第十五話「シュレーディンガー系女子」
次に目覚めると、良い匂いが漂う牢屋の中にいた。
風穴の開いた箇所には、丁寧に包帯が巻かれてある。
「私、死んだはずじゃ」
「よう、目が覚めたか?」
鉄格子の先には、椅子に腰掛け腕を組む紫色の悪魔。
その表情は険しく、何か逼迫しており、あまり良いとは言えない顔。
「あの時はすまなかったな、上官が近くにいた為
死を偽造するしかなかったんだ」
その話が事実ならば、これは規約違反ではないのか?
本来私たちは敵同士、そんな敵をほいほいと生かしておいているのだから
見つかればただじゃ済むまい。
「大丈夫なんですか、その上官という人に見つかればただじゃ済まないのでは」
「あぁ、少なくとも殺されるだろうな、俺の家族も殺されるかもしれない
上の人たちは、わざわざ数ある留置所の一つなんて見に来ないから
こうして生かしておけるだけだ」
恐怖に満ちた顔、腕を組み掌を隠しているようだがあまりの震えで
その隠し事も意味をなさない。
だが、瞳だけは希望に満ちており、まるで全てに目を引く、以前の私のよう。
「だが、お前らみたいな希望に満ちた奴を見てしまうとなぁ
俺らだって、生かしたいと思ってしまうんだ、戦争なんてなければ
本来人間と仲良くすることだってできたはずなんだ」
震えた声、何かに怯えている声を聞くと、幸子が平和の架け橋だなんて
腑抜けた、殺しの恐ろしさを知らない私を思わず恨んでしまう。
戦争なんて正義の押し付け合い、だから、終わるわけがないのだ。
「そうだったんですね…
そういえば、他の人たちはどこに…」
「あぁ、あいつらは別の牢にいる
飯の時間になったら会えるさ」
……
数時間程牢の中で支給された本や、久々のベットに羽を伸ばしているとブザーの音が鳴る。
「現在十八時!皆様、今日もお疲れ様です!」
元気溌剌な声が留置所をこだまする。
鉄格子の耳に刺さるような鋭い音を奏でながら上に上がる。
これは、出ても良いということなのだろうか。
顔を外に出し、辺りをキョロキョロと見渡すと皆も困惑している様子。
一本の長い廊下の先には、一人の悪魔が立ってた。
「飯の時間だ!独房の洗面所で手を洗い、トレーを持って並べ!」
手をしっかりと洗い、給食用ワゴンに似た台からトレーを取る。
一列に、その風貌はまるで小学校の給食の風景。
配布されたトレーをしっかりと両手で支え、次々に流れてくる飯の入ったお皿を持つ。
献立はししゃも二匹、白米、スンドゥブチゲ。
少々物足りない様な気もするが
まともな飯など久しく食べていなかった私には十分ご馳走。
「いただきます」
その一言で、一同戸惑いつつも食事を口の中に運ぶ。
一部の者は警戒していたが、皆のほっぺたを落とす様を見ると、恐る恐る口に運ぶ。
現代人の舌の肥えた私でも、中々に美味しいものだと思う。
スンドゥブチゲの中にはたっぷりと入った野菜。
少し硬い豆腐を嚙み砕くと、ダシが染みこんあるのか、少量の汁がこぼれだす。
そんな絶品の料理たちに舌鼓を打っていると、ぽんぽんと肩を叩かれる。
後ろを振り返ると、トレーを持ったキク、モネ、幸子がいた。
「良かったです、エリカさんも、生きていて」
あの状況、モネも死を覚悟したのだろう。
未だ生きていることに実感が湧かないのか、モネの瞳から一つの涙が零れ落ちる。
「本当に、本当に良かった……」
………
「私も良かったです、皆が生きていて」
皆で長方形の机で囲み、向かい合う。
「な、本当に良かった」
キクは豪快に笑い、久々の笑顔に心が軽くなる。
皆で生きていることの喜びを分かち合う。
だが、幸子の顔が随分と曇っていることに気付く。
………
「ふぅ…」
久々のお風呂。やはり、風呂は良いもの。
体を清めることも出来る他、様々な物事に集中できる。
あの幸子の顔、何か事情があるのだろうか。
皆の中では最少年齢だってのにあんなに頑張るんだ。
何かしてあげないと不憫だろう。
そんなことを考えていると、まるで運命に操られているかのように幸子は現れる。
やはり、体は棒の様に細い。骨が浮き出ていて、ミイラなんて言われたら信じてしまう程。
幸子は軽く体を流したあと、私の入る風呂へと入浴する。
今の時間帯は運よく誰もいない。ここの風呂場には、数か所の浴槽があるってのに
わざわざ同じところに入るもんだから少しのぎこちなさを覚える。
「………」「………」
両者は喋らず、ただ目の前の虚空を見つめる。
幸子は何度も私の方に視線を合わせるが、何か言うでもなく、再度虚空を見つめる。
そんなやり取りをして数分経っただろうか、幸子は突如声を上げた。
「ねぇ、エリカおねぇちゃん」
「ん、なに?」
幸子は精一杯の笑顔を見せて、歯茎を全面に出し
子供特有の無邪気な笑顔が目の前には広がる。
「悪魔さんって、良い人だったんだね」




