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お姫様と私。  作者: kemuri
起章<日常編>
5/36

お姫様と私、女の戦い。

 今日は仲良しの侍女の代打で、客室清掃だ。

 いつもよりずっとお上品で楽ちんな仕事なのだが、一緒に働く侍女さん達の気位の高さにはいつも驚かされてばかりである。それは今日も例外ではない。


「わたくし、昨夜殿下のお召しがあったので重い物は持てませんわ」

「あ!その壺は私が運びます」


 王宮の客室は、応接間と寝室と衣裳部屋、それにお風呂と洗面所とトイレという間取りになっている。貴族様が宿泊するだけあって、室内の装飾も盛り沢山で煌びやかで、贅沢品ばかりだ。

 私が運んでいる壺も、下手に触って壊されてしまっては一大事なのである。

 栗色の長い髪が美しいこの侍女さんは、美女好きと名高い第二王子のユーシス殿下に気に入られていらっしゃるだけあって、たおやかで繊細なお手をされている。殿下のお召しがあろうとなかろうと、持ち上げることはできないに違いない。

 ちなみに、このように閨房における事情をおおっぴらに公開するのは、王宮においてだけであって普通のセントリア庶民はそんな事情をあけすけに話したりはしない。


「そういえば、シェリア殿下の匂い袋はご存知かしら?」

「いえ!知りません」


 まさかの話題転換に、思わず元気な返事をしてしまった。しかし、私は侍女さんの間では働く子供とかペットの扱いなので、咎められることはない。


「ミントとカモマイルの香りって、わたくしの印象と似ている気がしませんこと?」

「とてもお似合いだと思います」


 夢見がちにユーシス殿下一筋ではないのも、侍女さん達の強かなところだと思う。恋のお相手として殿下を愉しませつつ、自分の価値を釣り上げていって理想の旦那様を捕まえるのだ。こんなに美しくて賢い妻を持った人は、どんどん出世していくに違いない。

 こういう私の意見を聞くと、ミスリルさんのご子息たちは嫌そうな顔をして、そんな強かな侍女さんたちの名前を知りたがる。私は皆さんに出世して頂きたいので、絶対に教えないけれども。


「わたくし、今日は陛下の給仕なので手を荒すことができませんの」

「水拭きは私に任せてください!」


 いつも窓や廊下の手すりを拭くときは冷たい水なのだが、ここでは手が荒れない程度のぬるいお湯を使うことができる。私にとっては恵まれた条件でも、侍女さんの薄い手の皮ではすぐ荒れてしまうのだ。王様に差し出したお皿を持つ手がボロボロで食欲減退なんかされてしまっては大変だ。

 王様は健康で長生きしてもらうのが、国にとって平和の第一歩だとお姫様が言っていた。私もそう思う。


「最近、ベルガモとつる草の意匠が流行しているんですのよ」

「そうなのですか。奥ゆかしいですね」


 またしても、この話題なのか。しかしさきほどの失敗を生かして、とぼけることができた。

 どうやら身分の高い人々の間では、例の匂い袋はかなり注目の的のようだ。リアさんに注意されていなかったら、何かの拍子にポロっと間抜けな発言をしてしまったかもしれない。感謝である。


「陛下が欲しがっていらっしゃるから、献上しようかと思っていますの」

「お優しいのですね」


 この侍女さんは黒髪が艶やかな美女なのだけれど、裁縫などできるのだろうか。貴族のご令嬢は嗜みとして刺繍を習うそうであるが、お姫様は薔薇の意匠の縫いとりを一つ完成させることができた時点で、その嗜みを達成したことになると言っていた気がする。

 しかし、その心意気だけで王様はメロメロになってしまうのかもしれない。


「わたくし、この後もレイチェル様のティー・パーティを用意しなくてはいけませんのよ」

「それでは侍女頭様には、私が報告しに行ってまいりますね」


 このティー・パーティはいつものお庭でするお茶会ではなく、お姫様の信者様によるお姫様を囲む会のことらしい。いつかのお茶会で、秘密の花園ではたくさんティー・パーティをするのか聞いたら、滅多にしないと言っていたので、今回もサロン・ルームで開催されるに違いない。とっても煌びやかで鬱陶しいという噂なので、きっと準備も大変だろう。

