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お姫様と私。  作者: kemuri
起章<日常編>
2/36

お姫様と私、その日常。

 私は、春の匂いを感じながら、いつものお庭に向かっている。


 私が「いつものお庭」と呼んでいる場所は、お姫様が「秘密の花園」と呼んでいる場所と同じである。

 「いつものお庭」は、私とお姫様だけが知っている内緒の名前だ。


 「秘密の花園」は、昔話に出てくるような誰にも存在を知られていない謎めいたものではなく、王宮に出入りしている人間なら大抵が「ああ、あの花園ね」と頷くような有名な場所だ。それなのに、なぜ「秘密」なのかといえば、お姫様が「秘密」にしていて欲しいと皆様にお願いしているからと言われている。ここでいう皆様とは、私のような下々の身分なのではない、いわゆる貴族王族様たちのことだ。こんなに公然と噂されていることは秘密とはいえないのだが、下々の者はそんな瑣末なことは気にしない。お姫様の微笑ましい遊びだと考えて、なるべく近寄らないようにしているくらいだ。

 それは、お姫様の真意には全くかすっていないが、しかし本意ではある。もしやこんな庶民の心理まで考えてのネーミングなのだとしたら、お姫様は本当に頭の良い人間だと思う。空恐ろしいほどだ。

 話がそれてしまったが、つまり「秘密の花園」の本当の意味は別にある。


 それは、その花園でだけお姫様の「秘密」を知ることができるということ。

 そして、花園で知ってしまった「秘密」は、誰にも教えてはいけない。

 たとえ王様であったとしても、である。


 こんなに強い制約をかけられている場所は、魑魅魍魎が跋扈する魔窟・セントリア王宮においても「秘密の花園」だけだろう。

 これはもちろん、お姫様が王宮に居る間だけの一時的なものだ。だからこその強力さなのだけれども。なんといっても、王様まで縛られちゃっているのだ。

 私の周りのみんなは知らないけども、お姫様の周囲の皆様はその意義をとっても深く考えていらっしゃるらしい。外国との密約や、様々な求婚者とのやりとり、もしくは誰にも知られたくないお姫様の秘密の何かのためなんじゃないかってことなのだけど、真実を知っている私からすれば高貴な人々は本当に創造力が豊かだとしか思えない。


 ぶっちゃけてしまえば、「秘密」のあれこれは、お姫様が私とティー・タイムをするための場所づくりなのだ。


 今日のお茶は、ベルガモの花で香りをつけた最高級のエイルグレイ・ティー。

 お茶うけのお菓子は、バターたっぷりのクッキーとレモーネの果肉を混ぜ込んだ小さなケーキ。

 私じゃなかなか手に入らない御馳走で、大好物。前回頼んでおいたから、今日のお茶会は絶対このメニューに違いない。

 いつものお庭に向かう足取りは軽くて、まるで翼が生えているみたいだ。春の木漏れ日は温かく、風はすっきり爽やかな涼しさを含んでそよいでいる。ちょっとけもの道みたいな通り道だけど、そんなのは気にならない。


「レイチー?」

「コニ!」


 生垣の下にこっそりと作られた抜け道を潜り終われば、すぐ目の前にはお姫様の腰掛けるベンチだ。

 お姫様は輝かんばかりの笑顔で出迎えてくれる。

 コニはコーネリアっていう大層な名前の愛称で、家族やレイチーしか呼ばない。犬とか猫みたいだってことで、普通はコーネって略される。私はコニって呼ばれるの、好きだけど。


「元気だった?ちょっと髪型が変わったね、似合ってる」


 頭やらスカートやらについた葉っぱを払いながら立ち上がれば、格段に美しくなったレイチェル姫が手ずからお茶の支度をしていた。恋に狂った殿方が見たら憤死してしまう光景かもしれない。


「コニと会って元気になったわ。髪型は昨夜のパーティのときに少しいじったかしら?忘れちゃったわ。お茶にミルクはどれくらい?」

「スプーンに三杯でよろしく。そういえば夜会があったんだっけ、みんな噂してた。レイチーの美しさに出席者は老若男女みんなうっとりしてたんだって!ふふ、よかったね」


 朝食準備の時に持ちきりだった噂を思い出して、つい頬がゆるむ。


「みんなって、」

「もちろん近衛兵の人たちだって見惚れてたっていってたよ。いくら堅物真面目な隊長さんだって、目で追ってたと思うな?」

「…そう」


 ほんわり頬を染めるお姫様は噂以上に可憐で奥ゆかしい。もちろんそれだけがレイチーの魅力ではないけれど、現状では叶わない片恋の相手を想うお姫様っていうのは文句なしに魅力的だ。


「あ!やっぱり今日のお菓子はレモーネのケーキ?」

「うん、コニが食べたいって言ってたから作ってもらったの。お土産用にいっぱいもってきたから、好きなだけ食べて大丈夫よ」

「えっ?それって面倒なことにならないの?ひとりのお茶会じゃないって喧伝してるようなものだよ」

「いいの。だってここは秘密の花園だもの」

「そうだけどさぁ…」


 たしかに秘密の花園の「秘密」は持ち出し厳禁、私がお姫様とお茶会をしてるってことはばれないにちがいない。でも、この時間、この場所でお姫様が誰かと会ってケーキを食べるってことは秘密にできない。お姫様の交友関係、つまり恋人候補たち(ついでに婚約者の王太子)にとっては、お姫様の特別を外堀から探ることのできる絶好の機会だ。ライバル様の中に、行方知れずの人が居ればいいけれど、居なかった場合は未だ隠れている第三者のライバルがねつ造されかねない。

 それって、内緒の恋をしているレイチーにしたらとっても面倒なことなんじゃないのかな。

 そう考えると、この大好物なケーキってかなり貴重品。お姫様がそんな面倒をしてでも私に食べさせようって思ってくれた証なんだから。

 それなら、私にできることはひとつしかない。


「…ありがと!すっごく嬉しい」


 思いっきり喜んで感謝して、美味しく頂くことだ。 


「コニのケーキ食べてる顔、好きだな」

「私もレイチーが悪ガキへこましてるの見るの好きだったよ」


 ああいう時のレイチーは、きっと昨日の夜会なんかよりずっと楽しそうにしていたに違いない。


「ふふふ、今でもやってるわよ?」

「そうなの?いつ?今は見られないもん」

「好きなことやってるときって輝いちゃうのよねぇ…」

「ン?」

「ふふ!」


 前言撤回。

 悪ガキ相手の喧嘩でも夜会の社交場でも、お姫様の輝きには一点の曇りもないに違いない。


 いつものお庭で、いつものレイチーと、いつもよりちょっぴり美味しいケーキ。

 これが私の日常で、レイチーの秘密。


 しかし。

 このレモーネのケーキは、これから私に大きな変化をもたらすことになるのだが、このときの私にとってはまだ遠いはなしだった。

 かもしれない。

 いや、案外と近い。


 嵐の前の静けさ、という日常。


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