第二話「てやんDAY」
校内での日々が始まる。外はまるで雪景色。何も見えず、帰れない。
だが、現実はそこまで非情ではないのだ。
食料は、給食室で気付いたときには補給されている。体育館には人数分の布団があった。
風呂は無いが、最低限シャワーは設備されており清潔感は保たれる。
正直言って、ここでの生活は良いものだ。人と触れ合えるというのは、中々に新鮮な体験。
不登校だが、人が嫌いなわけではないのだ。元より私はよく喋る方だったと思う。
皆も諦めたのかここでの生活を謳歌している様子。
「あの」 見慣れた教室で、三つ編み女の声が響き渡る。
「数日経ったんですから、そろそろ自己紹介しません?」
「えっと、阿根 モネです。
好きな食べ物はケーキ、よろしくお願いします」 ぱちぱちと乾いた拍手。
三つ編み女はそそくさと席に戻る。
「私の名前はぁ…えっとぉ…はて…?」
どうみても、七十以上は生きているであろうおばあちゃん。
猫背で、ゆっくりと、ゆっくりと教卓へ向かう。
「おばあちゃん…無理しなくて大丈夫ですよ…」
「うるさい!思い出せないのは聞くことを知らないお前らのせいじゃ!」
モネの一言でおばぁちゃんは大噴火。
まるで、雷にでも打たれたかのように、ずんと響く声。
「聞く…?そうじゃったそうじゃった!キクじゃ!わしゃの名前はキクじゃあ!」
入れ歯をがたがたと震わせ大笑い。満足したのか、杖をこつこつと叩き席へ戻る。
はぁと溜息をつく者、怪訝そうな顔をする者。私もその中の一人だ。
「私の名前は白睡 蓮です。
好きなものは、プリンとか」明らかに元気のない声。
あの出来事を引きずっているのか、こちらまでどんよりとしてしまう。
「向日葵 エリカです…
好きなものは…あ…アニメです
同士の方がいれば、仲良くしてあげてください」
しんと静まり返る教室。
うああああああああああああああ!!!!!!
滑ってしまった。終わった、終わったんだぁ…私の学生生活は。
趣味を知れば仲も深まると思ったんだぁ…。
学生経験の無さが裏目に出てしまった…。
「…あ、あとはあなただけです」
空気に耐えかねたのだろう。モネの指さす先にガラの悪い男。
「お…おれは別に…というか、強制じゃないから良いだろ別に」
「馬鹿もん!」キクの持つ杖のかんかんとした音が、校内に響き渡る。
「あんたぁ!人との関係に壁を作るでない!人は助け合わなければ生きていけぬ
それを知らないあんたは、大馬鹿者だよ!!」「わぁ!わぁったよばぁちゃん!」
ふぅと息を吐き、けだるそうに、諦めたように口を開く。
「えぇとぉ…柊 ナズナだ
好きなことは子供と遊ぶこと、よろしく」
「ぷ~すくすくすく!」ハクレンは頬を掌で覆い、必死に笑いを隠してる。
「だから嫌だったんだ、俺の名前は可愛いから」
「あ、すみません」ハクレンの瞳には涙が浮かんでいた。
どんなに律儀でも、立派でも、年相応。子は大人が怒る姿には恐怖心を抱く者。
「いいよ別に、俺から言ったことなんだし」
「ふふっ!ナズナさんって良い名前じゃないですか」
モネの笑い姿に頬を赤らめるナズナ。「あぁああもう!笑いたけりゃ笑いやがれ!」
笑い声が渦巻く中、一つの疑問が残る。
そういえば、鼻水を垂らしていた子供はどこにいった?
あれから見ていない。もしかして、何処かで泣いているんじゃないのか?
私があんなこと言ったから、突き放したから。
そう思ったときには体が動いていた「すみません!ちょっと用事がありました!」
「ちょっと!エリカちゃん?!どこに行くの?!」
「お!おい!滑ったことなんて気にしてねぇぞ!」
ここは二階。相場は上と決まっている。
アニメだと屋上とかで黄昏ている光景はよくあること。
「ぐず、ぐず」だが、ここは現実世界。皆の声がよく聞こえる場所に、彼はいた。
「どうして、階段なんかに座っているの…?」
「おらはでぎぞこないだがら、きっとみんなはなれぢまう
だがら、もうひとどはががわらない」
その、少し前の自分と酷く酷似していたため、心がずきずきと痛む。
「私は友達になりたいよ…」
「じゃあおらのだいぜつなものをざがじでぐれ
でんじさまからぎいたよ、それがねぇとかえれないって」
「ぞうすりゃ、おらとあんたはともだぢだ」「分かった」
「しゅ~ご~う!!!!!!!」 ぴゅー!!!
突如、ホイッスルの響く音が耳をつんざく。
目を閉じ、耳を塞ぐ。 次に目を開けると、グラウンドにいた。
「なんで…?」「ざぁ…?」 周囲を見渡すと、私たちと同じように教室にいた者たちが
辺りをキョロキョロとしていた。
「おめぇぇらはよぉぉ!ちっとも大切なものを探しやしねぇ!」
「それと外に出ることの何が関係あるのでしょうか!」
ごもっともな、ハクレンの意見。
「て!てやんでい?!この広々としたグラウンドを見ても分かんねぇのかい?!」
あっと驚きひっくり返る。まるで昭和の舞台劇。
「学校といぇぇばぁあぁ運動って相場が決まっているじゃあねぇか!」
「汗水流してよぉ!おれがぁお前たちに大切なものぉ教えてあげるってわけぇだぁ!」