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お姫様と私。  作者: kemuri
承章<変心編>
15/36

お姫様と私、噂の王子様。

 綺麗好きな隣国の王子様は、女性も綺麗好みだったらしい。


 王宮に滞在されている方々の中には、地方領主や王宮勤めしている貴族様の家族以外にも、国交のある国から賓客としていらっしゃっている王族や大貴族なんかも含まれる。

 この賓客という立場は、なかなか高貴なご身分なので、私のような下っ端がお目通りすることはまず皆無といって良い。なんといっても国レベルの立場を背負っているので、下手な接触をするような人間は近寄ることもできないのだ。

 この前の貴族様ばかりのお茶会でお会いしたスーリル様も他国の大貴族であるが、留学生として滞在されているのでこの賓客という身分とは少し異なる。だからこそ、お姫様の信者という取り巻きなどをしていられると思われる。

 もし、賓客という立場にあられた方がこのようなこと…つまりは王太子の許婚でもある大貴族のお姫様と仲良く交友したりしようとをすれば、かなりの大騒動になる。

 今回の、ガーランド殿下による求婚騒ぎのように。


「久しぶりに、大物を釣り上げたのね」


 正直な感想である。

 王様やシェリア殿下を除けば、もっとも身分高く影響力のある信者様候補だと言える。


「あら、今回はそういうわけじゃなくってよ?あちらが勝手に飛び込んできたのだもの」

「…まぁ、隣国の王子様じゃあ大騒ぎにはなっても、あまり実にはならないもんね」


 実になる、というのはだいぶ遠まわしな言い方かもしれない。

 ガーランド殿下は身分高く影響力もあることは事実であるが、レイチーがこの王宮で使うことのできる駒になるというと、それはまた別の話なのだ。駒にするには、身分も権力も強すぎる。

 お姫様に近づく手段が求婚というところからも、それが垣間見える。

 もちろんお姫様に許婚がいらっしゃらなかったのなら、また少し話は変わってくるのだが。

 ちなみに、この国における許婚という関係は、婚約者ほどは拘束力がなく恋人よりはずっと公なものである。つまり、恋愛関係を前提とした後ろ盾のようなものなのだ。

 もしシェリア殿下がいらっしゃらなければ、このガーランド殿下の求婚はセントリア王宮における貴族に対して実に有効な駒となる。

 しかしながら、この国の王族しかも王太子殿下という許婚がすでにいる。

 それは、恋愛感情がないかぎり、ガーランド殿下の落としどころはないということになってしまうのだ。よって、お姫様は王宮にずっと滞在していたガーランド殿下に積極的に繋ぎを作ろうとはしてこなかったし、これからも作ろうとはしないのではないだろうか。

 たぶん。

 きっと。

 おそらくは。

 結局のところは、私にはわからないが。


「ふふ!コニの周りにまでもう噂が聞こえてるなんて、ずいぶんと王宮も退屈してるのね」

「ガーランド殿下のはなしは、リアさんから聞いたの。だから、まだそんなに広まってないんじゃないかしら」


 リアさんは、どうやら王宮内の担当らしく、お互いの仕事中やその前後によく遭遇する。

 今まで気づかなかったのが嘘のようだが、やはり親しくなると目に留まりやすくなるのかもしれない。といっても、いつも先に気づくのは圧倒的にリアさんということを考えると、リアさんの中での私の親密度が上がってきたおかげかもしれない。会うたびに髪の毛を鳥の巣とようになるまでかき回されることを考えると、良くて妹か下手をするとペットか何かだと思われているのだろう。

 最近、犬だ犬だとよく言われることだし。

 もちろん納得できない呼称である。


「リアというと…アールメリア近衛次長のことかしら?」

「そうよ。殿下ともお知り合いみたいで、ガーランド殿下のことも聞いたって言っていたわ」


 あの匂い袋の件やジノア隊長の噂の件のときの対応を見ていると、職務上というよりも個人的に仲の良さそうな雰囲気だった。だって、そうでなければ匂い袋のその後の顛末など知りようがない。

 リアさんは、お姫様の信者様というわけではないみたいだし。


「ふぅん…私の知らない間に、コニの周りも賑やかになってるわね」

「そうかな?ミスリルさんのご家族だけよ」

「ユネ家は下級貴族とはいっても、皆さん将来有望な方ばかりですもの。じゅうぶん賑やかといってよくってよ」


 そういえば城下町に遊びに行ったとき、レイチーはすでに双子のことも知っていたのだった。

 すっかり忘れていたが、その後に繋ぎはつけたのだろうか。


「あぁ…そういえば。リアさんや御長男は有名だけど、双子までレイチーのおめがねに適ってるなんて思わなかったわ」

「たしかに噂になるほどではないけれど、どちらも政務に携わる貴族の間では有名ね」

「そっかぁ」


 意外である。

 いや、有名だということが意外なのではなく、なんというか玄人好みな評判というのが意外であった。二人とも華やかな雰囲気に洒脱な会話をくりひろげていたから、てっきり社交界で有名なのだと勘違いしていた。

