第4話 少女は、白い女性の幽霊に襲われる
「だいぶ、魔法は上達してきたね。そろそろ、空を飛べるようになる魔法……『エアーウィング』を教えてもいいかもしれないな」
初めて魔法が使えるようになってから、数日が経った。
私はというと風属性の低級魔法を全て使えるようになっていた。
低級魔法というのは、その属性で初歩的な魔法の総称で、初心者が使うような魔法だ。
まぁ、言うなれば魔法のレベルというか、ランクのようなものだ。
下から順にいうと、下級魔法、低級魔法、中級魔法、上級魔法、王級魔法、帝王級魔法、伝説級魔法、神級魔法の八つに分けられる。
今の魔法使いのほとんどは上級までが使える魔法の最大とされていて、宮廷魔師の中に王級魔法を使える人が2、3人いた気がする。
ちなみに、『エアーウィング』は中級魔法だ。
「ほんと! じゃあさっそく教え……」
「それはだめ。今日はもう時間が時間だから、教えるのは明日から。それに、身の安全のために早く帰った方が良いと思うし」
スティー君の言う通り、今の時間はというと十七時を回っていた。
初夏ということもあって、冬よりは明るいけれど、過保護な私の家族が心配して学園に迎えに来てしまうので、早く帰らないといけない。
「そうだったね。わかった。じゃあ、また明日ね」
「また明日」
こうして、今日も学園での一日が終わろうとしていた。
……はずだった。
「? ここ何処だろう?」
私が目を覚ますとそこは、スティー君といつも魔法の特訓をしている教室に似ていたけれど、日の入りが悪く、薄暗かった。
どうやら私はこの教室? で眠ってしまっていたらしい。
とりあえず、今の状況を理解するために、今日の記憶を思い出そう。
えっと、確か今日のスティー君との魔法の特訓が終わって、家に帰ろうとしたら……ってあれ? そこから先の記憶が思い出せない。
なんか、急に視界が暗くなったのは覚えてるんだけど、あれは何だったんだろう?
まぁ、明日スティー君に聞けばいっか。
そう思い、立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。
違和感を覚えて、手と足を見ると縄? で縛られており身動きが取れなかった。
どうしよう? と思っていると視界に白い何かが映りこんだ。
「あ〜あ、傷ついていない綺麗な顔、艶のある髪。羨ましいなぁ」
突然の女性の声に思わず身震いしてしまう。
どこから声がするのかと思い、頑張って起き上がり座った状態になる。
手は、体の前で縛られていたため、うつ伏せになってから起き上がることができた。
さっき、見えた白い何かを見るとそこには美しい女性が立っていた。
よく見ると、体が透けていたためスティー君と同じく幽霊なんだろうな。
「あ、あの、すみません。ここってどこですか?」
恐る恐る聞いてみると、私の声が震えていたから、それだけ怖いということに今更気が付いた。
「羨ましい、羨ましい。でもそこが妬ましい。なんで、何で私だけ――!」
でも、返事はというとあまりよく分からない言葉が返ってきた。
会話のキャッチボールが全然できていない。
この状況は本当に良くない気がする。
どうしたらいいんだろう。もう一回聞いてみて、駄目だったらその時考えよう。
それに、声が小さくて聞こえていなかったって可能性もあるし、大きな声で言えるように頑張ろう!
スティー君も出会ったときは親切だったから、きっとこの幽霊さんもそうだよね。
「あの! ここってどこですか!?」
「妬ましい、妬ましい。……そうだ! 体を乗っ取ってしまえばいいんだ! そうすれば、この綺麗な顔と艶のある美しい髪を手に入れられる」
そうだ、そうだ、と自分で言ったことに納得している様子の幽霊さん。
また、話を聞いてもらえなかった――。
それよりも、今、幽霊さんは体を乗っ取るって言ってた? 誰の体を?
まさか、そんな、ち、違うよね。
でも、私が思っていることが正しいならこの状況も納得できる。
手足を縛られて身動きが取れなく、周りを見渡してもこの部屋に居るのは私とこの幽霊さんだけ。
じゃあ、この幽霊さんが言っている体って言うのは私のことで、もし私の体を乗っ取られたら私はどうなるの?
もしかして、死んじゃうの? それだけは、嫌だ!
