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お姫様と私。  作者: kemuri
起章<日常編>
11/36

お姫様と私、お忍び中。

 私は、久しぶりの市場の喧騒に頬が緩むのを感じた。


 しかも、今日は雨季の貴重な晴れ間である。雨に洗われた空気は澄み、土は夏の匂いに満ちている。

 気持ち良い初夏の一日になりそうだ。


「レイチー、本当に抜け出しても平気だったの?」

「ええ。次の夜会は五日後ですもの。夕方までなら平気よ」


 王宮に上がって一年と三カ月、こうしてお忍びで城下町に下りるのは二回目である。

 お姫様の日常はそれはそれは忙しく、外出ができるほど時間が空くのは珍しい。王宮においては、時間が余るということは、すなわち会うべき人間が少ないということを示している。そして、このことは王宮での人脈ひいては重要度に直結したバロメーターになっているといっても過言ではない。

 お姫様がセントリア王宮において国王陛下に次いで忙しい人だと言えば、その凄さがわかるだろう。

 もちろん、それだけで立場や実力を測ったりするわけではないのだが。


「コニ!この飴細工きれいね、」


 もっとも、露店の飴細工にきらきらとした笑顔を浮かべるこの少女から、そんな権謀術数渦巻く王宮事情などうかがい知ることは不可能だ。この笑顔だって、お姫様の確かな一面であることに変わりはないのに。

 こんな感傷は、レイチーにはきっと余計なお世話なんだろうけれど。

 最近は噂に振り回されたせいか、少しシリアスな気分が抜けなかった。

 もしかしたら、そんな私にレイチーは気づいていたのかもしれない。それなら、今日この日をめいっぱいに楽しまなくては。

 目の前には、うっすら色づけられた綺麗な小鳥が並んでいる。


「…わぁ、可愛い。しかも美味しそう」


 私の髪色とそっくりなうすい黄金に似た飴色の小鳥は、羽の部分だけ翡翠色の染料で色づけられている。羽の流れや尾羽の模様まで刻み込まれた精緻な出来栄えは、もはやお菓子とは言えない。


「コニはどれが好きかしら?」

「うぅん、この小鳥のかなぁ…でもこういう細工はなかなか買えないわ」


 他の鳥よりやや小ぶりながら、尾羽がすっと伸びていて可愛らしい。

 しかし、この甘い小鳥は、一羽の値段が古本一冊分に値する。お給料は少ないわけではないけれど、この前作った匂い袋の材料費や実家への仕送りをしたばかりなことを考えれば、節約するに越したことはないのだ。

 せっかく市場に来たからには、物語の古本も欲しいのだ。


「じゃあ、これをプレゼントにして良いかしら?コニにはお詫びとお礼をしたかったの」

「隊長のこと?」

「そう!まさかコニがライバルになってるなんて知らなかったから、危ないことさせちゃったわ」


 冗談めかして片目を瞑るレイチーは、本当に魅力的だ。特に今の表情は、深窓の令嬢ではない居酒屋の看板娘のレイチーがひょっこりと顔を出した気分になった。城下町に居るせいだろうか。


「ははは、もう忘れたい」

「王宮は噂も流行もすぐに廃れるもの、もうそろそろ皆様忘れてる頃じゃないかしら」


 そう言って、訳知り顔に慰めてくれるレイチーは、王宮事情に通じた正真正銘のお姫様だ。

 今となっては、こちらのレイチーが馴染み深い。


「だと良いんだけど…」

「元気だしてちょうだい!」


 ぽいっと渡された小鳥のつぶらな瞳と目が合う。

 まるで生きているかのような瞳は、お姫様から手渡されたからだろうか。


「ありがと。うん、可愛い!しばらく食べるの我慢しちゃう」

「劣化する前には食べてね」

「うー…三日も我慢できないと思うわ」

「ふふっなら安心だわ!」


 可愛い小鳥と優しいお姫様に、気分がほっこり温まる。

 そして、ようやく日差しの暖かさに気づく。その暖かさに気づいてしまえば、薄手とはいえ外套のフードをかぶっているのが辛くなったきた。

 お忍びなのはお姫様だけなのだし、ということでフードを背中に落とせば気持ち良い風と良い匂いが頬を擽って過ぎていく。


「あれー?」

「そこに居るのってコーネだよね!」

「うわ!アンジュ、オンジュ!?」


 良い匂いの元は、双子の香水か匂い袋だったようである。

 たしかに、市場で美味しい匂い以外の良い匂いは、香水以外にはなかなかない。


「買い物?何買ったの?またお菓子だろ!」

「まさかデートじゃないよね」

「友達と買い物に来たの。飴細工よ、ただのお菓子じゃないわ。綺麗でしょ?」


 飴細工の小鳥を見せびらかしても、二人の反応は悪い。見せ甲斐のない人たちである。

 それにしても、さっきの言いようといい、このニヤニヤ笑いといい、私に対しては本当に礼儀というものを置き忘れてくることが多すぎるのではないだろうか。


「そいや、リア兄と密会してたんだって?」

「逢引きしてたって噂だぞ」

「近衛の宿舎に連れ込まれたって聞いたけど、」

「まさか本当に食べられちゃった?」

「しかも堅物隊長にも迫られたって」

「母さんは大喜びしてたけど」

「アンジュ!オンジュ!からかうのはやめてって、言ってるじゃない」


 嗚呼!

