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お姫様と私。  作者: kemuri
起章<日常編>
10/36

お姫様と私、噂の真相。

「お前をずっと探していたのだ」


 ジノア隊長は、至極真剣な調子で私に手を差し伸べた。

 ここが天下の往来ではなくとも、王宮の廊下と知っての狼藉なのか、そのうち機会があれば問い質してみたいものである。そんな機会があればの話であるが。


「…私のような下働きに、どのようなご用件でしょうか?」


 できれば雑用のご用命か、道順の説明なんかを求めるだけであって欲しいものだ。私を探していたらしいので、儚い望みであるが。

 この堅物真面目隊長は、朴念仁という不名誉な二つ名をお持ちになっている。なので、おそらく引きつっているだろう私の笑顔から状況を客観的に察して喋って頂けるとは期待していない。


「ここでは話しにくい。仕事が終わり次第、迎えを」

「いえ!すでに仕事は終えております」


 だが、だからといって、このような私的かつ意味深長そうな台詞で私を連れ出そうとすることが許されるわけではない。しかも、時と場所を変えて再び迎えに来ようとするなんて言語道断である。

 二者択一としてはさっさと着いていって用件を聞き、対処としてはなるべく目撃者が少ない内に離れるというものしかない。


「そうか。では場所を替えさせてもらおう」

「かしこまりました」

「そう構えなくても良い。私的な用件ゆえな、」

「ハ、ハイ」


 痛い。痛すぎる。見知らぬ侍女さんやらご令嬢からの視線が弓矢のように全身に突き刺さっている。救いは、まだ片手に余るほどしか目撃者が居ないことである。

 それにしても。

 違う、皆様が考えているような用件では全くない。

 それは断言できる。この方からそんな恋愛云々というような甘さは全く感じ取れない。

 もしそうだとしても、この完全なる空気無視人間と仮にも真っ当な女の子である私がどうこうなるはずがないのだ。せめてこの点については信じて欲しいところだ。


「それで、ここまで私の評判を犠牲にしてまで叶えたい用件とはどのようなものでしょうか?」

「評判…?」


 これでとぼけているのではない(少なくとも相手にそう考えさせない)のだから、ある意味において秀でた一芸だといえる。とんだ鈍感人間も居たものだ。

 ああ、私は普段こんな毒を吐くような人間ではない。

 いや、お姫様信者様と対決に次ぐ対決をしていた時はその限りではなかったが、基本的に私は温厚な性質なのだ。自分でいうのが図々しいのは百も承知であるが。

 だからこそ、あの地獄の日々には強い拒否反応が出てしまうのだ。

 というわけなので、今回ばかりは多少の毒も許して欲しい。

 せっかく抜け出すことのできた、あの理不尽な戦いの日々をまた思い出させるような展開に叩き落とされそうになっているのだ。元凶となる人間がなんの悪気もないところも、そっくりである。


「無自覚は時に罪でございます。まぁ、今はそのようなことは関係ありません。ご用件をどうぞ」

「何か迷惑をかけてしまったのならば、私ができる範囲において全力で償おう」


 さすがに、私のツンケンした態度に気づいたようである。

 時すでに遅しであるが。

 謝罪に対しても口を開こうとしない私の態度に、若干気分を害しているようであるが、無視である。断固として知らんぷりである。さっさと用件を言わないのに、この場に留まっていて差し上げているのだから我慢してもらいたい。


「…用件は、簡単だ。レイチェル様の側仕えとして、お前を推挙したいと考えているのだ」

「は?」

「お前は、あの庭で姫と茶会をするほどに親密なのだろう?しかも殿下とも懇意であるとか。それならば、常日頃から仕えていた方が姫もお前も居心地が良かろう。私の推挙であれば、お前が平民であろうとも問題はない」

「いやいやいや!やめて下さい」

「何故?」

「…もしかして…最近内勤に移動したのは、私を探すためですか?」

「ああ。秘密は明かされてはいけないが、リアからお前の話は聞いたことがあった。その伝手ならば秘密を漏らしたことにはなるまい」


 そんなことを聞いているのではない。

 何をしれっとした顔をしているのか。しかも言ってる内容は屁理屈ではないだろうか。まぁ王宮における約束事など、屁理屈と抜け道が用意されているのは当たり前だから、良いのだけれど。そんなところは王宮仕様の思考なのか。

