お姫様と私、仲間とお茶会。
「やっぱりね!コーネに恋なんて」
「まだまだお子ちゃまだもんな!」
「ははは」
私は現在、ミスリルさんちのお庭でやるランチ・パーティにお呼ばれしている。
セントリアでランチ・パーティといえば、庶民の定番社交界といえる。下級貴族からそこそこマナーの良い平民や外国の商人さんなんかが入り乱れての、とても楽しくにぎやかな食事会。だいたいは、ちょっぴり身分の高いひとやお金持ちなひとが主催して、友達や知人を招待する。
ミスリルさんは王宮の洗濯番責任者、そのご夫君は近衛兵というランチ・パーティ主催者としては申し分ない。王宮に出入りしてるっていうのは、庶民レベルではかなり上等の部類なのだ。
だから、私が招待されても不思議はない。
周りが先輩ばかりで、ちょっと居心地は微妙なのはご愛敬だ。可愛がってもらってる自覚はある。
そんな中で、私をこんな風にからかうのは二人しかいない。
「で?噂の匂い袋って」
「本当に女の子に上げたの?」
金色の巻き毛と淡い空色の瞳、いつの間にかすらりと伸びた手足もおんなじ具合の少年二人。ミスリルさんのご子息で三男四男の双子である。私より一つ下だったはずなのだが、もう子分としか見られていない気がする。去年まではまだ私の方が背が高かったのに、今では揃って私を見おろしている。
「はい、幼馴染の女の子に。恋のお守りです」
「ふーん?」
「そうなんだ!よかっふが」
「アンジュ!」
「ふがふがっ!」
オンジュが慌ててアンジュの口を塞いだが、よかっふが?とは良かったと言いたかったのだろうか。アンジュとオンジュが私の恋に興味あるなんてはずはないのだが。
何と言っても、二人ともお姫様の信者筆頭ともいっていいほどの傾倒ぶりだった。それは、近い未来に訪れる婚約等々の行事をミスリルさんが心配するほどだ。二人とも双子だけあって同じくらい眉目秀麗なのにもったいない。
「ずいぶん楽しそうじゃねぇか?」
「リア兄!」
「ふが!」
「アールメリアさん、お久しぶりです」
リア兄という言葉からも分かる通り、アールメリアさんはミスリルさんの御次男である。
アールメリアさんは、近衛兵の中でも、若くして次期幹部の呼び声高い優秀な方だ。ミスリルさんなんかは、鳶が鷹を産んでしまったと良く言っている。私はご両親の素敵なところを十分に受け継いだ結果だと思っているけれども。
「コーネリア、いつまでンな堅苦しい呼び方なんだ?いい加減リアって呼べよ。そいつらのことはテキトーに呼んでるんだろ?」
「でも…」
「俺が呼べっていってるんだぜ?ほら、呼んでみな」
「う…あ…」
深い緑の瞳で見つめられると、まさに猛禽類に捕食寸前の子ねずみ気分になる。頬に添えられた指先は優しげだけど、それは鋭利な爪にも感じられないこともない。
それでも空気と眼差し、触れる指はひたすらに甘い。甘すぎる。誰が見たって甘い。この甘い雰囲気を私相手にまでダダ漏れさせるから、ぶっちゃけアールメリアさんは苦手なのだ。
こういうのは、美しく艶やかな侍女の方々専用にして頂きたい。同僚のルネやシズクなんかは、この分け隔てない傲慢な甘やかさがたまらないらしいけれど、彼女たちと違って私はまだ恋の駆け引きを愉しむ境地にまで達していないのだ。
「リア兄…そうやってコーネをからかうから、コーネが逃げるんだよー」
「そうそう。普通にリアって呼んでって言えば良いのにぃ」
アンジュとオンジュの間延びした声で、ようやく甘い空気が払しょくされる。
離れていく指に、ほっと肩の力を抜くことができた。
「ンなことしたって楽しくねぇだろーが。わかってねぇな」
そう言って笑うアールメリア改めリアさんの悪びれない様子に、さらに私の肩は下がったのだったが、そんなものを気にとめてくれる人はここには居ない。
「エロス」
「卑猥」
「ぁあ!?」
「…お色気ですね、リアさん」
ちろり、と私を流し見たリアさんは、私のセリフには突っ込まずに満足そうに微笑んだ。こういう素直じゃないところって、下町の悪ガキ連中みたいで微笑ましい。いかんせん、色気が曲者だけれど。
