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 ポツリポツリ。

 ザーザー。


 空から降る雨粒が音を立て続ける。

 不思議なくらいたくさんの音があると知れば、込み上げそうになった何かが握りしめた手のひらに力を込めた。


 気がついたら足は止まってて、フードの付いた濡れた上着は椅子にかけられ私は窓の外を眺めていた。部屋の中を見渡せばそこは暗くて、まるで夜みたいにランプの明かりだけがユラユラと揺れていた。

 宿なんだと、そう認識すれば私はまた外を眺めた。

 空を見上げて、空から落ちてくる雫を見て、色がないことに不思議だと思った。

 空は暗くて、雨は透明で、雲が濁っている。


 ポツポツ。

 ザーザー。


 遠くの音と手前の音が交錯して耳に届く。

 時々ダダダダっと音がすれば、それは水を叩きつけられた地面の音だった。

 変なの。

 部屋の中にはなんの音もないのに、外はたくさんの音に溢れてる。変なの、とそう思えば、また部屋の中を見渡す。

 ベッドがあって、クローゼットがあって、自分の横には椅子と何もおいてない机がある。狭いか広いかはわからないけど、目の前にある扉は遠く感じる。

 部屋にはいつも、彼はいない。

 気がついたら部屋にいるけど、彼の背中を思い出そうとすれば外になる。いつここに来たのかも私はわからない。


 ピチャン。


 音が聞こえて、また外を見る。ガラス窓に水が張り付いていてそれがツーと上から下に落ちていく。

 ピチャン、とまた音がして窓枠に顔を寄せれば小さな滴の塊がポタリとこぼれた。

 雨の音。水の音。

 それは同じに見えるのに、全く違う。

 それが不思議だった。


 ポタリと、また落ちた。音は聞こえないのに、そう鳴ったような気がした。

 パタパタ、ザーザーと空から地面へと落ちる水の音が聞こえる。部屋の中にいるはずなのに外も雨も冷たいのだと感じた。


 変なの。

 止まない雨にいつ止むんだろう、とそう思う。

 気がついたらいつも止んでるのに。どうして止まないんだろう。

 変なの。

 灰色の濁った雲が世界を覆っているように感じた。



 ポタリと頬を掠った。額に当たってはこぼれ落ちるそれを見上げれば、歩んでいた足は止まった。

 どっちが最初に止めたのかも、わからなかった。

 私はただ、空を見上げた。フードが背中にこぼれそうになって、彼が声を上げたのを感じたけど、気にならなかった。

 彼よりも、今は空が気になった。濁った雲が雨粒を落としてくるのが視界に入る。

 パチっと本当に目に入ってきた雫に更に目を見開いた。

 空から落ちてきた雫が唇をなぞり、少し開けば中に入ってくる。無味のそれに、自然と喉が鳴る。

 彼が不思議そうに私を見てくるけど、私はまだ空を見上げる。

 ジワリと彼に引かれている手から水気を感じれば、雨に濡れたそれはベタベタしてるのにも気がついた。

 彼は手を離さない。


 冷たいと思っていたそれは冷たくないのだと、初めて気がついた。

 また空を見上げても、濁った雲が視界に入っても温もりしか感じられない。

 冷たくない。寒くない。

 そう思えば、肌を伝う雫の全てにもまた温もりを感じる。

 羽織るフードも上着も、いつの間にか靴を濡らしていた足元も。冷たくないし、寒くない。

 水気を含んで重くなったそれは、かえって汗ばんで熱を促す。

 空を見上げ、足元を見つめ、顔を上げて彼と目を合わせる。

 不思議そうに私を見ていた彼と目が合えば、彼も一度手を強く握ってきた。


 「行くか?」


 その問いかけにうんと頷けば、止まった足が動き出した。

 長い長い雨雲に、私はもう足を止めない。

 水溜りの中を跳ねる雨が踊っているように見えながら、私はもう一度彼の背中を見つめる。

 暗くて、陰の多い背中は何よりも温かいのを知ってる。

 落ちたはずのフードがいつのまにか頭からかぶらされていることに気が付かないまま、私は彼の手をギュッと握った。


 「行くか?」


 耳に残るのはたくさんの不思議な雨の音と水の音。

 そして、当然のように投げかけられた彼の問いかけの言葉。


 ポツリポツリ。

 ザーザー。


 私の手を引くその手と、その背中を目で見ながら耳で雨の音を拾う。

 空も地面も、その雨からたくさんの音を紡がれて、まるで目で見えない色を付けてるみたいだ。

 暗くても明るい世界を音だけで作り出す。


 雨も、好きだなと思った。

 ピチャンピチャンと、彼の表情は見えなくても、その足音がまるで踊ってるみたいだった。

 私も同じ音を繋いでいるのに気がつけば、彼と二人で踊ってるみたいだと思った。


 ポツリポツリ。

 ザーザー。


 雨の中を歩くのも、いいな。

 素直に、正直に。心から、そう思った。


 雨の国。いつもずっと雨が降ってるなら、また行きたいなと、そこから離れたずっと後にそう思った。

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