魔法が使えなくて辛くても死んでしまうよりは良かった。
それに、明日もスティー君に魔法を教えてもらうって約束してたのに……。
魔法? そうだった、今の私は魔法が使えないただのレイラじゃない。
スティー君に魔法を教えてもらってもう魔法を使えるんだ。
だったら、自分でなんとかしよう。
これぐらい、私自身で対処しなくて、なにが誰かを、大切な人たちを守りたいだ。
自分の身を守れない人が誰かを守れるはずがあるわけないじゃんか。
私は、目をつむって、深呼吸をした。
それから、目を開けると手と足元に魔法陣を構築した。
使う魔法は縄を切るためにウィンドカッターにした。
それぞれに魔力を流すと魔法が発動し、縄が切れた。
上手くいって良かった。
ここからやらなければいけないことはただ一つ、この場から早く逃げよう。
そう思うと、私は教室のドアへと向かって全力で走った。
ドアノブを掴んで後はドアを開けて、逃げるだけ……なのに、何故かドアが開かない。
なんで? なんで、ドアが開かないの。
焦っているうちに後ろに何かの気配がした。
「なんで、逃げようとするの? 私の姿が醜いから? そうなんでしょ? そうなんでしょ!」
後ろを振り返ると、さっきまで教室の端に居たはずなのに私の目の前まで来ていた。
全く、足音も動くような気配もなかったのに。
って、相手は幽霊だからそれは当然のことだ。
外には出られそうにないけど、目の前には幽霊さんがいて逃げられない。
魔法で対処しようにもドアを壊してしまったら先生に事情を話さないといけなくて、幽霊さんのことを話しても多分信じてもらえないからだめだよね。
だからと言って、幽霊さんを攻撃するのは違うと思うから。
でも、幽霊さんは私の体を乗っ取ろうとしていて、私の身に危険があるのに躊躇っていていいのかな。
こういうときってどうすればいいんだろう。
「あ~、あ~。これでやっと私も美しかったころに戻れる」
私が悩んでいるうちに、私の両頬を冷たい両手で包み込むようにして触ってくる幽霊さん。
怖い。私が私じゃなくなってしまうことが無性に怖い。
スティー君、助けて――!
怖くて反射的に目を強くつむってしまう。
すぐにでも訪れるであろう死に備えて。でも、何時まで経っても訪れなかった。
それどころか、さっきまで冷たい感触がしていた頬には、何も無いように感じ取られた。
「は〜あ、だから早く帰った方がいいって言ったのに。ね、レイラ」
その声には聞き覚えがあって、今、私が助けを読んだ相手だとすぐに分かった。
それで安心して、目を開ける。
目の前には幽霊さん――の姿ではなく金髪の少年が背を向けて立っていた。
「スティー君!! 来てくれて、ありがとう」
「ほんとに、世話のかかる教え子を持っちゃったな。なんて」
振り向いたその少年は、笑顔を向けてきた。
私は、スティー君の顔を見ると緊張の糸が切れたようで目から涙が出てきてしまった。
「本当に、本当に怖、かった。もう、死んじゃうん、じゃないか、って、思って。あ、れ? おかしいな。なんで、泣い、てるん、だろう」
「レイラは、そこに居ててくれていいから。後は僕が……いや、俺が片を付けてくるから」
突然、声が低くなって、それだけ怒っているということがよく分かった。
出会って、まもないのにどうして、そこまでしてくれるんだろう。
だけど、きっとスティー君が危険な目にあっていたら、私も迷わず助けに言っていたと思うから、お互い様かな。
スティー君はというと、幽霊さんに対して容赦なく魔法を打ち込もうとしているのか、魔法陣を十個――二十個展開していた。
そんな、スティー君を見て少しゾッとした。一人を相手にそこまでしなくても良いのに。
それに、さっき幽霊さんは、やっと美しかったころに戻れる、って言っていた。
だから、こんなことをしたのには事情があるはずだから……。
「あ、まっ、待って。スティー君!」
出来るだけ大きな声を張り上げて、スティー君の耳に届くように努力をした。
すると、スティー君は私の方へと振り向いた。
「なんで、止めるの」
今度は、さっきの笑顔の少年はどこにもいなくて、青い目を光らせて本気で怒っている男の人だった。
スティー君の初めて見る一面に怖気づいてしまう。
「幽霊さん――その子には、事情が、あ、ってこんなことを、してしまったと思うから、それで……」
「じゃあさ、レイラ。事情があったら人を殺してもいいの?」
「それは……」
人を殺すなんて言われても分からないよ。
結局、私は平和な世界しか知らないただの貴族のお姫様ってことなのかな。
「彼女は、レイラのことを殺そうとしたんだよ。それだけ危険な人物なんだよ。それに、人を殺そうとするってことは、自分も殺される覚悟があるってことだしね」
「で、でも、私は、今生きてる、よ。だか、ら、殺さなくても、良いんじゃないかな」
口調がさっきよりも柔らかくなって、叱っているようにしているけれど、声のトーンは変わらないままで、私にとっては恐ろしかった。
でも、怒っている表情をしているのにどこか悲しそうな寂しそうな表情に見える。
「はぁ、レイラ。よく覚えておいて。そういう、甘い考えが命取りになるんだよ。それとも、レイラは自分の命よりもよく分からない奴のために、命を差し出すの?」
「……」
スティー君の言いたいことは分かるよ。
だけど、だけど私には、命を差し出す覚悟なんてないよ。
だからと言って、誰かを殺める覚悟も、ないよ。
