ほのかな光
(男の子視点、ちょっと短い)
ふよふよと空を舞う小さな光の粒に、俺の隣に立つ彼女は珍しくその口を開けてそれを見つめてる。
彼女のこんな顔が見ることができるだなんて、あまりにも珍しい体験に俺は驚きとは似て異なる感情を持った。
暗い夜ふけた時間に、俺たちは二人並んで暗闇に目を凝らしていた。たしかにここでそれを見れると聞いたときには、条件が夜であったし水辺も近いことで怪しさしか感じられなかった。
それでも、後ろから俺に手を引かれる彼女の存在を思い出せば自然と足が向いた。別に、何もなかったらすぐに引き返せばいい。罠だとわかったらその瞬間に走って逃げればいい。
前よりも長く、速く大きく動くようになった自分の足はきっと彼女を危険から逃すことができる。
そう考えて。そう決めて俺は彼女の手を暗闇の中へと引っ張り込んだ。
けれど実際に来てみて驚いた。
一つの小さなそれを見つければ、矢継ぎばやしにそれらはまるで闇夜の隙間からこぼれ溢れ出るように姿を見せた。
もちろん眼の前の不可思議な光景に俺は驚きと感動を得たけど、もう一つ俺を酷く刺激するものが隣りにあった。
それを見つけたときの、彼女の普段の物静かな顔とは違って、なんとも言えないそのアホの子そうな顔がこのとき俺には妙にキた。
それを顔に出さないように一度彼女から顔を反らしたが、自分が彼女から顔をそらした理由が思い起きてそれが何度も喉と鼻に衝撃を与えてくる。
「…………?」
空を彷徨う光よりも俺の様子に気がついた彼女が、不思議そうな顔をしているのが肩越しに理解できた。
しかし今それを直視すれば、ついに喉の奥の何かが爆発してしまいそうな気がして俺はどうにも彼女と目を合わせられない。
かと言って、このまま彼女から視線をそらすのが正しいとも思えない。もちろん彼女の反応をわかったうえで無視している現状も問題なのだろうが、それ以上に今はさっきの顔が頭の中から離れない。
彼女が俺の肩の震えを見て今度は心配げな表情を顔に表し始めたところで、やはり俺はもう限界だった。
「…………ゥクッ……クク!」
俺の肩が大きく跳ね出し、喉の奥から堪らず音が漏れた。それに気づいた彼女はビクリと俺には劣るほどに小さく肩を揺らしたが、心底わからないという表情を見せた。
かつて人形のように固まっていたはずの表情が、今は懐かしい。コロコロとその心情を顔色に表す眼の前の彼女はもう、たしかに人形ではないと言い切れる。
どこにでもいる、普通の女の子。
それが、確信できた夜だった。
「どうしたの?」
ついには彼女も耐えきれなくなったのか、声に出して尋ねてくるようになった。それに対して俺は謝ればいいのか、誤魔化せばいいのかも分からず、かと言ってまだ顔も合わせられない。
さっきの彼女のアホの子そうなその顔が、今に頭の中に蘇りそうだった。なんとかそれを振り払い彼女の顔を再び見れるように意識したが、意識をすればするほど治まらなくなりそうになったところで諦めた。
「………………キレイ、だ」
光の粒に視線を流し、彼女のその瞳とは重ならないように促した。
俺の言葉と様子にこれまた不思議そうにする彼女だが、俺に釣られるようにその双眼を暗闇へと目を向ける。そんな彼女の様子を盗み見て俺はまた「キレイだ」と重ねた。
それは彼女の追求の目を誤魔化すためでもあったし、もう一つ別の理由もあった。
しかしそれはこの場で彼女に告げることではないし、何より今更な気がした。
よく考えれば、ずっとそうだったのだから。
彼女に抱いた「キレイ」という感想とは違うそれを、今更口にするのは違う気がした。
でも、こんなにそれが溢れたのもたぶん初めてだから、初めて気がつけたから。それを無視しないよう、忘れないようにもしたい。
…………いつかは、伝えたい。そう思えるのは俺も、前よりは少し成長した証だから。
それを彼女に伝えて、その上でまた一緒に並んで歩きたい。
今は少し、それが早いと思おう。
君を見つめるだけではない俺になれたら、きっともう止まらないから。
人形のようだった彼女が一人の女の子になった。
俺はそんな彼女の手を引く、一人の男だから。
(“かわいい”)