Diplomat 2章
異星と善人
「おい!なんだよ牢屋って!一年経ったら全員解放じゃないのかよ!」
「これドッキリなんじゃないの!?いくら何でも現実離れしすぎ!」
案の定怒号が飛び交う。頭を抱え絶句する者もいる。確かにこれは由々しき事態だな。上位10位以内に入らずとも国が破綻しなければ366日後には無事帰還出来るわけだが、早急にゲームを終わらせるため他人の国を「侵略」するプレイヤーも現れることだろう。何しろ突然学校や職場、家族、そして地球と引き離されたんだ。他人を蹴落としてでも故郷に戻りたい気持ちは分かる。
「落ち着いテ落ち着いテ。最後に当施設、即ち『国際的な』揉め事を調停する為の機関『レーテ』についてご説明しマス。例えばA国がB国から侵攻された際、A国及びその同盟国はB国軍の撤退を求める決議案をレーテにいる私に提出することが出来マス。おっと、国交や同盟についてはルールブックを参照。その案が受理されると賛成派/反対派がそれぞれの立場で討論を行ない、続いて採決に移り、全プレイヤーが任意で賛成または反対に投票しマス。そして有効票の過半数が賛成となった場合は採択、レーテ特別軍による軍事支援が行われるという段取りデス。」
「レーテ特別軍?」
「我が星が保有する軍隊の一部門のことデス。軍隊と言っても人間はおらず、兵器は全て自動プログラム運用なんデスけどネ。皆サマが後日保有することになる軍隊も同様デス。」
全て自動……地球にも無人ドローンはあるが戦車や軍艦も無人だと言うのか。実は過去に捕らえられた地球人が操縦させられているとか無いよな?……流石にSFの見過ぎか。
「レーテでは紛争問題の他に、貿易や領土の問題、条約等のルールに違反した国への制裁に関して討論・決議を行なうことが出来マスヨ。」
つまり国連みたいなものなんだな。聞いた限りでは早い段階での警察行動が可能なようだが果たして正常に機能するのか。まあともかくレーテの世話にならぬよう、近隣国との溝を深めないのが一番だが。
「私からの説明は以上デス。それではこれより、Diplomatの拠点となる領国に移動してもらいマス。各自脳端末内のマップに従って移動してくだサイ。ゲームの開始時刻は明日0:00。あと8時間程でしょうかネ。」
現在時刻は自分のスマホでは20:34、スクリーンでは15:52となっている。ここが本当に地球外であることがはっきりした。個人的にはアプリゲームが出来ないのが何より辛いが、今は生き延びることを第一に考えるしかないな。
自分は椅子から立ち上がり、呆然と座っている人々の足を踏まないよう用心しながら議場出口に向かった。
「さっきから好き勝手喋りやがって!俺はこんなお遊びに付き合ってる暇ないんだよ!このデカブツがっ!!」
叫び声の方に目線をやると、坊主頭で筋肉質の男がシルクに飛びかかろうとしていた。
バチッ!!
しかしその瞬間、激しい炸裂音が鳴り響き男はその場に倒れ込んだ。
「キャーーーー!!」
「大丈夫、気絶させただけデス。さぁさ皆サマ、速やかな移動をお願いしマス。彼のようになりたくなけれバ。」
人々が怯えながら椅子から立ち上がるのを尻目に、自分は議場を後にした。
顔を見上げると地球と同じく空は青く、太陽が燦然と輝いている。しかし町並みは極めて殺風景だ。樹木どころか草の一本も生えておらず、研究施設のような建物ばかりがずらりと並んでいる。やはり人間は住んでいないのか。
「あれ?君、大丈夫?道に迷ったの?」
暫く辺りを見回していたせいか女性が話しかけてきた。自分よりも長身だ。金色の長髪が美しく輝いている。
「あ、いえ、景色を眺めていただけです。」
「眺めるほどのビルディングも無いのに変わってるね。私の名前はリリア、リリア・ベイカー。いや〜突然ここで暮らせだなんて訳わかんないよね。ここが地球じゃないなんてまだ信じらんない。」
「黒崎…です。自分も実感湧かないです。」
「でも地球の技術じゃこうして普通に会話するのは不可能。地球より発展した星に連れてこられたのは間違いないかもね。えーと、クロサキ、トオルっていうのね。」
リリアは目を上下させながら自分のフルネームを言い当てた。
「……何故下の名前を?もしかして脳端末に情報が載ってるんですか?」
