海の色は空の色
男の子視点。
風が強まり海が荒れてきたから今日はいつもより早く宿に帰ることができた。けれど、宿に帰ったら彼女はいなかった。
空っぽになった部屋を見つめ、俺は頭の中が真っ黒になった。
部屋の中の荷物は荒らされていないし、今朝家を出たときと同じ状態だった。違いは彼女が居ないことだけ。
とりあえず俺は慌てて、宿の人のところに向かった。
「……んだなぁ。この雨じゃ、明日も港は……」
宿のオッチャンを見つけたとき、オッチャンがオバサンと話していることに気付き、少しだけ聞き耳を立てる。当たり障りのない会話で普段と声の調子も変わらないと判断した俺は、オッチャンたちに声をかけることにした。
「ただいま戻りました。今から部屋に戻るんだけど、今日は何かありましたか?」
俺は何故か舌を噛みそうな気分になった。
さっきまで真っ黒だったはずの頭ん中が、段々と白んでいく。覗いたオッチャンたちの部屋はこれまで覗いていたとき何も変わらない。
俺の声に反応したオッチャンたちも、いつもと変わらない表情だった。
疑いたくて、疑いたくない気持ちがグチャグチャになって、嫌な気持ち悪ささえ覚える。顔色に出てたのかオバサンが「具合が悪いのかい」と聞いてきた。
俺は我慢できなくて皮切りに大きな声になって聞いた。
「アイツっ、部屋から出たッ?!」
あまりに端的で、突然過ぎた問にオッチャンたちはびっくりしたように眉を上げた。
「あ、あぁ。お前さんが出てからいつも通りすぐに出てったよ。……何かあったのかい?」
先に返してくれたのはオッチャンだった。でも俺はオッチャンが言った意味が分からなかった。
いつも通り?彼女が、一人で出ていった??
意味が分からなくて、わけが分からなくて、やっぱりよく分からなくて。
パタっと、外戸が音を立てた。俺は特に何も考えてなくて、ただとっさにオッチャンたちの部屋の中に隠れた。
だから、隠れた俺にオッチャンたちが何を思ったのかは分からなかったけど、特に気にしたふうでもなく外戸を開けて入ってきたやつに明るく声をかけた。
「あぁ、嬢ちゃん。おかえり」
オッチャンの声に、小さな声で頷きが返ってくる。
ニッコリと笑って片手を上げたオッチャンにも、壁越しにいる相手にも、俺は何も言えなかった。
ヒュッ、と冷たい何かが体の奥から、はたまた外気に触れた肌が鳥肌を立てるような感覚だった。
身動きも取れず、ただその相手が部屋に戻るのを待った。
呼吸もできず、いっそ自分の心臓の音さえ止まってしまえと思うぐらいに、俺は動揺した。
それから俺の様子を気にしたふうでもないオッチャンが「かあさん、今夜のスープの具材は……」と話始め、オバサンが適当に答えていた。
俺はしばらく、オッチャン達に何を言うでもなくその場で壁と一体化してた。
さっき入ってきた相手がすでに部屋に戻っていったことはわかっていても、その場から動ける気はしなかった。
それでもずっと壁になってるわけにも行かなくて、オッチャン達が「戻らんのかい?」と尋ねてきたら、俺はうんともすんとも言わず走ってオッチャン達の部屋を出た。
さっき出たばかりな気がする扉の前に立てば、なぜだが分からないが背を向けたい気持ちになった。
自分が何を迷っているのかもまとまらない頭で、部屋に入るわけには行かないような気がした。
最近の彼女は変だ。たしかにそう思ってた。
以前に比べ、表情がわかるようになった。それは俺の気のせいかもしれない。
手を、自分から伸ばしてくれた。かっこ悪い俺をずっと見ててくれた。
俺ばっかりが彼女の手を引いてると思っていたのに、彼女はいつも俺の後ろを付いて歩いてたのに。
いつの間にか、振り向いたところに彼女がいない、なんてことが増えた。
もとから何を考えてるかなんて分からなかったし、なんだったら考えているかさえ分からなかった。
それでも、振り向けば外の景色を楽しむ横顔があったような気がした。
けれど、周囲は彼女を特別扱いしてて、俺はそうはできなくて。
キィ、と小さな音を立て眼の前の扉が開いた。
その先には悩みのタネの彼女がいて、不思議そうに瞬きをしながら俺を見返してくる。
ずっと扉の前で立ち塞がってる俺に部屋の中から疑問に思ったんだろう。彼女は意外と人の気配に敏感だ。
俺は小さく「ただいま」と言って部屋の中に入った。そのままずっと外に居るのもおかしいと分かったからだ。
どこに行ってたんだ、と彼女を問い詰めるような言葉は自然と口の中で閉ざされた。
雨に降られながら帰ってきた俺は頭から濡れていたのに、彼女は一切その形跡がなかったことに、彼女から視線をそらしていた俺は気が付かなかった。
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