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お姫様と私。  作者: kemuri
承章<変心編>
18/36

お姫様と私、密会する。

 私は今、リアさんに誘われてユマ家のお茶会にお邪魔している。

 それだけなら、特に不思議なことは何もない。


「あのぅ、リアさん…」

「ン?」


 ユマ家の応接間は、華美さや豪奢さからは遠いけれども、趣味の良さが滲みでていて居心地が良い。ゆったりと配置された家具も、それぞれが応接間の雰囲気に溶け込んでいて長年使いこまれていることが分かる。

 そんな家具の内のひとつに、私はリアさんと二人並んで座っていた。

 布張りで座り心地のよい長椅子は二人で座るには大きすぎるものであり、年頃の男女が並んで腰掛けても十分に慎みある距離を保つことができていた。なので、特に問題ではない。


「ミスリルさんとかオンジュとかアンジュは、どこに…?」


 不思議かつ問題なのは、リアさんと二人きりということである。


「居ねぇよ?」

「はぁ、そうなんですか」

「とりあえず菓子でも食え」


 何を分かり切ったことを言ってるのだ、と言わんばかりの視線に思わず納得しかけた。

 いやいやオカシイでしょう、と思うのだが、いかんせん目の前のお茶菓子はすばらしく魅力的である。勧められるままにクッキーをひとつ摘まめば、ふんわりとアサム茶の香りが口の中に広がった。今日の朝にでも焼いたばかりのようで、さくさくとした歯ざわりが最高だった。

 ミスリルさんお手製の紅茶クッキーである。

 ということは、このお茶会という名のご招待は、ミスリルさんの知るところなのは間違いないだろう。ユマ家の侍女さん達とミスリルさんの間に隠し事があるはずもないし、何よりリアさんの采配でここまで完璧なお茶会の体裁が整えられるとは思えない。さきほど口をつけた紅茶は、どんなお菓子にも合って初心者でも淹れやすいセエロン茶であった。リアさんでも美味しく淹れられる選択だ。

 ならば、ここはゆっくり二人でお茶会を楽しんでいればよいと思われる。 

 そのうち誰か来るかもしれないし。


「おら、これも食え」


 慎み深く節度ある距離感が、ショコラの載った大皿を持ち上げたリアさんによって縮められた。


「あ」


 きしり、とクッションの下にあるバネが鳴るのもお構いなしの勢いで座るものだから、特に何も備えていない私の体は必然的にリアさんの方へ傾いてしまう。このままではショコラのお皿につっこんでカカオまみれである。ぎゅ、と目を瞑ったものの、結果だけいえば衝撃はやってこなかった。

 リアさんに、受け止められたのだ。

 お礼を言う筋合いはないのだが、条件反射のようにお礼の言葉がすべりでる。


「ありがとうございまふ、す。……喋っているときに入れないでください」


 お礼の言葉を遮ったのは、リアさんの手に乗る大皿にあったショコラである。

 ベリーと木の実が練りこまれたショコラは、舌の上でほろりとくずれていく。とても美味しいお菓子である。

 ちなみに、正確にこの口の中にあるショコラの移動手段を述べるとするならば、リアさんの長い指に摘まみ上げられたまま大皿から私の口の中へやってきた。

 どう考えても常識的な移動手段ではない。慎み深さや節度とはかけ離れている気がする。


「はは、悪ぃ。栗鼠みてぇに食うから、もっと入るかと思った」

「はいりません!」


 しかしながら、リアさんの悪気も屈託もない顔を見ていると、あえて怒るほうが気まずいような気分になるのだから不思議である。

 弟が二人もいるリアさんからすれば、このような行為はあまり意識するようなものではないのかもしれない。オンジュとかアンジュはリアさんに懐いていたし、甘ったれな雰囲気がある。

 そういえば、私の弟も昔は食べさせあいっこがお気に入りであった。懐かしい。まぁ、それも五年も前のことであるが。


「ン、」


 というわけで、この目の前に差し出されたクッキーにかぶりつくほど私の常識は破綻していない。


「なんですか、これは」

「クッキーだけど?」


 またしても、何を言っているのだというような顔をするリアさんに、今度は反抗させていただく。私はすでに十七歳であり、このような子ども扱いは断じて受け入れてはならないのだ。


「それはわかってます。なぜ、クッキーを私の口に持ってくるんですか」

「好きだろ」

「す、すきですけども…自分で食べられます」

「さっき、喋ってるときじゃなきゃ良いつっただろ」


 そのようなことは言っていない。喋っているときに入れるなと言ったのであって、喋っていないときに入れて良いとは一言も言っていない。もし仮に誤解を与えてしまったのなら、すぐに訂正するので早くこの物騒なクッキーをしまって欲しいものである。


「…言ってません!ごじぶむっ」


 さっきよりも、さらに酷いタイミングでクッキーが口につっこまれた。今回は、もはや入れられたとか食べさせられたという表現では事足りない。つっこまれたというのが正しい表現である。

 無理やり飲みこんだせいで、息が詰まって眉間に熱がたまる。


「ははは!顔赤いぜ、」

「リアさんっ!もう、怒りますよ…」


 悪戯好きな子供にしか見えなくなってきた。この時点で私の負けかもしれない。

 だって、子供ってかわいいし。


「悪かったって。…いや、もう少し慣れてもらわないことには困るからな」

「?」


 くしゃりと私の髪をかきまぜて、大人びた表情で苦笑うリアさんのセリフにはまったく思い当たるものがない。半年前に比べれば、私はずいぶんとリアさんに慣れていると思うのだが。


