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お姫様と私。  作者: kemuri
承章<変心編>
17/36

お姫様と私、お茶会へ。

 王宮でひらかれるお茶会には、大きく三種類ある。


 ひとつには、ごく私的なお茶会。

 ふたつには、公的なお茶会。

 みっつには、半分私的で半分公的なお茶会。


 いつものお庭のお茶会は、当然ながらひとつめのお茶会だ。

 参加する人は限定されていて開催日時や場所も公にしないから、基本的に飛び入り参加ができない。だからこそ、とっても親密で社交性はほとんどない。

 レイチーのお部屋でやった貴族様たちがいたお茶会は、みっつめのお茶会である。

 開催日時や場所は公開されていて、参加しようと思えば誰でも参加できる。ただ、主催する人に全く縁のない人が参加するのはよっぽどの場合を除いて、かなり無作法だとみなされる。よって、社交性は確保されつつも親密性も保たれる、最も頻繁に開催されるタイプのお茶会だ。

 ふたつめの公的なお茶会は、日時も場所も公示されるが招待状がなければ参加できないお茶会だ。

 裏を返せば、まったく繋がりのない人間でも招待状さえあれば参加することができる。これは、王族の方や大貴族が大々的に行うお茶会に多いタイプであり、社交性が高い。夜会ほど手間暇かからず社交ができるということで、最近増えてきたらしい交際形式である。私たちでいうところのランチ・パーティみたいなものだ。


「うわぁ」


 いつものお庭でお茶を楽しみつつ、にこやかなお姫様がひらりと見せたカードも、そんなお茶会への招待状である。王妃様の花紋である百合の型押しがされた高級そうな白いカードには、濃紺の飾り文字が並んでいる。そこに並ぶ綴りに、見覚えのある名前がふたつ。

 そう、ふたつ並んでいるのだ。思わず声をこぼしてしまうのも仕方がないだろう。


「陛下とコニが会ったことを殿下がご存知なくらいだから、王妃様もいずれとはおもっていたけれど…まさかお茶会に招待するとはおもわなかったわ」

「しみじみしている場合じゃないって」

「これは、成り上がり路線まっしぐらねぇ…あとは夜会に出れば完璧よ?」


 実際に成り上がったレイチーの言葉だけに、冗談にしかならないとも感じられない。

 冗談のような言い回しのわりに、お姫様の声には少しだけ本気の心配が混じっている。


「やめてー…もう、本当にどうしよう」

「お茶会ですもの、建前としては参加自由よ」

「私は王宮のタテマエって良く分からないけど、それって信用して良いものなの?」

「信用してはいけない最たるものね」

「……参加必須ってことじゃないの」


 ぐたり、と頭を垂れてしまえば、お姫様の手がそっと私の髪を撫でる。

 お姫様のまっすぐな黒髪とは正反対のふわふわとまとまらない髪を、ほっそりとした指が何度か梳いていく。子供をあやすような手つきに、ちょっと笑ってしまう。


「そうね。でも、それって貴族の場合はってことだもの。コニは貴族じゃないし、別に好きにしてもどうにでも言い訳できるわよ。…そのときは私に任せて頂戴」

「そうなの?でも、なぁ…」


 以上のような会話をしてから、ちょうど十日が経った今日。

 秋の空は高く澄んで、遠くに雲が見えるけれど風のない陽のあたたかさはまるで春の日和だ。そう、つまりとってもお茶会日和ということで。それはもう、王妃様主催のお茶会は天候さえも味方につけるのだなぁと現実逃避したいほどの晴れっぷりである。


 結局、私はサーベルトのお屋敷付侍女という扱いでお茶会に参加することにした。

 レイチーに断ってもらうこともできたが、それをしなかったのはレイチーのためというよりも、むしろ参加者がかなりの人数にのぼるあげくに辞退する者がとても少ない類のお茶会だったからだ。

