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お姫様と私。  作者: kemuri
起章<日常編>
6/36

お姫様と私、日常のおわり。

 不意の闖入者事件から、今日で三度目のいつものお庭でのティー・パーティだ。


 今日は、侍女さんたちから仕入れた情報をお姫様に話して、どうしようか聞こうと思っている。

 前回のお茶会のときにも聞いたが、まさかあの匂い袋がシェリア殿下のものとして有名になっているとは思いもよらなかったのだ。そこらへんの詳しい事情を今日は聞けると良いのだが。

 私は今、ガサガサと木の枝を鳴らしながら新しいルートを進んでいる。

 前の道よりも遠回りだが、少し人間らしい道のりかもしれない。少なくとも、足元には砂利が敷かれているのだ。

 しかしこのルートは、芝生で足音が殺された状態でベンチの裏手に出てしまうので、お姫様にはこちらから声をかけない限り気づいてもらえない。忍び寄るには良いのだが、そんなルートを作ってしまって良かったのだろうかとちょっと心配している。


「レ…!」


 そんな私の心配は、早速的中してしまった。

 しかも二重の意味で、困ったことになっている。


「確認は取れているのです。なぜ、そう頑なに拒否されるのですか?あの子にとっても悪い話ではないでしょうに」

「いいえ、悪い話にしかなりませんわ」

「レイチェル様、それなら納得できる理由を教えてください」

「いやですわ」


 まず、第一にはこのお茶会のベンチに再び闖入者がいらっしゃることである。

 しかも、私の目と耳に間違いがなければ、その闖入者はよりにもよってアレクサンドル近衛隊長つまりはレイチーの片想い相手だ。会話から甘さはまったくなく、むしろ言い争いにしか聞こえない。

 長年の付き合いがある私だからこそ分かるのだが、あれはレイチーの泣く三歩手前の状態ではないだろうか。まぁ好きな男の人に詰問されれば泣きたくもなるのだろうが。

 とても割って入りにくい状況ではある。

 しかし、ここで第二の問題が深くかかわってくる。

 この第二の困ったことは、なんと私は現在進行形で背後から拘束され、口を塞がれてしまっているのだ。もちろん暴れて脱出することは可能なのだが、相手が誰かも分からないのに下手に暴れては、一瞬の自由と引き換えに将来を台無しにしかねない。

 そして気になることは、この背後の不審者からミントとカモマイルの香りが微かに漂っていることだ。

 私の推測が正しければ、沈黙は金。大人しくしているのが最善である。


「きみ、あの時の子犬ちゃんだよね?」


 じっとしている私に、何を思ったのか背後の不審者が話しかける。口の利けない私は、ひとつ頷くことで肯定を返すしかない。

 子犬ちゃんという呼称に関しては、やや疑義を挟みたいところではあるが、ここでそのような瑣末なことを気にしていても仕方がない。しかし忘れることはないので覚えておいてほしい。

 そんな私の態度に何を思ったのかは知らないが、くすりと笑った不審者の息が耳にかかる。ぞわぞわするのでやめて頂きたいものだ。


「お利口な子犬ちゃんなんだな、もっと暴れるかと思ったのに」

「コニ!!」


 ぱっと離された体は、弾みで一歩前前のめりになった。別に転ぶほどではなかったのですぐに直立に持ち直したが、ほとんど同時に不審者の腕が腰にまわった。一応、転ぶのを助けようとしてのだろうが、転ばせるようなことをしたのと同一人物なのでお礼はしなくても良いだろうか。

 腕を無視して歩けば、するりとほどけていったので、特に問題はなかったのだろう。


「レイチー、大丈夫?泣く?」

「ふふ、大丈夫。泣かないわ。それより、コニは大丈夫?殿下に何かされなかったかしら」

「私は問題ないわ。今日のお茶会は二人じゃないの?」

「それが、」

「失礼!」


 困ったように微笑むレイチーの言葉をさえぎって、アレクサンドル隊長が進み出た。

 ゆっくり振り向くお姫様の微笑みは鉄壁の美しさだけれど、支えていたレイチーの腕が、一瞬だけ震えたのに気づいた。どうやらまだ動揺しているらしい。珍しいこともあるものだが、これが恋というものなのだろうか。


「突然お邪魔してしまって申し訳ありません。私、近衛隊の隊長を務めさせて頂いておりますアレクサンドル・ジノアという者です。貴女がレイチェル様のご友人で間違いございませんか?」


 真っすぐ向けられた漆黒の眼差しは、とても真面目でストイック、そして厳しい。レイチェルの好みにドストライクのご気性のようだ。


「名乗って頂いたのに申し訳ないのですが、私はレイチーの友達ですとしか答えられません。ごめんなさい」


 礼儀知らずだろうと常識通じてないと言われようと、ここは私とレイチーのいつものお庭だ。レイチーの秘密は知ることができたって、私の秘密まで明かされるなんて思ってはいけない。

 私の下女という身分はレイチーにだって教えていないのだ。

 もちろん、王宮のどっかで働いていることは知ってるけどね。


「出自を明かすことができないと申されるのか?」

「はい」

「な…!そんな人間をこの王宮の庭に入れることは、」


 私のあっさりした返答に、案の定むかっ腹をたててしまった隊長を、レイチーは可愛いものを見る目で愛でている。私はレイチーのこの趣味に反対はしないけれど、もう少し素直にならないと両想いは厳しいと思っている。