 伊達に近衛兵の隊長にまで上り詰めていないのだと思わされた。

 あ。

 今は関係ないが、リアさんは何を言ったのか、後々絶対に問い詰めようと思う。


「…侍女さんとの恋愛、恋の病の噂は?」

「はは!王宮の噂などいちいち真に受けていては身が持たないぞ?侍女との噂は、お前が侍女かと思っていたからな。色々と情報を集めていたのだ」


 この方にだけは、王宮の機微について諭されたくない。


「はははーそうだったんですか…はは、はぁ」


 どっと疲れた。

 天然とは対人関係において最強の武器である。

 レイチーの趣味、やはり共感することは不可能かもしれない。


「それで、私の推挙は受けてもらえるのか?」

「いえ、お断りします」

「!…なぜだ?」

「あのですね、」


 何故わからないのか、と私が問いたい。

 私はお姫様と二人だけでお茶会をするくらい仲が良いのだ。それは、近衛隊長の推薦などなくても、サーベルト家から推挙していただければ余裕で侍女になれてしまうくらいには信用があるということだ。にもかかわらず、現在その立場に居ないということは、近衛隊長の一存では覆ることのない事情があるということなのだ。

 まぁ、事情っていうのは、私の我がままというか自己防衛策でしかないのだけれど。そんなことは、私はジノア隊長にいちいち説明したりしたくない。

 知りたければお姫様に直接尋ねればよいのだ。

 まぁ、そう簡単に私の事情を明かしたりはしないだろうが。たぶん。


「あれぇ?そこに居るのって子犬ちゃん?」

「こいぬ?…って!コーネ!何やってんだ、」


 また、めんどくさい事態の予感である。

 リアさんは今までも王宮内で会ったことはあるし、何と言ってもここは近衛の宿舎の近くであるから、遭遇するのは仕方がない。別に問題も疑問もない。

 だが殿下はおかしいだろう。なぜこのような場所をうろついているのだ。なんだか秘密の花園でお会いしてからというもの、殿下との遭遇率が格段に跳ね上がっている気がする。しかも、いつもいつも不本意甚だしい場面ばかりで。 


「殿下!何をやっていらっしゃるのですか?…リア、お前がついていながら、どういうことだ」


 まったくである。

 もっと問い詰めて頂きたい。そして私はもうお暇したい。


「いやいや!それは隊長ですよ。何かよわいレディを暗がりに連れ込んでんですか」

「連れ込っ…!?」


 リアさんの言いようは明らかに揶揄を含んでいるが、その表現はかなり不躾かつ言いがかりにも近い。上官にそのような口を利いて問題にならないのだろうか。リアさんがいくら有望株といえど、よっぽど親しくないと罰されてしまいそうなものであるけれども。


「アレクって、こういう子が趣味だったんだ?へぇ、意外だなー」

「趣味!?」


 そして、リアさんに輪を掛けてあからさまに揶揄かうような発言をする殿下は、一体どういうつもりなのか。遠まわしに、私のことを莫迦にしたいのだろうか。存分にしてもらって結構だが、意味ありげに目配せしてくるのは止めて欲しいものだ。


「あの!もう用件は済んだみたいなので、失礼します」


 ジノア隊長が言葉に詰まっている、この隙を逃してはいけない。

 私はジノア隊長の用件を承るわけにはいかないのだから、これ以上この場にいても意味はない。


「あ、」

「ジノア隊長、そういうわけですので…混乱するので仕事場にはいらっしゃらないで下さいね。…あ!もしお断りする詳細をお知りになりたければ、さっきおっしゃっていたあの方に直接お聞きになって下さい。それでは!リアさん、殿下も失礼いたします」


 とんだ茶番だ。

 でも、お姫様からの指令、ずばり噂の真相を探れ!の任務完了である。

 真相は、中々平和的かつお姫様にとって明るいものだったのではないだろうか。


 直近の問題は、私に降ってわいた噂をどうにかすることだ。


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