「! って、流石に言い過ぎちゃったね。ごめん。だけど、これはレイラの命にかかわることだから。レイラの命はレイラだけのものじゃないってことちゃんと理解しておいてほしい」
私が黙りこくっていると、何かを感じたのかいつものスティー君に戻った。
私の命は私だけのものではない。確かに、そうかもしれない。
この命は、お母様とお父様のおかげで出来たもので、家族はもちろんリイナや多分、スティー君も私のことを大事に思ってくれている。
だからこそ、私にとって大切だと思う人たちが悲しまないように命を大切にしないといけない。
「私こそごめんなさい。命を粗末に扱うつもりはなかったけれど、私の甘い考えのせいで、実際スティー君が来なかったら死んじゃってしまっていたと思うから。……スティー君の言う通りだと思う」
「……。取り敢えずこの幽霊は拘束だけしておくね」
いつの間にか、沢山あった魔法陣は二つだけになっていた。
ぎこちなく笑う彼の姿は、困っているようだった。
「! ありがとう」
それからの私たちは、いつも通り過ごしているように見えているが心の距離が開いてしまっている感覚がした。
拘束した幽霊さんに二人で事情を聴いたところ、生前は誰からも美しい、と言われていたのだそう。
それで、好きな人と結婚して、幸せに暮らしていたところ彼女の美しさに嫉妬した女性と美しい彼女と結婚した男性を妬んだ男性が二人の家に放火したらしい。
それで、彼女の顔には大きな火傷の跡が残り、最愛の夫は亡くなってしまったとのこと。
それからの生活は、火傷をしたことで少人数は憐れんでいたが、ほとんどの人は見向きもしなくなってしまったのだそう。
その結果、いつしか夫への気持ちを忘れ、美しさを求める幽霊になってしまっていたらしい。
私は、その話を聞いて私も一歩間違えてしまっていたら同じことになっていたのかなと思ってしまった。
何故なら、私が魔法が使えなくてほとんどの人が向けてきた目が幽霊さんが向けられていた目と同じようなものだったからだ。
私の場合は、周りに私自身を見てくれる家族や友達がいたから良かったけれど、もし幽霊さんみたいに誰も居なかったらと思うと、私も幽霊さんと同じような道を歩んでしまっていたのかもしれない。
幽霊さんはというと、私たちに話したらずっと思い出せなかったもやもやだった夫との楽しい記憶を思い出して、落ち着きを取り戻していた。
だからなのか、スティー君が拘束を解いていたことには少し驚いたけれど、スティー君らしいなとも思った。
それから、幽霊さんはこれからは二度とこんなことをしないと約束をして別れた。
スティー君にまた幽霊に襲われると困るから、と校門まで送ってもらうことになった。
ちょうど、旧校舎を出たあたりでずっと黙っていたスティー君が突然立ち止まって、口を開いた。
「ねぇ、レイラ。レイラが危険な目にあったときに今回みたいにすぐに駆けつけられることは当たり前ではないと思うんだよね。だから、僕と契約しない?」
「契約って、どういうこと?」
スティー君よりも数歩後に歩いていた私もスティー君が止まったことで歩く足を止める。
「簡単に言うと、僕がレイラの守護霊になるってことかな。でも、僕はこの学園の地縛霊だから、できるかどうかは分からないけどね」
スティー君が守護霊になってくれるなら安心できる気がする――って、今地縛霊って言った?
幽霊って確か、亡くなった年齢の容姿をしているっているはずなのに。
学園に入れるのは十五歳以上でたとえ腕の良い魔法使いでも特例で十二歳から入っていいということはなかったはずなのに、なんで学園の地縛霊なの?
「ちょっと待って。スティー君っていくつのときに亡くなったの?」
「十五歳の時だけど……それがどうかした?」
「え、えぇ! てっきり十二歳ぐらいかと思ってたんだけど」
「それって、ちょっとバカにしてる?」
してないよ、と思わず笑ってしまう。
「あ、やっと笑ったね。良かった」
「え?」
「だって、僕が駆け付けた時からずっと笑ってくれなかったから。元気になってくれてよかった」
あ、てっきりスティー君は怒ってて、私と距離を取ろうとしていると思っていたけど、距離を取ろうとしていたのは私だったんだ。
なんだ、変な心配をして損した。
「なんか、嬉しそうだけど、どうかした?」
「なんでもないよ~。それよりもさっきの返事なんだけど、お願いしてもいいかな」
「良いよ。善は急げって言いたいところだけど、なんかお迎えが来ているみたいだからまた明日ね」
お迎え? と思っていると、校門に見覚えのある影が二つ見えた。
あれって、まさか、ね。
すると、私の存在に気が付いたのか私に向かって大きく手を振って、叫んでくる人がいた。
「レイラ~! お兄ちゃんが迎えに来たよ~! 早く家に帰ろ!」
「やめなさい。恥ずかしい」
やっぱり、私の兄様と姉様だ。
姉様はまともだから良いんだけど、問題は兄様なんだよな。
「本当だ。というかよく気が付いたね、スティー君」
「レイラと魔力の感じって言うか雰囲気が似てたからね」
「姉様と似ているのは嬉しいけど、兄様と似ているのはちょっと心外かも」
私の返答に苦笑いをするスティー君。
「そう言わないであげて」
「ふふ。それもそうだね。じゃあ、今度こそまた明日」
「また明日」
それから、私は走って校門まで行き兄様と姉様の元へと行った。
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