始まりの日のあとの話
女の子視点です。
「嬢ちゃん、始まりの日は宿のオバサン手伝ってたのか?オヤジが嬢ちゃんがすることないなら嬢ちゃん呼んでこいっつって探したんだけど、港じゃ見かけなかったからさ」
癖毛の髪を片手で整えながら男の子がそう聞いてくる。私がコクリと頷けば男の子から「そうか」と低い声が聞こえてきた。
稽古場に向かう道のりは海の潮風で背中を押され、思っていたよりも前に足が進んでしまう。
「嬢ちゃん、スキップとかできるか?」
男の子がなんて声をかけてきたのか、風の音が強くてすぐには分からなかった。
スキップ、というものも聞き馴染みのない発音で、男の子もすぐに説明してくれた。
「こう、こんな感じでリズムよく前に進むことだよ。リズムってのも、なんか、んーそうだなぁ。説明するのは難しいんだけど」
男の子が実際に見せてくれた歩き方があまりにへんてこだったから、面白い冗談のつもりなのかと思った。
けれど、真剣に一人そこで足踏みをしている姿を見ていると、どうやら本当の話かもしれない。
「こう、踏み込む感じでさぁ。コツがいるから出来るやつとそうじゃないやつもいて、流行ってんだ。嬢ちゃんは覚えいいし、できるんじゃないか?」
男の子が足踏みをするたびに癖毛の髪がヒョコヒョコと飛び跳ねる。ついそれに気を取られて、振り返った男の子がキラキラと目を輝かせている理由がわからなかった。
同じことをしてみろ、と言われているのだろうか。
そう思って、私はマネをするようにその場で足踏みをした。しかし、やっぱり上手くはできない。
「へえー、嬢ちゃんにもできないことがあるんだなぁ」
男の子の声が一つ高いのがわかった。
でもそれは上ずったものではなく、驚きや不思議を表すような声だった。
おかしなことを言うと思った。
私にできることが沢山あるように、何でもできると思っているように、男の子は言った。
ずっと、彼の背中を見てきた。
ずっと、彼に手を引かれ歩いてきた。
ずっと、彼の進む先で、彼が見せてくれる景色を見てきた。
ここに来て、彼は変わった。
やりたいことがあると言った。文字の勉強がしたいと言った。
一人頑張る彼はキラキラしていた。
そんな彼を見ていると、私も何かをしたいと思うようになった。
落ち着かなくて、彼を待っている時間がどんどん長くなって、一日がゆっくり過ぎて。
そんな時に、癖毛の男の子と出会った。
声をかけられた時は、何も興味はなかったはずなのに、いつの間にか男の子の言葉に惹かれていた。
「嬢ちゃん、強くなりたくないか?」
彼のために何かをしたいと思っていた。
彼は、いつも私を守るために動いていた。
彼が自分の好きなことを始められたのなら、今度は私が自分を守れるようになりたいと思った。
だから、強くなりたいと、思ったんだ。
でも彼は危ないとか、危険だとか言って嫌がるかもしれない。
初めて彼に隠し事を作ってしまった。
きっと、ここに来て変わったのは彼だけじゃない。
私も、変わっていた。
だから気が付かなかったのかもしれない。
彼が、太陽のように眩しい笑顔で笑わなくなったことに。
暗い顔が増えて、考え込んでいる様子が増えて、顔を合わせることがなくなった。
彼がより無口になって、感情を抑え込んでいるように見えて、それがどうしてか分からなくて。
結局、そんな彼に隠してしまったことは打ち明けられないまま、私は彼を送り出してしまった。
私にやりたいことができたように、彼にもそれはある。
彼はココに居たくないと言って、ココから出たいと言った。
そのことに私は居なくてもいいと。
「置いていく」
そう言われた瞬間、胸がつきりと痛んだ気がした。
彼はもう、私の手を引いてはくれなくなった。
「嬢ちゃんは、いつまで坊っちゃんと一緒にいるんだい?」
癖毛の男の子の言葉が、その時になってわかった。
私がずっと彼の側に居たいと思っても、彼もそう思ってくれるかはわからないこと。
彼だって、一人でやりたいことができるかもしれない。
でも、それが嫌だなんてわがままは私には言えなかった。
ずっと、彼の側に居たくて、彼に引いてもらう手を離さずついてきた私は、これ以上のわがままを言いたくない。
彼のやりたいことを止めるわがままなんて、言えない。
彼がココを出たいなら、一人になりたいなら、私は待っているしかない。
大丈夫、留守番をするのは慣れてる。
しばらくの時間が過ぎたら、いつかのように彼は私の前に現れて次の行き先を告げ、この手を引いてくれる。
……大丈夫。
自分の胸に手を当て、一息吐いて私は顔を上げた。
私は、今私にできることをする。
いつか彼が戻ってきた時、彼の役に立てるように。
「手伝って!」
また、彼にそう言ってもらえるように。
見上げた目線の先には澄んだ青い空と、陽光に輝く海が波を立てていた。
「なんだい、アンタたち。ずいぶんぼんやりして帰ってきたじゃないかい。もうすぐで日が暮れるんだから、さっさとおかえり!」
買い物途中の宿屋のオバサンに見つかり、私たちは足早とそれぞれの方向に進んだ。
宿に帰り着いた時、オジサンが私に気がついて「おかえり」と声をかけてくれた。
ほっと息をついた私は、一つの目標ができたのだった。
無事あけることができました。
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