案山子
「陽ちゃ~~~ん!!」
クソ田舎。この一言で片付く俺の地元では、当然ながらプライバシーなど皆無。半径十キロ圏内に住む人間達には俺の個人情報は筒抜けだし、少しでも悪さや浮ついた話があれば他人の癖にズケズケと斬りこんでくる始末。正直言ってうんざりしていた。
そして今日も……。高校からの帰宅途中、健気に田植えをしている近所のご老人、名前は確か……邦夫さん……だったか。かなり離れた距離から、嗄れた大声で名を呼ばれてしまった。
「あ、あ~~~邦夫さん。今日も元気そうっすね」
「馬鹿言うなや、こんなに腰さ曲がっちまってよぉ!田植えだって満足に出来やしねぇ!」
「はは……いやいや、十分動けてますって!もう八十歳でしょう?」
「惜しいなぁ陽ちゃん!まだ七十九だよぉ」
「あっちゃ~~こりゃ大外れだ!!」
なんだかんだ言って、俺も老人たちの毒にも薬にもならない冗談話のノリに染められていた節もある。
「そういや、ミフネさんは……二つくらい上でしたっけ?」
「そうだなぁ……んでも、もうボケちまって自分の歳も碌に覚えてねぇんだわ」
「あ……そうだったんですか。確かに最近、田んぼに出てないなと思ってたけど……」
「しゃぁねえわな、こればっかりは抗えるもんでもねぇし。老々介護……っつーんだろ?俺もガタガタだけど、世話してやるしかなかったんだわ」
「俺に出来ることあれば言って下さいよ?買い物くらいなら手伝いますから」
「ハハハ!!頼もしいなぁ陽ちゃんは!!じゃあさっそく田植えを……」
「買い物だけって言ったじゃないすか!んじゃ、暑いんで水摂ってくださいね~~」
「なんだぁ連れねぇな!!……お前ぇもぶっ倒れねえ様に気をつけろよ~~~!!」
適当に会話をいなして……。
と、ふと邦夫さんの遥か後方を見る。そこには、見慣れない大きな案山子があった。竹を数本、頑丈な紐で結び、そこに麻の布の様なもので作られた案山子が、麦わら帽子を被り吊るされている。
「あれ?あんなん、前からありましたっけ?」
「あぁ?あーーー案山子かぁ!少し前から置いたんだ。この辺カラスとか獣とか色々出るようになっちまったからさぁ」
「へー……でも、効果あるんすか?」
「五分五分ってところだな」
「何すか五分五分って……」
「まぁ、動物はほとんど構わず荒らしに来る」
「意味ないじゃんそれ!!!」
「ハハハ!!!」
ゲラゲラ笑う邦夫さんに呆れて、俺は再び帰路に着いた。
◇
「へぇ~~~……ミフネさん、そんな事になってたんだ。大変だねぇ邦夫さんも」
「あぁ、まぁ話は適当に流したけど、かなり大変そうみたいよ」
その日の夜。家族で食い飽きた山菜料理を囲む。何の気なしに話題に挙げた帰り道の話をしたところ、母さんはやけに悲しそうな顔で聞いていた。
「だって、借金もあるんでしょ?あそこ……それに加えて介護なんて……」
「え?そうなん?」
「昔、邦夫さんが事業に失敗したとかで……時折借金取りみたいな人があそこの家に入ってくの見た事あるもの」
やはり、全ての個人情報が無意味だな……この村は。
「ただでさえ金無いのに介護か……借金取りも、少しは容赦してくれないもんかね」
普段無口な父さんも、ぽつりとそう呟いた。すると母さんが思い出したかのように少し目を見開いて、会話に割り込んでくる。
「そういえば……最近は来てないかも!借金取りの二人……!」
「マジ?……流石に人の心はあるってか……」
「いや、どうだろうな。別のアプローチに切り替えたか、それか……自己破産でもしたのか?」
でも、あの時会った邦夫さんは普通に畑仕事をして……別になんてことはなさそうに見えた。
ドラマやマンガじゃあるまいし、さすがに地獄の果てまで追いかけるなんてことは、借金取りもしないのだろう。……何かの恩情でも受けたんだ、邦夫さんは。
◇
「陽ちゃ~~~~ん!!!」
「邦夫さん」
別の日の帰り道。また邦夫さんに呼ばれてしまった。
「今日は早いなぁ、サボりかい?」
「違うって。テスト期間中で、帰るの早いってだけ」
「おぉ~~~そりゃいいじゃねぇか!どうだ?暇なら畑仕事でも……」
「だからやらないって!!テスト期間中って言ったじゃん!」
「ハハハ!!そうだったそうだった」
「全く…………あれ?」
ふと、邦夫さんの後方を見る。
案山子が増えていた。
「三つになってる……?」
「お、良く気付いたなぁ!せっかく落ち着いてたのにまた荒らしに来たからよぉ、増やしてやったんだ」
こないだの一体から、二つ増えて合計三体。どれも同じような見た目の案山子だった。強いて言うなら、今度の二体の方が大きい気がする。
「いくら増やしても効果ないんじゃない?五分五分なんでしょ?」
「いやぁ、これで邪魔されなくて済むよぉ!!」
「何の根拠もないのに凄い自信じゃん……」
「まぁ、結構勢いでやっちまったから……嗅ぎつけられたら、また五分五分に……いや、構わず荒らしに来るかもなぁ」
「………ん?」
「でも、そん時はそれで増やすから大丈夫だ!」
邦夫さんは、汗を拭いながら笑っていた。
……………”せっかく落ち着いてたのに”?
獣はほとんど、食い荒らしに来るって言ってたよな。
そもそも、五分五分ですらないじゃないか。
「案山子は良いなぁ!面倒見る必要も、金返す必要もねえし!!もっと増やせば……捕まる心配もない」
目線を再び案山子に移す。
あれ……案山子って、あんなに赤いものだったっけ。




