第十四話「正義」
いつの間に、幸子は私の傍から離れていた。
なんで?なんでなんでなんで?
あの子は悪魔の恐ろしさ、戦争の恐ろしさを痛いほど分かっているんじゃないのか?
「誰だお前は…?」
やはりと言っていいだろう。悪魔二人も困惑している。
「もう、やめようよ、おねがいだから…!」
その涙で潤う瞳に尻込みをする悪魔。
こんなにも小さい子が、人々の悲願のため、死ぬことすら恐れず果敢に立ち向かう。
だが、私は臆病だからか、どうにも足が震えて動かない。
「だ、だまれ!戦争というのは悪魔にとって誇りのある行為!
それを侮辱するつもりか!」
「ち、ちがうの、でも、ひとがたくさんしんだから
それで、それでもういやだなって、しぬことはわるいことだよ…?」
咄嗟に飛び出したもんだから
子供特有の顛末が伝えられないことも相まって話の内容が掴みづらい。
だが、その主張は確かに、ここにいる皆には嫌というほど伝わってくるのだ。
「う、うるさいうるさい!」
悪魔のうちの一人は懐から銃を取り出し、照準を幸子の頭に狙い付ける。
「お、おい、流石に子供相手にムキになることないだろ」
相方の悪魔も咎めるも、照準を向ける悪魔の目は嘘偽りない、殺す者の目をしている。
咄嗟に壁から飛び出し、幸子の手を取ると古い木造の家に突っ走る。
半狂乱な叫び声と微かな火薬の臭いと共に銃弾が放たれた。
足に当たり、微弱な悲鳴を上げるも、そんなことは気にせず目の前の家に向かう。
今分かった、この子は世界を救える力を持つ。
そんな彼女を見殺しになんて出来ない。
助けてくれる人がいないのなら、私が助ければいい。
「だ、大丈夫?」
「ありがと…でも、足…」
幸子は負傷した私の足を指差す。
「このくらい、なんてことないよ、おねぇちゃんだからね」
汗がだらだら止まらない。力を緩めれば血が溢れだし、情けない悲鳴を上げてしまいそう。
そんな、その場凌ぎな発言をするも、実際は裏腹にそんな余裕などありはしない。
「ここから出ないのなら殺す!」
「降参しろ!」
鳴り響く悪魔たちの怒号。
だが、その声はかすかに震えているように聞こえる。
「あぁ、あなたたちもここに来たんですか」
突如として発せられる声に思わず身震いしてしまう。
だが、そこのいたのは真っ青な顔をしたモネとキクだった。
「なんで二人とも、ここに」
「いやですね、周囲を探索していたら悪魔に出会ってしまい
命からがらここまで逃げてきたわけです」
モネは乾いた笑いをするが、その容態は最悪も同然。
腕に風穴があるのが一目で分かる。それはキクも同様で、青ざめた顔が顕著に表れていた。
こんな今にも崩れ落ちそうな家に滞在していたら
崩落で押しつぶされ死亡するか、出血で死ぬかの二択。
そんな希望も未来もない、絶望的なことを考えていると、煙が辺りを立ち込める。
「お前らは完全に包囲されている!
出てこないのなら、そこで丸焼きにでもなっていろ!」
炎がぼぉぼぉと音を立て喉を焼き尽くす。
「ちょっと!どうするんですか!」
「わ、私に聞かれても……」
皆死ぬ覚悟など決まっている訳がない。
情けない程慌てふためき、生に執着する。
「もう、誰も死なせたくないなぁ」
キクは家から飛び出し、体を大の字に広げる。
「せめて、あいつらだけでも生かしちゃおけねぇか?」
「それは無理な話だな」
涙ぐむ声を前にしても、尚悪魔の顔色や声は変わらない。
木の扉からちらっと覗くと、先とは比べ物にならないほどの悪魔が
キクに銃の照準を向け、今にも殺すのではないかと思うほどの重圧な雰囲気を漂わせている。
だが、一人の悪魔はそんな彼女に感化されたのか、口を開く。
「先は悪かった、俺たちだって、戦争なんてしたくないよ
でも、上が望むのなら、俺らは従わなきゃいけない」
引き金の独特な鉄の音がしたため、思わず飛び出してしまう。
「この子は、幸子は、世界を救う力があるんです
どうか、どうか幸子を平和への架け橋として生かしておけませんか?」
「それこそ、無理な話だなぁ」
「そうだ、私たち数人の力でどうにか出来るなんて思うなよ
戦争なんて、正義の押し付け合いなんだから、身勝手に飽きるまでやらせとくしかないのさ」
キクは覚悟が決まったかのように笑う。
「あいつら人間が降参するまでこの戦争は終わらない
それが、俺たち悪魔の使命なんだ」
複数の銃声が鳴り響く。