 私のような下町出身の下女はたしかに参加することはないのだが、貴族の屋敷に仕える侍女くらいの身分ならば違和感がないくらいには幅広い身分の人間が集まっているらしいのだ。たいてい上級貴族の侍女は中流貴族以下の行儀見習いという風潮もこれに一役買っているだろうが。

 もちろん私は素性を明かせばとんでもない異分子にはなってしまう。しかし身分の保証をしてくださったご当主様いわく、自己申告しなければバレないとのことなので、断って印象に残るよりはその他大勢として参加することにした。

 なにより、このお茶会には心強い味方がともに出席しているのだ。


「コーネ!」

「見つけた、こんな端にいたら逆に目立っちゃうよ?」


 その味方とは、何を隠そうユネ家の双子である。

 以前のお忍びでお姫様と繋ぎができたことで、この度めでたく王族主催のお茶会にデビューしたのだ。実務面ではすでにある程度の評価見せていることから、やや平均的な身分や年齢よりは下回っているものの、特に周囲との軋轢はないみたいだ。

 むしろ、きらきらしさを振りまいて駆け寄られている私に、他のご令嬢から嫉妬と微笑ましさ半々の視線がちらっと向けられたくらいだ。もっとも、王妃様主催のお茶会であまり刺々しい雰囲気になることはないみたいで、そんな嫉妬の視線もすぐにはずされたので問題はない。


「オンジュ、アンジュ!良かったぁ、お姫様が呼ばれちゃってどうしようかと思ってたの」


 侍女といえど、あまりお姫様にべったりしているのも相手に失礼になる。

 侍女はすなわちお屋敷からの監視の眼として機能することも多く、頑なに侍女を含めた会話のみしかさせないということは信用していないと表明しているようなものなのだ。さらには、侍女がべったりなご令嬢は独り立ちできていないか問題ありだと勘ぐられることもあるのだ。レイチーに限ってそれはないだろうが、あまり立ち入った会話を聞くのは憚られる。せっかくの人脈作りを邪魔したくはない。


「お子ちゃまコーネの好きそうなお菓子、もらってきたよ」

「もう、失礼ね…でも嬉しい。ありがとオンジュ」


 オンジュの持つお皿には、例のレモーネの入ったミニ・ケーキやショコラとオランジェの生菓子、ベルガモの香りがする丸い焼き菓子なんかがホイップされたミルクを添えられて載っていた。

 私の好みをしっかり網羅した組み合わせに、思わず顔がほころぶ。むしろほころぶを通りこして、ゆるゆるに溶けてしまっているかもしれない。アンジュがにやにや笑っているのが見えて、ちょっと口元をひきしめてみる。あまり意味はないだろうけど。


「べ、べつに。俺らはこんな甘いの食べないし」

「とか言って、あっちに居た女の子たちにオスス」

「あ、二人とも!今ならお姫様ヒマそうだよ。話しかけるチャンスじゃない?」

「…まさかコーネに邪魔されるとは」

「え、」


 ちょっと残念そうなアンジュに、オンジュはにやりと笑いかける。


「…アンジュ、行ってくればー?コーネひとりにするのもカワイソウだし、俺はここに居るからさ」

「別にオン」

「そーだね、よろしくオンジュ!」

「え」

「了解」


 オンジュだってお姫様と会いたいかと思ったのだが、どうやら二人の間でオンジュが残ることは決定事項のようだ。オンジュの持ってきてくれたお菓子があることだし、少しくらい一人でも大丈夫なのだけれど。


「良かったの?」

「俺は、アンジュほどレイチェル様に心酔してるわけじゃない。もちろん敬愛してるけど、コーネをひとりにしておくほどじゃないよ」


 さっさとお姫様の取り巻きに入っていったアンジュを見やりながらオンジュに聞けば、予想外に冷静な反応と私への気遣いが返ってきた。揶揄われるような態度に慣れていたから、なんだかオンジュが大人っぽく見えて照れてしまう。


