第三話「力を合わせた大運動会!」
「そーだなぁ、おめぇらが六人いるならぁリレーでもしよぉじゃあぁねぇか!」
気付くと、恰好はジャージ姿。男の響く声。
言いたいことは分かる。だが、お前は誰なんだ 「あの、あなたは誰なんですか?」
「俺ぁ天使だ!」割と重要なことのはずなのに、たったの一言。名自体が無いのだろうか。
「リレーって第四走者までですが」モネが言うなり、天使はハッとする。
「あ……ま、まぁ六人でもいいじゃあねぇか!」
「わしゃぁも走るのかい?!老骨に鞭を打つってのかい?!」入れ歯が吹っ飛び天使に衝突。
入れ歯を持ち上げチュッと歯茎に口づけ。
「そうだぜぇばばぁ!おめぇも走んねぇと大切な物が手に入らねぇぜぇぇ?」
「どひゃああああ?!あんた怖いこと言うねぇ!わあぁったよ!やるよ!」
天使はそそくさとスタートラインへと移動。
一に、一に、準備運動をしているではないか。「お!おい!俺はやるって言ってねぇぞ!」
唯一場に飲まれていないナズナ。だが、そんなもの天使の前では無意味。
「てやんでーーーーい!!!さっさと準備運動でもしてぇ位置につけぇぇい!」
「ノリが悪い人は嫌われるよ?!さっさとナズナもストレッチしよ!」
ハクレンはその後仲が深まったのか、あの出来事を対して気にしていない様子。
「お…おう」もうこの場を正す者はいない。皆軽く体を動かす。
「順番はおめぇらで勝手にきめてくれぇい!」
そんなわけで
第一走者、モネ。第二走者、キク。第三走者、ナズナ。
第四走者、ハクレン。第五走者、私。最後に、そういえば名前を聞いていなかった。
まぁ、最後はこのガキ大将だ。
対してあちらは一人。この勝負、流石に有利過ぎではないか?
ぱーぱらぱっぱっぱーー !打楽器の音。花火の音。辺りが騒音に包まれる。
「えぇ!こほんこほん!お立合いの皆様!真っ昼間に開催!
どきどき?!わくわく?!リレー走のお時間でぇす!」
「代表のモネさん!何か言いたいことはありますか?!」
司会の天使は腕を伸ばし、マイクをモネのムネの近くに寄せる。
「え?え、っとがんばります」 「うおおおおおお!」 歓声が轟く。
天使たちのぱちぱちと活気づいた拍手。「位置についてぇ!」
スターターピストルを白い上空に構える。
「へ!この勝負俺の勝ちだぜぇ!」背中から羽を生やしやがった!
「な、何してんだ!そんなの勝ち目ないじゃない!」ブチ切れるモネ。
「てやんでい!俺は一人なんだからぁいいぁじゃあなえぇかぁ!」
「よーいどん!」宙に煌めくピストルの火薬。
天使は羽を使ってびゅんと低空飛行。飛び方はまるでアンパンマン。
「あぁぁクソがぁぁっぁ!」ガチギレモネ。
モネの決して遅くない。むしろ早い方だ。
だが、その程度の物差しでは測れぬ程のスピードの違い。
第二走者に着く頃には、とおに追い抜かれていた。
「キクさん!」「あぁまかせなぁ!」ぜぇぜぇと杖を使い小走りな姿に
思わず観客一同釘付け。「おおい!少しは手加減しろよ天使!」
ブーイングの嵐。「て…てやんでえぇ…わあったよぉ…」
ぴょいと羽を戻し、自らの足を地に踏み走る。一同大満足。花丸笑顔だ。
「ほら…!クソガキ…!」「誰がガキだ…!」キクはナズナへとバトンを渡す。
背丈の問題か、歩幅の差でどんどんと縮まっていく。
「ほら…!ちび助…!」ぜぇぜぇと息を吐き、ハクレンへとバトンを繋ぐ。
「うん、ありがと!」颯爽と走りその小柄な姿からは考えられないほどの速度。
彼女はまるでウサギの様。歩幅、腰の位置、その姿はまるで黄金比。
芸術品とも言える彼女に見惚れていると、いつの間にかハクレンはすぐそこ。
「エリカ!」ハクレンの柔らかい掌がバトンと共に伝う。
走り出すも、結果は悲惨であった。何年も走る機会が無かったもんだから
トップスピードは既に過ぎ去り、残ったのは震える足と息巻く二酸化炭素。
観客からの悲惨な声。皆も、嘆いているに違いない。
天使との差は再度開き、勝利は絶望的である。
「ごめんなざぃ…」最終走者の彼に託すしかない。
涙を流し、鼻水を垂らし、汗をかく私に、何を受けたのか
彼の瞳には輝きがあった。勝利は絶望。待つのは敗北と嘆く声明。
そんな中、彼は言う。
「まがぜで」
バトンを搔っ攫う。今までの人たちよりも、もっともっと速い。
その背中はたくましくって、まるで、私の悩みも全て掻っ攫うと思った。
どうか、どうか、皆の思いを継いでください。
天使との差はもう間近。
「て!てやんでい!?おれぁ!おれぁ人間如きにはぁ負けてねぇぇんだよぉ!!」
ぴぴー!!!響くホイッスル。盛り上がる会場。
勝者は、天使であった。「みんなぁ!応援ありがとうなぁ!」
この勝負。私がいなければ、ここへ来たのが別の人であれば、勝てていた試合。
最後は、ほぼほぼ僅差であった。だが、いままでの積み重ねで、天使は勝利したのだ。
「私のせいで、ごめんなざぁい…」深々と頭を下げる。
「別にそんなこと誰も気にしねぇって!」「エリカとっても頑張ってた!だからいいの!」
「皆さん、お疲れ様でした」「ひひひ!青春は輝かしいねぇ!」
許すも何も、初めから皆怒ってなどいなかった。
もしかしたら、このリレーの本質をそれぞれが導き出したのかもしれない。
「というかよぉ!お前めちゃくちゃはえーじゃなぇか!
もしかしてプロの選手だったりするのか?!」ナズナの問いに、きょとんと仕草。
「おらじょうがくぜいだぞ?」
一同仰天。どう見ても、小学生と見えない背丈。「はは!あんたぁ将来有望さぁ!」
キクの一言で、彼は照れくさそうに笑う。
「へへっ、ありがどうなぁばぁちゃん」
そんな光景を、微笑ましく少し遠目で見ていると、ポケットに違和感が残る。
手を突っ込み、ガサゴソと物色すると、そこにはどら焼きがあった。
といっても、小さくて、駄菓子程度の品物だ。
「おまえ!どごでぞれを?!」彼の一言で、ビクッとしてしまう。
「えっと、ポケットの中にいつの間にか」「ぞれ…もらっでもいいが…?」
「別にいいけど…」ひょいと渡すと、大切そうに、両手で包み、涙を流す。
「なぁあんた」 「えっと、どうしたの?」その様子に少し戸惑いを隠せない。
「おらだぢはどもだぢだ」