「ええ。全412名の氏名や領国、などが記されてるわ。ところであなたの国はどこにあるの?私の国はアルビオン大陸、っていう所にあるみたいなんだけど。」
急いでマップを開き目的地までのルートを調べる。
「えーと、レーテ北側の空港でアルビオン大陸行きの飛行機に乗り、離島行きの便に乗り換える。この離島が自分の国らしいです。」
「そっか。じゃあ途中まで一緒に行かない?こんな状況だし、話し相手が欲しくて。」
「えっ、いやまあ自分なんかで良ければ。よろしくお願いします、ベイカーさん。」
「よろしく〜。リリアでいいよ!」
普段、必要事項の伝達くらいでしか殆ど会話をしない自分では話し相手にならないのではと些かばかりの罪悪感を覚えながら二人で空港に向かった。
「着いたぁ。……内装は地球の空港とさほど変わりないのね。」
「そうですね。でもスタッフはみんなロボット。Diplomat参加者以外の客は……いなさそうですね。」
「チケット発券機も無いし、無料で乗り放題ってこと!?」
『アナウンス。アルビオン大陸行きシグマ153便は20分後に離陸します。お早めに搭乗してください。』
「おっ、そろそろ出発みたいだね。行こっ、トオル」
「あっ、はいっ」
親以外の人間に下の名前で呼ばれたのは小学校以来なので一瞬戸惑った。リリアを追いかけ小走りで搭乗口を目指した。
「これが私たちが乗る飛行機!?」
前を歩いていたリリアが突然立ち止まり窓の外を指差した。駆け寄って指差す方を見ると、全身が漆黒に染まった機体が佇んでいる※。そして地球人がよく知る従来の飛行機と異なり翼と胴体が一体となっている。
「機体前方にすら窓が無いということはパイロットもいないんでしょうね。完全自動操縦というわけか。」
「ノーパイロットなのは予想ついたけどこれじゃ景色が見えない……」
リリアは少し残念そうに呟いた。
「とにかくそろそろ時間だし乗ろっか」
「はい」
彼女の後に続き荷物検査ゲートを通過し搭乗橋を渡って機内に入った。既に30名ほどのプレイヤーが乗っている。外の景色が見えないことを除けば雰囲気や座席の配置は地球のものと変わりない。
「ここに座ろっか。」
リリアは後方から4列目、機体左側の窓側の座、自分は一つ開けて通路側の席に座った。
『アナウンス。アルビオン大陸行きS153便はまもなく離陸します。乗客の皆様はシートベルトをお締めください。』
指示に従いベルトを締めた。痩せ型の自分でも少しきつい……間もなくしてエンジンが掛かり、約30秒後、滑走路を走り出してから10秒もせずに離陸した。飛行機には何回か乗ったことがあるが離陸時の体がふわっと浮く感覚は未だ慣れない。
「到着まで3時間掛かるみたいね。着く頃には日が沈んでるかも。私は徒歩で行けるくらいには国が近いからいいけどトオルは大丈夫?島にたどり着くのにかなり時間掛かるんじゃない?」
リリアがスクリーンと自分の方を交互に見ながら心配してくる。話しかけられた時にも思ったが、この状況下で他人の心配をする位だから余程の人格者なのだろう。
「1日でこんなに移動するのは初めてですけど問題ないと思います。アルビオンの空港で島への便に乗り換えればそこまで時間は要さないはず。」
「なら良かった。」
リリアは安堵したかのように微笑んだ。これ普通の男なら惚れてるだろうな。
『アナウンス。水平飛行に入りました。シートベルトを外しても構いません。空の旅をお楽しみください。』
ベルトを外すと突然、機内を覆っていた黒い外板の上半分が透明になり、外の景色が映し出された。
「 ! ! ! ! 」
機内が騒然とした。自分も何がどうなっているのか分からない。
「ねえトオルこっち来て!!めっちゃ綺麗!!」
リリアが自分の脇腹に手を回し窓側へ引き寄せた。
「ちょっ、リリアさん!?」
「いいから下を見て!」
突然現れた窓から下を覗くと(海、氷山、森林などの情景描写)。思わず息を呑む程の絶景だ。
「すごい。こんなの初めて見た……」
「でしょでしょ!まさか外の眺めを見れるなんて思わなかった!しかもこんなに幅広く!」
リリアも周囲の乗客も我を忘れたかのように見惚れている。かくいう自分も今年で一番高揚している。暫くの間、距離が近いのも気にせず自分とリリアは窓の外の美しい自然を満喫した。