 そして、またこの話題。

 リアさんから真相を聞きかじっているだろうに、わざわざ私の反応を見て楽しんでいるに違いない。王宮の侍女さんたちのように、悪意があるわけではないから怒るに怒れない。しかし、それを分かっていてからかってくるのだから、なお一層性質が悪いのかもしれない。


「はいはい」

「誤解だって噂も聞いてるよ」

「もう!」


 憤慨も良いところである。

 もちろん、この憤慨は噂に対してではなく、噂をわざわざ言いに来る双子に対してである。

 と、すっかりお姫様は蚊帳の外である。

 お忍びなのだから仕方がないのだが、こういうときに黙っていないのがお姫様なのだ。めんどうなことにならなければ良いのだが。


「ふふふ!仲良しさんね?」

「あれ?」

「あれ?」

「もしかして、」

「もしかしなくても、レイチェル様!?」


 やっぱりこうなるのか。

 双子に声を掛けられた時点で、ある程度は覚悟していた事態である。双子がお姫様の信者様であることは周知の事実であるし、私からも一度ならずお姫様に話したことがある。


「バレてしまいましたわ」

「バラしたの間違いだわ」


 将来有望な信者様は、お姫様がこれから王宮で生きていくために重要な駒でもあるのだ。

 この双子がなかなか信頼できることは不本意ながら私も認めるところではあるし、お姫様がこれからお近づきになっていきたいという意志を持つなら、私は妨げるつもりはない。助けるつもりもないが。


「えー!?どういうこと?」

「コーネとレイチェル様が友達?」

「あー、まぁ、」

「幼馴染ですの」


 にっこり音のしそうな微笑みを浮かべたお姫様に、二人は一瞬呆けたみたいに見惚れていた。

 信者様によくある光景である。さすがに優秀な双子様だけあって、そんな間抜けな時間は一瞬だったけど。

 アンジュがおもむろに居住まいを正せば、オンジュも少し慌ててそれに倣った。

 どうやら内政府で普段から王宮内で過ごしているアンジュの方が、オンジュよりも社交慣れしているようだ。元々の性質の違いもあるだろうけれど。


「お初にお目にかかります、アンジュネリア・ユネと申します」

「オンジュネルア・ユネと申します」

「初めまして、レイチェル・サーベルトですわ。…ユネ家の双子様は有名なので存じております。大変優秀でいらっしゃるのよね?今度は、是非王宮でもお声をかけて下さると嬉しいですわ」

「はい!」

「喜んで!」


 おお、千切れんばかりに振られている尻尾が見えるようだ。

 それにしても、お姫様自ら接触を誘ったあげくにお褒めの言葉までかけるとは、私の予想以上にお姫様は双子を評価しているようだ。

 私も嬉しいけれど、ちょっぴり複雑な気分だ。弟が姉離れしたような、そんな気分。


「…信者冥利というやつね」

「ん、コーネったら妬いてるの?大丈夫、オンジュの」

「アアアンジュ!そろそろ王宮に行く時間だよ!」

「あーハイハイ、」

「これからお仕事?大変ね」

「可愛らしいのね」

「?そうかしら?」

「ふふ」


 一人前に仕事をしているアピールかもしれないのに、お姫様は可愛いという感想を抱くのか。

 こんなに気持ちの良い貴重な日に仕事をするにも関わらず、むくわれないことだ。


「それでは、御前失礼いたします」

「失礼いたします。コーネ、またね」

「うん!オンジュ、アンジュも仕事頑張って」

「御機嫌よう」


 優雅な礼が台無しになる慌てた足取りが、微笑ましい。

 しかし、せっかく忘れかけていた噂のあれやこれやを思い出してしまった。


「あー、でも、やっぱり噂って怖いなぁ」

「王宮ですもの仕方がないわ。でもすぐに消えてしまうものだし、気にしちゃ負けよ。さっきも言ったでしょ?」

「分かってるけど…」

「もう!せっかくのお天気にコニがしょんぼりしていたらつまんないわ。ほら、あの露店で古書を売っていてよ?」


 古書!

 今日の市場、一番のお目当てである。

 庶民に読書の習慣はないから、城下町に古本屋はあまりない。そして貴族は古本など目もくれないことが多いので、こういう大きい規模の市場でしか多種類の古本は手に入らないのだ。

 レイチーのお姫様教育に巻き込まれて唯一の嬉しい誤算が、読書の愉しみを得られたことだといっても全く言いすぎではないくらいには、私は読書が好きである。

 お姫様とのお喋りくらいでしか活用されない教養だが、別に全然問題はない。


「あ!ほんとだ!私、花摘姫の民話集を探していたの。あるかしら?」

「あるんじゃないかしら。あら、歌劇脚本もあるわ」

「良かったね」

「ええ。なかなか王宮の図書館には入ることができないし、何冊か買っていこうかしら」

「私もこれなら三冊くらい買えそう!やっぱりセントリアの市場は品揃えが違うわね」


 飴細工ひとつ分のお金で、このお店なら二冊の本が買える。

 なんだか贅沢をした気分になる。


「天下のセントリア市場ですもの。当り前ですわ」

「ふふ!」


 誇らしげなお姫様は、なんだかんだ言っても、誰よりこのセントリア国を愛しているのだ。

 そんなお姫様がいることが、私はとっても誇らしい。



これで【日常編】は終了です。

次からまた新しい展開の予定。

そろそろラブコメにむかっていきたい所存です。


次の更新は番外編です。

もし興味がありましたらチェックしてみてください。

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