第二十一話「だから私は最高なんだ」
どうしたものか、モネはここより上の階だと聞いた。
モネの仕事場は十九階、現在二十二階。
下がることは簡単である、だって、段を飛ばせば胎児との差が開くから。
目の前の障害物を丁寧に下る姿は、やはり赤ん坊といえる。
だが、上がるとなれば別なのだ、身長百五十センチ、その分歩幅も狭く飛ばし飛ばしは厳しいもの。
「あぁぁあむかつく!」
腹が立って仕方ない、ぱんぱんに膨れ上がった乙女の足。
一段一段、転げ落ちない様に、死なない様に、死なない為に逃げているのに
死なない為に下を見る、下、下、下、ぐるぐるぐるぐる。
目が回って、なんだか、今わの際の夢心地。
「お前、本当におかしいぞ」
何度もナズナに言われているが、それは私も自覚している。
何だか、ここの世界では妙に感情の起伏が激しい。
それは良くも悪くも、吉と出るか凶と出るか
この場で最善の選択を取るためには致命的な欠陥である。
「はぁ、はぁ、お二人方、良い案があります
僕の舌を使って、上の階に移動させるので、そのままモネさんの方へ向かってください」
皆がぜぇぜぇと息巻く、もう胎児は真後ろである。
地を踏み床は崩れ、もう後には引けないというのが丸わかり。
「「賛成」」
舌は黄金比にうねる、それは二人を巻き付き、それは、地獄の蜘蛛の糸。
「お二人方、頼みましたよ」
………
「いっそげー!!」
「あいつの思い、託していかねぇとな」
ぴょん吉の助けもあり、何十メートルも伸びる舌はそのままモネのいる階へと運ばれる。
この階の者たちも、何か異様な気配を察知したのか何だか慌ただしい。
慌てふためく者、泣き叫ぶ者。
多種多様であり、地獄絵図とでもいうべきか。
だが、たった一人、瞳を瞑り、四十五度程上を眺め空虚を見つめる者。
それはこの場では異様であり、それは、直ぐに誰かと分かった。
モネである。
「も、モネさん!」
「自分が軸となる世界では、何故かもの凄い胸騒ぎがするのです
それは、人によって違うのでしょう
ある者は喜びの感情、ある者は悲しみの感情
私は、今とてつもなく後悔しているのです」
「来ましたね」
その長い長い三又の首は飾りではないのか、その胎児は、既に到着していた。
「あなたが、お前が僕の…」
「えぇ、お母さんですよ」
………
名前 阿根モネ
今は神崎のどかと名乗っている
趣味 読書と食べ歩き
内気なインドア系女子を名乗っており、顔立ちも中々良い方。
「僕と結婚してください!」
燦々と煌めく太陽の下、今日は絶好のピクニック日和とのこと。
宝石の埋め込まれた、無知の私でも分かるほどの高価な指輪。
まぁ、こんな私とて外出は結構好きなもの、だから、わざわざ
足を運んだというのに、こんなにも気分が悪くなることはない。
もう数十万程絞れ取れそうと思っていたのだが…
そう、私は結婚詐欺師である。
男なんて簡単。
だって、ちょっと気があるフリをすれば、直ぐに手玉に取れる。
あなたみたいな顔の男なんて、私と付き合えるわけないじゃない。
年収も一千万以下、顔も普通。
クリスマスの日、こいつに百均で買った食器をプレゼントしたら
有名ブランドのバッグをくれた事、今でも思い出すだけで笑える。
当然、顔の良い女はその分高性能な男と結婚しなければならない。
年収は四桁はないとね、有名大学卒で、イケメンで、性格も良し。
「私、そこまで本気で考えていなかったので…」
「は、はぁ?!約束したじゃないか、結婚するって、あの言葉は嘘だったのか?!」
惨めな顔、必死にかっこつけようとしてる者も、いざという時は皆同じ顔である。
自分でも非道な行為だというのは重々承知。
でも、鴨が葱を背負って来る。
そんなチャンス、女に生まれたからには利用させてもらうしかない。
だから私は決まってこう言うんだ。
「はぁ?」
本当に、私は最「最高」低なんだ。
……
私の人生が百八十度変わったのは、三人目の男のときだった。
当時の私は、自分に見惚れていた。
可愛らしい顔、赤ちゃんのようにもっちりとした肌。
だから、私が結婚するのは高収入で、身の丈に合う男だって。
でも、違ったんだ、内面はその分ズタボロ。
性格も悪いし頭も良くない、だから、私は嘘を見抜けなかった。
イケメンで、その容姿に惚れ惚れして、彼の気を引きたくて何百万もつぎ込んだ。
必死に腰を振って、愛想を振りまいて、望むものを用意して
指輪を買った、それを、渡そうと思っていた。
家の扉を開けて、ふぅと息を吐いて瞼を開ける。
「ただいま、私たち、いきなりだけどさ」
勘が良いのか、私の家の金品を全て盗まれて、彼は姿をくらました。
そう、この男も結婚詐欺師だったのだ。
…………
子供も生まれちゃって、でも、お金もなくって。
虫の湧くぼろいアパート、毎日必死になって働いても、貰えるのは雀の涙。
働くって、こんなに大変なことだったんだ。
裏切られるって、こんなに辛いんだ。
…赤ちゃんって、こんなにうるさいんだ。
もう、黙ってよ。
……
「ごめんなさい」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「えぇ、神様は許してはくれないでしょうね」
「それでは、いってらっしゃいませ!」