「今日お前を呼んだのは、ただいちゃつくためじゃねぇってことだ」

「いちゃ…まぁ、いいです。私が今日来ていること、ミスリルさんもご存知なんですよね。何か仕事以外の御用なのかとは思っていましたが、リアさんが御用なんですか?」


 たまに、ミスリルさんは私に侍女の仕事を斡旋することがある。

 王宮の仕事は普通王宮の政務を司るところが一括して管理しているのだが、その規模に比例してかなり融通が利かない。それでは仕事は正しく回っていかないのだ。どこも現場はいそがしい。

 そこで、セントリア王宮内洗濯番は「内々に」という条件をもった密約によって、裏方仕事の帳尻合わせの権限を持つ。それは上は部屋付ではない侍女から下は下女や馬番まで、王宮の裏方ほぼすべてといっても過言ではない。

 なので、今回もそんなミスリルさんからの仕事斡旋お茶会にリアさんが便乗したのかと思ったのだが。

 どうやら私の予想は外れたようである。


「ほんっとお前って、察しだけは良いな。こんなにのほほんとしてんのに」

「褒めてます?」

「おう。頭が良くて可愛い女は、好きだぜ」

「は、」


 色気というか艶というか、私には縁遠い何かがリアさんから垂れ流されている。

 最近親しくなってきてからは、あまりこのような態度を取られなくなっていたから油断した。そういえば、リアさんはあの浮名も名高いアールメリア・ユネ様でいらっしゃるのだった。かわいい子供だなんて、とんでもない勘違いだ。

 するり、と髪を撫でられて肩が跳ねる。


「ぅあ!そう!ですか…!ああありがとうございます」

「は、んな硬くなんなって。そんなんじゃ、聖冬祭が思いやられるぜ」

「は?」


 なぜ、ここで聖冬祭。

 先日のお茶会で渡された招待状が脳裏をかすめ、どきりとする。

 もしや何か知っているのだろうか。リアさんは近衛だし殿下とも親しいみたいだし、何か聞いたのかもしれない。だが、まだ私の口から何かを漏らすわけにはいかない。


「あー…とりあえず、俺に触られるのに慣れろ」

「いや意味がわかりません」

「察しろよ」

「無理です」

「…とりあえず、殿下関係ってやつだ」


 やはり殿下から何か聞いたのだろうか。

 しかし、どうもリアさんが何を言いたいのかは分かりかねる。


「ますます分かりません」

「あー!わかったって。んな目ぇされたら、心臓に悪い」


 じとり、と見上げれば犬を追い払うように手を振られる。

 失礼である。


「恨みがましくもなりますよ」

「そうじゃねぇ…いや、いい。あー、簡単に言やぁ殿下から夜会でお前が心配だからエスコートしとけって頼まれたんだよ」

「は?」

「お前、なんか知らんが王妃に気に入られたらしいじゃねぇか。でもな、いくら両陛下の招待だっつってもお前は何の後ろ盾もないだろうに、一人でのこのこ夜会なんかに出てみろ?性悪貴族共の餌食だぜ」

「だからって、」


 リアさんに頼む筋合いはない。

 リアさんの恋人はたくさん居るし、私が助かるばかりである。

 最悪、ご当主様か大旦那様と大奥様にくっついて行こうと思っていた。まぁ、サーベルト家との繋がりというか仲の良さを大っぴらにしたいわけでもないから、どうしてもひとりで行かなければ行けない場合の非常策だ。

 だって、普通はただの侍女を夜会に連れ出したりはしないものだし。


「お前、他の貴族に伝手なんかねぇだろ?隊長は仕事だし、双子は夜会にまだ出られない」

「あー、はい。そうですよね…」


 そういえば、リアさんにお姫様との関係はバレていなかったのだ。

 なんだかんだで、殿下やジノア隊長や双子には知られているので意外だ。しかしながら、同時に「秘密の花園」のすごさを思い知った。双子はともかく、あの殿下やジノア隊長の口を完全に封じているとは。


「んなへこむなって。殿下からの頼みじゃ断れねぇし」

「そうなんですか…なんか、すみません。面倒ごとに、」

「まぁ俺もタダ働きじゃねーし、気にするな」


 ただの慰めではなさそうなセリフに、思わず顔を上げる。

 助けてもらう立場ではあるものの、嫌な予感がした。


「…どういうことですか?」

「俺モテっから、いつも夜会の前は女が怖ぇんだよ。でも今回は殿下の命令ってのわかってっから、誰も文句言わねぇんだよな」

「つまり、」

「お前も俺を守ってくれよってことだ」


 ぽん、と軽く手を置かれているだけの肩が重い。重すぎる。

 私の顔色は、おそらく今日一番の悪さのはずだ。


「い、」

「い?」

「嫌ですよーっ!!」


 もちろん断る術などない。

 しかし、痴情のもつれ、恋愛の修羅場ほど怖いものもない。


「ははは」


 無邪気に笑うリアさんを、今回ばかりは微笑ましいとは思えなかった。

ちょっと内容的におかしな単語を改めました。

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