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手のひら

男の子視点です。


 彼女の手を引いて、どれぐらいの時が経っただろう。


 ふと、そんなことを思った。

 彼女は変わらず引かれる手を離そうともせず、後ろをついてくる。

 それが自分の意思なのか、ただ引かれるがままなのかはもう考えていない。

 たとえどちらでも、俺は彼女の手を引いて歩き続ける。

 もう、そう決めていた。



 移動では、歩き続けるだけじゃなく荷馬車に乗せてもらったりすることもある。

 今日は、たまたま気のいいオジサンが大きい街の方まで乗せていってくれると言ってくれたので、それに甘えることにした。

 荷馬車に乗っているのは、俺たちだけじゃなくて他にも若い母親と小さい子供の親子や、お婆さん、オッチャンなんかが並んで座っていた。

 俺たちは荷馬車の尻端に腰掛け、足を馬車の外に放り出しながら後ろ向きに流れる景色を眺めていた。

 隣に座る彼女も、その景色をぼーっと眺めている。

 焦燥感の全くない、ゆったりとした平穏な時の流れが、俺達の周囲に漂っていた。


 変わらぬ景色を眺めながら、少し眠気を感じた頃。彼女が急に俺の手を引っ張ってきた。

 なんだと思いながら彼女を振り返るも、彼女はこちらを全く見ることもなく、俺の手を眺めていた。

 ジーっと無関心そうな表情をしていた事から、彼女も退屈しのぎがしたいのだと勝手に解釈した。

 手持ち無沙汰ながら、俺の手をただ無表情で眺める姿は、本当に棚に飾られたお人形のようだった。

 彼女は人形ではないということは分かっていても、そう思わずにはいられない。

 その時、彼女が退屈なように、俺も退屈をしていた。だから俺の手を眺めるだけの彼女を、俺はただひたすら眺めていた。


 サワ。


 観察するような様子だった彼女が、急に俺の手をいじり始めた。

 初めはなぞるように、ツーっと、自身の指で追いながら、両手を使って俺の手を包んできた。

 俺はついビクリと肩を揺らしたが、幸いにも彼女に気づいた様子はなかった。

 見習い仕事でできたマメの周りをくるりくるりとなぞる。それが直接伝わってくるのが、俺にはなんとも言えない感情だった。

 今度は指の関節の部分を一つずついじり始めた。先ほどと同じように、くるりと指でなぞることもあれば、曲げていた関節部分を真っ直ぐにするように押さえたり、逆に曲げていなかった関節部分が曲がるかのように押し返したりすることもあった。

 それが妙にこそばゆいような、くすぐったいような感覚で早く彼女の手から開放されることを祈った。

 彼女は関節部分の興味が収まったのか、今度は指先に注目し始めた。トントン、と優しく叩いたかと思えば、ギュウっと弱い力を入れてくる。それを何度も繰り返しながら、もう片手は手の甲を撫で始めた。

 なんだかマズイ気がする。

 そう感じ始めた頃には、彼女の俺の指先への興味もようやく失ったようだった。

 やっと開放される。そう安堵したのも束の間、彼女はぎゅっと強く手を握ってきた。

 それは、世間で言う恋人同士の繋ぎ方だった。

 お互いの手のひらを合わせ、指と指を絡める行為。

 彼女がぎゅーっと握ってくる姿を見て、俺は急いで彼女の手を振り払った。

 彼女から顔を背け、視線を絶対に合わせまいと、とにかく必死で遠くを眺めた。

 彼女は急に振払われたことから、驚いたように俺の横顔を見つめるが、俺はその様子に気がついていながらも、そのまま無視した。


 カラカラガタンっと、荷馬車が道を流れる音が響く。御者の小さな鼻歌も、一番後ろにいる俺達にまで聞こえてくる。

 彼女は、また手持ち無沙汰になったことに少しばかり不満気のようだった。そんなふうに感じる自分が少し不思議にも思えた。

 彼女は特に何も考えていなかったのかもしれない。ただいつも通りぼーっとしていただけなのかもしれない。

 けれど、俺の手を握った瞬間の彼女の表情は、これまでに感じたことのない気配が漂っていた。

 人形のような彼女が、そうでない瞬間を垣間見た気がした。

 それがどんな気配で、どうしてそこまで見てはいけないようなものを見てしまったかのような罪悪感があるのか、このときの俺には全くわからなかった。

 ただ、その姿が忘れられなかった。


 彼女は無表情だったはずだった。そこにはなんの感情もなく、ただ俺の手のひらを眺めていたに過ぎない。

 なのに、俺はそんな彼女に、『色気』を感じてしまったのだ。

 人形のような彼女が、一人の女の子に見えた瞬間だった。

 俺はそれを自覚することもできず、その視認できない熱気に耳が赤くなることを抑えることもできず、ただ手持ち無沙汰そうな彼女から顔を反らすことしかできなかった。


 「くすぐったいから、やめて」


 どうにか俺が彼女から目を逸らしながらも、そう口に紡ぐのに必死になっていたとき、彼女が俺の耳を見つめていたことを、俺が知ることは決してなかった。

 その時の彼女の表情も、もちろん見ていない。


お付き合い下さりありがとうございます。

しばらく続きを更新する予定はないので完結とさせていただきます。

Twitterで時々こぼれ話を呟かせていただきます。

一話分の話がなにか思いついたらまた投稿しようと思います。

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