 どうやら私が出世の心配などしなくとも、十分に実務方面での覚えはめでたいようだ。


「それに、」


 笑いを含んだ声に、お菓子を物色していた視線を上げた。

 今日のお菓子は、ミルク入りの紅茶に合わせて表面がさくさく中身はふんわりの甘いパンが数種類。それにカカオとバターを混ぜてこねた甘さ控えめのトリュフである。オランジェのジェリィが包まれていて絶品であった。

 意味深長に言葉を区切るものだから、いくらお菓子に夢中の私でもちょっと気になってしまう。


「なに?」

「コニは他にも色々な方に気に入られてるわよ」

「ん、お屋敷の方々とか?」


 サーベルトのお屋敷にいらっしゃる大旦那様と大奥様には、まるで小さな子供のように可愛がられた自覚がある。どうやら私は、別に貧相なわけではないにも関わらず、実年齢よりもずっと幼く感じられているようなのだ。なぜなら、同い年のレイチーには一人前の淑女として接していたのだから、単なる子供扱い好きとは考えられない。

 それに、たとえ意地悪かつ嫌味大好きなご当主様だって、さすがに私を屋敷から追い出そうとしたことはなかった。本当に気に入らない人間がどのように扱われるか知っているからこそ、気に食わない部分はあれど嫌われていなかったと信じられる。

 もちろん苛められたという事実についての感情とは別問題だ。


「そう、しかもコニが思ってるよりずっとね。それだけじゃないけれど」

「うれしいな。でも、自分じゃあ分からないものじゃないかな。嫌われてるとは思ってないけどさ」

「コニは鈍くはないけど、まだ恋愛には興味ないものね?」


 当然のようにレイチーは笑っているが、さすがに十六にもなる娘がそれでは問題だという自覚はある。最近まではそうでもなかったのだが、誤解といえど恋愛事件の当事者として噂されても問題ないという周囲の認識にようやく気づいた。

 ミスリルさんの洗脳のせいかもしれないが、ぽやぽやしていたら変な誤解を受けてしまうような年頃になったのだ。ならば、誤解ではない関係というものに興味も湧こうというものだ。

 具体的な相手は、なかなか想像できないが。

 おなじ幸せを感じられるひとがいい、かもしれない。


「うーん…でも、そろそろ好きなひとくらいほしいなぁ。いつか王子様がっていうほど子供じゃないもの」

「わからなくってよ?王子様にも様々いらっしゃるし」

「そりゃ、レイチーみたいに綺麗で聡明なら王子様も様々やってきてくれるだろうけどね」


 或る意味において、レイチーほどその身ひとつで地位を築き上げたひとはいないだろう。

 それはすでに町娘の憧れをとおりこして、物語の主人公のようだ。


「ありがと!努力してるもの」


 輝いていて遠すぎて現実味はないけれど、これからどうなっていくか気になってしまう。

 綺麗好きで女性に興味などないかのような王子様さえ、振り向かせて魅了してしまうのだ。

 まるで魔法のように、魔法におもえるほどの努力によって。


「ガーランド殿下って、部屋とか廊下の掃除に目を光らせていて、ほかに興味があることないのかしらって思ってたの。求婚した噂を聞いて、女性のこともちゃんと見ていたのねって思っちゃったわ」

「綺麗好きというのは本当なのね。怒られたことあるの?」

「ううん。部屋付きの侍女さんが、文句言われたっておこってた」


 といっても、侍女さんたちの掃除はどちらかというと整理に近いから、こまかい埃や汚れは数日に一度の割合で私たちが掃除しなおしているのだ。

 たぶん、運悪く私たちの掃除が入る前にガーランド殿下に遭遇してしまったのだろう。

 普通なら目をかけて頂く機会だったのに叱責されたものだから、恥ずかしさもあいまって余計に怒り心頭になったのだろうけど。これに懲りて自分で掃除してくれるようになると助かるが、まぁ無理だろうと思っている。

 だって侍女さんたちの手は、本当に柔らかくて綺麗で、掃除などをしたら壊れてしまいそうなのだ。


「ふふ、これほど磨かれているものは王宮の窓にだってない!なんて褒められたのは初めてだったわ」

「それ褒めことばなの?やっぱり変わってるのね」


 私も初めて聞いた。

 物語の中にだって出てこない台詞だし、庶民の男性だってそんなことは言わない。


「でも窓が磨かれていて当然だと思っていない王子様って、ちょっぴり魅力的ね」

「うわぁ、レイチーの趣味ってやっぱり変わってる」

「あ。ガーランド殿下も素敵な方だけれど、一番はもちろん彼だと思っていてよ」

「はいはい」


 まったり、のんびり。

 世間の噂もお茶菓子にまぎれて、お茶の香りで幸せ気分。

 これぞ、いつものお庭のいつものお茶会である。

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