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買い物

男の子視点


「おい坊主、手ぇ出せ」


 突然売り子をさせてもらってるところの店主にそう言葉をかけられた。わけがわからないまま片手を前に出せばひょいと上から掴まれて俺が攻撃かと焦る前に何かを掴まされた。


うちの市場は客受けで有名だ。妹になんか買ってやれ」


 路銀を稼ぐために働いていたのに、そこで駄賃を貰うのは変な気がした。しかし有無を言わさぬ圧をかけてくる店主に、突っ張ることもできず俺は握らされたそれを突き返すこともできなかった。

 人の多い場所では彼女にフードを被らせ顔と髪を隠してる。連れ歩いてもおかしくないように「妹」だと言っていたのが災いした。

 彼女がその顔を俯けていても、大人には何かが分かるらしい。まぁ、兄妹であっても親を連れず点々と彷徨う様から事情があることはある程度察せられるのだろう。

 相手が何を意図しているのか俺には分からないが、少なくともそこに薄汚い何かがあるとは今のところ感じたことはない。

 それに安堵していいのか分からないが、とにかく今日の帰りは寄り道せずに帰ろうと思う。夕飯は朝の時点で調達しているから帰ったあとはそのまま宿を出ず夜明けまで待とう。

 俺がそう考えれば、握りしめた手の中の駄賃がチャリと音を立てた。



 「いち、ば?」


 俺の言葉を繰り返す彼女に一つ頷いて見せたが、彼女自身未だその言葉を飲みきれてはいない。

 少し下がる彼女の木の枝でも乗りそうな長いまつ毛を見つめていれば、パチっと音がしたと思ったあとにそれはまっすぐ俺に向けられた。


 「いく」


 そう短く俺の言葉に頷いた彼女に、俺は自然と肩をおろした。あまりに無意識的で、どうしてそうしたかも分からず。



 彼女の手を引き、人通りの多い幅広の道を進む。視界の両端に映る露店を横目に俺も彼女も足を止めることはない。

 しばらく突き進んだあと、最後の露店を通り過ぎたところで俺はようやく足を止め後ろを振り返る。

 「気になるとこ、戻る」

 そう言って彼女の手を引いたまま、俺は露店が立ち並ぶ通りを引き返す。それに彼女は何も文句を言うことはなく、ただ微かに彼女が頷いたのが視界の端に入った気がした。


「お、そこのボウズ、嬢ちゃんウチに寄ってかねぇか?丁度イイもん仕入れたばかりなんだ」


 突然立ち並ぶ露店の一つから大きくそう声をかけられた。引いていた彼女の手が離れないように握り直し「……また今度寄る」と俺が断れば相手はあっさり「また振られちまった」と言って笑った。

 その様子を見て申し訳ない気持ちにながらも俺はさっさと足を前に運ぶ。少しでも彼女に意識を持たれないために。

 俺に手を引かれる間、彼女は自ら足を止めることはない。その顔をフードに隠したまま、素直に俺の後ろを付いて歩く間は妹と言っても疑われたことはない。

 できる限り俺もフードを被って歩いていけれど、働いてる間はそうも行かないしあまり同じ場所には長居しないようにしてる。

 本当は、移動のとき以外彼女を連れて歩くこともしないようにしたい。けれどもやはり現実はそうも行かない。

 キュッと繋いだ先の手に少し力が入った。尻目に振り返れば、彼女は俺ではないどこか一点を見ていた。

 珍しい、と思うと同時にやっぱりとも思う。


 「オッチャン、それ一つくれ」

 俺が彼女を引いていた方の手とは逆の手で、いつかの駄賃を突出す。相手は驚きながらもそれと俺が示したものを交換してくれ、俺はそのまま頭を下げて彼女の手をまた引いた。

 物陰に隠れたあと周囲の様子を見ながら俺が彼女の手にそれを持たせると、彼女はフード越しに俺を見上げた。気のせいか、その瞳は普段よりも明るく見えた気がした。

 「食べていい」

 そう俺が促せば、彼女も疑う素振りなくそれに口を付けた。フードさえ被ってなければ、どこかの偉い人がこれを絵にして売ってくれと言ってきそうなほど美しい様だった。


 ………………でも、今回はなんかちょっと、変な感じだ。

 なんかこう、犬とか猫とか。そういうものを見ている感覚。

 彼女が一生懸命その小さい口で俺が渡したものに齧り付くその姿が、キレイとは違う何かを感じる。

 人形みたいにキレイな女の子が、本人なりにやり方もわからないかのように頑張って口を開いて頬張る様は、キレイではないもっと他の感情が湧いてくる。


 「食べる?」


 それが何かを知りたくて、……わかりたくて彼女をひたすら見つめていたら突然その小さな口がこちらを向いた。

 「え」

 俺が驚きを彼女に伝えれば彼女はもう一度「食べる」と今度はついさっき俺が手渡したばかりのものを俺の口にあてがってくる。


 「おいしい?」


 まだ口に入れてもいないのにそんなことを尋ねてくる彼女に、俺はこれ以上なんて言えばいいのか分からなかった。

 とりあえず彼女が齧っていたと思われる箇所を避けてそれを一口口にすれば「うまい」とそれだけを言葉にした。

 俺が一度口を付けたそれを彼女は俺の反応を見て満足し、また自分の口に運んだ。その小さい口で頑張って頬張る様は、やはりなんとも言えない感情を引き起こす。


 砂糖と果実の甘さが、一口口にしただけの俺の口内にいつまでも染み付いたかのように広がり残った。

 彼女が唯一俺から一度だけ視線を逸したそれを、苦々しく見つめるのも必然だった。

“かわいい”

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