「そ、そっか、ありがとう」

「え!や、別に…どういたしまして」

「ふふ」

「なに笑ってるのさ、」

「だってレディみたいに接してくれるのって、嬉しいけどくすぐったいもの」

「俺だって、いつまでもガキじゃないよ」


 正直な感想を言えば、ちょっと背伸びしたみたいな返事で、からかいたくなる。

 あんまりオンジュが大人っぽいと、照れる以上にさみしい。


「知ってる。かっこいくて優秀って有名なんでしょ?」

「か…っ!!」

「ん?」

「…し、仕事は好きだからね」

「それってすごく素敵だとおもうもの」


 これは、本当にそう思う。

 だからこそ、オンジュはちゃんと成果を上げているのだろうし。


「う、ぁ…あり」

「みーつっけた」


 照れてしまったオンジュを堪能しようと顔を覗き込んだところで、どこか聞き覚えのある声とともにミントとカモマイルの香りに包まれた。一瞬ふれられた背中の熱に、ちょっぴり嫌な予感がする。


「え」

「あ」

「こんな端で逢引なんて、やるなぁ子犬ちゃん」


 暗めの茶髪に眼鏡をかけ、中流貴族と思しき出で立ちではあるものの、その顔の造作と言動は紛れもなく中流貴族どころではない身分の人間である。いつもの輝く淡い金髪と印象深い碧眼が隠されただけでずいぶんと地味な印象になるが、近づいてしまえばその身のこなしや台詞でほとんど変装の意味はない。


「でん」

「シィ!お忍びなんだ。わざわざ髪まで染めてきたんだから、協力してくれるよね」


 ひたり、と思いのほか無骨な指が唇に触れる。

 思わず硬直しつつも、剣を持つのに慣れているだろう手に驚いた。もちろん現実逃避である。

 唇にのせられていた指が今にも動きそうで、殿下の視線から目を逸らすこともできない。

 誰かどうにかしてくれないだろうか、と望みの薄い展開を期待し始める。さらなる現実逃避であることは否めない。


「コーネ…ッ」


 しかしながら、薄かった望みはオンジュによって叶えられた。

 だからといって、私の危機が去ったわけではない。

 慣れ親しんだオンジュとはいえ、至近距離における美形の詰問は迫力があるのだ。


「いや、これは…そのぅ」

「もしかして、レイチェル様の…?」

「あー…ぅ」

「コーネ、しっかり説明してもらうからね」


 しかし、頭をつき合わせた尋問は、先ほどの危機を作り出した変装殿下によって終わらされた。


「…子犬同士でじゃれてるのも可愛いけど、俺にも構って欲しいな?」

「はぃ?」

「子犬同士、」


 そう呟いたオンジュの頬が、ひくりと動いたのが見えた。これは苛っときているのを我慢しているときの表情であるが、さすがに殿下相手にいつもの嫌味をかますわけにもいかないのだろう。

 ふるふるしている口元に共感と同情をおぼえずにはいられない。


「ン?もしかしてナイトだったかな?」


 おそらく、オンジュの苛立ちに気づいているだろう殿下のにこやかな態度は、オンジュの気分を逆なですること甚だしい。わかってやっているのだから、この場が収まるのは殿下の気分にかかっている。早いところ、オンジュで遊ぶのに飽きてくれないだろうか。

 いくら眼鏡と染髪をして身を窶しているとはいえ、美形二人が端っこで談笑していれば少なからず目に止まるものなのだから。


「…ご挨拶が遅れまして失礼致しました。近衛従騎士のオンジュネルア・ユネと申します。レイチェル様からコーネリアを任されております。レイチェル様はあちらに御出でですが、ご挨拶はなされましたか?」


 オンジュ、さすがにそれは無礼なのではないだろうか。

 暗に、というよりも明らかに、あっち行けと言っているようなものだ。こういうところが、オンジュはアンジュに比べて老獪さに欠けている。それは欠点でもあるが、逆に長所でもある。

