっとも顔を見せてくれないから、僕はとっても淋しかったのだけれど…コニはそうじゃなかったのかな」

「!!」

「あら、ローレルは本当にコーネリアがお気に入りねぇ」

「でも王宮で会うこともあるだろう?」


 なぜこんなに意地の悪い狡猾な腹黒が、この温厚篤実を絵に描いたような夫婦から産まれてきたのだろうか。セントリアの七不思議に数えても遜色ないほどの謎である。

 しかしながら、少しめんどくさい話の流れになっていることは否めない。


「それが、全く会わないのです。レイチェルにはちょくちょく会っているのだけど、コニの姿は影も形もなくて…本当に、侍女としてあがっているのかい?」


 やはり、こうきたか。

 全く、という部分を強調したのは気のせいではない。

 私は、お姫様に根回ししてもらって王宮に勤めている。だが、下女であることはレイチーだけでなくお屋敷の方々にも内緒にしていた。内緒なのは、下女というところだけだったので、レイチーからの手紙にも登場していた(ましてや二人でお茶会したとかそういう内容で侍女っぽい)だろうし、今まで何とかばれずに済んでいたようだ。

 どうしても秘密にしたいことというよりも、知られると大旦那さまや大奥様が心配するから言わなかっただけだから、別にお屋敷の方々に教えるのは問題ない。レイチーに内緒なのも、信者様対策をしたかっただけだから、ここで信者第一号に知られてしまうのなら意味はない。


「侍女として働いているわけではありませんが、とても楽しい職場です」


 だがしかし、である。

 まったく発言しないから皆様お忘れかもしれないが、ここには王太子殿下がいらっしゃるのだ。王太子殿下には、あまり素性を知られたくない。自意識過剰かもしれないが、お姫様信者の行動パターンは恐ろしく似通っているのだ。

 その行動とは、自分以外の取り巻きに対する異常なまでの探究心である。

 つまるところは、ライバルになりうるか、どうすれば勝てるかというようなことを知りたいのだろう。でも、ただの庶民の幼馴染な私なんかを張り合う対象にされてしまっては堪らない。

 ましてや、現在の信者様たちの身分は以前よりさらにグレードアップしていて性質が悪い。


「侍女じゃない…?」


 ぴくり、と跳ねたご当主様の片眉が怖い。

 これはあれですか、格下の玩具な私が隠しごとをしていたことに対するお怒りの表情でしょうか。


「コニ、」

「まぁまぁ!ローレル、そうピリピリしなくてもいいだろ?」

「…シェリア殿下」


 どのような嫌味が飛び出すのかと身構えていたのだが、あっさりと庇われてしまった。しかも意外や意外、少し忘れ去られていた殿下にである。ご当主様の様子を見るに、本当に一瞬忘れていたに違いない。反応するまでの一瞬の間を、私は見逃したりしないのである。

 そして、私への詰問がひとつ回避されたからといって、詰問タイムが終わったわけでもないことにも私は気づいている。

 ついに、殿下のターン到来ということだろうか。

 だいたい、内容は予想がついているけれど。


「俺の質問に、答えてくれるよね?子犬ちゃん」

「はい、よろこんで」


 さきほど握り潰されかけたレモーネ・ケーキを取り分けながらも、私はイエスと応えるしかない。


「単刀直入に聞くけど、君ってレイチェルと恋愛関係?」

「グッ」

「ブハッ」

「まぁ!」


 わざわざ説明しなくても良いかもしれないが、つまんだクッキーを喉に詰まらせたのがご当主様で紅茶を拭きだしたのが大旦那様、なぜか楽しそうな声を上げたのが大奥様である。

 このようなご当主様を目撃してしまったことをネタに苛められないかが心配である。


「端的にいえば、違います」

「やっぱり?」

「はい」


 匂い袋の一件をお姫様に聞いていたから、もしやとは思っていたのだ。

 あの顛末を含めて悪い冗談の範疇であるが、もしかしたらの可能性まで潰したかったのか。

 切羽詰まった恋心のようなものを目の前の殿下からは窺い知ることはできないが、見た目通りの人間の方が少ないらしいから、あまり深く考えないようにしたい。


「いやぁ、レモーネ・ケーキを一緒に食べる友達がいるらしいって話は、俺らの中では結構有名だったんだよね。そしてレモーネ・ケーキのお茶会の日は、とってもご機嫌麗しいっていうのもね。いくら探っても出てこない、レイチェル姫の謎のオトモダチ、もしくは本命。一応、俺は許嫁でもあるし、レイチェルのこと好きだし、誰だか知りたいのは当然だろう?」


 悪戯小僧にしか見えない表情で肩をすくめる殿下は大変魅力的で微笑ましいが、そんな大層なものに仕立て上げられた私は良い迷惑である。


「それで秘密の花園にまでいらっしゃったということですか…」

「レモーネ・ケーキをお土産分まで作らせたって聞いて、これは本命ってのが有力かと思って厨房にスパイ仕込んでみた。まさかケーキを喜ぶ子犬ちゃんだとは思わなくて」

「お騒がせして申し訳ありませんでした」


 別に謝る必要はない気がするが、仮にも王太子殿下にご足労をおかけしてしまったのは事実である。

 庶民はとりあえず頭を下げておけ、というのが我が家に伝わる貴族対処法の第一条である。殿下は貴族ではないが、貴族以上に貴族的な御身分なのだ。

 

「…そんなに遜らなくても、俺は怒ったりしないよ?」


 そう言いつつも、殿下のご機嫌は麗しいとはいえない状態なのは明らかである。これは、庶民のくせにと怒るタイプではなくお前もやっぱり王族におもねるのかって失望するタイプだったということか。

 いつものお庭での偉そうな態度が印象に残っていたせいか、意外である。

 だからといって、私は態度を変えたりはしないが。だって私と殿下の間には歴然とした身分差がある。何より、ここは「秘密の花園」ではない。


「お気遣いありがとうございます」

「子犬ちゃん、」

「殿下。それは殿下が考えている以上に頑固なので、あまり構わないでやってください」


 天変地異の前触れ、もしくは明日は雨のかわりに槍が降るかもしれない。

 なんと、あの、ご当主様が私を庇ってくださったのだ。珍しくきらきら笑顔は装備されていないが。

 さきほどとは逆である。あ、これはもしかして、信者第一号と信者第一位の対決に巻き込まれているのだろうか。お姫様のお気に入り(仮)である私に優しくする対決、もしくは相手に対する牽制をし合っているのかもしれない。


「ふぅん?レイチェル第一のローレル卿にまで気に入られているのか、子犬ちゃん」

「滅相もございません」

「コニ、久しぶりに君の紅茶が飲みたいな」

「かしこまりました!」


 私は、ほとんど間髪入れずに立ち上がった。

 ご当主様の「君の紅茶が飲みたいな」は、イコール「ちょっと席をはずしてくれないかな、じゃないとあとで酷いよ?」というセリフに置き換えられるのである。

 長年の条件反射とは恐ろしい。

 こうして淹れた紅茶は、散々文句を言われながら嗜まれ、飲み干されるまで続く嫌味によってご当主様の喉を潤すのである。残されたことはまだない。


「ふふ、ローレルはコーネリアの紅茶がお気に入りだものね」

「そうですね、母上」

「へぇ」


 ぽややんなご夫妻と不機嫌なご当主様、それに意味深長な微笑みを浮かべる殿下を部屋に残して、私はようやく応接間から一時脱出することができたのだった。

 もちろん、元同僚たちに質問責めにされたことは言うまでもない。


 まったく心休まる暇のない里帰りであった。

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