「そーいや、噂のコーネの作った匂い袋ってどんなやつなんだ?」
「え…普通のです。絹糸の刺繍をしたミントとカモマイルのブレンドです」
「刺繍ってどんなんだ?」
ミントとカモマイル、と聞いたリアさんの目が光った気がする。もしや誰かにプレゼントしようと思ってるブレンドなのだろうか。
「えっと、つる草とベルガモの花を意匠化して…イニシャルを織り込みました。どなたかに差し上げるんですか?私のデザインだとちょっと地味ですよ」
「いや…」
「なになにー?」
「リア兄ってば市場調査?」
おいてけぼりをくらった双子が、まぜてまぜてと言わんばかりにリアさんに絡み始めた。しかしリアさんは、そんな双子など歯牙にもかけない様子で何事かを思索しているようだ。
きっと私などには及びもつかない規模で物事を考えているのだろう。
ただの匂い袋から何をそんなに思いめぐらすことがあるのか、全く想像がつかない。もしかしたら、私にとって些細なことを及びもつかないくらい深く考えているのかもしれないが、どっちにしても私にはさっぱりわからない。
「あぁ!コーネったらこんな端っこにいたのかい?探したよ!ルネとシズクが来たから、あんたも向こうにいらっしゃいよ」
紺色のお仕着せ姿からは想像つかないほど柔らかで優しいドレスを着たミスリルさんだが、やっぱり口調はいつも通りの豪快さだ。まばゆいご子息に囲まれていた私には、とっても安心する雰囲気である。
「ミスリルさん、ありがとうございます。じゃあ、私はこれで、失礼しますね」
「またね!コーネ」
「今度はこっちから遊びに行くよ、コーネ!」
「はい、ではまた」
満面の笑みを浮かべる双子は、僭越ながらやはり弟のようだ。無邪気な子犬みたいで可愛らしい。
そう、子犬とはこのような二人を指すのであって、私に使われる表現としては適当じゃない。いつものお庭に現れた意地悪そうな「殿下」を思い出して、ちょとむっとしたことを思い出す。
「リアさんも、また機会がありましたら」
「…っあぁ!」
気を取り直してリアさんに挨拶すれば、さきほどまで構い倒そうとしていたのにも関わらず気もそぞろといった風である。やはり浮気者の殿方たちは気分屋なのだろうか。気をつけなければ、と気を引き締めて踵を返す。
しかしその途端に呼びとめられた。
「コーネ!」
「…はい?」
ちょっぴり素っ気なくなってしまったのは、私だって女の子なのだから仕方がないと思って欲しい。
ふり返って受けた視線の強さに、そんな気分も吹っ飛ばされたのだから。
「ミントとベルガモのブレンドで、つる草とベルガモの意匠。それにCとLのイニシャルが織り込まれた匂い袋、これを持っている人間が誰かわかるか?」
「…私の幼馴染です」
鋭い眼差しが、いっそう強く光る。
伸ばされた手を、私が避けられるはずもない。二の腕は、私の体ごとリアさんの腕の中へ飛び込んだ。耳元で囁かれた言葉は、甘さのかけらもない。
「シェリア王太子殿下も持っている」
その言葉の意味するところは、一つしかない。
私の作った匂い袋が、レイチェル姫ではなくシェリア王太子殿下の手にあるということを、リアさんが確信しているということだ。
何故だ。
「また会いに行く。それまで気をつけてろよ?」
そのセリフの真意は分からない。
だが、もう匂い袋の詳細を私が口にすることはないだろう。
ひとつ頷いて、私は急いでミスリルさんの背を追った。後ろでは、アンジュとオンジュがリアさんに何やら賑やかに話しかけているが、私の内心はそれどころではない。
「ぜったい、めんどくさいことになる…!」
今までの経験上、これは確実である。
だんだんと自分の周りが賑やかになっていきそうな予感に、残りのランチ・パーティは気もそぞろであったことは言うまでもない。
結果として、ミスリルさんとルネとシズクに、リアさんとの恋の始まりを勘繰られた。
理不尽だと感じるのは、私がお子ちゃまだからなのだろうか。
たかが匂い袋、されど匂い袋。
このささやかなプレゼントをめぐって起こっている争いを、私はまだ知らない。