 まったく口を挟むことのできない私に、それを指摘することはできないが。


「今日は許婚として参加しているのではないと、さっき言っただろう?そんなに子犬ちゃんと二人きりになりたいなんて、」

「シェリー、お戯れが過ぎましてよ」


 涼やかな声が、殿下の声を遮った。

 先ほどのオンジュ以上に無礼ではあるが、おそらくは殿下の愛称だろう名を呼び捨てるほどの人物だから、そんなことは問題ではないのかもしれない。問題なのは、そんな人物がこんな端っこの、しかもこの集まりに加わりそうだということである。


「は…、これは王妃様。先触れもされずに紛れ込むとは、相変わらずお人が悪いですね」

「あら?変装して参加して、あげくに可愛い恋人同士の逢瀬を邪魔する貴方には言われたくないですわ」

「はは。恋人同士の逢瀬なら、邪魔したりしませんよ」

「ほほほ、シェリーのやきもち現場が見られるなんて今日は本当にお茶会日和ですわ」

「やき…そうですね。子犬ちゃんは特別に気に入っているから、たとえじゃれてるだけでも嫉妬してしまいました」

「あら、可愛くない反応。そう思いませんこと?コーネリア」

「いいいいえ、変わらず大変麗しいと思われます…!」


 この会話の流れで私に話を振るのは、本当にやめて欲しいものである。

 私の周囲にいらっしゃる高貴な方々は、私を困らせるのが本当に巧いと感心しきりも良いところだ。初対面においてまでだと、私に原因があるのだろうか。そうならば、一刻も早くその原因を突き止めたいところである。


「あら、可愛いのと麗しいのはまったく意味が違ってよ?」

「え?えっと、変装などを楽しめる稚いところなどは可愛らしいと…」


 私は何を言っているのか。

 ご当主様に鍛えられた、どんな人のどんな所も褒めることのできる技能が、初めて活用できていない気がする。褒めたつもりであるが、何か間違っていることにも気づいている。しかしどこでどう間違ったのか、今となってはもう軌道修正は難しいだろう。オンジュの呆れた視線が痛い。


「まぁ!ほほほ、そうですわね?シェリーは、そちらの素敵な貴方のナイトよりもずっと子供ですわ。コーネリア、目のつけどころがとっても面白くていらっしゃるわね」

「ありがとうございま、す?」


 しかしながら、この場の中心である王妃様には受け入れられたようなので、褒め上手の面目躍如だろうか。いや、その傍らにいらっしゃる殿下の笑顔がやや強ばっていることを考えると、その成果も相殺される気がする。殿方のプライドは、女性のものと在りかたが違うのだとお姫様も良く言っているし。


「ところで、コーネリア」

「はい」

「私、貴方に謝らなければなりませんの」

「母上?」

「あの、それは」

「これを受け取って頂きますわ」


 謝罪、それは選択の余地がないことにだったのか、それともこれから巻き込まれることにだったのか。それは、今もこれからもわからないだろう。

 だが、両手で受け取った封筒はまごうことなきセントリア王家の紋章が刻印されている。


「招待状…」


 ぽつり、と呟いたのは私だけではない。


「聖冬祭の夜会に、私と陛下の連名で招待させていただきます」

「!」


 聖冬祭は三大祭事のひとつであり、最も大きな夜会が三日連続で催されるセントリア国でも指折りのイベントである。今日のようなお茶会など、比べ物にならないほどの敷居の高さである。

 何か言わなければならないにも関わらず、言葉が出ない。

 嗚呼。なぜレイチーが居ないときに。

 いや、居ないからこそ、このような事態になったのだろうか。私は、ひとりではこんなにも無力だ。


「ごめんなさい」

「母上…」


 さすがの殿下さえも驚き呆れたような声音であるが、謝罪しているはずの王妃様の表情は悪びれたところなどまったくない。今日の陽射しのように朗らかで明るく、澄みきった空気のように凛としている。


「だって気に入ってしまったのですもの」


 にこり、と微笑む王妃様はただただ美しい。

 しかしながら、その微笑みは美しいだけではなく、もたらされた一通の招待状は重い。


 私は、嵐がまだまだ過ぎ去ってなどいなかったことを思い知ったのである。

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