「はい、ストップ。ここはただの庭じゃない、秘密の花園だ。子犬ちゃんの主張は受け入れられなければいけないんじゃないか?」


 柔らかそうな淡い金髪をかき上げる様は、正しく王子様という感じだ。さすが殿下。

 濃い睫毛に縁取られた優美は目元は、かなり物騒な雰囲気だけれども。


「殿下、しかし…」

「もーアレクは真面目すぎ!べつにこんな子犬ちゃんに何ができるわけでもないし、お姫様のオトモダチだっていうんだから、手出しはできないよ」


 一見して庇って頂いているようだが、まったく物騒なのは殿下の方であることは言うまでもない。しばらく王宮に上がるのを辞めたいくらいには、めんどくさそうな視線で私を観察している。

 このままでは職業やら出身やらが丸裸にされてしまいそうだ。


「レイチー」


 困った時の、レイチー頼みとはまさにこのことである。


「お二人とも、それ以上の詮索は無用ですわ。コニは私の秘密です。外での他言は一切まかりなりませぬ」

「…畏まりました」

「残念」


 お二人は、それぞれ未練たぷりなのを隠さずに茂みの向こうに去って行った。

 ある程度離れてしまうまで、私もレイチーも無言だ。だって盗み聞きなんてされたくはない。

 やはり二人ともそれぞれお独自のルートを設定されているらしく、しばらくしてから別々の場所から鈴の音が聞こえた。どうやら庭園から出て行ったようだ。


「はぁー!びっくりした」

「本当にごめんなさい」

「まぁレイチーのせいだけど、そこまで深刻にならなくてもいいよ?」

「ふふ、ありがとう」


 おっとり微笑むお姫様に、ようやく仕入れた情報を話すことができた。これを忘れては、次のお茶会までの期間がじれったくて仕方がなくなってしまう。


「匂い袋は、ちょっとした勘違いだったの」

「殿下にレイチーが作ったって思われちゃったんでしょ?なんでその場で否定しなかったの?そうすれば今みたいに大事に持ち歩いたりしなかったかもしれないのに…」

「そうじゃなくて、あなたが私に恋してプレゼントしてきたって思ったみたいで…Cのつく人間を探し出すってきかなくなってしまったの」

「なるほど。コニって名前は殿下知ってるものね。でも、私が男に見えたのかしら?」


 コニって確かに中性的な名前だけれど、あのとき私、ズボンは履いていても髪はおろしていたはずなんだけど。さすがに男に見えていたなら問題だ。


「…」

「ん?レイチー?」

「私が女の子を好きだって勘違いされそうになっちゃったのよぅ!」

「はぁ!?」

「それよりは、殿下へのプレゼントって言った方が良いでしょ?ね?幸い、裁縫ができないことは殿下に内緒にしているし」


 だから、あんなに警戒したような品定めするような眼をしていたのか。

 まったく迷惑な勘違いである。


「しかもレモーネ・ケーキの君探しまで始まってしまって、もうコニにこれ以上迷惑かけたくないのに…」

「何、それ。めんどくさい雰囲気しか感じないのだけど」


 はふり、と息を吐く姿はとても儚げで可憐なお姫様の姿である。

 しかしながら、その言葉の内容はかなり私にとって迷惑そうな代物である。こんな無害そうな風を装ってはいても、やはりレイチーは侮れない。油断大敵である。


「あのときのケーキをあげたのもコニかもって殿下は疑っていてね、一度否定したのをまた取り下げたら変な誤解を深めそうだし。アレク様にこれ以上距離を置かれたら、私泣いてしまうわ!」


 結局、恋か。

 個人的には、同性愛の浮名でも流して、あの群がりまくっている信者たちを減らせばいいのにとは思うが、それはレイチーの望むところではないのだろう。レイチーの目指すとことは、高尚過ぎてさすがの私もよく分かっていないのだ。


「うわーめんどくさい。しばらくお茶会はナシね。ちょっと城下町に帰るわ」

「淋しいけど、それが良いわね。父さんと母さんとお義父様とお義母様によろしく伝えておいて」


 ちゃっかりと自分の実家のご機嫌伺いをさせようとしているが、ぶっちゃけ面倒くさい。特にお屋敷の大旦那様と大奥様は私を五歳児か何かと勘違いしているし、あそこの現当主様、つまりレイチーの義理の兄上様は私のことを嫌っていたはずだ。


「えー!お屋敷に行くの嫌だなぁ」

「そんなこと言わないで、ね?お菓子沢山届けておくから」


 私はそんなに食い意地が張っているように見えるのだろうか。

 別に、お菓子をちらつかせなくたって、様子を見に行くくらいはするのだが。


「…わかった。レモーネ・ケーキ忘れないでね」

「ふふ!もちろんですわ」


 もっとも、もらえるものはもらっておく主義なので、遠慮はしない。

 この食い意地が、せっかくの帰省をおもわぬ方向に転換させるのだが、そんなことはこの時の私には埒外のことである。

 だって、ケーキに罠が仕掛けられているなんて、思うはずがない。


一部に矛盾が発生していたために、2010/4/24改稿。

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