 侍女頭様は、たまに余ったお菓子を下さる優しい方だ。仕事に関しては厳しいらしく、気位の高い侍女さんたちには恐れられているらしいとシズクが笑っていた。


「ところで、LとCのイニシャルなんて、どう考えてもレイチェル様と王太子殿下ですわよね」

「そうですね」

「さすがレイチェル様ですわ、とっても美しい刺繍らしくてよ」

「素敵です」


 レイチーが縫いとることができるのが、薔薇の意匠のみだというのは知られていないらしい。もしかしたら、私の知らない間に習得したのかもしれないが、昔の傷だらけの指を知っている私としてはちょっと疑わしい。不器用ではないが、向いていないのだ。


「あら、イニシャルのこと知ってらしたの?」

「いえ!初めて聞きました。レイチェル様と仲がよろしいんですね」

「ふふふ、そう見えるかしら」

「はい!」


 危ないことに、イニシャルの話をスルーしてしまった。どうやらイニシャルの詳細は、まだあまり出回っている噂ではないらしい。まぁ、ここでこの侍女さんから聞いたから、これから漏らしてしまっても問題はない。

 お姫様と親しそうだという言葉に嬉しそうに笑う侍女さんは、薔薇色の頬にかかるプラチナの巻き毛が可愛らしい人形のようだ。こんなに可愛いのに、信者の貴族様に差し向けられたスパイだとは、にわかには信じられない。お姫様曰く、人間は見た目以上に複雑らしいので、きっと彼女にも色々な事情があるのだろう。

 私としては、お姫様の味方にはならなくても、本当のお友達になってくれれば良いなと思う。


「コーネちゃんは本当に良く働いて下さるわ」


 プラチナ巻き毛の侍女さんが、そう言って私の頭を撫でる。その手は、他のお二人に比べて少しだけ荒れている。悪いひとではないと思いたいのは、私が庶民だからだろうか。


「まったくね、シズクももっと休暇をとればよろしいのに」


 そう言ってお菓子を差し出してくれたのは、黒髪美女の侍女さんだ。バターたっぷりのクッキーの匂いがしていて、思わず頬がゆるむ。今日のお昼ご飯のデザートができた。


「あら、貴女方がお休みしたって構いませんのよ?」


 少し嫌味っぽく微笑みながら、栗毛の侍女さんがお仕着せの乱れたリボンを結びなおしてくれた。朝よりもリボンは美しく整えられているように見える。私は、刺繍ができてもリボンを結ぶのは苦手なのだ。


「ふふふ、いやですわ。わたくしが休んでしまっては殿下が悲しまれますもの」

「そうかしら?レイチェル様がいらっしゃればそんなことはないんじゃなくって」

「わたくしは陛下に呼ばれておりますので、失礼いたしますわ」

「わたくしだって、殿下をお待たせするわけにはいきませんわね」

「レイチェル様がもうお部屋にいらっしゃる時間だわ!」


 それぞれ侍女さんたちには事情があり、牽制も嫌味も必要悪で、でもそれに見合った以上の幸せを求めているのだろう。でもそれは私とは縁遠いものだと心底思う。

 私は、優しいひとに囲まれて、みんなと仲良く暮らしたいのだ。


「それじゃあ、コーネちゃん」

「あとはよろしくお願いしますわ」

「御機嫌よう」


 美しいお辞儀とともに去っていく侍女さんたちに、比べるのもおこがましい間抜けなお辞儀を返す。


「お疲れさまでした」


 女の戦いは美しく、それでいて疲れる。

 色々な情報がもたらされた代打のお仕事ではあった。

 だが、私としては、収穫は優しい手のひらと、美味しいクッキー、それに結びなおされたリボンくらいだと言いたい。

 それ以上の幸せは、望んでいないのだ。

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