放たれた火
男の子視点
彼女を置いて一人で港町を出た俺は、あてもなく彷徨い歩いた。どれほど歩いても思考はまとまらず、ふと振り返った先に地平線が見えると意味もなく謎の虚無感を感じることもあった。
今彼女は何をしてるだろう。また俺の知らないやつと会って話でもしてるんだろうか。宿のオバサンやオジサンに迷惑かけてないだろうか。
気が付けば止めなく彼女のことを考えていて、これじゃあ何のために一人で旅出したのかわからなくなることもあった。
何日か歩き続けた時、一つの商団とすれ違った。
視界の先に馬一頭が大きな荷車を引いているのが見えた時から、俺は自然とそれに気を引かれていた。
すれ違う直前まで、それから目を逸らせずにいた。
ものを買いたいわけでも、情報を得たいわけでもないのに不自然なほどそれに意識を持っていかれていた。
なにか声をかけようか、かけるとしてもなんてかけようか。道でも聞こうかと口を開けようとした時。
「あれ、坊や?坊やじゃないか!こんななんもないところ歩いて何してんのさ?!」
荷車の端で蹲る若い男が俺に呼びかけた。
「なんだい、知り合いかい?」
「あぁそうさ!オヤジがオレを拾ってくれたあの土地の知り合いさ!なぁ坊や、俺はお前と思い出話がしたいんだ。もし時間があればちょっとだけ乗ってくれないか?この荷車は川を見失っちまって、とりあえず港に向かってるのさ」
問答無用とばかりに若い男は荷車から降りたと思えば、自分の腕を取り無理矢理荷車の上に引きずり込まれた。
俺は未だに相手の顔に覚えがないのに。
しばらくそいつがべらべらと話し始め、俺はどうやって荷車から降りようかと様子を窺っていた。相手はそんな俺に気がつくこともなかった。
「なぁ、あれから坊やは一人か?こんなところで会ったのも縁さ。このまま一緒に港に行こう!港はいいぞ!新鮮な魚が食えるし、酒も旨い!着いたら最初はオレが奢ってやるさ!」
「……アンタこそ、何でこんなところにいるんだ」
俺は初めてそいつに質問をした。
未だにどんな関係だったか思い出せない俺は、その紐づけとなる情報がないか探ろうとした。あの頃の俺は丁寧な言葉なんて知らなかったし、きっとこんな態度でおかしくないだろうと思った。
けれど、そいつはポカンとした顔で情けなくも眉を垂らした。
「あー、あれからどんぐらい経ったかな。坊やと最後に会ったのも、随分前だろう。……本当は港に着いて、呑みながらって思ってたのさ。……火事、あったとき坊やはどこにいた?」
ドクンと、心臓が重く震えた。
反応してはいけない、知らないフリをしなくちゃいけない。火事の場から逃げ、彼女を連れ出したことを気付かれてはいけない。
俺がなんの反応も見せないことから、そいつは俺に答える気がないと判断してまた話しだした。それは、そいつの話だ。
「オレさ、坊やとよく一緒だった女の子いたろ?その子のことが好きだったのさ。ずっと、ずっとあの子のこと見てた。だって、あの子めちゃくちゃキレイだったし、お貴族様が持っているような人形みたいに見えてたのさ。いつか話したい、その顔に触れてみたい、笑った顔はきっとすっごく可愛い。でも、あの子はずっとあの家にいるから、なかなかその機会がなかった」
ドクリ、ドクリと鼓動が鳴る。
「ある日、あの子の家が火事になったのさ。オレはあの家に火が燃え広がるのを間近で見てたのさ。少しずつ、あの家が崩れていくのを、オレはただ見てた。火が消えたあとも、オレはただそこに立ち止まってて、あの子を助けに行こうなんて考えもなかった。でもさ、大人たちが燃え尽きた家の中をいくら探しても、あの子の遺体は無かった聞いてさ。オレ、あの子は本当に蝋人形かなんかで解けて消えたのかと思ったのさ」
俺の中で複雑な感情がせめぎ合っていた。
俺と彼女のことを気付かれたくないという恐怖。
俺が彼女をあの家から連れ出し、逃げ出したことを知られてないという安堵。
俺が彼女とともに逃げることを誰にも告げなかったという罪悪。
そして、まだ彼女を人形扱いする人間がいたことに対する激情の怒り。
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